非電力請求処理への道を拓く
その日は突然やってきた。私の使っているプリンタは、「廃インク吸収パッド」なるものが限界までインクを吸ってしまうと、警告が出てまったく動かなくなる。泣いても笑っても、どうにもならない。
あのころは、あんなにも印刷してくれたのに。
この限界状態は、2年くらいのスパンでやってくる。夏季・冬季オリンピックとはちょうど1年ずれている。前回もかなり難渋した。なすすべもなく、宅配業者に引き取られ工場へ運ばれてゆくプリンタを見送ったあとは、仕方なくコンビニ出力サービスを利用したり、なんとかごまかしたりしてきた。
家からあまり出ない身としては、いちいちコンビニに出向いて請求書を出力するのが本当にめんどくさい。めんどすぎて夜中になってしまい、いっそう億劫になる。
もちろん全て手書きでも可能だろうけど、1枚1枚ー?それだったらコンビニでいいわ。かえって猛烈に面倒だ。
せめて出力の義務が毎月必ず訪れる請求書の、フォーマットだけでも、電力を使わずにいつでも家で作れないだろうか。
まず考えたのは「ガリ版」である。
前から気になっていた「ニューウェーブ・ガリ版」。
私くらいの世代までは、小学校などでこのインクの匂いを嗅いだことがあるだろう。学級新聞やプリント類は、先生が鉄筆でガリガリと原稿を書いて印刷していたものだ。そのガリ版が、形も新たに売られていた。
これで型を作っておけば、自分の手のみでいつでも請求書が!しかも手書きの味わいも深く!手刷りの請求書を見れば、取引先の経理担当者も「今月、ちょっと多く入れとこうかな…」という気になってくれないだろうか。
ガリ版もずいぶんスマートになったものだ。
ただしこれ、葉書サイズなんですね。
請求書を葉書サイズで、というチャレンジもなくはないだろうけど、それ以前に、この大きさに全ての要素を手書きで入れるのは物理的にきつい。よって2版に分けることにした。上半分と下半分。なんだかどうも、面倒の森の入り口に近づいてきた気配だ。
ガリ切り風景。青いシートを元絵の上に載せ、ボールペンでひっかく。
透かしてみると、青いシートが削れて、これが版になる。
紙を置いて版を置いて、
スクリーンを倒してその上からローラーでインクを載せる。ピンボケですみません。
ローラーを何往復かして、さあもういいだろう。できあがりはどうなっているかな。恐る恐るスクリーンを持ち上げる。
ドガーン。
元の版が、完全には削れてませんでした。でももう遅い。版を廃棄してまた1からやりなおしである。地の果てにあるという、面倒の都に来てしまった。
絵と違い、細かく画数の多い文字なので、なかなか青い部分が削りにくいということかもしれない。もっと力を入れるとシート自体が破れてしまうので細心の注意を払い、もう1版作り直してみたが。
経理担当「来月にまとめさせてもらっていいすか?」
降参した。あまった青シートは年賀状用にとっておこう。ガリ版、触れていればいずれ慣れるのだろうが、それよりももっと楽にプリンタレス印刷はできないものだろうか。
請求計画の青写真
ここで思いつくのは、光学系の方法である。日光写真ではどうか。
ネットでかろうじて見つけて購入。
日光写真について以前他の場所で記事を書いたのだが、そのとき使ったのが「熱現像感光紙」だ。「乾式ジアゾペーパー」とも言う。「青焼き」の設計図などでおなじみの、ジアゾ式複写機で使われる紙だ。文字通り、文字や線が青く出力されてくる。
光が当たらない部分が青く残るポジタイプの紙「富士 コピアートペーパー」を買っておいたのが、まだ大量にある。これでやってみよう。
まず、どんな紙かお見せする。元は黄色いが、光が当たると白く変色する。
物を置いた部分が黄色のまま残る。アイロンで裏から熱を加えると・・・
幻想的な文房具写真になる。
面白いし、だいいち簡単だ。上から版をあてて日光にさらし、アイロンがけで熱現像すればいい。
と、まるで簡単なふうに書いてみたが、現実はこれまた大変面倒な道行きであった。こうまでして、なぜ私は請求書を作っているのか。それも受理されるかわからないものを。着てはもらえぬセーターを。
本物のプリンタで透明ラベルシートに請求書を印刷。つまりこの時点ではプリンタ使う。今考えたらここ手書きにすべきだったか。
透明プラ板に請求書ラベルを貼り合せる。
おおー、スケルトン請求書だ。経理の透明化、ってか?
日に当たるといけないので、暗い部屋でコピアートペーパーを取り出し、土台と版の間に挟み込む。
日光に当てること、十数秒。夏場の晴天なら一瞬だ。
もう日に当たらないように急いで取り込み、アイロン台へ。
裏から中温で、請求書をアイロンがけ。
ドゲーン。
い、いや、いいんだいいんだ。まずは今日の天候で試しに焼いてみたらこうなった。後は光の量を見て、置く時間を調整していこう。
これだと、もっと短めに光をあてたほうがいい。それと、ところどころピンボケが激しいので、もっと版と紙を密着させないといけないだろう。
なぜ私は請求書を作るのに張り切って試行錯誤しているのか。いや、今この作業に飽きてはいけない。次にいつ来るかわからないプリンタ停止の日までに方法を確立し、請求が滞らないようにしなくてはならない。たゆまず請求をし続けていかなければならないのだ!
