まずは聴いてください
口で説明するより、実際聞いてもらったほうが早いだろう。この動画の25秒くらいから演奏されてる曲である。
曲を聴いただけで、なにかの映像が逆再生→順再生で行ったり来たりする様子が頭に浮かんでしまう。マンボNo.5は、もはや日本人のDNAに刻まれた一曲であるといっても過言ではない。
10年温めた企画
話は変わるが、日常生活の中で行ったり来たりするものと言えば、CD/DVDドライブのトレイである。ボタンを押して開き、ディスクを入れて戻す。これをマンボNo.5にあわせて何度もやれば、例の逆再生映像みたいになって面白いのではないか。
……というバカバカしい企画だが、思いついたのがかれこれ10年ほど前で、つまり構想10年なのである。いま検索したら
2011年の総集編にボツネタとして書いてあった。が、さらにもっと前にも、実際にサイト上で動画を募集したような気がする(たしか応募は1件来たかどうか。募集ページももはや見つからなかった)。
そんな10年前のボツネタが、プロの演奏家の協力により、2018年4月、ついに実現したのだ。自分でも思う。まさかこの小ネタを10年引っ張ることになるとは…!
世界初公開映像です
そんな10年越しの実現映像を含め、当日の様子をダイジェスト映像で見てほしい。
これが世界初公開、マンボNo.5に合わせてCDトレイが行ったり来たりする様子である!!
個人的にはたぎる思いがあるのだがそれは後に回すとして、まずはこの映像ができるまでの経緯を見ていただきたい。
CDドライブを自由自在に操る
冒頭で「10年温めた企画」と言ってしまったが、とはいえ一度はボツにしてたわけで、ずっと虎視眈々と実現を狙っていたわけではない。それを今になって再始動させたきっかけは、僕が電子工作を覚えたこと。CDトレイを改造して、自由自在に操れるようになったのだ。
まずは材料。秋葉原のハードオフで800円のジャンクPCを購入
CDドライブを取り出し、分解していく
ここで、あらためて仕様を確認しよう。ネタ元である、お笑い番組などのマンボNo.5映像をよく見てみると、あれを再現するためには2つの機能がいることが分かる。
(1)動く方向を素早く切り替えられる
(2)動きを途中で止めることができる
このうち(1)はドライブによってはイジェクトボタンの重ね押しでできるけど、(2)は自分で改造しないとできない。しかも、いろいろな映像を見比べると、動きをよりコミカルにするために、この(2)の要素がかなり重要だとわかった。
ばらしてみると、CDトレイの開閉は一つのモーターで動いていた
これは裏面から見たところ
モーターが回ると、その方向によりトレイが開いたり閉まったりする。
この動き、単にトレイが往復するだけではなくて、閉まってからちょっとトレイが浮き上がったりするし、閉まりきる/開ききるとギアの一部がスイッチを押して自動的に動きが止まる。そういう複雑な動作がぜんぶ機械的に作られていた。マイコン制御のモーターでも使っているのかと思いきや、普通のモーター+機械制御だったのだ。すごい。
しかし機械部分には手出しできないので、ここは線を引き出して…
「使ってなくてすごい」と思ったマイコン、俺は迷わず使う。
CDドライブ本体は元通りパソコンの中に戻して、操作用スイッチをつけたら完成。
完成した。外から見たら一見何の変哲もないパソコン。実は…
「開く」「閉じる」2つのボタンで動かせる。何も押さなければその場で静止。
ふつうのCDドライブだと、動き途中で止められないし、反転もキビキビしてない。あの軽快なリズムに乗せるにはこうやってチューンナップしたCDドライブが必要不可欠だったのだ。
しかしいずれもほかに用途のなさそうな機能である。マンボNo.5に合わせて開いたり閉じたりするためだけに生まれてきた、専用ドライブだ。かくして、企画は一歩実現に近づいた。
プロミュージシャンがやってきた
