特集 2019年5月13日

「ビリヤニって何ですか?」と詳しい3人に聞いてみた

「ビリヤニって何ですか?」と、インド料理に詳しい3人に伺ってきました。

確か昨年くらいからだろうか。気が付くと料理好きの友人たちが、急にビリヤニという米料理を恐る恐る作りだした。なんでも半茹でにした細長い米を、カレーと一緒に炊いたインド料理らしいのだが、ネットなどに載っている作り方が全部違うので、なにが正解なのかわからないのだとか。

ビリヤニの定義ってなんだろう。米の種類なのか、具やスパイスの組み合わせなのか、あるいは作り方なのか。その答えを求めて、ビリヤニ文化に詳しい3人に話を伺ってきた。

趣味は食材採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は製麺機を使った麺作りが趣味。(動画インタビュー)

前の記事:富山湾の光る宝石、ホタルイカを捕まえたい 2018-2019

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急にビリヤニが流行りだしたぞ

ある製麺好きの友人が、「僕はもうビリヤニクラスタですから」といいながら、いつの間にかビリヤニを作るようになった。

友人A:「肉じゃがだったら肉の違いとかはあっても作り方はだいたい一緒じゃないですか。動画サイトとかで調べても、ビリヤニは人によって全然違うんですよ。なにが正解なのかまったくわからなくて……」

そんな説明をしながら、新大久保で購入したインドの細長い米を半茹でにして、寸胴鍋の中でマトンのカレーと層にすると、その地表部になにやら派手な色付けをして、小麦粉を練ったもので蓋を目張りして弱火に掛けた。

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これが彼の作ったビリヤニ。味は間違いなくうまいのだが、作り方に込められている意味が理解できない。半茹での米をカレーで炊くのはなぜ?

またある友人は、食事会の締めに炊飯器で炊いたビリヤニを出してくれた。

友人B:「いや、これはビリヤニ風炊き込みご飯。カッチ(生肉を米と炊くスタイル)でダム(米と具の重ね炊き方式)だけど生米で炊飯器だから、あくまで『ビリヤニ風』ということで。ビリヤニって言い切ると、ビリヤニ警察に突っ込まれるかもしれないし!」

ちょっと何を言っているのかわからないのだが、どうやらビリヤニについて熱い想いを持つ日本人ファンは多く、ネット上でビリヤニを取り締まる存在がいるらしい。という話はたぶん都市伝説なのだろうが(だと信じたい)。

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炊飯器で炊かれたナチュラルカラーのビリヤニ(風)。

さてビリヤニとは一体なんだろう。現時点で把握しているのは、米を半茹でにしてから炊きなおしたり、具と米を層にしたりという、私の知らない技術が使われていること。そしてその作り方や材料は、人それぞれでかなり違うということ。それでいて確固たるビリヤニ像を持つ人がいるという謎。

日本でも流行りつつあるっぽいんだけど、まったく正体不明のインド料理、それが私にとってのビリヤニ像なのである。

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今回の記事に出てくるビリヤニの地図。ちょっと南側に偏っちゃったかな。

詳しい人に聞いてみよう

そんな謎多きビリヤニを理解するために、まず上記二人の友人も影響を受けているという、イナダシュンスケさんに話を伺ってみた。

エリックサウスという南インド料理専門店などでレシピ開発を担当する方である。

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様々な国の料理を学んだ後、インド料理は諦めようと踏ん切りをつけるために渡印したら、その魅力に取りつかれてしまったというイナダさん。

イナダさん曰く、ビリヤニについて詳しく知りたいのであれば、できればマトンとチキンの2種類を試してほしいということで、やってきたのは渋谷にあるエリックサウス マサラダイナー。

ここはランチタイムにも2種類のビリヤニを出しており、さらにはプラオというインドの米料理も提供しているそうだ。それってビリヤニとどう違うんだ。しまった、また謎が増えてしまった(嬉しい)。

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メニュー表には、「インド式スパイシーパエリア」と説明されている。
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同行いただいた編集部の古賀さんが、メニューの裏にびっしりと書かれたビリヤニの説明からくる圧力に固まる。内容が気になる方はお店で確認してください。

イナダ:「インドにはビリヤニの聖地と呼ばれる場所が何か所かあって、そこはイスラム教徒の方が多い。中でも有名なのがインドの内陸部にあるハイデラバードで、当店のマトンビリヤニはそこの作り方をベースにしたものです」

