カニ四駆ではなくカニだ
「なるほど、ミニ四駆じゃなくてカニ四駆ってことね」
そういうダジャレが目的でもない。ただなんとなくカニが走ってたらおもしろいかなと思ったのだ。見た目とサイズ、あの感じそのままがいい。なのでカニのボディは本物を使いたい。
とりあえずはミニ四駆作りの前にカニの調達。けどこの季節どこに……と思ったらあった。なんてタイミングがいいんだ。
渡りに船、カニのミニ四駆に大北海道展だ
予想の3倍以上した。さすが北海道。安くても高くても、さすが北海道という一言ですんでしまう大北海道展のずるさよ……
3,000円の本場北海道ゆで毛ガニゲット!
たまたま見つけた北海道物産展で毛ガニを見つけた。2940円だった。高い。スーパーの冷凍毛ガニが1000円くらいだと思ってたが、こちらはボイルもの。「だからおいしさが全然ちがうのよ!」と店のお兄さんは言う。
「な~るほどね、じゃあ一番小さいのください」
言ってるそばから自分でもなにがなるほどねなのかさっぱりわからなかった。気が弱いのに調子良い人の買い物は大体こういうものである。
家人、発狂す
酒飲みの妻が発狂
3,000円近い工作一発勝負なので、ここは慎重にいきたい。
と説明したが、思わぬ毛ガニボーナスに発狂した家人はざくざく食べ進めた。しまった。ミニ四駆にするのはカニでなく鉄兜にすればよかったと思ったがもう遅い。
なんと気づけばテレビの前で一杯やりはじめた。同じダメにするにも場所ってものがある。処刑場で切腹させられるならまだしも、テレビの前でというのはひどい。
工作一発勝負だと言ってるのに、これはひどい
カニ一匹あきらめました
家人への愚痴という最低の記事スタイルですすめておりますが、気づけばカニの足のつけねあたりは復元不可能なほど。
こういう時に「いいよ、また買ってくるから」といえるのがいい夫というものである。だが思いっきりにらみつけながら「いいよ、また買ってくるから……」と言うとおどろくほど意味が反転したので反面教師にしていただきたい。
とりあえず干す。ハエが寄ってくる。ああいやだ。
「これなんかカニっぽいですけどね」ミニ四駆部分はタミヤの人に相談する。取材を利用したずるだ。
ミニ四駆はタミヤの人に相談して本気出す
カニのことは置いておいて、ミニ四駆部分をなんとかしにタミヤ プラモデルファクトリー 新橋店にきた。社員さん店員さんに相談してレースで勝てるマシンを作りにきた。
小学生のころ出たかったんですがと説明すると、そういう人は非常に多いという。
当時パーツを買えなかった小学生が今になって1万円くらい大人買いする。「カードでミニ四駆買う時代が来るなんて……」というセリフはお店でみんな言うらしい。
そして負ける。パーツだけで勝てる世界ではないのだ。「当時のおれが負けたのは金がなかったからじゃなかったのか……」と奥の深さに気づいて一気にハマるらしい。
低摩擦ローラー?マスダンパー?なにそれ?なパーツが新しい理論とともにどんどん生まれている
これは理論の遊びなんじゃないか
ミニ四駆というのは基本となる車にパーツを足したり改造してたのしむ遊びだ。パーツ一つ交換するのにもこれでなぜ速くなるのか?の理論がある。
そういう意味でミニ四駆は釣りに似ている。
といっても釣り人についていっただけの印象なのだが、あの人たちもずっと「魚は今こうしてるはずだから……」「川の流れがこうだから……」と理論を考えてあれこれして結果を待っている。
同じようにミニ四駆も「このカーブの多いコースには幅の広いローラーが……」「ジャンプが多いから重くしたら……」と、理論をこねくりまわして結果を待つ遊びなのである。
こういうパーツが壁一面にあってその数だけ理論がある
あの頃の常識はどこいったの?
ところが25年経つとその理論自体が変わる。
当時は車は「軽く」が常識で、そのためにスポンジのタイヤを履かせた。ところがここ数年、コースにジャンプが多くなってきた結果、安定のために「重い」車が常識となった。
スポンジタイヤは今の重い車だと「タイヤがへこんでパンクした自転車みたいな状態」となるらしい。あれだけ神聖化してたスポンジが……。さあ同世代のみなさん、今日は一杯やってください。
常連さんに見せてもらったマシン。重い。これがベターッベターッと地をはうように進んでいくのが今のスタイル。
黒ずんだ目をした大人のミニ四駆はじまる
店員の与儀さんはパーツの説明の途中にこんなことを言った。
「そうなんです。極限のミニ四駆の世界にはね、空力が存在するんですよ……」
なんてカッコイイんだ……と思うと同時に、子供のころあれだけウイングとかつけたりしてたの極限の世界の話だったのか、とひっくり返った。同世代のみなさん、今日は深酒になるからウコン飲んだ方がいいよ。
だまされた!と思ったが、考えてみたらそんな風に見方が変わること自体おもしろい。
当時小学生でまっすぐな目で信じていた理論が、大人になって「それはウソだ」と言えるようになったのだ。大人になってもう一度ハマるというのもうなずける。違う世界がここにある。
ミニ四駆のレースに詳しい店員さんに今大会用パーツを選んでもらう。
これで戦えるマシンに
今大会はとにかく難コースだそうで、コースアウトが続出。完走できれば勝機はあるので、ノーマルマシンが予選突破したりもするそうだ。
「とにかく安定させましょう」というアドバイスにのって、3000円ほどのパーツとミニ四駆を購入。このあともう一匹カニを買うのでできるだけ出費は抑えたかったが、ボールベアリングという昔から謎だったパーツも買った。これは当時買えなかった恨みだけで買った。
ほしかったボールベアリング。どういうものなのか未だにさっぱりわからない。
一番重大なこと、カニって出れるの?
最後に、相談に乗っていただいたタミヤの村田さんから重大な事実を教えてもらった。
「あ、これですよ。ここ見てください」と指さした先は大会規定。どうやら本物のカニは規定違反なのだそうだ。
ほらここに書いてあるでしょ、と「自作ボディは認められません」と……一体どうなる!?
カニは大会に出られません
大会規定によると、基本的にタミヤで発売されてるボディでなくてはならないので自作ボディは出られないらしい。
なるほどね。
実際、なるほどと思った。なぜか心に余裕があった。すでに時間と金を投資して引き返せなかったからかもしれない。それどころか一発逆転の策さえひらめいた。そう、もしかしたらタミヤでカニを発売しているかもしれないではないか。
「ないですね……。生きたのもそうですしカニの模型でさえ発売してないです」
いけずである。こんないけずもう知らん。知らんで何かが解決されるわけでもないが、さあ、もう戻れない、家帰ってカニのボディ作りがんばろう。
反省をふまえ、平日昼間に一人カニの身を取り出す
暗い、あまりにも暗いカニほじり
カニの身をほぐすのも二度目。今度は一人で身を取り出すことにした。
「カニを食べるときは静かになるって言うよね」みんなでカニを食っていると必ず親戚のおばはんが言い出す言葉であるが、カニは食わなくても沈黙するものだと分かった。夢中になってほじり出す。
身をほじり、ブラシで洗い、水で流す。
大江健三郎の死体洗いのバイトの話を思い出す。いずれ「カニの殻を洗うバイトがあるらしい」と都市伝説化するだろうがその時はおれが言ってやる。それ、ただのカニ缶工場やで! と。
カニのあられもない姿
前回ベランダで干してたらハエがよってきた反省をふまえ殺菌する
カニを消毒する
「カニ はく製」で検索して得た知識、消毒用エタノールで数日漬けると腐らないらしい。カニを入れたタッパーは500ml800円の消毒液2本では足らなかったため、かさましするために石を入れた。
ここで思わぬ事態が起こった。白いのだ。なんだこの白み。
なんだこの白みは
家に謎の白みがあるという茫洋とした不安
この状態で寝かす。それにしても白い。実家の母から電話がかかってきたときも白かった。うっかりソファで寝てしまったときも白かった。
意味の分からない白みが部屋の片隅に横たわっている。なぜカニが白いのだ……頭にくものすが張り付いたような二日間であった。
二日後取り出して日干しにする。汁は白いがカニの殻に変化はなかった。もういいかげんにしてもらいたい。意味のわからない白み絶対反対!
カニの殻は丸一日日干しで乾燥。これで腐らないカニが用意できた。
毛ガニ二匹、パーツ3,000円分。これでジャパンカップ出るぞ
さてどうやってカニをのせたらいいのか
カニ2ハイはむだではなかった
ミニ四駆を組み上げているときの熱中はカニをほじりだすときと似ている。カニの身ほじりのあの沈黙はプラモ作りのそれだ。
ミニ四駆が終われば、カニの下処理。穴が開いていた新毛ガニには旧毛ガニを移植して隠した。人間の皮膚移植のようなものだ。これをやってるときは本当にブラックジャック(カニ界の)の気分だった。
新カニは身をとるための穴が最初から空いていた。その穴を旧カニの甲羅から移植。カニのブラックジャックの気分。
カニをボンドで復元。さあこれをどうのせる?
