読者歴10年以上
音楽プロデューサー・DJのtofubeatsさん。学生時代から10年以上にわたり、数々のアーティストのプロデュース、楽曲提供を続けてきた。
そして、なんと10年以上にわたるデイリーポータルZ読者でもあった。それも、かなり熱心な。
筋金入りの読者として、130本以上ものオススメ記事を携えインタビューに臨んでくれたtofubeatsさん。なかでも特に「これぞ!」というものを語っていただいた。
tofubeatsさんとデイリーポータルZの縁
tofubeatsさん:実はデイリーポータルZとは10年以上前、キャリアの初期にご縁があったんです。18歳くらいの頃、東京でのイベントに初めてブッキングしてくれたメンバーの一人がライターの大塚幸代さんでした。それが、人生で二回目の東京でしたね。以来、デイリーの記事も熱心に読むようになりました。
他にも、2013年に僕が当時所属していた「Maltine Records」とデイリーが、渋谷で音楽イベントを共同開催したんですよ。それを後から知り、行けなかったのがめちゃくちゃ悔しかった。
それから、たまに知り合いが記事に登場することがあって驚きます。「選挙カーは時速100キロ以上出すと候補者の主張が伝わらない」という記事に、日本のハウスミュージック界の巨匠でもある横田信一郎さんがドライバーとして出てきて衝撃を受けました。
そうしたご縁もあり2007年くらいから読み始め、今も毎日チェックしています。
だから今回のオファーはとても光栄でしたが、インタビュー実施まで少し時間をくださいとお願いしたんです。生半可な態度で受けるのは嫌だったので、もう一度しっかり読み返そうと。1カ月で13年分のタイトルを全部見て、過去のmixiの日記でよかったと書いていた記事を探しました。そんな作業をしているときに、誰かの発言で、「インターネット界の北極星こと、デイリーポータルZ」と書いているのを見つけました。確かにそうだと思います。
ポップな命知らずたち
読み始めた2007年頃から振り返ると、まずは「親知らずで親知らずを抜く」という記事が印象深いです。これと安藤さんが十二指腸潰瘍になって「胃に優しいコーヒーを作る」記事、それから「痔を治す旅」という病気関係の記事は全部好きですね。これ、僕も全部かかって手術までしているのでシンパシーを感じています。
なった人しかわからないと思うんですけど、この記事みたいに出先で治すって無茶ですよね。親知らずなんて抜いたあとに出血したら、またすぐ病院に行かないといけませんからね。僕自身、親知らずを一気に3本抜いたときはそのまま入院しましたから。
痔も、なってみると本当に辛い。手術後は1か月くらい立てませんでした。それを、「痔を治す旅」ではポップに描いていて面白いんですけど、僕は病気のしんどさも知っているから泣けるというか。笑えて泣けて、かつロードムービーのようでもあり、エンターテイメントのよさが全て入っている記事だと思います。
十二指腸潰瘍も笑えない病気なんですけど、胃に優しいコーヒーを作るために旅をする気合みたいなものに感動します。
命知らずなんだけど、それをほんわかとラッピングした感じ、その両面がこの3つの記事の醍醐味かなと思います。すごくいいシリーズですよね。
「なりたい!」衝動が炸裂した「F1」「キャベツ太郎」「四人工藤」
同じく2007年の「F1になりたい」は、トップ3に入るくらい好きな記事です。ずっと豪速球を投げ続けるような勢いがすごい。あと、3ページ目から急にテイストが変わるのもいいですね。2ページ目までひたすらF1になろうと奮闘していて、そこからいきなり林さんを待つ展開になる。意見を聞くために編集長を待つんだけど、約束の時間をすぎても来ない、電話にも出ない。で、結局現れないところも含めて、ミラクルな1日だなと。
でも、もし林さんが来てF1の形態模写に関してコメントをしたら、この味は出なかったと思います。第三者の視点が入ることで、彼らが我に返らされてしまうんじゃないかという不安があったんですけど、林さんが来なかったことでちゃんと夢のままで終われた。そのオチも含め、めちゃくちゃ面白かったです。
