時代の先
この日、眼鏡をかけた町をiphoneのポートレートモードで撮ってあげようと思ったのに、たびたびこんなメッセージが表示された。
「顔を認識できません」

目の前にこんな素敵な顔があるのに。最先端の技術のさらに先に広がる地平を、僕は歩いている。
僕達はいつも町を眺めてはあーだこーだ言ってる。
でも、町から僕達はどう見えているんだろう?
町に眼鏡をかけてあげたら、今まで考えてこなかった問題を突き付けられたんだ。
町を歩いていて眼鏡が落ちてるのを見つけると、とても胸が痛むんだ。
僕自身眼鏡なしでは日常生活もままならないから、「落とした人は今大変な思いをしているんじゃないか?」と考えてしまう。
だけど町に取り残された眼鏡を見た時に湧き上がる感情は、それだけじゃない。
「普段と印象は違うけど、良いよ。凄く良い。たまにはかけなよ」。そう言ってあげたくなるくらい、町には眼鏡が似合ってる。
僕は町の眼鏡姿を、もっともっと見たくなってしまったんだ。
まずは電柱なんてどうだろう。
もう30年くらい前になるか。僕が眼鏡をかけ始めたちょうどその頃、初めて女性とお付き合いすることになったんだ。ある日突然、そのお相手から「眼鏡似合わないからかけないで」って言われちゃってね。なぜか「う、うん。分かった」と受け入れてしまったんだよね。
「恋は盲目」なんて言うけれど、それから約一年間くらい、物理的に何も見えない状態で僕は生きていたのさ。
今ならはっきり言える。「僕は眼鏡をかけた自分が好きだ!それは誰にも否定できないことなんだ!」って。だから町よ。お前もこれからはもっと積極的に眼鏡をかけてご覧よ。それはきっと、とても簡単で素敵なこと。
最初は凡ミスだってしたさ。
でも色々試していたら、すぐに正解が分かるようになっちゃった。
眼鏡姿の町を見ているうちに、なんだか凄く気になってきたんだ。
僕は「片手袋研究家」なんて名乗って、路上観察を20年くらい続けてきた。僕は町のことを見続けてきたけど、町から僕はどう見えているんだろう?
電撃が走った。路上観察をするとき、僕たちは路上からも観察されていたんだ。「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている」なんて言葉を引くまでもなく。関係ないけど「SHEINをのぞく時、サイズ感とかちゃんと確かめよう」って僕は言いたい。
町はいつだって、黙って僕達を観察している。そのことをまったく意識してこなかったなんて、驕り高ぶってたんだろうな。町眼鏡は色んなことを教えてくれる。
そう考えてみると、一方的に眼鏡をかけてきたこれまでの態度も改めるべきだ。もっと相手の好みや状態に寄り添って対話しないと。
どうしたら良いんだろう?悩んでいると、町でよく見かける光景を思い出した。
そうだ!常に日光に晒されている三角コーンに必要な眼鏡はこれだ!
町の声に耳を傾ける為には、やっぱり観察も重要だったんだ。観察すること自体が悪いんじゃない。大事なのは「観察」と「観察される」が対等にある、“視線の権力勾配”がない関係性だったんだね。
僕の路上観察が新たな段階に入ったことを喜んでいると、散歩中の保育園の子供達がこちらにやって来るのが見えた。「帰るよ」。やや怒気を孕んだ妻の声を無視することは出来ず、サングラスを三角コーンから外して僕らは家路についたんだ。
この日、眼鏡をかけた町をiphoneのポートレートモードで撮ってあげようと思ったのに、たびたびこんなメッセージが表示された。
「顔を認識できません」
目の前にこんな素敵な顔があるのに。最先端の技術のさらに先に広がる地平を、僕は歩いている。
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