ビッグサイトで行われているそば打ち大会
高校生に密着
群馬県立利根実業高校。このそば打ち選手権団体戦で二年連続で準優勝している高校である。
その利根実が大会前日に下見に行くというのでついていった。
この日、東京ビッグサイトで行われている食品展示会の一角で素人そば打ち名人大会が行われていた。
引率の先生が2名に出場者4名、付き添いの子が1名
そばの味くらべではないらしい
おっちゃんがそば打ってるところである。高校生興味ないだろうな~と思ってたらみんな目が真剣だった。
「しまった、これ手洗いが先なんだな」
「先生、麺棒どこに置く?」
なんだかよくわからないことを先生と生徒さんは細かく打ち合わせている。
どうやらそば打ち大会は『料理の鉄人』みたいな味勝負ではないらしい。協会が決めたそば打ちの作法があって、そこから外れたものを減点方式で採点していくようだ。
出場者の大畠くん(左)と金井くん(右)
あいさつも採点される
「選手紹介されたら『よろしくおねがいします』を言おうな」
「差がつくのは結局こういうところなんだよ」
先生と生徒であいさつの打ち合わせまでする。ポイントの中には品位や後片付けまであるからだ。
佐藤先生は「台がガタガタしないか開始前に見ておこうな」とみんなに言う。台である。そこから勝負はじめるのか、途方もないぞ。
同じく、長谷川さん(左)と山田さん(右)
深い世界があるようだ
せっかくなのでぼくも横でそば打ちをじっと見る。
しかし(……そば打ってるなあ)くらいしか感想がない。他には(みんなそば打って感心だなあ)くらい。
見ていた大畠くんが「うまい……」とつぶやく。これうまいとかあるのか。さっぱりわからなかった。
「うまいです、生地を四角くしていくのに幅がちょうどになってる」らしい。はは~ん、そういう世界。そういう深い世界があるのだな。
会場はおじいちゃん多し。高校生を見つけるとみんな話しかけてあっというまに人気者に。
翌日の東京ビッグサイト、同じ場所でそば打ち甲子園は行われる
開会式前、担任の先生や友人たちも集まった
担任の先生もかけつけて
そば打ち甲子園当日の朝。開会式前には先生や友人が応援にかけつけた。
女子ふたりがヤダーヤダーとしきりに言っている。緊張するのがイヤらしい。言われてみればたしかに、緊張はイヤだ。
「先生きたらわたし泣いちゃうよー」
社会に出るとこういう空気はそうそうない。誰にも気づかれないようにそっと深呼吸してこっそり森林浴をしていた。
きた、われらが利根実の入場
これがそばうち甲子園か
たしかに甲子園だ
農業系の高校が授業の一環としてそばを育てそば打ちまでとりくみ、その流れで出場するケースが多いようだ
北は北海道、南は鹿児島の11校が出場する。北海道だけで3校出てるのはさすがそばの名産地。静岡はサッカー王国、みたいな話だ。
しかもバスケでいう能代のような強豪校も存在する。
北海道の中でもそばの生産量トップをほこる幌加内町。そこにある幌加内高校は全員がそば打ち段位初段を持っている。中には三段をとる生徒もいるらしい。
そこにはスタープレーヤーもいる。前年度優勝の齋藤桜子選手がそれだ。これほんとにそばの話なんだろうか。
会場には基本的におじいちゃんが多い
高校生とおじいちゃんたち
白い調理服に身を包んだ高校生たちが並ぶとまぶしい。
これを運営側やお客さんのおじいちゃんたちが取り囲む構図は、何かをありがたがっているようにも見える。
開会式では選手宣誓や優勝旗返還もある。この人たち、このあとほんとにそば打つのだろうか。バット持って出てきやしないか。
選手宣誓もある
いつか野球の甲子園みたいにしたい、そのためにそば打ちをみとめるよう文科省にはたらきかけている、と開会式あいさつがあった。
大臣からのメッセージもとどいていた。さすがおじいちゃんたち。ロビー活動がぬかりない。
団体戦にさきがけて個人戦がはじまる。利根実から山田さんが出場
個人戦開始
午後の団体戦を前に個人戦が始まる。利根実からは山田さんが第一組、大畠くん金井くんの三人が第二組に出る。
選手が入場し、各作業台につく。審査員はそばうち5段位を持った5人が担当する。
審査員がそば打ち中にチェックしていく