インドでも、そして日本でも、オーソドックスなスタイルのひとつと言えるハイデラバード式ビリヤニの作り方を、特別に厨房で見せていただいた。

ハイデラバード式マトンビリヤニ エリックサウス流の作り方

仕込み中の厨房にお邪魔させていただくと、お腹が強烈に空いてくる香りが充満していた。絶対に美味しいものが出てくるキッチンだ。

まずは銀色のツボのような容器に、スパイスを入れた熱湯で半茹でにしたパッサパサの米を敷き詰める。この米はバスマティライスという細長い香り米だ。

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エリックサウスのビリヤニには、インドの高級米であるバスマティライスが使われている。
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スパイス入りの熱湯で半茹でにしてあるのがポイント。

続いて取り出したのは、マサラと呼ばれるカレーソース的なもの。骨付きのマトンがたっぷりと入っている。

多分これとライスだけで、すでに十分うまいやつだ。

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ビリヤニ専用に作られたマトンカレーが使われる。もうこれでいいじゃん。

バスマティライスの上からマサラを掛けて、さらに生のパクチー(コリアンダー)、ドライのミントをどっさりと加える。

「本来インドでは生のミントが普通ですが、日本だと高価すぎてたくさん入れられません。ただこれはやってみてわかったのですが、ドライミントの方がむしろ加熱後もしっかり香りが残りやすいというメリットもあります」

ミントというとアイスにちょこんと乗っているイメージだが、中央アジア料理では肉に合わせるハーブであり、牛や羊の料理でよく使われるそうだ。へー。

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ミントってこんなにどっさりと使うものなのか。

「このようにライスとマサラを層にするのが特徴です。作る量によって層の数は変わるのですが、この6人前の器だと5レイヤー。ライス、マサラ、ライス、マサラ、ライスと重ねるとちょうど良い。

深さがある容器だと、ライスとマサラの二層だと炊きムラができる。米にマサラが満遍なく行き渡らないから層を重ねます。でも実は満遍なくなりすぎても良くない。食べたときに味のグラデーションがある方がおいしいので、炊きあがった後になるべく混ぜないようにしています」

味のムラを作らないように層を作るが、ムラがないと美味しくならないという禅問答。さすがインド料理。

最後に水で溶いたターメリックが掛けられ、茹でるときに使われたホールスパイスが載せられた。

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「料理は見た目も大事ですからね!この色とスパイスで気分が上がります」とイナダさん。
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ディナータイムはこの小さな鍋で一人前ずつ作るため、マサラとライスの2レイヤーとなる。

「インドの古いやり方だと、これに蓋をして小麦粉を捏ねた生地で目張りする方法もあります。蒸気を漏らさずに蒸し上げるためです。密封された鍋で加熱して、マサラの水分と味を半茹での米に移したい。それをこの店ではアルミホイルで蓋をして、麻紐で縛ります」

ビリヤニの容器が、急にヘアバンドをつけたサッカー選手のようになった。

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このためにかっこいい麻紐を選んだそうです。そういうの大事ですよね。

「クラシックな方法だと、ごく弱火の炭火で下から炊きつつ、蓋の上にも炭を置いて上下から全体を加熱します。でもそれってオーブンでできるよね、オーブンでやらない理由がないよねって、あるとき気づきました」

ははー。インド古来の方法をイナダさんが日本でアレンジしたこともあり、一から十まで知らない料理方法である。

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上下からの炭火の代わりに、余熱したオーブンで加熱する。

しばらくして、焼きあがったというか、炊きあがったというか、蒸しあがったというか、とにかくビリヤニが出来上がった。

熱気でアルミホイルの蓋がパンパンに膨らんでいる。まさかここからビリヤニが現れるなんて、インド人もびっくりだ。

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ハイデラバード式のはずがアダムスキー型みたいになって出てきたぞ。

そしてアルミホイルを破けば、黄金色に輝くビリヤニが出現し、一気に香りが立ち込める。

これは気分が上がる食べ物だ。パーティー料理に最適。

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インドではお祭りや結婚式などのめでたい席で食べる料理だそうです。わかるー。