F1に通じる記事として、「鉄道写真の手法で人を撮ると、人は鉄道に見えるのか」も最高に面白い。これ、3人の登場人物全員が、お互いにまるで関心なさそうな感じがいい。安藤さんは「鉄道っぽい地主さん」を撮りたくて、鉄道写真家の金子さんは鉄道そのものにしか興味がない。一方、地主さんは鉄道にまるで興味がない。この三角関係がたまらなく好きです。こういう強引なこじつけも、デイリーの本領発揮感がありますよね。
「俺がキャベツ太郎だ!」もTOP3に入りますね。おすすめ記事を考える時、最初に浮かんだのがキャベツ太郎(ライターの小野法師丸さん)が嬬恋村のキャベツ畑の前に立っている写真でした。
この記事に関しては、特に説明はいらないかなと。とにかく読んでください。笑顔になれます。
「俺がキャベツ太郎だ!」というタイトルもいいですね。ノープランなのか分からないですけど、勢いだけで突っ走る感じと、それが許されるのどかな風景。全部いいなと思います。
F1もそうですけど、なりたいものになる。夢を叶えるみたいな記事が好きなのかもしれません。意外なものになるというパターンでいうと「4人工藤が北の大地を駆け抜ける」記事もいい。こういうアイデアだけ決めて、あとは当日どう転ぶか分からないけどやってみる。思いついちゃったからにはやりたい、強引にでも形にせねばという感じがとてもいいですね。僕でいうとタイトルが決まったから曲を作り出す、みたいなことでしょうか。
夢を叶える系だと、「マンボNo.5のリズムに合わせてCDトレイを開けたり閉めたりする」も挙げておきたい。10年温めた企画というのも納得の大作です。石川さんの電子工作の知識が総動員されている。この時のためにやってきたんだという感じが伝わり、これは楽しいだろうなあと。
哀しくも面白い、知らない人のクビ日記
藤原さんが会社を辞めて無職になる「僕がクビになった日」も好きです。本当にクビになった日の、ただただ悲しい日記。これを書き残しておこうという衝動みたいなものが、なんかすごくいい。途中で泣いていたりして……そんな記事ほかにないですよ。よくよく考えたら、知らない人がクビになった話なんですけどね。
随所に差し込まれるラブプラスのパロディ画像の、せめてものサービス精神も余計に哀しさを誘います。「もう…いいから…」って気持ちになりますね。
藤原さんの記事だと、「マズローの欲求5段階説のコスプレでハロウィンに備える」や「奴隷が回してる謎の棒って何なんだ?」もいい。欲求5段階説はコスプレが妙にしっかりしているんですよね。一番上の自己実現欲求のところから顔が出ているなど、気が利いた作りになっているし、文字もちゃんと切り抜いて一生懸命作っている。クビになる記事のまとめにあった「看板は作れます」という伏線をここで回収しています。看板作りでクビになったけど、デイリーポータルZでは許される。泣けますよ。
「奴隷が回してる謎の棒」は、奴隷役の藤原さんの演者としての魅力が光る記事ですね。顔とかめっちゃいいですもん。プープーテレビの「Windows Updateは突然に」や「iPhoneがバリバリ伝説」でも感じましたが、何気に演技派という。役者として完全にしっくりきている。
あと、役者といったら大北さんの記事に出てくる安藤さんですね。「雨に濡れた子犬を革ジャンで抱き抱えるのは本当にかっこよいのか?」や「なぜ一斉に水を飲むと美味しそうに見えるんだろう」。どちらも、安藤さんという人間の「強さ」がいかんなく発揮された記事だと思います。
安藤さんといえば「むかない安藤」は本当に面白くて大好きです。ただ、人気が出過ぎるとコンプライアンス的な問題が生じて終わってしまうかもしれないので、あまり大っぴらに褒められませんが。
唐突な知性がボケに深みを与える
今回改めて選んでみて、特に多かったのが大北さんの記事。どれも好きですが、なんといっても「リカちゃん人形をダンボールで作ると泣けます」。これはもう文句なしの、僕が言うまでもない名作ですよね。文章を読んで、これだけ笑えるものって他にない。心の底からおかしいんだけど、それだけじゃなく、なんか悲しい。プロレタリアートですよね。現時点で、自分の中のオールタイムベストはこの記事かなと思います。
あとは、「ミニ四駆全国大会にカニで出る」。この記事、途中で「大江健三郎の死体洗いのバイトの話を思い出す」っていうくだりがあるんですけど、ミニ四駆にカニっていう大味なボケにも関わらず、唐突に知性が飛び込んできてギョッとしたんですよ。
