ぶらりスズキナオとの旅
ホルモンうどんを食べるためにやってきたのは、大阪の新今宮駅。目指すは線路の南側、西成区だ。あいりん地区や釜ヶ崎とも呼ばれるエリアである。
新今宮駅前の巨大な空き地に、星野リゾートのホテルが建つということで気になっていたのだが、完成は2022年の話らしく、まだ特に変わった様子はなかった。
1000円台で泊まれる格安ホテルが並ぶエリアに高級リゾートホテルができるらしいぞ。
さて大阪の旅といえば、在阪ライターのスズキナオさんということで、今回も同行いただいた。
この旅は今までに書いた大阪のホルモンやうどんの記事とリンクしてくる部分が多々あるのだが、それは最後にまとめて貼らせていただく。
昨日の酒が抜けていない感が心強いスズキナオさん。
めざすホルモンうどんの店は、西成警察署のすぐ近く。ナオさんは何度か訪れたことがあるそうで、慣れた足取りで案内をしてくれた。
この街には私も何回か来ているのだが、何回来ても緊張する。路上で話しかけられる機会が多いくらいで、なにかあったということはないのだが。
缶コーヒーは50円、日本酒は100円から買える自販機がたくさんある街。
それなりに緊張する店、きらく
ふらふらと寄り道しながらやってきたのは、どっからどうみても歴史を感じない訳にはいかない、きらくというお店だ。
入り口のドアはフルオープンなのだが、その先は昼間なのに真っ暗。外から店内の様子が全く見えないため、全然気楽に入れない。
「ここっす」と平熱で案内してくれるナオさん。「この街は怖いっていわれるけど、なにかあればどこも一緒ですから。ただ役者は揃っていますけど」とのこと。
なんでだろう、昼間なのに中が全く見えない。
タバコの煙が充満する喫茶店に入る中学生くらいは緊張しつつ、店名が染め抜かれた暖簾をくぐると、ちょっと甘い匂いがした。
店内は意外と広く、そして明るい。朱色の丸椅子が並ぶ8席ほどのカウンターに、小さめのテーブル席が3つ。厨房は完全なるオープンキッチンで、首にタオルを巻いたおじさんが一人で切り盛りしている。
空いていた入り口寄りのテーブル席に座り、とりあえずセルフサービスの水をいただく。
コップがワンカップ。
メニューはとてもシンプルで、ホルモン1皿120円、そしてホルモンうどん・そば・中華そばが1玉300円、2玉なら350円。そしてご飯が150円で、あとは酒類のみである。
麺類はホルモン入りのみ。かけうどんも存在しない。その理由は作っている様子を見て、すぐに理解できた。
ホルモン、四百二〇円かと思ったら、一皿百二〇円じゃないか。安いな。
常連さんらしきお客さんが、「ホルモンのダブルと酒」、「うどんを二玉」といった注文をしている。我々は何を頼もうかと作戦を練っていると、カウンターでお会計をするお客さんと店主の会話が聞こえてきた。
店主:「おつり、まず9000円ね」
お客:「はい(すぐ財布にしまう)」
店主:「おつりを見んと?(数えなくて大丈夫か)」
お客:「いいよ、それで人生変わる訳でもないから」
人を信じすぎるなと教える店主と、それでも店主を信頼するお客ということだろうか。なんだかよいものを見た気がする。
うどんと中華そば、そしてビールの大瓶を注文。ナオさん情報によると、大阪では大瓶を「おおびん」ではなく、「だいびん」と呼ぶそうだ。
これがきらくのホルモンうどんだ
厨房の様子を眺めていると、まずお湯の沸いた鍋で茹で麺を温めて丼に入れ、そこに塩を少々加えて、別の大鍋からスープと具のホルモンをよそってできあがり。
ホルモンうどんとは、鰹と昆布のダシ汁で具がホルモンなのではなく、ホルモンを煮込んだ汁そのものがスープなのである。
帰り際に見させていただいた大鍋。すごいパワーだ。
