最後に変な奇跡があった
この撮影が終わった1週間後、バーチャファイターのポリゴン制作に携わっていた、という人と偶然飲んだ。
今しかない!と一連の写真を見せたら「バーチャファイターの1と2のあいだくらいのポリゴンだ」と笑ってもらえて良かった。宝くじに当たるくらいの確率で、ただただ変な奇跡ってあるものだ。
メイクとは、立体感を出すものなのだそうだ。ハイライトだったりなんだりで凹凸を強調させる。そんな噂を聞いた。
メイクに縁のない筆者は、立体感、と聞くとTVゲームが手探りで3Dに挑戦した頃のカクカクしたポリゴンのことを思い出す。初代プレイステーションやセガサターンといったハードが活躍していた頃だ。
3Dポリゴンになることで、顔に立体感が生まれるのではないか。
ふいに、はじめてメイクをしてもらった時のことを思い出した。学生の頃、企画で女装をさせられた、もう10年以上も前のことだ。
参加者は男5人。それにヘアメイク担当が一人一人つけられる。
企画開始から15分ほど経ったところで、少し離れたテーブルからキャーキャーという声が聞こえた。同じく女装させられている友人が「かわいい!」らしいのだ。ちらっと横目で見ると、チャイナドレスに身を包んだ友人は確かにかわいくなっていた。
そのとき人生で初めて「おれもかわいくなりたい」という感情が自分の中に芽生えたことに気づいた。後にも先にもこのときほど”美”を意識したことはなかったと思う。
これがメイクか、と思った日のことだ。
思い出話はさておき、今日はメイクアップを教わりに三善さんに来ている。
女装ではなく、一昔前の3Dポリゴンになりたいと思ったからだ。
今日は3Dポリゴンの中でも、木を削り出したようなフォルムが印象的だった『バーチャファイター』というゲームのキャラクターになりたい。
令和のこの時代に見ると”牛乳パックで作れそうだな”とも思えてしまうけど、格闘ゲームの金字塔とも言える作品だ。
ご協力いただくのは、以前べつやくさんの『爆発メイク入門』でも弊サイトがお世話になった市川さん。
さっそくいろいろ教わりながら、ポリゴンになっていこうと思う。
3Dポリゴンメイクは眉をすべて消すことから始まる。そのため、まず”眉を寝かせる”のだという。
触ってみると、ベタベタした質感がロウソクのよう。プロの歌舞伎役者なども使用しているメイク用品なのだという。
三善さんは昭和28年に創業した舞台メイク用品の専門店なのだ。歴史ある店の片隅で、ひとりのポリゴンが誕生しようとしている。
教わりながら左眉を寝かせる。放物線を描くように、強めに押しなぞっていく。
眉を寝かせたらカバーペンシルなるもので消していく。そうか、眉を倒さないとこの色がうまく乗らないのだ。
メイク中は口が開きづらいので安藤さんと市川さんの会話を聞いていることが多かった。
安藤さんは「眉、全部剃っちゃいましょうよ!」と市川さんに提案していた。この人に委ねるといろんなものを失う。
不思議なもので、眉が消えるだけで一気に感情を失った人間のように見える。それだけ眉って感情表現に大きな役割を持っているのだ。
ここからポリゴンは加速していく。市川さんが取り出したのは医療用のサージカルテープ。マスキングの要領で色の塗り分けに使うのだそうだ。
どれだけ直線を引けるかどうかが鍵の3Dポリゴンメイクにおける、マストバイのアイテムである。
手ほどきを受けながら自分でもメイクをさせてもらう。それにしても眼鏡をはずすと手元が見づらい。手鏡を持ちながら進めるが細かい作業はなかなか大変だ。
普段眼鏡をかけている女性っていつもどうしてるのだろう。
塗って終わり、ではなく、ドーランを定着させるために粉を上からはたく。この粉を使わないと、隣の色との境界がにじんでぼやけるらしい。いろんな粉があるものだなあ。