ジアゾ式請求法
まだジアゾ式の試みは続く。
版を両面テープでびっちりくっつけて、版が紙から浮き上がらないようにする。
割と請求書云々のことは頭の隅においやられている。
で、さし挟む(これはイメージです)。
日に当たる直前まで、別の紙で隠す。
日に当たるとパアになる、という切迫感。「あたたかいうちにお召し上がりください」「タイムセール」などは切迫感がありつつもわくわくするものがあるが、ジアゾ式はわくわくしたりはしない。ただもう、背中をせっつかれて、ベランダへ飛び出し、時間を見極め、ささっと戻ってくる、その繰り返しのみである。
何往復したことか。
おりしもこの日は晴れときどき曇り。晴れたときと曇りのときで光量がかなり違うようで、数秒でOKだったものが全然焼けてなくて出来上がりが真っ青になったり、じゃあ数十秒かと放置していたら真っ白にぶっ飛んでいたりで、どうにかOKとなったのがこちら。
記憶の中をたゆたっているような請求書ができた。
ところどころボヤけて、切なくノスタルジックに迫る請求書となった。字はまあなんとか読める。これなら、しれっと出してもそのまま受け取ってもらえそうな気がする。
しかし1枚の請求書の裏にはこれだけの犠牲が払われた。この果てに受け取った賃金は、また格別だろう。か?
よく考えたら、請求書を受理できる紙質の基準などあるかどうかもわからないのだが、とりあえず「読める」という基準で進めたい。
さて皆さんおわかりのように、これだと「まず透明な版を用意しておかねばならない」という難点がある。もう今回の企画で作っちゃったから私は大丈夫だが、その透明版を用意する前にプリンタが動かなくなったら、いったいどうすればいいのか。
そのヒントは今、あなたの目の前にある。
モニタ光源直結式請求法
最後にちょっと思いついて、やってみたことがある。モニタに請求書の文面を表示させて、そこに直接ジアゾペーパーを貼り付けてみた。
もちろん黄色い面を密着させて。
数分置いて、はがしてみた。アイロンをかけてみると・・・。
薄っすら焼けている!
モニタ自体の光でも、時間をかければなんとか感光できるかもしれない。そうしたら透明版は不要じゃないか。
この場合は左右反転させた請求書が必要となるので、一度エクセルファイルを画像ファイルに置き換え、左右反転させて適当な大きさにモニタ表示してみた。
これはモニタそのものの写真。これが版となる。
日光に比べたら相当弱い光のはず。まずは適当に30分、放置してみる。もちろんこの間はスクリーンセーバーも、モニタ電源自動オフ機能も無しだ。部屋は暗くし、他のPC作業もできないので、おやつでも食べることにする。
焼付け中。
おおー。真っ青だけど。
これはいけそうだ!しかしもっと放置時間を長くしなければ。1枚刷るのに何時間かかるってんだ。
左から、30分・1時間・1時間半放置の結果。よってこの方式での最適放置時間は、1時間半となった。
請求書1枚刷るのに、1時間半。その間もちろん仕事ができないので、寝ることにしました。大変なんだかぐうたらなんだかわからない。
さて、これらの請求書、実際にはどこまで受理されるのか。
なんだか喜ばれた
「プリンタ修理出しちゃって、えへへ」「むー・・・」
提出できる印刷レベルの青焼き請求書を、直接ニフティ本社まで持って行った(という体です)。直接、というのは、いきなりこんな、青焼の書類を郵送したらわけがわからないからだ。
まずは担当石川氏に手渡す。編集部がにわかにざわついた。
「へぇー、文字、結構はっきり出るんですねえー!」
個人情報もろもろをぼやかしたサンプルである。さあどこまで請求OKでSHOW!
私「でも、受けとるかどうか判断するのは経理の方ですよね…」
というわけで、今から別フロアの購買部へ実際に持って行って、お伺いしてみようということになった。
購買部…我らライターへの原稿料を司る部署だ。ふざけた請求書を持ってきたなと思われたら、今後ギャランティーがもらえないかも知れぬ。安藤さんもついてきて、3人で緊張しながら階上へ上がる。編集部2名の運命も同様にかかっている。
ご担当氏の席にて編集部が口火を切り、企画の趣旨を説明。私もそれに続いて、「もしプリンターが壊れたらという想定で、青焼きで出してみたのでございます。受理いただけましょうか?」と必要以上に丁寧に説明。すると、ご担当氏は面食らいながらも「へぇー、これ何?ジアゾ?へぇー」と感心し、隣の課長にも見せて協議してらっしゃる。
結局、「ふざけた書類持ってくるな!」などの恐れていた事態ではまったくなく、どうやら大丈夫とのことで、しかも青焼きでの請求書を非常に珍しがってもらえたという、楽しい結果となりました。
どの方法を試してみても、結局はそれぞれに面倒事が立ちふさがる結果となった。ガリ版は、本式のものなら大丈夫だろう。ジアゾペーパーは、もしかしたらお好きな方にはたまらないスタイルの書類かもしれない。モニタに直貼り方式は、元ファイルが鮮明だったらより正式なものとして使うことができよう。
途中で「これ、文房具屋で市販の請求書買ったら全て解決なのでは」と思ったりもしたが、それは忘れることにした。
今度プリンタ修理と締め時期が重なったら、たぶんこれで各方面に請求書出します。青い紙が送られてきても驚かぬよう、皆様よろしくお願い申し上げます。