これにもう一度蓋をして、余熱でしばらく蒸らしたら本当の出来上がり。

盛り付けるときは、なるべくかき混ぜずに、層のまま縦に掘っていく。するとマサラに接して味が濃い部分と白く炊きあがった部分のグラデーションが楽しめるのだ。

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一人前を取った後のビリヤニ。

3種類のインド米料理を食べ比べる贅沢

このマトンビリヤニと一緒に、チキンビリヤニと鴨プラオも注文させていただいた。

添えられているのはライタと呼ばれる生野菜入りのヨーグルトと、イナダさんに選んでいただいたカレー達だ。

「ライタは個人的には欠かせないけれど、いらないっていうインド人も地域によってはたくさんいます。途中から掛けるのがおすすめです。ビリヤニにカレーを掛けるのは、インドの一般的な食べ方というよりも、ちょっとした後ろめたさのある裏技的なものですね」

なるほど、炊き込みご飯に肉じゃがの汁とか、チャーハンにラーメンのスープを掛けるようなものだろうか。しかしこのカレーの存在が、日本人のイメージするインド料理と、本場の作り方を踏襲したビリヤニの懸け橋となってくれている。

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左がマトンビリヤニ、上が鴨プラオ、右がチキンビリヤニ。ぱっと見はみんな一緒に見える。

まずは作り方を見学させていただいたマトンビリヤニをいただいたのだが、お米のパラッパラ具合というか、軽さがすごい。本当に米なのか、これ。

古賀:「前に別の店で食べたビリヤニはもっとモッチャリしてましたけど、ここのは持った感じが軽くてフワフワしている。ビリヤニ、めちゃくちゃうまいものじゃないですか!」

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さわなかなミントの香りが印象的なマトンビリヤニ。肉汁をたっぷりと吸ってかなりスパイシーに炊きあがったムラムラした米が、驚くほどパラッパラでこれでもかとアッサリしている。なんだこの説明。

「こちらのチキンビリヤニは、インド南東部のタミル地方といわれるところの作り方です。簡単に説明すると、まずマサラにザバーっと水を足して、浸水させた生米を入れて、焦げ付かないように混ぜながら煮て、途中で弱火にして蓋をして炊きます」

それっておかゆの作り方に近い。でも仕上がりはパラパラのビリヤニというのが不思議。

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ナッツや干しブドウが入って味付けもマイルドで、マトンビリヤニとは見た目以上に味が違う。インド南部のビリヤニだからか、なんだか南国っぽい陽気さがある。

「この作り方だと同じ材料でも旨味が全体にいきわたるのに加え、日本人がイメージする『カレー風味』に仕上げやすい。だからこのビリヤニは日本人にとってカレー味の料理のひとつという感覚で、より馴染みやすいんじゃないかと思います。それに対してハイデラバード式はカレー風味とは違うビリヤニならではの独特な風味という印象を持たれることが多い。

ただ欠点が一つあって、この炊き方だと米がべっちょりしやすい。バスマティライスはパラパラしやすいので、日本の炊き込みご飯みたいにはならないのですが、うちでは伝統的なやり方をちょっとアレンジして、その欠点をできるだけなくしています」

このチキンビリヤニもお米が十分にパラパラなので、素人の私には事前に話を伺っていないと、作り方の根本的な違いは正直わからなかったと思う。

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どれも知らない料理過ぎて、なんだか脳が追いついていかない。

「ビリヤニの作り方はこれだけではなく、スパイスなどでマリネした生の肉と半茹での米だったり、ヨーグルトで合えた生米を生の肉と重ねたり。

また具も様々で、基本的にはイスラム教徒の料理なので、インドだけど牛肉が使われる事もあるし、海の近くなら魚介類を使う。うちの店でもジビエの鹿やブリカマのビリヤニを出していました。インドには様々な教徒がいるので、ベジタリアン向けのビリヤニというのもあります。

ビリヤニというのは、地域だったり、宗教だったり、階級だったり、様々な要素が絡み合って発達した料理なんです」

どうやらインドにおけるビニリヤニは日本でいえばラーメンとか鍋料理くらいバリエーションがあり、なにが正解というものでもないようだ。一つの料理にここまで知らないことが詰まっていたとは。

「ビリヤニに対してプラオは使っているスパイスがぐっと少ない。浸水させて、調味料を入れて、具を載せて炊きます。日本の炊き込みご飯にも少し似ています。プラオはスパイスだけでなく肉や香味野菜の量も少ないので、スープに粘度が出ないため、普通に炊いてもバスマティライスの特性だけでパラパラになりやすいんです」

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こうして食べてみると、同じ米で作られた同じような見た目の料理でも、ビリヤニとプラオは違うものだというのがよくわかる。

どこか日本の釜飯っぽさがあるプラオ。どこを食べても味が均一で鴨のダシには安心感があるけれど、お米は軽くてパクチーが香ってくるという不思議。

なんだかインドにある日本料理屋で食べる釜飯みたいだ。

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ろくろを回すイナダさんと石臼を回す私、みたいな写真。

ビリヤニは米料理であり肉料理でもある説

古賀:「ところで、ビリヤニって量が多くないですか?」

玉置:「といいつ、すっかり食が細くなった二人で三人前を食べきりましたけど」

「インド人は日本人よりお米を一度にたくさん食べる印象があります。また基本的にビリヤニの時はいろんな料理と合わせて食べるというより、それだけをドーンと食べる事が多いというのもあると思います。

ビリヤニは普段のご飯とは違うご馳走というイメージもありますから、余計たくさん食べたいというのもあるかもしれないですね」

たくさん食べたいご馳走ご飯か。ちらし寿司とかお赤飯とか、そんなイメージが近いのだろうか。

「インドへ行くと、一人前で500g以上あることも普通です。でもビリヤニってイメージより使っているお米の量は少なくて、たとえば完成が500gあったとして、米は一合も絶対に無い。

バスマティライスは炊き増えがするんです。日本米は二倍強ですが、バスマティは三倍弱。だから炭水化物の量としてはそんなに多くありません」

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生のバスマティライスを見せていただいた。こんなに細い米だったのか。
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イナダさん的にはチキンビリヤニなら450gが適量なのだが、日本人のイメージに合わせてLサイズとしている。

「うちの店では基本的に調理前の重量でお米に対して1.5~2倍くらいの肉を入れています。お米が100gだったら肉は150~200g、みたいな。そのくらいの量が標準。日本人の感覚だとビリヤニは米料理に見えますよね。でも同時に肉料理でもあるんです。

肉を煮る時に蓋がわりに米をかぶせたのがビリヤニのルーツ、なんて説も聞いた事があります。そうしたら米もおいしくなってラッキー、みたいな。その説自体の信憑性はともかく、まず肉ありき、っていう感覚はあるんじゃないかと思います」

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ビリヤニは肉料理でもあったのか。なるほどー。

「でもプラオはもうちょっと純粋に米料理寄り、というイメージで作っています。米をおいしく食べるために肉や野菜をどう使うか。ビリヤニとプラオを分ける定義には諸説ありますし、そもそも明確に区別することは不可能ですが、個人的にはこんな説が最もしっくりきます。

『まず重ねて層を作って炊くのは問答無用でビリヤニ、そうでないものでも具を米と同量以上使うものはビリヤニ、そうでないものはプラオ』

あくまで便宜的なものではありますが」

今回いただいたマトンビリヤニ、チキンビリヤニ、鴨プラオという3つの料理は、スタート地点やその行程はまったく違うものであり、あくまでゴールの景色(料理の見た目)だけが似ているのだ。

以上がイナダさんにとってのビリヤニ、およびプラオの認識である。さらに少し角度を変えてビリヤニ像を立体的に理解するために、タイプの違う二人からビリヤニの話を伺ってきた。

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アジアハンターの小林さんにインタビュー

続いて話を伺ったのは、学生時代にバックパッカーとしてインドなどに何度も行き、その延長線上でアジア各地の食器や調理器具などを輸入販売する店「アジアハンター」を立ち上げて現在に至る、小林真樹さんである。

自分で料理を作るよりは、現地でレストランの厨房や家庭の台所に入り込んで、その地方の食文化に触れることに喜びを覚えるインド好きだ。

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清澄白河にあるナンディニというインド料理店でインタビュー。「待ち合わせ時間はナンディニしますか?」ってメールしそうになったが堪えた。

ビリヤニの定義とはなんですか?