プロのメイクさんは、”うまく色と色の境界をぼかすこと”がテクニックなのだそうだ。プロをとっ捕まえて正反対のことをさせてしまっている。境界をぼかすなんてとんでもない、今日はバキバキに塗り分けたい気持ちなんだ。
筆者の笑顔が少ないが、顔を動かしたらメイクがずれそうで怖いのだ。単純に、メイクされ慣れていない。
市川さんは手馴れたもので、肌の上で色を混ぜて調整しながら筆を進めていく。
普通のメイクだったら顔を手で抑えながら色を乗せていくのだけど、今回は顔すべてに色を塗るので手の置き場所がなく、塗る順番が難しいらしい。
パズルみたいだ、と思う。ここから先はもうプロにすべて任せよう。
不動の姿勢で市川さんと編集部の安藤さんの会話に聞き耳を立てる。
市川さんは元からこの業界志望という訳ではなく、大学も経済学部だったという。この三善にも営業として入り(三善は化粧品メーカーでもある)、結果的にメイク講師をすることが多くなったのだそうだ。
安藤「このメイクの仕事、アーティストですよね」
市川「両親が美術系だったので、その血かもしれないですね」
二人の会話で、そういえば、まるで忘れていたけど筆者の両親は化粧品会社に勤めていたことを思い出した。
両親が美術系の市川さんと、両親が化粧品会社の筆者の人生が今ここで不思議な形で交差した。
3Dポリゴンになるべくしておれはここにいるのだ。
ふつふつと熱い感情をたたえる筆者を尻目にメイクは進む。
眉間の下、口元の下に影を入れると一気に立体感が増した。知ってる、これがシェーディングってやつだろう。
ポリゴンメイクも終盤。続けてアイラインだ。
「こんなに広くラインをひくんですか」と安藤さんの驚く声が聞こえる。“目がかぶる"”タイプなのでこれでいいらしい。へー、今後の参考になるな。
確かに、目を開けてみるとほとんど目立たない。
目の下にもアイシャドウを塗る。たぶんアイシャドウ。目元に細いものがツツーと通る瞬間は慣れない緊迫感があり、少し身構える。
できた。たくましい眉毛が決まると一気に顔が力強くなった、さぁさぁメイクの完成だ。
メイクが整ったら3Dポリゴンヘアセットである。
いかんせん髪の毛がひん曲がっているためポリゴンには向かない。ヘアアイロンでまっすぐにしたら、ワックスで整え、この日のために買った一番強いハードスプレーで上へ上へ逆立てていく。
これが…おれ…?鏡をまじまじと見つめ、右に左に体を揺り動かす。
服はどうにかポリゴンに見えるよう、アクリル絵の具で塗ったものだ。
ちょうど新幹線で通り過ぎた人が「あの人ポリゴンじゃない?」と疑う程度のクオリティである。手先が不器用なので大目に見てほしい。
おもしろかったのは、室内より外へ出たときのほうがポリゴン感がグッと増したことだ。なんでだろう、理由はわからない。
あれこれポーズとアングルを変え、カメラを選んだものがこの冒頭の写真である。そう、おれこそが3Dポリゴンだ。
事前に用意した鉢巻きと、顔の縦のラインが偶然ぴったり重なった点がお気に入りのポイントである。
何枚か撮れたら満足したので三善に戻り、
今日使ったメイク用品を改めて教わったりしながら、
メイク落としでこすったら、拍子抜けするほどあっという間にいつもの自分に戻った。
魔法のようだと思った。
この撮影が終わった1週間後、バーチャファイターのポリゴン制作に携わっていた、という人と偶然飲んだ。
今しかない!と一連の写真を見せたら「バーチャファイターの1と2のあいだくらいのポリゴンだ」と笑ってもらえて良かった。宝くじに当たるくらいの確率で、ただただ変な奇跡ってあるものだ。
取材協力:三善
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