ただ、これですべての準備が整ったわけではない。音源の問題だ。僕もマンボNo.5のCDは持っているのだが、市販CDの音源をネットにアップすると権利上の問題が発生するのだ。ただYoutubeなどの動画サービスは著作権の包括契約を行っており、自分で演奏した音源であれば、個人がYoutubeにアップロードすることは可能。
そこで、こんな募集をかけた。
マンボNo.5にあわせてCDトレイを開けたり閉めたりさせてくれる吹奏楽団/オーケストラ/バンドなど募集
正直、これに関しては完全にダメ元というか、まさか応募があるとは思わなかった。
しかし、結果的に4つのバンドからの応募があった。CDトレイにBGMをつけてくれ、という募集にである。自分で募集しておいて大変失礼な話だが、「世の中、広いんだな…」というのが率直な感想であった。
本物のラテンバンド
そのなかで、今回はこの方々にご協力いただいた。
ラテンバンド、オルケスタ・レグルスのみなさん
オルケスタ・レグルスは中南米の様々なリズムのラテン音楽を演奏するバンド。10人のプロミュージシャンがメンバーで、こういった大編成のラテンバンドは日本では数少ないという。(余談だがベースの松永さんは過去にもデイリーの記事に出演していただいたこともある。
二人羽織バンドや
アルプホルンの記事で)
2月に募集をかけてからいち早く応募していただいたのだが、なかなかスケジュールが合わず、実際に練習にお邪魔したのが4月下旬のことだった。
練習会場にお邪魔すると、すでにスタンバイOK
管楽器4本に打楽器3人、ベース、ピアノ、ボーカルの総勢10人。これだけの大所帯、練習のスケジュールを合わせるだけでも大変なことだろう。そんな貴重な練習時間にお邪魔して、やることはCDトレイを開けたり閉めたりである。恐縮…!
左が連絡をくれたリーダーの島田さん
これからやることの説明をする筆者と、「何をやらされるんだろう…」という表情のメンバーのみなさん
説明したところで「何言ってんの…?」ってなるのが一番つらいのだが、今回は企画の趣旨はすんなり理解してもらえ、「なんでもご希望通りやります!」という完全なウェルカムムードであった。あ、ありがてぇ…!さすがラテンバンド、熱いものを胸に秘めた皆さんである。湘南乃風ならぬ、南米の風を感じた。
持参した改造ドライブ入りPCをセッティングする
機材の用意をしたりカメラ位置を決めたりしていると、「そのあいだ音出ししてていいですか」とサブリーダーの奥澤さんから声がかかる。チューニングとかかな、と思って「あ、いいですよー」と軽く答えたところ、次の瞬間、始まったのだ。
キレッキレのマンボNo.5が。
思わず笑う
読者のみなさん、マンボNo.5のこと、池に落ちる人を行ったり来たりさせるための専用BGMだと思ってないだろうか。ピコ太郎と同じお笑いミュージック枠でとらえてはいないか?
こんな記事を書いている僕が言うのもなんだが、そう思っていたみなさんは認識を改めてほしい。マンボNo.5、生演奏で聴くとめちゃくちゃかっこいいのである。
イントロの「パッパッ!パパパパッ!」が一糸乱れず空気を切り裂いていく、この感じ…!続く「テッテテレッテ」の躍動感!
「マンボ王」と呼ばれるペレス・プラードの代表曲であり、世界中にマンボという音楽を知らしめた曲なのだ。かっこよくないわけがない。
そして、その演奏のど真ん中に入るのが僕なのである。かっこよさが、まるっとプレッシャーに!
曲はかっこいい。かっこいいけど、無邪気にはしゃいではいられなかった。なんたっていまから自分がその演奏とセッションするのである。相手はプロのラテンバンド。こっちはバンド経験がないばかりか、もちろんCDトレイについても別にプロではない。
ここで初めて気づいた。この場に至るまで「CDトレイを開けたり閉めたりする動き」の腕前について、まったく意識してこなかったのだ。というか、まさかCDトレイの開け閉めにクオリティの高低があるなど考えてもみなかったのである。しまった、もっと練習してくればよかった!