まずは小林さんの考える、ビリヤニの定義を教えていただこう。このシンプルな質問が一番厄介なんだろうけれど。

小林:「これはインド料理全般にいえるんですけど、こうだとか、こうですって簡単に言うのが難しい。

よくいわれているのが、中東とか中央アジアにプロフとかプラオと呼ばれる米料理があって、そういう食文化を持つムガル帝国の支配者たちがインドに来て、元々あった地場のスパイス文化や宗教的要素と融合してできたのがビリヤニ。だからビリヤニが誕生したのは16~17世紀くらいだと思います」

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ムガル帝国とは16世紀から18世紀初頭に掛けて南端部を除くインド亜大陸を支配し、19世紀後半まで存続したトルコ系イスラム王朝。ウィキペディアより。

「本来の由来はムガルの宮廷内などで開発された特別な料理なんだけど、今インドで食べられているビリヤニとは、イコールじゃないと思うんです。

仮にムガル帝国の宮廷料理直系としてビリヤニを出している店があっても、そこに連続性はないんじゃないですかね」

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ビリヤニはイスラム教徒だけの食べ物ではないので、菜食主義者向けにベジタブルビリヤニも存在する。

「ムガル帝国が来る前から、キール(粥)などご馳走としてもインドの各地で米は食べられていた。それが香り米を使っての豪華な宴席料理となったのは、ムガル帝国の影響が大きいんだと思います。

そもそものビリヤニが歴史的に『宮廷で食べられている豪華な米料理』だと定義すると、その流れから考えれば、やっぱり普段の料理というよりは晴れの日の料理というイメージ。だから今でも結婚式などでよく出されます」

もしそのような流れでビリヤニが誕生したのであれば、なぜ宮廷料理という王道から外れつつも、ご馳走料理としてここまで広まったのかがわからない。

バスマティライスを使わないビリヤニもある

日本だとビリヤニといえばバスマティライスというイメージがすっかりついているようだが、インドでもそうなのだろうか。

「インドでも一般的なイメージとして、ビリヤニはバスマティライスで作るっていう共通認識はある。

北インドのヒマラヤ山麓で生産されたバスマティライスが最高の品質とされています」

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ナンディニのチキンビリヤニもバスマティライスを使用。私の経験値レベルだと、これがどういう作り方なのかはさっぱりわからない。

「ただバスマティライスを使わない地域やレシピもある。インドは広いから、そもそも米も環境によって採れるもの、好まれるものが異なる。もともと食べられていた米が違うんです。

例えばインド南部のケララ州マラバール地方ではカイマライスという日本米より小粒の米のビリヤニとか大好きですよ。インドの北東側にあるバングラディシュでは、チェニグラという小粒の米を使います」

日本米よりも小さな米で炊くビリヤニってどういう味なんだろう。さっぱりイメージがつかない。

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ビリヤニで有名なハイデラバードのHotel Shadabのビリヤニ。写真とキャプション:小林真樹
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ビリヤニに使う米だけでなく、付け合せも地方差がある。ハイデラバードの場合、ミルチー・カ・サーランとダヒー・キ・チャトニが付く。写真とキャプション:小林真樹
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ケーララ州北部のマラバール地方で食べられているタリセリー・ビリヤニ(マラバール・ビリヤニ)。写真とキャプション:小林真樹

「生米でも作るし、茹でた米でも作る。米も具材も料理法も違う。鶏の血を混ぜて炊く赤茶色っぽいご飯をビリヤニだって言っている人もいる。

もっといえば、ムガル帝国の影響が希薄な南インドには、米の粉から作るイディヤッパンという麺があって、その麺で作るビリヤニがあったり、カッパという芋で作るビリヤニもある。もはや米料理ですらない」

なんと、ビリヤニってそこまで自由な料理だったのか。というか、ムガル帝国に侵入されなかった南インドでもビリヤニがあるのはどういうことなんだろう。

ビリヤニはB級グルメやご当地ラーメンのように発展した説

「これは勝手な想像ですけど、後からビリヤニという概念が入ってきたので、すでにあったご当地炊き込みご飯にビリヤニっていう名前を箔づけで付けたのかもしれない。あるいはビリヤニとはきっとこんな料理だろうと、地元の食材を使って想像で作ったとかね。

ビリヤニっていう名前はメニュー名として力がある。格が上がる。それまで漠然として名前があったりなかったりした炊き込みご飯的な料理を、この地方独自のビリヤニとすることで、お金がとれるコンテンツになったんじゃないかな。

例えば日本の炊き込みご飯の概念を知らないインド人に伝えようとしたら、日本スタイルのビリヤニだよっていうと理解するじゃないですか」

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伝統的なバンガロール(ベンガルール)のビリヤニは短粒米を使い、葉皿でサーブされることが多い。写真とキャプション:小林真樹

「そもそもレストランビジネスがそんなに昔からあった訳ではない。近代というかイギリス支配になった後に外食産業ができてきた。そこで自分たちのアイテムをコンテンツとして説明しようとしたときに、ビリヤニという名前が便利だった。それくらいの適当さ、懐の深さがあるんじゃないかなって私は想像します。」

これは日本の例でいえば、『B級グルメ』という便利な言葉を使うことで、日本各地で歴史があったりなかったりする名物が誕生していった現象に似ているかもしれない。

「インドにはハイデラバードスタイルとかコルカタスタイルとかデリースタイルとか、いくつか有名なビリヤニがあるんですけど、比較的新しい時代になってから名物として成立したんだと思うんですよ。

ムガル帝国との結びつきが強かった土地だったりといった要素ももちろんありますが、大きい都市にはおいしいものが集まるイメージがある。そういう場所で有名なビリヤニが育っていった。あるいは本当のルーツをたどると意外と、一軒のレストランにたどり着く場合があるかも。こうして今でも地方の名前を冠したビリヤニは増殖していると思います」

それってご当地ラーメンの構造と似ているのでは。札幌とか博多とか〇〇ラーメンという地名のついたラーメンが全国に多数あるけれど、その歴史は意外と浅くて、元をたどれば名物店主のオリジナルメニューだったりするやつだ。

豪華な宮廷料理を起点としつつも、B級グルメ的な展開だったり、ご当地ラーメン的な広がりがされている料理であるという小林さんの説、この話をつまみに酒が飲めるぜ。

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タミルのディンデッガル・ビリヤニは生のバナナリーフに盛られる。写真とキャプション:小林真樹

「ビリヤニは一つの料理名というよりは、もっと包括的な意味を持つジャンル名のように感じます。 多くのインド人自身が曖昧な定義で多様なビリヤニを許容している。確かに何百年も前からある料理だけど、インドでビリヤニが外食料理として一般化したのは、意外と最近かもしれない。

それこそ今は屋台でも食べられるけど、インドは身分制度があった国。生まれながらの格差があって、食べ物も決まっていた。その制度がルール上無くなって、上流階級の人の食べ物だったビリヤニが広まったという面もあるんじゃないかなと」

小林さんの面白い仮説の数々に膝を打ちまくった。もちろん真偽は不明だし、真実は一つじゃないんだろうけれど、こういう側面もあったんだろうと思わせる説得力がすごい。

なんだか昔の深夜番組「カノッサの屈辱」を見ているような気分になる、とても贅沢なインタビューだった。

取材協力:アジアハンター
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5/17に『日本の中のインド亜大陸食紀行』という本が出るそうです。
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ナンディニのチキンビリヤニの作り方

小林さんへインタビューをした際、ビリヤニについての記事を書くという話をナンディニの店主にしたところ、後日チキンビリヤニの作り方を見せてくれることになった。ありがたや。

この店のビリヤニは南インドスタイルだそうで、カルナータカ州のバンガロールで働いていた人たちが作っているようだ。

場所的にはイナダさんの店で食べたハイデラバード(マトン)とタミル(チキン)の中間あたりである。

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鍋がでかい!

厨房にお邪魔させていただくと、巨大な鍋でチキンのマサラが煮込まれ、スパイス入りの熱湯でバスマティライスが茹でられていた。

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水分がかなり多めのチキンマサラ。
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生のコリアンダーやミントなどが入った熱湯でバスマティライスを半茹でにする。
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茹で加減は料理人の真剣な目視で決定。

ハイデラバード式とは作り方が全然違う

ここから先の工程が、ハイデラバードスタイルとは全く違った。

鍋の中で層にするのではなく、半茹でのライスをマサラに全部入れて、煮込むように炊き上げるのだ。

これもビリヤニなのである。

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ザルでライスを湯切りをしながら、マサラに入れていく。層を重ねる方式ではないようだ。
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すべてのライスを入れたら、巨大なしゃもじで混ぜる。ビリヤニというよりはリゾットっぽい。これがパラパラに仕上がるのだろうか。
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水分量を調節したら、ハーブ類を上に載せて蓋をする。
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下から弱火で煮込みつつ、上からも炭火で加熱する。アウトドア雑誌のダッチオーブン特集とかで見た調理方法だ。気密性の高いしっかりした鍋を使えば、小麦粉による目張りは不要なのだろう。
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炊きあがったらギーを加えて、ざっくりと混ぜ合わせて完成。

このようにして出来上がったナンディニのビリヤニは、お米の粘りが出ているかと思いきや、ハラリと気持ちよくほぐれたのだから不思議だ。

なんだろう、魔法だろうか。

言わせてください、ナンディ?

