わたしたちは日々、企業努力を食べている
コンビニのおにぎりがおいしいことは知っていた。だが、わたしはまだその浅瀬でうろうろしている程度の存在だったのだろう。定番商品の揺るぎない骨太さに触れ、襟を正したい気持ちでいっぱいだ。もっと積極的に食べてもいいんじゃないだろうか。もっと愛していきたいぞ、梅おにぎり。
昭和の大発明、コンビニおにぎり。生まれてから40年以上の時を経て、いまやすっかり定番商品になった。
そんなおにぎり、コンビニで買うときはつい見たことのないやつに手を伸ばしがちだ。足を運ぶたび、初対面のやつがいらっしゃるため、いつのまにやら大定番に触れる機会が減ってしまっている。
梅干しおにぎりを最後に食べたのはいつだろう。思い出せない。ここらで心して全力で味わってみたい。
あらゆる食材がコンビニおにぎりになれる時代だ。かたちも、巨大なもの、小さいもの、四角いものなどいろいろある。
だが、コンビニおにぎりと言われてぱっと想像するのは依然、ご飯と海苔がフィルムで仕切られた「手巻きおにぎり」ではないだろうか。
あの画期的なスタイルを生み出したのは、我らがセブンイレブンである。1976年に開発を始め、1978年にはパリッとした海苔の食感が特徴的な「手巻きおにぎり」の販売をスタート。そののちシーチキンおにぎりが発明され大ヒットを記録し、コンビニおにぎりの存在感は一気に高まった。
文明が若干遅れてやってきがちな北関東で生まれ育ったわたしがはじめてコンビニおにぎりに遭遇したのは小学生のころである。まず、おにぎりを「買える」ことに仰天したのを今でも覚えている。
それまで、おにぎりは家で作るものだったのだ。お弁当で持たされるおにぎりは、ラップとアルミホイルでぐるぐるに巻かれ、海苔はしなしなと柔らかく、食感を失っているのが常だった。
だがコンビニのやつは、クリーニングに出したワイシャツのごとく隅々までしゃんとしていた。海苔はパリパリ。米粒は何かしらの旨味エキスにコーティングされていて中毒性がある。ハマったら危険な気がする。だが、その甘い誘惑に一気に心を奪われてしまった。
コンビニおにぎり以前と以後。世界の見え方は確実に変わったのだ。
………というわけで、誕生時は異端だったはずのおにぎりも今や日常のなかの「ふつう」に定着。ふつうの概念は不変じゃないのだ。
あらゆるおにぎりとの出会いと別れを繰り返してきた今だからこそ、大定番に手を伸ばしたい。おにぎりといえば梅干しである。
大手コンビニ3社のを全部食べようと買いに走ったところ、ローソンの梅おにぎりが売り切れていた。依然人気者である。
まずは手巻きおにぎりのパイオニアこと、セブンイレブンから食べていこう。
情報量、けっこう多い。
そういえば先日読んだフードアナリストの教本に「美味しさを形成している要因は、味覚そのもの以外の割合が95%」と書いてあった。あまりのパーセンテージに驚いたが、そもそも我々、食べる前から既にたくさんの情報を受け取っているんだなぁ。文字情報もまた、美味しさの一要素なのかもしれない。そんなことを思いつつ、フィルムをパカっと開け、白米に海苔をまとわせていく。
………わっ。
シンプルな具材だからこそ、海苔や米の味わいがダイレクトに響いてくる。パリッという海苔の音をいつもより大きく感じて目が覚めた。音がおいしい。白米は、ひと粒ひと粒がしっかりしていて、かすかに感じる塩みがたまらない。
そしてなにより主役の梅干しがジューシーだ。甘酸っぱくふっくらとしていて、量の絶妙さにも圧倒される。海苔や米に対して協調性があるのだ。自分だけ突っ走らずに脇役を引き立てようとしているというか。量、これ以上多くても少なくてもダメなんだろうと、ほかのパターンを食べてなくても確信できてしまった。
デザインされ尽くしていて隙がない。美しい。
シンプルなものほど誤魔化しきかないと聞くけど、本当にそうなんだろう。この味に至るまでの間にどれだけ試作を繰り返したのだろうかと、開発部の試行錯誤の日々(想像)に思いをはせ、勝手に胸が熱くなってしまった。企業努力、ありがとうございます。
さて。ここからは、先ほどのおにぎりと切磋琢磨しあう競合他社の梅おにぎりを見ていきたいと思う。
「国産米ご飯」の精一杯のアピールがいじらしい。
セブンのおにぎりとは明らかにまるごと違う。まず梅の味が違う。色が違う。ごはんの炊き方が違う。お米の舌触りが違うし粘度も違う。海苔も何かが違う。
いいとか悪いとかの話じゃなく「違う」のだ。セブンにはセブン、ファミマにはファミマの開発過程があることを、おにぎりの存在そのものが物語っている。
やはり違う。ローソンのお米が一番、粒同士がまとまりあっているように感じた。あと、梅がいちばんすっぱい。……すっぱい!
それにしても。立て続けに梅おにぎりを食べてみると、食後のすっきり感が半端ないことに気づく。胃もたれが遠い世界である。
コンビニのおにぎりがおいしいことは知っていた。だが、わたしはまだその浅瀬でうろうろしている程度の存在だったのだろう。定番商品の揺るぎない骨太さに触れ、襟を正したい気持ちでいっぱいだ。もっと積極的に食べてもいいんじゃないだろうか。もっと愛していきたいぞ、梅おにぎり。
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