ボディはプラ板で自作
カニをどうやって載せようかと思ったが、さらに買い出しに繰り出して、プラ板とボディのパーツで土台を作った。
イメージとしては山車のようなものだ。これでレースに出られなかった場合、元のミニ四駆のボディに戻せる。
日光にあてたことで色が大きくあせたので着色
また部品を買い出しに行き、プラ板でボディを作りその上にのせることにした。山車みたいだ。
もうずっとカニくさいんです
日にあてて乾燥させたカニは色がうすくなっていたので絵の具で塗って、クリアラッカーでコーティングした。
ボディはプラ板を切って土台にする。ここにパテを盛ってカニを載せた。
パテとはカッチカチに固まるセメントみたいなもの。小学生のころミニ四駆の改造紹介で見てこれはなんだろうと思ってた道具である。まさか20年後、カニを載せるために使うとは思わなかった。
パテを乾燥させて、塗料を塗って、脚を折り成形してまたパテで埋め……
この間、文字には起こせないカニくささが間断なくつきまとっている。
黄色いのはパテ。小学生のころ「パテで埋める」という記述に「??」だったが、まさか20年後カニを鎮座させて知るとは。
足がひろがりすぎるので折りたたむ。すると関節が割れるのでそこにもパテ。のち着色。
タミヤカラーで着色をして(こびて規定違反を挽回するために、タミヤ製品で改造していた)カニからシームレスにボディ化
で、できた~!!リアルすぎるのできたー!!
「タミヤ北海道から出てるカニをボディにしたんですよ」と言いのがれするためにタミヤシール貼っておいた。※ところどころパテが塗られてないのは、未乾燥部分
速そうとカニくさそうを両立した見事なデザイン
リアルすぎるカニのミニ四駆ができあがった
カニのミニ四駆はこうしてようやく完成した。長かった。色々あった。妻が発狂して毛ガニをバリバリ食いだしたり、突如、白くなったりした。
できたのは大会前日の午前2時。他の参加者がレースに備え、パーツをチェックし作戦を練っている間、ずっとカニの色を塗っていたのだ。
まだ走らせていなかった。それどころか電池さえも入れてなかった。そしてこれが後々大きな事故をもたらす。
ゴールデンボンバーファンとジャパンカップ出場者がタミヤTシャツで隣合うりんかい線
大会当日
そして大会当日。ジャパンカップは全国を回っているので、最寄りの東京第二回大会に参加した。ここで優勝すれば東京エリア代表になれる。
会場は品川シーサイドフォレスト。途中のりんかい線では話題のバンド“ゴールデンボンバー”のファンとジャパンカップ出場の小学生が乗り合わせた。まさかのタミヤTシャツ隣り合わせ。やっとこの日が来たなという盛り上がりがあった。
みんなで関が原を前進撤退できるくらいの人数がいるよ
すごい数の大人がいる!
会場につくと長蛇の列ができていた。最終的にこの日の出場者は1600人。なんの参考にもならない数字を出すと、関が原での島津義弘軍がそれくらいである。
「うわ~、すごいですね~」と隣に並んでた植松くん(中1)
中1のおともだちができる
並んでる途中で後ろの中学生と情報交換をする。彼はダッシュ2号バーニングサンを改造してきたらしい。
25年くらい前のモデルだが、車高も低くて今のトレンドにあってるかもしれない。ただお小遣いの範囲内の改造らしく、ノーマルに近い。私の車も見せる。「すごい!カニだー!」中1の反応は素直だ。
「お互いがんばろう。でも同じ組にならないといいけどね」
そう言ってお別れをする。同じ組になるとぶつかってカニが破損するからそう願ったのだが、中学生からすればかっこいいカニのお兄さん現る、だ。
植松くんの車2台。「予選で同じ組にならないといいね」カニはすぐ壊れるからね
そしてジャパンカップ開幕。このコースを5人で走り、1位が予選突破となる。
ここの二回のジャンプが最大の難所。脱落者続出
脱落につぐ脱落
話には聞いていたが、本当にコースアウトが続出。完走した者がそのまま勝者となり、5人全員がコースアウトもざらにあるくらいだ。
うわさに聞くジャンプでは特にみんな脱落していく。その分ここで大ジャンプを披露し、着地をこらえた者には喝采が飛ぶ。なるほどこれはおもしろい。
この難ジャンプをカニのあの不安定なボディで耐えられるのだろうか。大いに不安である。だがミニ四駆部分には店員さんのお墨付きをもらったパーツを使っている。あとは運次第だ。完走さえすれば可能性はある。
そしてカニのミニ四駆がいよいよ出場するときが来た。だがカニには別の難所が待ち構えていた。車検場である。
さあ、いよいよ出番が……最大の難所、車検場がやってきた
まじかよ
後日談
後からタミヤの社員さんから聞いた話だが、この時車検を担当したスタッフは「ものすごくよくできたカニがきた」と言っていたらしい。それもそのはず、本物だからだ。
だがそのような評価は車検には一切反映されない。よくできてますね、なんてことばはなく、アッ……と詰まらせた声だけ聞こえてきた。
気にせず車検に自ら進む。
ここ車検場では車を箱の中に入れるチェックがある。この箱に入れば規定内の大きさとなるわけだ。
さあ、車検場において最初の難所。カニはこのボックスに入るのか!
これに入ったら規定内の大きさ、さあ入るか……!!
失格。横にしても入らない。もし横にして入ってもそれでは走らない。
「そもそもこれ出られませんよ」あなた素晴らしい正論!メルマガ出してたら購読させて!
失格だが、ボディを変えて再挑戦
「タミヤで発売されてるボディならいいんでしょう?これタミヤ北海道で発売してるボディですよ、知らない? あなたタミヤ静岡の社員でしょう。もっとよく勉強してくださいよ!」
私はこう言って車検場を切り抜けようとしていた。
しかし箱に入らないのでボディの出自は関係なくなった。そもそも走れないのだ。
とっさに「ちがうんです、これ冗談なんです!」と言い逃れて元のミニ四駆のボディに換える。こうなるだろうと予想してカニはボディ化していたのだ。はい、おれの勝ち!
「冗談です!これは冗談なんです!」ととりつくろって、元のミニ四駆のボディで出させてもらった
いきなり呼ばれたさあスタート
あっ!という間にスタートがきた
午前だけで1600人をさばく320回のレースがあるのだ。あれよあれよという間に出番が来る。
「はい、あなたここに置いて~」
もう出番かとおどろいてあわててミニ四駆のスイッチをオンにする、あ、動いた、やった、これで青ランプになったらコースに放つんですよね、あれ、もう3、2、1、青、スタート!
と思ったらすぐに私のミニ四駆は止まった。はい、失格。
最低記録を叩きだした
スタートしたと思ったらすぐに私のミニ四駆は止まった。
なんとスイッチの入りが甘く(そんなのあるのか!)スタートの衝撃でオフになり止まってしまったのだ!はい、おれの負け!
スタートの坂も降りずにスタッフに引き上げられ、ジャパンカップ史上最も早いリタイアとなった。あまりの早さにカメラを担当していた当サイトの藤原も写真を撮れなかったほど。
「いきなりジャパンカップ出るの?ビギナーズラックで勝てるかもね~」と常連さんに言われたりもしたが、ビギナーズラックがあればビギナーズアンラックもある。一体なんていう終わり方だ、初めてのジャパンカップ!
結果、聞かないで、とカメラマンに
だがこのあとカニは練習用コースを爆走しまくり喝采をあびる!
おれのジャパンカップ、終わる
25年をかけた私の夢は途中で車からカニに形をかえてこのように幕を閉じた。あのとき出られなかった大会は、25年経っても出られなかった。
いや、車では出られた。そして最低記録を叩きだして終わった。ミニ四駆は経験がものをいうと聞いて「でも完走できたら勝ちの今回みたいなのは、初心者でもいけるっしょ~」と思ってたら見事に経験がものをいった。
それも“電池を入れて走らせる”という経験が、である(わがことながら本当にひどい話だ!)。
しかしそのように走行の練習をせずに何をしてたのかというと、私はカニの見た目を追求していたわけだ。カニのミニ四駆を持ち込んだ当日、会場の色んな人に言われたのが「すごいですねそれ。コンデレですか?」よくわかってますね、そうです、コンデレです。
ツンデレヤンデレみたいなアニメ用語かなと思って適当に答えていたけどなんですかそれ?
どうやらジャパンカップにはコンクールデレガンスという見た目コンテストもあるのだ。さあきた。盛り上がってまいりました。
いくだろ、これ。
これだけ頑張ったんだから、最優秀賞いくだろこれ。ということで私のもうひとつのジャパンカップはこれから始まることになった。
(編集部より:なんと本記事、後編に続きます。次回「コンクールデレガンス編」をどうぞお楽しみに!)
しかしこのあと見た目コンテスト「コンクールデレガンス」に出場できることになった。いけるだろこれ!出るか最優秀賞!