先ほどの「欲求5段階説」のコスプレや、これも藤原さんの「『純粋理性批判』の体操をつくる」「要約『なぜ世界は存在しないのか』」など、たまにある哲学の記事も、急に大江健三郎が出てくるのに似ています。やってることはくだらないけど、ベースにある教養によって記事に深みが出てくる。
かといって、カニもマズローの記事も、べつに何かの役に立つわけではない。それがいいですよね。僕は役に立つものを求めてインターネットを見ているわけではないので、みんなもっとカニを走らせてほしいと思います。
大北さんの記事に戻ると、2019年の「お前たちがあおり運転をするなら俺達はあおり食べでいく」も素晴らしいです。最後まで読んでも「あおり食べ」という概念がよく分からず、ふわっと終わるところがいい。ぜんぜん伝わらないのにグッときます。
130本以上ものセレクト
直近の記事では「目に映るものの名前をできる限り知りたい」が、あまりにもよかったです。Twitterでどうでもいいことが全部分かってしまう。インターネットの集合知のすごさを久しぶりに感じました。筆者の三土さんは、新人賞投稿者向けのオンライン記事セミナーでも「ものの名前を知りたい」とおっしゃっていましたよね。名前が分かればそれについて調べることができて、いろんなことが分かってくる。なるほどなあと思います。
ちなみに、今回はばかばかしい記事を中心にピックアップしましたが、普通にいい記事もたくさんあります。「現存世界最古のモノレール『ヴッパータール空中鉄道』」や、「フランクフルトの東横イン」などですね。
※ありがたいことに130本以上のおすすめ記事を選んでくれたtofubeatsさん。数が多すぎるので、最後に一覧でご紹介します。
未熟のプロフェッショナル
デイリーを読んでいると、時にライターの生き様を見せつけられます。ライターだからこそ、痔を記事として昇華させられる。キャベツ太郎にもなる。恥ずかしいことも、全てネタにしてしまう貪欲さはかっこいいなと思います。
あとは、へんにうまくなろうとしない。「素人」であることの気合い、みたいなものが感じられるところも好きです。「上手なもの」って形が決まっていて、みんながそこに集合するじゃないですか。例えば、新幹線は世界のどの車両でも形が似てくる。そうではなく、下手であるがゆえの多様性を僕は見たいんです。ヘボコンなんかは、まさにその姿勢が体現されていますよね。
プープーテレビの藤原さんの絵描き歌なんかも、普通はあれだけ回数を重ねていったら「上手」になっていくはず。でも、意識して「下手であろう」としているように感じます。そっちの方が、予想もつかないことが起きますから。
洗練をあえて突き放す、未熟のプロフェッショナル。それがデイリーポータルZなんじゃないかと思います。そういう、おかしなストイックさは失わずにいてほしいですね。
tofubeatsさんオススメ記事
※「☆」は特におすすめ。「☆☆」はさらにおすすめ
[2020年]
☆目に映るものの名前をできる限り知りたい
[2019年]
スタバのカップに書かれたい
[2018年]
☆選挙カーは時速100キロ以上出すと候補者の主張が伝わらない
日帰り出張が楽しくなる、ビジネスマンのための「新幹線マイルール」
☆☆マンボNo.5のリズムに合わせてCDトレイを開けたり閉めたりする
[2017年]
☆『純粋理性批判』の体操をつくる
☆雨に濡れた子犬を革ジャンんで抱きかかえるのは本当にかっこよいのか?
[2016年]
サイコガンからマヨネーズを出したかった
[2015年]
塩ビ管で娘の自転車を作ったら2秒で壊れました
[2014年]
一人で恋人と結婚式を挙げている写真を撮る方法
[2013年]
ガッツポーズワークショップ
Maltine Records✖️デイリーポータルZ「クラブイベント」今やってます
[2012年]
☆☆リカちゃん人形をダンボールで作ると泣けます
[2011年]
胃に優しいコーヒーを作る
[2010年]
七輪で暮らす48時間
[2009年]
☆☆俺がキャベツ太郎だ!
[2008年]
電車に乗って元気を出す
[2007年]
カッコだけでもDJになってみたかった
[2006年]
カラータイマーは役に立つのか
[2005年]
鎧でビジネスシーン