年末年始とくべつ企画「難読駅へいってらっしゃい」
それぞれのものがたり
まず鰭を読む
鰭ヶ崎をくじで引いて、あっと思った。なるほどこれは難読だ。まるで読めなかった。もちろん場所も知らない。
九品仏(近所)、仏子(出身高校の近く)、八街(親戚がいる)と、偶然にも他のメンバーが引いた場所に見知った地名があったから、鰭ヶ崎の未知がいっそう感じられる。
道程を調べるにもどう検索していいいかわからず、「鰭」の字を拡大して検索した。
……ひれ……か。ひれがさき、だ。
どうやら千葉の流山市にあるようだ。JR常磐線の馬橋駅から流鉄流山線という路線に乗ると到着することが分かった。
自宅からは1時間半ほど。遠くない場所なのにまったく知らない、手掛かりがひとつもない。これは……これは楽しいな……!
ほがらかなこころもちでいそいそ電車をのりついだ。
道中は「ひれがさき」の名を忘れて「たらがさき」「すしがさき」など別の魚辺の漢字をが浮かんではピンとこず消え、検索履歴でやっとそうだ「ひれ」だったと繰り返し思い出した。
お……おい! 馬橋駅がすごいね!?
そうして馬橋駅までやってきた。流山線は何となくその存在を聞くことはあっても乗るのは全くのはじめて。
衝撃を受けた。
流山線馬橋駅……めちゃんこ良いね!?!?!?
ちょっとまて、ちょっと待ってくれ。
鉄道ファンの皆様におかれましてはおそらく急に当たり前のことを大騒ぎするかたちになってしまい申し訳ない、でも本当に驚いた。
見慣れたJRの雰囲気が一変した。異世界への入り口というのはこんなにカジュアルに開くものだったか。
お盆に乗せてぼっちゃんに運ぶ朝のミルクを取り落として「ぼっちゃん……! ぼっちゃん!! ……し、死んでる……」ってなるくらい驚いた。比喩がとっぴになるのもやむなし、それくらいの衝撃。
だって、馬橋駅の平然とした俺はJRでがんばってやらしてもらってる駅っすわみたいな、駅前にNewdaysとかあって人も行きかう雰囲気の駅から横に曲がって階段を降りて流山線の急な昔ながらの手作り感。
単純に「昭和みたーい」というノスタルジー方向の興奮とも違う、雑多な中に整然とした視界に入りきる駅の見ごたえがすごい。
かわいい、ジオラマ売ってません? 買って帰ってもう組み立てたいんですけどいいですか? くらいの気持ち。
路線図を見ると流山線は全6駅だそうだ。うわ、路線自体コンパクトなのか……良いなああ。
とりあえず鰭ヶ崎までの切符を買う。そしたらジリリリリリリ! ってベルが鳴って、電車に文字通り飛び乗った。
発車音がベルじゃん! 私さっきまで千代田線に乗って来たのね、そんで乃木坂駅を通ったの。変わった発車音が鳴ってさ、ああそうか、乃木坂駅だから乃木坂46の曲なのかなって思って。
そしたら流山線はジリリリリリリなんだもん。
という具合で興奮をむき出しに乗った流山線は揺れた。
もう読める鰭ヶ崎
私は無知だ。
流山線のことを知らなかった。
なんてことだ。自分が旅に興味がないことにはもう諦め納得がいっているけど、こうしてきっかけがあって旅をすると一瞬で良さを思い知り黙るほかない。
着いた目的の鰭ヶ崎駅もやはりたまらない良さがあった。
さすがにここまで来て駅名もちゃんと覚えた。すしがさきではない、ひれがさき駅だ。
流山線の全6駅のうち昨今では鰭ヶ崎駅は乗車人数が一番少ない駅だそうだ。駅東側一帯の鰭ヶ崎団地が1970年代にかたちづくられ、当時に入居した世代の引退などが原因になっている。
私もニュータウンで育った。身に覚えのある話だ。
とはいえ歩き出すと駅前は建設ラッシュといっていいくらいに工事中で大丈夫な感じがあった。頼もしい。
雰囲気が満点のパン屋さん、子どもたちの命綱であろう本屋さん
さあ歩こう。
南口を出てすぐ、パン屋さんがあった。
ぐっとくるしかないたたずまいに息を飲んでいると中からお店の方が戸を開けて、よかったらどうぞと招き入れてくれた。
このあたりを歩いて紀行を書くのですと事情を話すと、うちはもう50年以上ここで商売しているんですよと、始めた頃は本当に何もなかったのに、そのうちすぐにばーっと家が建って、どんどん宅地が広がったと教えてくれた。
確かに歩けば行けども行けども戸建が並び静かな住宅街だ。
西側、JR南流山との間を走る県道280号線のあたりには大きな店がたくさんあってあれこれ便利そう。
途中、こういった郊外だと子どもの命綱であろう本屋さんがあってドキドキした。
仁王門の代わりにピラミッドを見る
さて、駅名の難読性を理由にやってきたからには由来を知っておかねばなと思い調べると、駅北西の山の上にある東福寺というお寺が鍵を握るようだ。
なんでも、寺の建立を竜王に頼まれた弘法大師がよっしゃ作ろうぞと思うも材料がなく、すると竜があらわれて材料をくれて、そのときに背鰭の先を残していったから……らしく(意訳)、めちゃめちゃドラマチックな由来の駅名だった。
「ゼルダの伝説」で竜の鱗拾って湖に放り投げたらなんか祠が登場するみたいなくだりがあったけども、鰭ヶ崎、そのガチのやつだ。
そしてこの東福寺なのだが、私はなぜか裏口から入ってしまったらしい。
帰りに答え合わせの検索をしていて、真正面から入ると仁王門があり金剛力士像が見られたことを知った。全く気付かなかった……。こうして人はその地に忘れ物をして、いつかまたと土地に縁ができるのであろうから、元気を出そう。
ちなみに金剛力士像の代わりに見たともいえる裏口の近くにあった公園の遊具がすごくかっこよかった。これぞまさに旅の風情。
ちょっと他の駅を見てもいいじゃろうかの……
と、本企画は指定の駅周辺をさまようものである。であるからして私は今日のこの1日、鰭ヶ崎を骨の髄までしゃぶることを使命として受けているのだ。
……。
さて、流山駅へやってきた。
ごめん、だって流山線の駅が馬橋も鰭ヶ崎もむちゃんこかっこよくて、だったら残り4駅も見たいなって、またすぐ来てもいいと言えば良いのだけど記事に2020年12月現在の全駅の記憶をとどめておくことは絶対に意義があると額の目が開いてしまったのだ。
なので私は見るよ、開いた新しい目で、流山線の全駅を。
急ですが〇〇へいってらっしゃいという日
鰭ヶ崎はまったく知らない場所だった。
名前だけは知ってるとか、誰か友人や親せきが住んでいるとか、そういうほんのちょっとしたとっかかりもない。
そういう場所は私にとってものすごく多くて、そのうちのどこに行っても行けば「知る」があるんだなと思うし、なんなら流山線ライブで乗ったら最高ですじゃんね! みたいな強い出会いもあるわけだ。
また明日からはどこへも行かずに東京で暮らす。でもたまに、急ですが〇〇へいってらっしゃいという日があったらそれは絶対に楽しい。
そうして生まれたのが、そう、ダーツの旅なのです。
年末年始とくべつ企画「難読駅へいってらっしゃい」
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