そば打ちは礼だ
会場には司会と解説のアナウンスも流れる。
「そば打ちは、礼にはじまり礼に終わると言われています。一同、礼」
いきなり知らないことからはじまった。そば打ちって礼にはじまるのか、そばじゃないのか、そばじゃ。
どうやらそば打ちが競技化され、華道や茶道といった「そば道」なるものが生まれたようだ。そば道によって人間形成を、今やそういうことであるらしい。
なんか最近そばみたいな人ふえたなと思ったら、それはたぶんそば道のおかげだ。
衛生検査、爪は白いところが見えたらダメ
粉が勝負を決める
開始の合図とともに粉をあけてふるう。
そば粉500gに小麦粉が200g。
そば打ち段位でいうと初段にあたる量だ。段位が上がると量がふえ、そば粉の割合が高くなるらしい。
粉自体にも簡単なものと難しいものがある。使用する粉は大会当日にわかる仕組みだ。
粉と水をまぜる水回し。金井くんは団体戦でも水回し担当だ
最難関、水回し
そば打ちでもっともむずかしいのがここ、水回し。粉と水をまぜる作業のことだ。
粉や気温、湿度を見きわめ、水を入れる。この分量がそばの出来を左右する。
「入ってる入ってる、回ってる回ってる、いいリズムだぞ~」佐藤先生がつぶやく。そば粉に水が入ってる、回ってる、そういうことらしい。
ボディビルの「キレてる」「ナイスカット」ではないが、そば打ちも競技化されるとこうなるのかと妙に納得させられるものがあった。
大畠くんは団体戦でこねを担当
こね
水回しで粉と水をまぜ、ここからはこねの段階になる。生地から空気を追い出す“菊練り”という作業だ。
利根実ののし棒は太い
のしの作業
生地を丸くのばしていくマルダシ、そのあと四角くしていくツノダシ、ヨツダシ。序盤の生地の出来がここを左右する。穴が開いたりうまくのせなかったりしたら減点になる。
先生が言うにはこののし棒に利根実の特徴があるらしい。見てみると他の学校より太い。なんでですか?
「太い棒で丸くのすのは会津の文化なんです。沼田と会津の文化はつながってるんですよね」
地域の食文化からだった。各地方の特色が出るのも甲子園っぽい。
左から二番目が前年チャンピオン。たしかに切りの速さがちがう。
食べなくても味がわかる理由
最後は切り。この切りで実力差が出るらしい。切りがふぞろいだと、そばのゆで加減にもばらつきが出る。当然味もわるい。
粉は一緒なので味はこの切りの出来でわかる。そのため大会にはゆでと試食がない。
麺のそろい具合がゆでかげん、味を左右する
前年度チャンピオンのすごさ
「切りもリズムでトントンやってく高校は多いんですが、うちはそういうふうに教えてないので遅いです」と佐藤先生。
「あれ見てください。前年優勝の桜子ちゃんの切り。速いですよ」
そう言って指さした先にいる前年度チャンピオンの切りは利根実の倍くらいの速度でトントン切っている。なるほど、これはちがう。これがスターか。そば打ちマンガが今にもどこかではじまりそうだ。
片付けまで採点の対象となる
片付け
片付けも採点の対象だ。作業スペースや道具に粉がついていると原点になるのできれいにふいていく。
片付けが終了すれば挙手で終わりを告げる。制限時間の40分内であれば早くても遅くてもいい。これであとは審査を待つ。
さて個人戦の三人の結果の前に、いよいよ団体戦がはじまる。
団体戦の前に昼ごはん。みんなで食べてるところに入れてもらった
そば打ちが好き
それにしてもなぜこの四人はそば打ちをやってるのだろう。昼ごはんを食べながらきいてみた。
どうやらみんな同じ食品文化コースの生徒さんで、授業でそば打ち初段にとりくんだそうだ。そこからさらに二段を目指したのがこの四人だった。
なんで二段もとるの? そば打ち好きなの? ときくと、長谷川さんは「好きです」と迷いなく答えていた。
金井くんも「好きっすね。楽しいっす」と即答である。大畠くんも山田さんも全員答えに迷いがない。
もうそれだけでこっちはこみあげるものがある。
山田さんにカメラもってもらったら勝手に撮ってた長谷川さんの写真
おじいちゃん、歓喜の歌を歌う
しかしそば打ちである。長谷川さん山田さんは女の子だから会場にじいさんばっかりとかイヤだな~とか思わないの?