ウヒョー
ウヒョーウヒョー言いながら曲の入り方を決める。
曲の入り方について。おそらく読者の皆さんにとってはどうでもいいことかと思いますが、今回のこだわりポイントでもあるので説明させてほしい。
たとえば誰かが池に落ちるときは、普通の映像で池に落ちてから、突然マンボNo.5が始まり、リズムに合わせて映像が行ったり来たりする。
今回も同じように、まず僕がCDトレイが普通に閉じ、閉まったと同時に曲を始めてもらいたい。
しかし「CDトレイが閉まる」というのはタイミングがあいまいで、曲のきっかけとしては使いにくい。そのため、バンド側のカウントにあわせてCDトレイを動かすことになった。
……みたいな、そういう細かな打ち合わせがあったのだ。そしてそういったやり取りを通して、この会場にいる10人+1人の意識が、「マンボNo.5にあわせてCDトレイを開けたり閉めたりする」という目的の前に、一つになっていく。そうして僕も腹をくくった。今できる自分の精いっぱいの演奏(?)をするしかない。
時は来た。ついに、セッションが始まった。
オルケスタ・レグルスのYoutubeより、セッション映像のフルバージョンをご覧いただこう。
最初こそ緊張していたものの、途中でなんかもう感無量になってきてしまった。これかー!俺がやりたかったの。やってることはCDトレイを開けたり閉めたりしてるだけなのだが、これが僕の10年だったのだ。
もう、ちょっと、僕はこの映像を面白いとか面白くないとかそういう目で見られない。なんていうか、「たどり着いた!」って感じなのである。マンボNo.5という名の天竺に。いやラテンなのでエルドラドというべきか。
午前11時だけどもう打ち上げしたくなってる
いやもうほんといい一日だった。オルケスタ・レグルスのみなさん、本当にありがとうございました……!
あのときのDVD
……おっと、感動のあまりまだ途中なのに思わず記事を締めそうになってしまった。
実は、もう1テイクあるのだ。
さっきのは、例の演出から「マンボNo.5にあわせて何かが行ったり来たりする」という表層の動きだけをなぞったバージョンである。
ただ、前日に機材を準備していて、ふと気づいたのだ。あの映像が面白いのはなぜか。それは、単に映像が行ったり来たりしているからではない。人がひどい目にあっている様子が行ったり来たりしているからではないか。
そう考えると、トレイの開け閉めだけでは映像として未完成なのかもしれない。ハプニングが必要なのだ。
パソコンをバラバラにしながら考えていた
とはいえ、CDドライブでハプニングって、どういうこと?
しばし考えて、一つのエピソードを思い出した。むかし知人にパソコンを貸したとき、「DVDドライブもついてるから」つって友人の目の前で何気なくイジェクトボタンを押したのだ。そうすると、出てきたのは、なんと私物のアダルトDVDであった。あっ…。
というわけで、借りてきた。「愛の煉獄」
過去のエピソードを元に、テイク2では、マンボNo.5にあわせて「アダルトDVDが友人に見つかる瞬間」を行ったり来たりさせることにした。
なお今回はもろもろの配慮により、マジの成人向けDVDではなく、官能的な映画作品のDVDにとどめた。
友人役は、撮影係として来てくれていた編集部・藤原さんに依頼。中にDVDを入れておいて…
開けたら「アッ…」ってなるシーンを行ったり来たりさせる
もちろんこちらも画像編集で行ったり来たりさせるのではなく、生演奏(?)だ。トレイの開閉に顔芸が加わり、いち奏者としてはさらに難度を増した。
そしてオルケスタ・レグルスのみなさんも、演奏中みんな楽譜をガン見したり、あらぬ方向の虚空を見つめているのが印象的だった。(こっちの動きを見てると笑ってしまって管楽器吹けないから)
そうしてできた映像が、こちらである。
これが、より本来の意味に近い、マンボNo.5映像だ。トレイを何度も開け閉めするたびに過去の恥ずかしい思い出がよみがえり、精神的にヘヴィなセッションだった。
本気の演奏
さて、せっかく来ていただいたオルケスタ・レグルスのみなさんに、BGMとしてだけ演奏してもらうのはもったいない。そして何より俺が聴きたい…!ということで、せっかくなので最後にフルバージョンも聞かせていただいた。みんな、これが本当のマンボNo.5だ…!
おまけ。ディスクを手で入れるところまで含めたテイク。途中で落としてしまってNGに…!
「今」だった
何度も言うが、10年温めてきたアイデアである。そして最近ではDVDドライブのついていないパソコンも増えたし、ついていても、カシャッとトレイが少し飛び出るだけで、ウィーンって開いてこないドライブも多い。そのうちこの電動タイプのドライブも見かけなくなりそうだ。
そんな焦りもあって、「今しかない」と思ってなんとか実現した今回の企画である。僕の人生のTODOリストに一つ、完了のチェックマークがついた。
快く協力してくれたオルケスタ・レグルスのみなさん、本当にありがとうございました。
貴重な練習日の時間と体力を注ぎ込んでくれたこと、心の底から感謝します!(実はかなりのリテイクがあったのだ…!)