イメージを食べておなかいっぱい
甘味ですばらしく腹が満ちた。
じっくり姿形を楽しみながら、食べ物というよりもむしろケーキというイメージを食べていくように食べたが、かすみを食べるのとは胃の状態は真逆だ。
砂糖とあぶらと乳製品の重みで幸せ状態がすごい。
そしていま胃のなかにあのショートケーキがまるっと入ったと思うとなにか肉体が二次元的に感じられる。
これはいわゆる「おもしろ味」だ。
Close your eyes……
あなたの目の前に「ケーキ」があります。
「ケーキ」です。
思い描いてください……。
それは、こういう形をしていませんか。
ショートケーキはすごい。
「ケーキ」というものの種類が世にあまたあるにもかかわらず、完全に言葉としてケーキのイメージを統一している(育った文化により誤差はあるとは思うけども)。
ケーキ屋で、私はあえてショートケーキを買ったことがたぶんない。
だってお店にはチーズケーキとか、チョコレートケーキとか、シュークリームとか、ミルクレープとか。あとほら、モンブランがあるしフルーツタルトとか、ほかに食べたいものがたくさんある。
イメージの頂点ではあるがそれほどもてはやされてはいないもの。
これがショートケーキの実態ではないか。
いちばん普通、だけどあんまり買わない。そんなショートケーキを今日は心して買いに行こう。
向かったのは渋谷のコージーコーナー。
メジャーな洋菓子屋と考えたとき思いついたのがここだった。
業界シェア的には1位が不二家、2位がシャトレーゼでコージーコーナーは3位だそう(2018年のデータ)なんだけども、死んだ祖母がコージーコーナーをひいきにしていて私にとって大きな洋菓子屋といえばここなんだ。
ショーケースを眺める。あれ、案外ショートケーキ風のケーキの種類が多いな。
驚くべきことに、ショートケーキの値札には「人気ナンバー1」という札がついていた。
お店の方におそるおそる聞いてみると「はい、よく売れていますよ」とのこと。よく売れているんですか!
冒頭からずっと「ショートケーキってどレギュラーすぎて逆に買わないよね~」みたいな持論を展開してしまっていた……。
めんご!
めんごでしかねえ。
しかし、とするとまさに今回の「ふつう特集」にはいよいよぴったりというものだ。ひとつ箱に詰めてもらっていさんで帰った。
生ケーキというのは形が命である。
運搬の際気をつけなければならない商品ナンバーワンではないか。
小箱にきゅっと詰めてもらえたおかげで美しいまま自宅へお迎えすることができた。
箱をあけると華やかなかおりとともに、ああ、すごい。
ショートケーキだ。
絵が出た! と思った。
立体だがこれは圧倒的に絵。
よく美しい景色などを「絵になる」というが、これはその一歩先の意味で絵になる。絵になるというよりも「あらかじめ絵ですね」というべきか。
眺めに眺めた。圧倒的な既知に興奮する。
テーブルはもちろん、ふつうここに置かないだろうという床に置いても存在感が1ミリたりともゆらがない。
観光地で人は「見たことある!」を再確認すると聞いた。ショートケーキも完全にそれと同じよろこびがある。これほどの食べ物はなかなかほかにないんじゃないか。
サクランボが乗ったクリームソーダがいい勝負をするかもしれない。
興奮したその既知だが、食べることで形が変わるとどう感じるだろう。
ひとすくい。そこまではまだまだ既知の範囲である。
だけど、食べ進め……
そして角度を変えたとき一気に見たことないショートケーキが現れた。
これはあれだ。いつも横顔でおなじみの髪型のスネ夫の、正面顔が出たときの感覚とほぼ同じだ。
正面、こんななってんだ! という。
ちなみに味は、もうこれはお伝えしなくても皆様のほうがご存じなのではないでしょうかという。あのよく知っている味。
じっくりながめて食べたからか、食べ終わったときの祭りが終わってしまった悲しみがいつもより少なかった。
満足した。
甘味ですばらしく腹が満ちた。
じっくり姿形を楽しみながら、食べ物というよりもむしろケーキというイメージを食べていくように食べたが、かすみを食べるのとは胃の状態は真逆だ。
砂糖とあぶらと乳製品の重みで幸せ状態がすごい。
そしていま胃のなかにあのショートケーキがまるっと入ったと思うとなにか肉体が二次元的に感じられる。
これはいわゆる「おもしろ味」だ。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |