年末年始とくべつ企画「難読駅へいってらっしゃい」
それぞれのものがたり
海士有木の「海」は海鮮丼の海
道中、交通経路以外の下調べはあえてせず、どんな土地かを想像しながら京葉線に揺られる。
- 頭に「海」がついて
- 読みが海女と同じ「あま」
- 房総半島にあり
- 交通手段は小・湊(=港)鉄道
どう考えても海岸沿いの港町である。そうなってくると地名の読みが難しいとか簡単とかもうどうでもいいのだ。「おいしい海鮮丼を食べる」。それを第一目的に、京葉線から内房線に乗り換え、そして五井駅で降りた。
五井駅には小湊鉄道の車庫があった
乗り換えに時間があったので、少しあたりを散策する。
いい魚屋さんがあった
否応にも高まる、海の幸気分。五井駅の周辺はいわゆる港町という感じではなかったものの、次に乗る列車で、一気に海の方に近づいていくことだろう。
これはJR五井駅の改札。ここを通り抜けて右奥に小湊鉄道の駅がある。
改札外には小湊鉄道の券売機はない。
JRの駅員さんに「小湊鉄道に乗ります」と伝えると改札を素通りでき、その先で小湊鉄道の切符が買える。そんな合言葉みたいなシステム、あるのか。
ホームに降りるとほどなくして二両編成の電車が到着。
これに乗って出発
ローカル線の旅はとても風情があったが、そうはいってもたった2駅の話。乗車時間は8分。
そして降り立ったのは……
あまありき。そして背景に広がる田園風景、そして、山。
潮の匂いのしない駅だった。
名は体を表さない
僕の出身地は岐阜県の本巣町というところだが(現在は市)、僕が住んでいたころは小さな本屋が一軒しかなかったし、今ではそれもつぶれてしまった。本巣だからといって本にあふれているわけではないのだ。
海士有木もしかり、である。
駅を出てすぐ眼前に広がる景色。ここからは何とも判断できないが…
そのわきにある、かまぼこ型の山ばかりが描かれたこの案内を見て、「ここには海鮮丼はないな」と悟った。
上の看板、駅の近所を表したものではなく、よく見ると小湊鉄道の線路上に7個ほどの駅がある。そのスケール感の地図でも、海がないのだ。「なるほどね。」と声が出た。
駅前には犬がつながれていて、退屈そうにしていた
完全に目的を失ってしまったまま、ひとまずあたりを散策してみることに。
駅の周辺は新しめの家が並ぶ住宅地という印象
少し行くと巨大なパチンコ屋があって(写真手前はその駐車場で、奥の長いのが店舗)、そのあたりから古い家も増えてくる。立派な屋敷が多い。
住宅地の一区画に立派なソーラーパネル。隣の民家からヤギの鳴き声が聞こえる。ありえない景色では全然ないが、ちょっとずつ非日常である
見つけた唯一の魚屋は金魚屋さんだった。海鮮どころか淡水魚
海士有木で検索しようとすると、サジェストに「ローソン」と出てくる
これがこのあたりを代表するスポット、ローソンである。
ローソンに何かあるかな?と思って入ってみたけど、駐車場が広いことを除けば普通のローソンだった。
さて、この記事何を書こうかな……。
空と水道橋
というのは冗談で、去年の年末年始企画で行ったいわて沼宮内で学んだことがある。見どころのない町などないのだ。旅先を楽しめないのであれば、それは旅をする側の問題なのである。
しばらく歩くと、急に景色が変わった。
地平線まで続くハイウェイ!
いや実際にはハイウェイではないし地平線までは続いていないのだが、さいきん家にこもりがちでこんなに広い空を見ていなかったので、脳の視覚野にカーン!と響いてしまった。
ここずっと歩いて行ったら気持ちがいいだろうな……と思うけど、そうすると何も起きないだろうから、記事に書くことなくなるぞ……、という葛藤。
しかしこういう時は本能の赴くままに進むのだ。
ずっとむこうに水道橋が見える。あそこまで行ってみよう
めちゃくちゃ四角いUFOが着陸した跡
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うわー
景色の良さに、つい声が出てしまった。空が広いというのはなんと気持ちのいいことだろうか。
川の水面に反射して、青い空がさらに倍
反対側からも
「記事を書かねば」という仕事モードのせいで完全に見落としていた。今日の天気、絶好の散歩日和だったのだ。
あれ、向こうにあるあの建物はなんだろう
あぜ道を歩いて近づいてみる
足が埋まる!
畑の真ん中にポツンとあるそれは
小さな神社だった
「献」&「奉」
周囲を見渡してみると、広大に広がる畑のところどころに、ほかにも木がモコっと盛り上がったところがある。
そういえば実家の近くにもこんなところがあった気がする。ちょうど似たような田園地帯なのだ。でもあまりに日常すぎて、わざわざモコモコの近くまで行ってみたことはなかった。
あの中には小さな神社やお墓があったのか。
ここはお墓
着こんできたのでポッカポカになってしまった。ダウンジャケット半脱ぎの不審な格好で歩き回る
海士有木といえばローソン、をGoogleだけでなく落ちていたペットボトルでも思い知る
この日の会話は2回
さて、みなさんお気づきだろうか。海士有木で電車を降りて以来、この記事には僕以外の人間がだれ一人出てきていないことに。
国道沿いに戻ってきた。海士有木があったので記念撮影です
検索サジェストにもうひとつ「海士有木 タイヤ」という候補もあった。ここのことだな……。はからずも、ものすごい勢いで海士有木のサジェストをコンプリートしようとしている気がする
ガソリンスタンドの跡。
メキメキに劣化していてかっこいい…
なぜかちょっと遊園地っぽいデザインの洗車機から電子回路がむき出しになっていてすごく退廃的。ゲーマー専用のたとえで申し訳ないけど、バイオショックのラプチャーみたいである
そうこう散策しているあいだも、車はたくさん通っているものの、歩いている人がいない。
実はこの日、地元の人と会話したのは2回だけなのだ。
一回目はラーメン屋の店員さん。飲食店が見つからず、これはお昼も食いっぱぐれたな……と思ったところでようやく見つけたお店だ。
ここで注文を聞かれたのが、海士有木で初めての、人との会話である。
ゴマとゴマ油の入ったラーメン。香ばしくて、そして黒いスープがしょっぱくて、めちゃうまい
貴重な聞き込みチャンスである。支払いのついでに、お店の人にこのへんの見どころについて聞いてみた。
「何もないからね、この辺は何もないんですよー」としばらく考えたあと、「景色はいいですけどね。天気がいいと店の前から富士山が見えるんですよ」ということを言われた。
そうそう、いいんだよねー、景色。急にフランクに同意してしまいそうになった。
今日は富士山は見えなかったけど、このあたりらしい
もう1回は、お寺にて。
小湊鉄道の駅でパンフレットを取っていたのを思い出し、そこに書かれていたお寺を訪れたのだ。
長谷寺というお寺
お地蔵様が6人並ぶ
こちらが本堂
お寺の周りをうろうろしていると、扉がガラッと開いて、中からおばあさんが出てきた。
「何か御用ですか?」
空いた扉の向こうから、金色の立派な仏像が一瞬だけ見えた。
こういうとき、話のとっかかりとして使える鉄板のフレーズがある。「東京から来たんです。」だ。
これを言うとたいてい「まあ東京からはるばる!」ということになって、何か情報を教えてもらえたり、変わったものを見せてもらえたりする。
べつに東京だから偉いというわけではなくて、福岡でもメキシコでも土星でもいい、はるばる遠くから来たことが大事なわけだ。単に僕が東京からきているから「東京から」と言っているだけで。
ただ、この新型コロナの真っ盛りである。「東京」の地名は鬼門なのだ。口にした瞬間に、いやな顔をされるかもしれないし、そうでなくても不安な思いをさせるかもしれない。特に今回のように高齢の方には。
「いえ、何でもないんです。小湊鉄道のパンフレットに載っていたので、見学にきただけで。」
と2m先から言って、そそくさとお寺を後にした。ちょっと寂しい気もするけど、これはこれで、2020年ならではのニュー旅情(ニューノーマルのニュー)かもしれない。
そうこうしているうちに小学生の帰宅時間になって、この町にようやく通行人があらわれた。
ダムへ…
ここまでで散歩としての満喫度は120%に達した。大満足である。
ただ記事としては、メインになるような場所なり出来事なりがほしい気もする。タイムリミットも迫ってきたし、ここで思い切った方向転換をしたい。
駅前にあった看板
じつは今いるエリアから駅を挟んで反対側、1キロほど歩くと、「こどもの国」という遊園地があるのだ。
海士有木への到着時、大人一人で遊園地に行ってもな……と思って避けたのだが、かといって今いるエリアではこれ以上なにも起きなそう。改心して行ってみることにした。
影も長くなってきた。畑の間の道を早足で歩いていく
当初「あれがこどもの国だろう」と思っていた2つの塔は、実際は清掃工場の煙突だったようだ
道中で気づいた。こどもの国の対岸にダムがあるな
けっこう急な坂を上っていく
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ダム湖だ!!
木の茂った薄暗い坂道を抜けてきたので、目の前で急に空がひらけて、うわー!と思った。本日2回目の「空が開けて、うわー」だ。
そしてそれは、何回経験しても胸がいっぱいになってしまう体験である。
対岸の森のむこうがこどもの国。写真右側に大きく迂回して、奥に見えている橋を渡ると行ける
そしてほどなくして、こどもの国の方角から、閉園の音楽が聞こえてきた。16時。新型コロナの影響で閉園時間が早まっているのだ。
なるほど。これは遊園地をあきらめ、このままダム湖を満喫する機運である。
景色がいいので自撮りも良い笑顔が出てしまった
泳ぐカモの群れが引いている波が長い
奥の方に白い建物が見える。あれが取水口で、水は工業用水として使われているらしい
あとで調べた情報では、このダム湖には川が流れ込んでいないそうだ。水は近くを流れる養老川から引いているらしい。その養老川こそが、最初に訪れた水道橋のかかった川である。
本日2回の「空が開けて、うわー」、いずれも同じ水源のたまものだったのだ。
もうちょっと歩くとダム湖にせり出して岬のようになった広場が見える。行ってみよう
オレンジ色のブイ(?)が浮いていて、壮大な柚子湯みたいである
広場についた
眺めが良さそう!と思ってやってきた広場だけど、まわりに木が植わっていて思いのほか視界が悪かった。
あっちに浮いているのはソーラーパネルだろうか
このソーラーパネルは2018年にできたメガソーラーで、水上設置型の太陽光発電所では国内最大規模なのだそうだ。同年9月に台風が原因で火災が起こり、たいへんなことになったらしい。
それはそうと、ふと足元を見ると、何か妙なものが。
盛り土?
動物の掘った穴……?
ハッと気づいて周囲を見渡してみるとめちゃくちゃある、囲まれたか!?
動いた!!!
ウサギの巣穴など、出入りするための穴とはちょっと様子が違う。通ったそばから埋めてしまう、片道通路としての穴。つまりモグラの穴が正解だろう。
ぜひいちど家主にお目にかかりたかったが、
手で土をよけてみても穴までたどり着けなかった。
人と話さなかったぶん、人類じゃなくてもいいので哺乳類と会えないかなと思ったのだが。
もうちょっと粘ってみたいところだけど、ここで帰りの電車の時間が迫ってきたようだ。僕は駆け足で駅に戻って、ギリギリで帰りの電車に飛び乗った。
さようなら夕暮れのダム湖
帰り道、電線にはスズメがめちゃ止まっていた
海士有木の見どころは淡水
そういうわけで海鮮丼にはありつけなかったが、じつは海士有木の由来としては漁師の村があったことからきているようで、決して海と無縁の土地というわけではないようだ。実際、車があれば海はそれほど遠くはないみたいだった。
しかしながら、僕がめぐった海士有木には海はなかった。川があり、水道橋があり、ダム湖があり、淡水に楽しませてもらった一日だった。(最初に見た金魚屋はそれを示唆していたのかもしれない。)
それらがたどってみると養老川という一本の川につながっていたというのは、帰宅後、原稿を書きながら調べていて分かったことである。これはちょっとハッとするようなネタバレで、家に帰ってなお、旅の楽しみを積み足してくれた。
水が合うとか合わないとかいう言葉があるが、僕にとって海士有木は、文字どおり「水の合う」土地であったのかもと思う。
そういえば、「参加ライターは全員、何かお土産を買って帰る」というミッションがあったのだ。海士有木にはローソンしかなかったので帰りに五井駅の魚屋で塩辛を買った。
帰ってから気づいたが、買ったのが五井なら産地も青森で、もはや海士有木とは何の関係もない…!
年末年始とくべつ企画「難読駅へいってらっしゃい」
それぞれのものがたり