「ないですね!」
「あ~わたしちょっとあるよ(笑)」と二人が言う。
「わたしおしゃべりなんですよ」
「おじいちゃんたちめっちゃしゃべりかけてくるよね」
「そう、だからむしろ楽しいです」
今ぼくは聞こえた。遠くの碁会所から、整骨院から、わきあがった歓喜の声が聞こえてきた。
高齢化社会にむかう私たちの最後の希望、それこそが青春をささげてそばを打つ彼女たちじゃないか。
こういうの全部使うんだよ、と言うと「ぎゃー!」と悲鳴をあげていた。わるいけどおれこういうの使うからな!
ここからぼくもう泣いてます
「そば打ちたのしい、というかこのチームがたのしい。この4人が最高なんです」と長谷川さんは言う。
この圧倒的なまでのきらめき。
彼女たちの言葉には金箔でも乗せてあるんじゃないか(小瓶に入ってて箸でとるやつ)。ポロポロと何か言うたびきらめきがこぼれおちてくる。
「でもそれわかる、4人ともめちゃめちゃ性格いいよ、めちゃめちゃいいチームだと思うよ」
彼女たちに感化され、照れずにこんな言葉まで言えた。わかさ生活ってこのことじゃないか。おじいさんが高校生にしゃべりかける気持ち、今わかった。
テレビも取材にきてた。長谷川さんは小島よしおにギャグを披露し、本人からギャグをやってもらう快挙達成
がんばろう、オー! 間近でみるともうウルっときてしまいます
円陣を組む
団体戦をまえに先生も入ってみんなで円陣を組む。
「みんなでがんばろう、オー!」突然の円陣にしては息がそろってる。さすが学生生活まっただ中。
利根実は2年生からそば打ちをはじめ、3年になってすぐのこの大会に出る。なので1回しかチャンスがない。
しかも先輩たちは二年連続で準優勝してしまっている。彼女たちにかかる重圧は相当なものだろう。
大畠くんは一日5回も6回もそば打ったりするらしい
練習量は一番
佐藤先生が「水回しは慎重に、ねりは大胆に。大丈夫だから。あの練習量を考えて」と声をかける。
会場の解説が「出場校のなかには週6回も練習する学校があるそうで……」と利根実のことを言っていたので練習量は出場校のなかでも一番なのだろう。
なかでも大畠くんは休日に一日5回もそば打ちをするらしい。大畠、お店じゃないんだぞ。そんなに打ってどうするのだ。
目の前にいるこの子たちは大人が達成できないくらいの労力と重圧を背負っている。緊張するのもむりはない。
こっちまで緊張してくる
虎がいるな
「あ゛~~~」とうなり声がきこえる。虎がいるなと思ったら長谷川さんと山田さんだ。緊張感がたかまりなぜかうなっていたようだ。
長谷川さんが「おなか痛くなってきちゃったよ~!」とぎゃーぎゃー叫んでる。「正露丸のめよ」と大畠くんに言われ、叫びは「正露丸ほし~!」に変わっていた。今いらんだろ、正露丸は。
いよいよ団体戦がはじまる。
いよいよ団体戦がはじまる
水回しは金井くん。団体戦は個人戦にくらべていくぶん簡単らしい
水回し
水回しは金井くん。この後の出来を左右する重要な部分だ。かんじんの水加減は「個人戦に三人出たのでうまいこと調整してると思います」と佐藤先生。
「ここまで大丈夫です、うまくいってる」見ていた先生は「幌加内すごくいいですね」とも言う。やはり幌加内がいくのか。
大畠くんの力強いねり
ねり
ねりは大畠くん。「重心を後ろぐっとかけて、このねりは評価たかいとおもいますよ」と佐藤先生が言うようにたしかに力強い。
多少やわらかいか……いや、大丈夫か。遠目にみてもわからないので、祈るばかりだ。
のしにつかう棒が利根実の名物である
のし
「やっぱり山田はのしうまいんだよな~」と先生が言ってた山田さんがのしに。
しかしここで山田さんが手をとめ、生地をさわった。どうやら生地に穴があいてしまったようだ。生地の結果はこの工程で出るので、つらいパートだ。
切りはこの日初出場の長谷川さん
切り
「穴あいちゃったんですけど、四角くするのはきれいにできたんでいいと思います。うん、いい。だいぶいい」
先生が言うにはここまで順調にきているようだ。
切りは唯一個人戦に出てない長谷川さん。人一倍緊張してるうえに、これが初本番。大丈夫か。
ゆっくりゆっくりと利根実流に切っていく長谷川さんを信じて祈るばかり。
指差しで作業を確認したあと、挙手。終わった。
校長先生と握手。みんないい顔してる
なぐさめあってるのか健闘をたたえあってるのか、山田さんと長谷川さん
いよいよ結果が出る
そば打ちの終わった四人の顔はすっきりしていた。「大丈夫っす。いいっす」と言う男子二人と対照的に長谷川さんは出来がよくなかったと山田さんとなぐさめあっていた。
審査がおしているようで表彰式はなかなか始まらない。
重圧から解放されたこの感じのまま終わったら一番いいのになと思う。
「そば打ち甲子園だって」「なんだそれおもしれ~」と通りすがりのお兄さんも。こういう気持ち、もうすっかり忘れていた
そして閉会式、いよいよ結果が出る
優勝は強豪の幌加内高校、個人戦は前年チャンピオンの齋藤選手。利根実は個人、団体ともに入賞できず。
先生も健闘を讃えて拍手をおくる
男の子も女の子もみんなで泣いてた
残念だがいいチームだった
残念な結果に終わってしまった。男の子も女の子も泣いていた。
「泣くのは練習したからだよ、がんばったもんな」佐藤先生が声をかけている。
こういう光景、テレビなんかでよく見る。感動的な場面だ。ぼくも表彰式を観客席から見てて泣いてしまった。
しかし実際に目の前で女の子が泣いていると話はべつだ。泣いてる子を写真に撮る罪悪感よ。感想なんてとてもじゃないがきけない。
なんて声をかけるべきなんだろう。泣くのは練習したからだ、というのは先生にとられてしまった。感動しました、でいいのだろうか。
声をかけられず、帰るタイミングを逸している。こういうの実際に立ち会うとこういう感じなんだなと思いながら、何もできず長い間突っ立ってた。
生まれ変わったら高校生になりたい
そばだ。そばを打っている。笑って泣いて感動して、もしかしてこれそば打ってないんじゃないかな、ホームランとか打ってるんじゃないかな、と思って読み返してみたがどうにもそばだ。そばを打ってる。
そば打ちは地味だ。来てるのはおじいちゃんが多い。そもそも、高校生来てくれたらいいな~と思っておじいちゃんたちがはじめた大会なのかもしれない。それでもこの子たちは一生懸命になってやる。
すごいな、高校生。今さらの風が吹き荒れて今さらの嵐の中今さらなことを声を枯らして叫びたい。
高校生すごいぞと。