店の鍋は麺を茹でる用とホルモンを煮る用の2つのみ。だからこの店にはきつねうどんとかたぬきそばは存在せず、ホルモンの麺しかないのだ。
肉を煮た汁で炭水化物を食べるという構造は、牛丼が近いのかもしれない。
これがホルモンうどん。
まずスープを一口すすると、口の中に液状の脂しか入ってこなくて驚いた。そして汁が結構甘い。普通のうどんっぽい見た目と実際の味がまったく一致しないのだ。
よく見れたスープの上に5ミリほどの脂の層がある。寒い地方のご当地ラーメンみたいだ。きっとホルモンから染み出た脂なのだろう。
ビールを飲んで舌を落ち着かせ、牛の肺と腸だというホルモンをいただく。きっちりしょっぱく、しっかり甘い、煮詰まった感じのない仕上がり。今までに食べたことのないタイプの煮込みの味だ。
脂たっぷりの腸がうまい。
友人達が食べにくる理由が分かった気がする
煮込んだホルモンの脂肪分、塩分、糖分に、麺の炭水化物という組み合わせ。そこにアルコールを添えれば、肉体労働者が欲する5大栄養素は完璧だ。
私は全然体を動かしていないので少し胃がもたれたけど、このソウルフルな味こそが昔ながらのホルモンうどんなのだろう。もうちょっと人生がんばろうかなという気になった。
ビールのコップもワンカップ。
こちらはナオさんのホルモン中華そば。ラーメン用というよりは、細いうどんといった感じの麺。
おじさんのしゃべり方は大阪弁ではなく、具志堅用高さんに通じる沖縄っぽさがあるように聞こえる。
ナオさんが前に来た時は、おじさんのおかあさんらしき人が店番をしていて、沖縄出身だみたいなことをいっていたそうだ。
ホルモンうどんと沖縄、なにか関係があるのだろうか。
ナオさんの丼が小さくて、なんだかお子様ラーメンみたいだ。
ちょっと舌が飽きてきたところで、粗挽きの唐辛子を入れて味を変える。
隣のテーブル席に置かれていた2玉用の丼がかっこよかった。
「またよろしゅう」
お会計をすませて大満足で店を出る。金額ちょうどで払ったから、おつりを数えることはなかった。
ホルモンうどんを出す店はここだけではなく、この近辺に何軒かあるようなので、せっかくなのでハシゴをしてみよう。
「紙コップタイプで安い自販機は初めてだなー」と、記念に50円のコーラとバナナラテを買った。
確かに行き止まりだった道。通りがかりの人が、「車、めっちゃ入って来るよ!」と教えてくれた。
上に物を置けなくしたドラム缶。ここで飲み会をするなということだろうか。
モーニング西成。よくみると酉成になってる。
ホルモン鍋の店、たつ屋
2軒目にやってきたのは、新世界の入り口であるジャンジャン横丁へと入る手前を横にいったところにある、たつ屋さんだ。
この店もナオさん行きつけなのだが、いつもホルモン鍋を頼むので、ここのホルモンうどんは食べたことがないそうだ。
外まで人が並ぶ、なかなかの人気店だ。
さりげなくスクワットをしてお腹を空かせたところで、順番がきたようなで入店。店の入り口が2か所あるのだが、中は一つにつながっていた。
カウンター席に案内され、とりあえずチューハイを頼みつつ、壁のメニューを眺める。この店もホルモンうどん、そば、中華の3大ホルモン麺があるのだが、あくまで看板メニューはホルモン鍋なのだろう。
モツ鍋屋ならぬホルモン鍋屋だ。
「とりあえずホルモン鍋を食べましょう!絶品なんですよ!」と、ナオさん。
よしわかった、2人前を頼もうか。これがホルモンうどんの取材だというのは二人ともわかっているのだが、やっぱり食べたい看板メニュー。
ホルモンスープの鍋がうまいのよ
さてホルモン鍋とは何なのか。その正体は、ホルモンを煮た汁で作るキムチ入りの鍋だった。
そうきたか!
大鍋で煮込まれたホルモンの汁で作る鍋、それがホルモン鍋なのだ。
ちょっと厨房を覗かせていただくと、きらくと同じようにホルモンが煮込まれた大鍋があり、その汁が鍋のスープとなるのである。そりゃうまいだろうって。
先程から野菜というものの存在を忘れた食事をしていたので、このニラやモヤシがたっぷり入った鍋は嬉しい。
これで2人前。けっこう量がある。
「おれ、この匂いと眺めだけで酒が飲めます」
ここのホルモンの味付けは甘さが控えめで、そのスープがキムチの辛味とよく合う。
それだけだとちょっと脂っこいスープだが、今回はたっぷりの野菜と一緒なので、この脂こそが頼もしい限りの存在となるのだ。
ホルモンの汁にうどんを入れた人も天才だが、鍋にしちゃった人も天才だな。
鍋の締めにうどんと生卵を投入。これも広義のホルモンうどんだと言えなくもないが、ちょっと贅沢すぎるだろうか。
もしオーナーがイタリア人だとしたら、キムチではなくトマトが入り、締めはパスタだったのかもしれないと妄想を楽しんだ。
これぞホルモンうどんの進化系。
「もう一番うまい。これが一番。他と比べるとかじゃなくて一番!」
正調ホルモンうどんをいただく
ホルモン鍋版のホルモンうどんは最高なのだが、やはり正調のホルモンうどんも食べてみるべきだろう。
果たして登場したのは、きらくと同じスタイルのホルモンうどんだった。こちらもホルモンは腸と肺で、切り方が小さく(でもたっぷり)、味も上品にまとまっている印象だ。
「これぞ、ザ・ホルモンうどんだよ!」と、まだ生涯で二食目なのに知ったかぶりをしたくなる。
それにしても、このホルモンうどんはどういうルーツで生まれた料理なのだろう。大阪ではポピュラーな牛ホルモンとうどんの組み合わせだが、食べるのはこの周辺だけのようだ。
大村崑と桑原和男を足したような店員さんに話しかけると、こちらが知りたかったことをいろいろ教えてくれた。
これで370円って安いな。
「ホルモンうどんなー。だいたい沖縄のおっちゃんおばちゃんが最初に始めたんやろね。ジャンジャン横丁を出たところに3軒あって、ここはそのうちの1軒を沖縄の人から譲ってもらって、こっちに移転してきたんや。鍋のスタイルにしたのは、この店のオリジナルよ。韓国人がオーナーだから韓国料理が混ざってるんや」
なるほど、このホルモン鍋は大阪のホルモン煮込みに韓国の鍋料理であるチゲの食文化が融合されてできた味なのか。そこに沖縄がどう関係しているのだろう。
すごく良い店。
「おそらく戦後すぐからやろな。汁がもったいないから、うどんを入れて。その頃はホルモンを食べる習慣がなかったから、煮込みは安かってん。ここの利益率もよかったんやけど、今は小腸が焼肉屋とかでも人気で高いからな。その沖縄の2軒は今もまだ同じ場所で並んでやってるからら、いってみい」
はい、いってきます。でももうお腹がいっぱいなので、この続きはまた明日。
よく似た店が2軒並んでいた
そして翌日の昼、またナオさんにお付き合いいただき、再びジャンジャン横丁へとやってきた。
途中で何軒かうどん屋さんのメニューを確認してみたのだが、やっぱりホルモンうどんは存在しない。うどん屋が出すトッピングのひとつではなく、あくまでホルモン煮込み屋の定番商品のようだ。
かっこいいぞ、ジャンジャン来太郎。
うどん屋にはないうどん、それがホルモンうどん。
ハローキティの駐車場があった。
たつ屋のおじさんに教えてもらった通り、ジャンジャン横丁を出たところにホルモンうどんの店が2軒並んでいた。どちらも泡盛を置いている沖縄料理屋のようだ。このあたりに移転前のたつ屋もあったのだろう。
ここにやってきたのが午前11時で、まだ丸徳しか空いていなかった。おかげでどちらにするか迷うことなく入店。
丸藤と丸徳。間違えろと言わんばかりの店名だ。
どうやらホルモン豆腐というメニューもあるらしい。
ホルモンうどんのルーツは沖縄の中身汁だった
店が開いたばかりなので、店内にはまだお客さんはいない。カウンターテーブルだけの奥に長い空間だ。
ホルモンを煮こむ大鍋が見える入り口寄りに席を構え、とりあえずチューハイを注文。さすがに午前中から泡盛を頼むのは、世間様に気が引ける。
ここもまた良い雰囲気。作り物じゃない、にじみ出てくるレトロ感。
お品書きを眺めると、まずホルモン関連の料理が筆頭にあり、この店もうどん、そば、中華そばがラインナップされている。昨日今日でホルモンという文字を何回見ただろうか。
豚足や豚耳といった豚のマイナー部位、さらに島ラッキョウ、もずく、スクガラス(アイゴの稚魚の塩漬け)といった沖縄っぽいメニューが続いている。
ホルモン屋と沖縄料理屋のミックスといったお品書き。
店のおねえさんに、ホルモンうどん屋を巡ってこの店に辿りついたいきさつを話すと、一番知りたかったルーツを教えてくれた。
大鍋で牛の腸と肺を煮込み、その汁をうどんにかけるというスタイルは、きらくやたつ屋とまったく同じ。
「私は3代目なんだけど、沖縄出身のおじいさん、おばあさんが始めたの。ここがホルモンうどんの元祖か? っていってたけどなー」
隣も似た感じの店っぽいので、この店が絶対にホルモンうどんの元祖だとは言い切れないが、この辺りが発祥の地であることは間違いないようだ。
「ホルモンの汁には泡盛を入れているの。いらんことをしないシンプルな味」とのこと。
「店は戦前か戦中からかな。大阪に来た沖縄の人にホルモンの卸をやっている人が多かったから、安く手に入ったの。沖縄に中身汁っていう豚のホルモンを使った料理があって、こっちだと豚よりも牛を食べるから、牛ホルモン煮込みの店にしたんやろね。最初はホルモンと泡盛だけの店やったと思うよ。鍋ひとつ。昔は泡盛も安かったから」
沖縄ポータルサイトの
DEEokinawaのやんばるたろうさんからお借りした中身汁の写真。麺っぽいのはうどんではなくコンニャク。スープは薄味なのかな。
ホルモンと泡盛の組み合わせこそがオリジナルであるならば、飲まない訳にはいかないだろう。
「このホルモンにうどんを入れるようになって、そばや中華麺はあとからやね。よく聞かれるんやけど沖縄そばは合えへんねん。今出しているような沖縄料理は、だいぶ後からちょっとずつ増えたの。昔は西成にもホルモンうどんの店がぎょうさんあったけど、今はホルモンも値上がりしたから、だいぶ減ったんちゃうかな」
なんで沖縄料理屋でホルモンうどんを出すのかと思ったら、あくまでホルモン煮込み屋が先であり、後から故郷の味が追加されたのか。
ホルモン豆腐というメニューもうまそうだ。
今までの話をまとめると、戦前か戦中に沖縄出身の方が豚の内臓を使う中身汁をヒントに、大阪で安く手に入った牛のホルモンで煮込みを出す店を作り、そこに身近な食べ物であるうどんを入れるようになって、ホルモンうどんが生まれたということのようだ。
その当時のスタイルそのままの店がきらくであり、そこに韓国の要素が加わったのがたつ屋、そして故郷の味である沖縄料理と並べるようになったのが丸徳。間違っていたらすみません。
この丸徳に来る前、次はカウンターで食べたいともう一度きらくにいった。あの杯型の丼は沖縄そばスタイルなのかもしれない。
今回知ることができたのは、歴史の中のほんの断片。ひとかけらのエピソード。まだ行っていないホルモンうどんの店も何軒かあるので、もう少し話を掘り下げてもおもしろそうだ。
いやいっそ沖縄へと渡って、原点といわれている中身汁を食べ歩きたいかな。