今回初めて訪れたことで、僕のなかではただただ「美女くらぶ」の街だった八街が、日本一の落花生の街、わかりやすさと謎の街、そして、大好きな思い出の街になりました。
行き先を唐突に決められ、出かけてゆく旅。本当に楽しいので、また行きたいな〜。
当日の朝にくじ引きをし、その結果決まった難読駅に出かけていって、何かしら記事を書いてこい! という趣旨の本企画。
僕が行くことになったのは「八街」という街でした。
「八街」は「やちまた」と読みます。これまでの人生で一度も訪れたことはないけれど、すんなりと読めました。千葉県にあるということも知っていた。なぜ知っていたのか? 本編に入る前に、少しだけ思い出話をさせてください。
あれは大学を卒業してすぐに就職した広告代理店でのこと。代理店なんていうとかっこいいけど、ポンコツ学生だった僕がギリギリ入れた会社。お客さんはすべて、いわゆる「ピンク系」だったり「夜の飲み屋さん」といわれるようなお店が専門の、ちょっと怪しい業界専門の広告を扱う会社でした。僕はそこのデザイン部に所属し、来る日も来る日も女性の写真を切り抜いたりしていた。
そんな会社のお客さまのひとつに「やちまた美女くらぶ」というお店があったんですよね。当然「やちまたってなんだろう?」と思い、担当の営業さんに聞くと、千葉にある街の名前だという。それが妙に印象的だった。
で、当時、例えば同僚が作った広告に誤字が見つかって、ぼそりと「やっちまった〜……」とつぶやく。するとすかさず部署内のあちこちから「美女くらぶ!」と声が上がるのが定番だったんです。まるで歌舞伎の「大向こう」のような感じで。
忘れられるはずなくないですか? そんな町名。今回僕が八街を引き当てたのは運命なんだなって思いましたよね。
さぁ、そんな約束の地、八街へ向かいましょう。
とはいえ、この日は19時までには家に帰ってきて、オンラインで結果報告会をしなければいけないらしい。だけど僕の本業は「酒場ライター」なので、八街では是が非でもお酒を飲みたい。つまり、昼飲みができるお店を探さなければいけない。あるだろうか? よく考えたら自分、名前以外はな〜んにも知らないな。八街のこと。でも、美女くらぶがあるくらいだもん。それなりに栄えた街に違いないっしょ。
自宅のある西武池袋線・石神井公園駅から、JR総武線・八街駅まで、電車を乗り継ぎ約2時間半。
たっぷりと時間があったのに下調べもせずぼーっとやってきた八街駅。とりあえず、駅周辺は閑散としてそうですね……。
千葉の名物が落花生というのは知っていたけど、なかでも日本一の郷がここだったとは。わかりやすい名物や特徴があるのはこっちとしてはありがたい。ぜひおみやげにゲットして帰りたいところです。
さて、まずは駅のホームから、落花生の像らしきものが見えた北口へ降りてみます。
八街で落花生が栽培され始めたのは明治29年頃。周辺の土壌が育成に適していたことからどんどん発展していき、昭和24年には耕作面積が全耕地の約80%を占めて、日本一の収穫量に。その後平成19年に「八街産落花生」が商標ブランドに登録され、さらに高い品質を維持できるようになりました。というのが、八街産落花生の概要だそう。
よ〜し、さっそく馬乗りに……と思いきや
っていうか、「野馬」って何? 野生の馬? 実は八街は、江戸時代以前の戦国時代から馬の放牧が行われてきた土地でもあるそうで、市内には牧場を区画した「野間土手(のまどて)」や馬を追い込んだ「捕込場(とっこめば)」が残されているんだそう。
いろいろと歴史ある街だったんですね〜。
ところで北口、遠目に松屋が見えるくらいで、あまり飲食店や商店がある雰囲気ではありません。
唯一駅前に、
という本場系の中華屋さんが一軒。読みかたは今ネットで調べてみたところ、「ひんきょ」ではなく「しない」らしい。難読駅前の難読中華屋。
これでひとつ昼飲みの保険ができました。いざとなったらここに来ればいい。ただ、ちょっと八街らしさ、千葉らしさは薄めなので一旦保留にし、南口側にも行ってみることにしましょう。
南口駅前にやってくると、
おいおい、像が好きだなぁ、八街。
こちらの像に関しては詳細を確認し忘れ、今ちょっと検索してみたところ、とあるページに
「なんお変哲もないおばあちゃんに見えるこの方、地元の大地主のお母様なのだとかいう噂です」
なる記述を発見。本当だとしたら、南口、急にアバウト!
ところで、駅前。いきなり心躍る物件がありました。
僕が好きなの、こういうのこういうの!
そのまま駅周辺をうろうろしてみると、
店内に座席もあり、たこ焼きがあるならビールくらいきっとあるでしょう。
メニューの豊富さ、手作り感、ちょっとカオスな感じ。僕がどうしてもなかを見たくなってしまうタイプの店だ。八街、お店の数自体はそこまで多くないけど、なんかしら飲めそうでよかった!
そうとわかればもう少しだけ街を探検してみましょう。
立派なピーナツ屋さんを発見。専門店とはさすが日本一の郷。
無事おみやげをゲットすることができました。
そんなふうに八街駅周辺を歩きまわり、僕なりに気になったというか、気づいたことがふたつほどありましたのでちょっとご紹介しておきましょう。
その1。八街では、なるべくわかりやすくないとやっていけない? ってくいらい、商店の業態が外観にシンプルに掲示されていること。
この地では、「ヒカリエ」や「フクラス」みたいな名前ではやっていけないのでしょう。
そんなわかりやすい街並みのなかに突然、こんな光景が現れたりします。
堂々と風にはためいているけど、周囲をくまなく探す限りそれらしきお店はありません。まさかこの、看板にうっすら「手造り洋菓子の店」とある「サンドリヨン」の裏メニュー? でもお店、やってないしな〜……。
「鮮度自慢 刺身」ののぼりが。これまた周囲にそれらしき飲食店なし。この方の実家が漁師とか? もしくは、街に「のぼりゲリラ」が出没している?
それにしても看板の位置がちょっと変だし、あと「舞一」という店名。素直に読めば「まいいち」。よしんば2文字目が漢数字の「一」ではなく伸ばす棒だったとしても、「まいー」としか読めないですよねこれ?
う〜ん、かつて営業していたのならば入ってみたかった。
さぁ、そろそろ酒が飲みたい頃合いになってきましたが、線路を南北に横切る大きめの街道がちょっとだけ気になります。
ここをちょっとだけ南下してみて、なんもなければ駅前に戻ってくることにしようかな。
と、そんな感じで15分くらいは歩いたでしょうか。
勝手のわからない街で昼飲みしたいときに頼れるのは、町中華と定食屋が定番ですからね。
……駅前に戻ることにしましょうか。そして、そうだな、まずはいちばん気になった「絆」って店に向かってみよう。
ところがお店に着いて扉を開けると、さらに入り口がふたつある。そして、
わ〜、あんなに心躍るメニューが並んでいたのに残念。
一応、
完全なる地元の老人たちのたまり場、もとい社交場と化しており、念のため「軽い食事なんてとれないですかね?」と伺うと「ごめんね〜、なんにもないの」とのこと。うむ、他を当たりましょう。となるとあそこだ。たこ焼きの店!
続いて、店頭でたこ焼きを売っていた「富士アイス」というお店に向かい、先客のいない静かな店内へ。ご主人に「たこ焼をきください」と伝えると、「ごめんな〜、今これしかないんだわ」とのこと。指差す先には
「志゛まんやき」
・あずきあん
・しろあん
・カスタードクリーム
志゛まんやき(じまんやき)は、いわゆる大判焼き的な甘いお菓子で、調べてみると長野県上田市の名物だそう。ご主人の出身地だったりするのかな。
えーと、じゃあ、カスタードでお願いします……。
そう、うまいはうまい。ちょっと疲れたところに甘さが染みる。税込み100円というリーズナブルな値段もありがたい。ちょっと休憩するのに最高におすすめの店ですよ、ここ。
ただし、よけいに酒が飲みたい!
飲めそうな店飲めそうな店……とつぶやきながら南口を徘徊していると、こんなおそば屋さんを発見。
よし、ここに決めた!
いや〜、なんだかんだで2時間近く歩き回り、そしていったんおあずけ感のある甘いものを挟んでのよく冷えた瓶ビール。全身に染み渡りますね。
そんでまた、ここ「小川家」さんが、歴史を感じさせつつもアットホームで、なんとも居心地の良いお店。はぁ〜、ゆるむわ〜。
「一品料理」さらに「小サイズ始めました」の文字が嬉しすぎるじゃないですか。と、「カツ煮(小)」をお願いするも、現在、(小)の提供はやっていないんだそう。そうか〜。しかし(大)を頼むと肝心のそばまでたどり着けない気もするし、よし、ここはシンプルに、
で行くか。
揚げたてサクサクで野菜の種類豊富なのが嬉しい天ぷらは、そのままで最高のつまみ。しかも最後は、のどごしよく、こちらもボリュームが頼もしいそばで締められる。やっぱりそば屋飲みは最高。
はぁ、なんだかんだ、最高の昼酒ができたぞ。よかったよかった。
さて、ずいぶん満足したけど軽〜くもう一杯飲んで帰りたい。そうだ、北口のあの中華屋「品居」で、一品つまみでも頼んで飲んで帰るか! と、線路を超えてみると、
あぁ、もう中休みの時間ですか。
つーわけで、
飲んで帰りましたとさ。
上段左から、途中に寄った酒屋さんで買った「八街生姜ジンジャーエール」と、千葉の地酒「甲子(きのえね)純米吟醸 生原酒 初しぼり」。その横は「小川ピーナッツ」で買った「ピーナッツペースト」。
これ、僕の知る落花生とは段違いの甘味と香りの強さが衝撃的でした。
なんでも八街は、落花生はもとより、農産物は全体的に豊富らしく、ショウガもそのひとつなんだとか。
酒屋の女将さんが、小さな子供に飲ませるときは注意したほうがいいと言っていたほど、ショウガの風味と辛味がしっかりとあるジンジャーエールで、
今回初めて訪れたことで、僕のなかではただただ「美女くらぶ」の街だった八街が、日本一の落花生の街、わかりやすさと謎の街、そして、大好きな思い出の街になりました。
行き先を唐突に決められ、出かけてゆく旅。本当に楽しいので、また行きたいな〜。
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