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写真で見ると大きさが伝わりにくいのだが、かなり量が多い。でも食べられる。
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生野菜入りのヨーグルトであるライタ、これをビリヤニにかけることに慣れてきたが、よく考えたら日本の食文化だと絶対にしない行為だな。

スパイスは控えめのマイルドな味わいで、ものすごい量なのだが最後まで美味しく食べられた。

なんだかビリヤニという食べ物を、食べれば食べる程好きになっている気がする。

取材協力:ナンディニ
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ケララの風モーニングでマラバール地方のビリヤニを教わる

最後にご登場いただくのは、大森で「ケララの風モーニング」という、インドの朝食や軽食(ティファン)のお店をやっている沼尻匡彦さん。

今の店ではビリヤニをやっていないが、「ケララの風II」という店名で南インドスタイルの定食(ミールス)を出していたころは、日曜限定でチキンビリヤニを提供していた。

いつかそのビリヤニを食べようと思っていたら、急に店名が変わって食べられなくなって驚いた。

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仕事の関係で南インドに移り住み、その魅力に取りつかれた沼尻さん。

沼尻さんにはインド南西部のケララ州マラバール地方の結婚式で出されたビリヤニの作り方を教えてもらいつつ、南インドのビリヤニ事情を伺った。

沼尻:「ビリヤニは作るのが大変なんだよ。元々はアラブ系統のイスラム料理で、インドではどちらかというと北の、主に小麦粉を食べている人にとってのご馳走米料理。炊き込みご飯だね。

インド人はビリヤニっていうと燃えるんだよね。晴れの日の料理だから、いっぱい食べる。すっごい食べる。お祭りとか結婚式で食べるお祝いの食事なんですよ。丼3倍くらいは食べるよ」

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店名にもなっているケララ州北部のマラバール地方に伝わるビリヤニを作っていただいた。

「使う米はバスマティライスが一番汎用性があるのかな。日本でもバスマティライスで炊いたハイデラバディ(ハイデラバード式)じゃないとダメっていう人が多いけど、インドのあちこちにビリヤニがあるんだ。いろんなとこにいろいろあって、どこが正解っていうのはいえないですね。

料理の名前は違うかもしれないけどタイとか、ミャンマーとか、スリランカにもビリヤニはあるんだから」

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マラバールの結婚式で出された200人前の作り方を、10人前用にアレンジしたレシピを習いました。

小さな米で作るビリヤニ

ちょっと特殊なビリヤニが多い南インドだが、沼尻さんが今回作るビリヤニも、これまでに教わってきたものと違った。

「マラバールのビリヤニは、米粒が非常に小さいカイマライスで作る。バスマティライスもいいけど、カイマライスもうまいんだ。インド北部の人はカイマライスなんて知らないじゃないかな。インドは広いからね。

ただ日本だと手に入らないので、今日はインド北東部ベンガル地方のチニグラ米という、似た米を使います」

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左からチニグラ米、日本米、タイ米。お湯に溶けちゃうんじゃないかと不安になるくらい粒が小さい。

「炊き込みご飯といっても、日本とは作り方が違う。グレイビーっていうカレーみたいなやつを作って、米だけ先に軽く茹でて、ナッツとかフライドオニオンだとかのパーツと重ねて蒸すんだ。ダムでもカッチでもない、カヌールという方式」

グレイビーは他の店だとマサラと呼んでいたもの。この説明を聞いても完成形をまったくイメージできないと思うが、実際に一から作るところを見させていただくと、驚きと納得の詰まった調理方法だった。

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グレイビーのベースはヨーグルト。トマト、タマネギ、フライドオニオン、スパイス各種と煮ていく。
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「塩を入れるときは背中を反ると(ソルト)」。沼尻さんが今日一番伝えたかったことである。
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鶏肉をどっさりと加えて、蓋をして煮込んでいく。

米はお湯で温めつつ浸水させておき、たっぷりの熱湯で半茹でにして、ザルに開けて水気を切る。

日本のお米は粘りやモチモチ感をいかに引き出すかの勝負だが、ビリヤニはさらっと炊き上げるかが腕の見せ所となるのだ。

「最近は白いご飯に混ぜるだけのビリヤニマサラっていうすし太郎みたいなのがあって、それを出している店もある。結構うまいんだよ。彼らはそれを使うことに後ろめたさってないんだよね。かえって最新の製品を使っているから、どうだまいったか!って。インドはコーヒーもインスタントのほうが高いし、パイナップルだって生よりも缶が高いんだ」

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シンプルにお湯だけで半茹でにする。
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この時点ではまだちょっと芯が残っている。
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半茹でしたライスに、塩とギーで下味をつけておく。

ライスの間に個別の具を挟んで蒸しあげる

ここまでは見覚えのある工程だが、ここから先が大きく違った。

まず圧力鍋にグレイビーを全部入れて、ライス、フライドオニオン、ライス、スパイス、ライス、レーズンとナッツ、ライス、生のハーブ、ライス、サフランと色粉で着色した水と、お米の間に味の要素を重ねていくのだ。

重ねる数や順番は、ご都合にあわせて適当でノープロブレム(沼尻さんの好きな言葉)。今回は圧力鍋を使ったが、炊飯器で炊いてもノープロブレム。

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グレイビーの下に焦げ付き防止としてキャベツの葉を敷いている。これは沼尻さんのオリジナル。
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グレイビーを全部入れて、その上から米を敷く。
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グレイビーに入っている味の要素を、また個別に米の間に入れていく。
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料理に入っているカルダモンやシナモンは、煮魚の骨のように避けて食べればいいんだと沼尻さんに教わって、インド料理が好きになった覚えがある。
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スパイスは控えめにして、干しブドウやナッツで南インドの雰囲気を出していく。
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生のコリアンダーをどっさり。ミントも入れたいところだがこの日は品切れだった。でもノープロブレム。
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サフランだけでなく色粉で着色した色水で、めでたい席に似合う派手さを演出。

この高級フルーツパフェみたいなスーパー面倒くさい重ね方をすることで、層によってライスの味付けが変わり、結果として一口ごとに味わいが変化する、なんとも華やかな印象を残すビリヤニとなるのだ。

この作り方では、半茹でにした米を圧力鍋で再加熱しているが、ビリヤニを大量に作る現地オリジナルの方法では、米を完全に茹でてから、熱が下がりにくい巨大な鍋で保温調理のように仕上げるそうだ。

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結婚式で出されたビリヤニだけあって、見た目がとっても華やか。
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付け合わせはライタとアチャール(漬物的なもの)。色付けされた茹で卵がかっこいい。

炊きあがったビリヤニは、パラパラではなくサラサラのほうが正しく伝わるかな。米粒が小さいチニグラ米を使っているからか、砂時計のように口の中へと流れていく。

もしウガンダさんがご存命であればきっと言っただろう。マラバールのビリヤニは飲み物だと。

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一口ごとに味が違うので、全然飽きない。

この沼尻さんのビリヤニは、ケララの風モーニングに行ってもメニューにないのでご注意を。

より詳しい作り方は、こちらのブログに書きました。レッツトライ。


すみません、なんかこの記事長いですね。

こうして3つの店でビリヤニを食べたのだが、どれも似ているといえば似ているし、違うといえば違う。共通点は多いけど相違点もまた多く、食べただけだと素人には作り方が想像できないところが奥深さだ。

料理はなんでもそうだが、食べる側の理解度によって満足度が増えるところがある。ビリヤニは特にその要素が強いのかもしれない。もちろん何も考えずに、日本の米食文化と全く違う美味しさを素直に受け止めるのも自由だ。うまいビリヤニは本当にうまい。

調べれば調べる程、ビリヤニを定義することの難しさがよくわかった。そう、カレーのように。お国自慢のように自分が好きなスタイルを応援するのはいいけれど、こうじゃなきゃいけないと決めつけるのは野暮なのかもしれない。何が好きでもノープロブレムだ。

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ちなみに私が初めて食べたビリヤニは、沼尻さんによる山菜と野草のベジタブルビリヤニ。
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