特集 2015年8月3日

大阪にはシチューうどんがある!

大阪のシチューうどんは、まさかの味でした。
大阪のシチューうどんは、まさかの味でした。
やたらと安い居酒屋とか、しみったれた飲み方に詳しい大阪在住のスズキナオさんという友人から、「大阪にはシチューうどんがあるんやで~」という情報を教えてもらった。彼は東京育ちなので本当は標準語だったが。

カレーうどんなら知っているが、シチューうどんというのは初めて聞くような気がするので、ナオさんに案内してもらって食べてきたのだが、それはほとんどの人の想像を裏切るであろう食べ物だった。
趣味は食材採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は製麺機を使った麺作りが趣味。(動画インタビュー)

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『シチューうどん』を求めて大阪へ

案内人のナオさんによると、シチューうどんを出す店は大阪に2軒あるらしい。1軒だけなら『個性』ですませられるが、2軒あると『地域性』と呼べる共通点があるかもしれない。

まずやってきたのは、通天閣や天王寺動物園の近くにある『あづま食堂』。新世界と呼ばれるこのエリアのネーミングと、シチューうどんという正体不明の食べ物という組み合わせに心が躍る。
『あずま』じゃなくて、あくまで『あづま』なんですね。指をさしているのが案内役のナオさん。
『あずま』じゃなくて、あくまで『あづま』なんですね。指をさしているのが案内役のナオさん。
この店は2014年10月から改装工事をしていて、リニューアルでシチューうどんがどうなるのかと危惧されたそうだが、ファンの期待を裏切ることなく、看板メニューとして堂々と残ってくれたそうだ。
赤字で書かれたシチューの文字。なぜこの並びにシチューが。
赤字で書かれたシチューの文字。なぜこの並びにシチューが。
看板には『名物シチューうどん』と書かれている。まさに看板メニューのようだ。
看板には『名物シチューうどん』と書かれている。まさに看板メニューのようだ。

まずはシチューうどんを想像して楽しもう

ナオさんの情報によると、以前はテーブル席もあって飲み屋寄りの食堂だったそうだが、新しくなった店内はカウンター席だけとなっている。

冷蔵庫に入ったセルフサービスの小鉢は、ご飯のおかずにもなり、酒のつまみにもなるのだろう。勝手な思いなのはわかっているが、一度は前の店舗でシチューうどんとやらを食べてみたかった。
あの冷蔵庫の扉を開けて一杯やりたいが今日は我慢だ。
あの冷蔵庫の扉を開けて一杯やりたいが今日は我慢だ。
注文するものはシチューうどんの一択だが、この店におけるシチューうどんのポジショニングを確認するために、メニューを確認してみようではないか。

ここではカレーは丼物の隣だが、シチューはめしと味噌汁に挟まれている。なるほど、そういう感じね。

そして下の段に目を移すと、カレーうどんの隣に並ぶシチューうどん。ふむふむ。
左上の『玉吸』ってなんだろうと調べたら、お吸い物に卵を浮かべたものらしい。『たますい』ではなく『ぎょくすい』。
左上の『玉吸』ってなんだろうと調べたら、お吸い物に卵を浮かべたものらしい。『たますい』ではなく『ぎょくすい』。
これらの情報から察するところ、そば屋のダシ汁でルーを溶いた、和風のシチューといったところだろうか。カレーうどんのシチュー版である。

問題は白いクリームシチューなのか、茶色いビーフシチューなのかだが、カレーうどんとの対比を考えるとクリームシチューなんだろうな。きっとグリーンピースが乗っているに違いない。

となると、具は親子丼からコンバートされた鶏肉とタマネギあたりだろうか。
「まあ頼んでみればわかるよ」と、余裕でビールを継ぐナオさん。
「まあ頼んでみればわかるよ」と、余裕でビールを継ぐナオさん。
私はシチューうどんを注文したのだが、ナオさんはシチュー単品を頼んで、それをビールのつまみにするそうだ。

ははーん、ビールのつまみになるシチューとなると、ビーフシチューの方かもしれない。わかった、メニューにある豚汁をベースに、味噌の代わりにビーフシチューのルーを入れたものだ!

……こういうどうでもいい予想をしながらのビールが最高にうまいのよ。
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これがシチューうどんの正体だ!

厨房をのぞいていると、なにかが小鍋で温められている。あれこそが、きっと我々が注文したシチューなのだろう。

さすがは食にうるさい大阪で生き残ったメニューだけあって、かけうどんにレトルトのシチューを掛けるというような、単純なカラクリではないようだ。
さあさあさあ、白か茶色か!クリームかビーフか!
さあさあさあ、白か茶色か!クリームかビーフか!
そして目の前に差し出されたシチューうどんは、白かった。

いや、白いからクリームシチューだとは限らない。

白いというか透明なのだ。
まさかの透明なシチュー!
まさかの透明なシチュー!
具は牛肉とジャガイモとタマネギ。ニンジンこそ入っていないが、ビーフシチューの材料である。

しかし、肝心のルーが入っていない。これはシチューを作る途中の、ルー次第でカレーにもなれるやつだ。

子供の頃、母親がこの状態から鍋を分けて、カレーとシチューを同時に作っていたのを思い出した。
これって『カレー・シチューの前段階うどん』だ。
これって『カレー・シチューの前段階うどん』だ。
とりあえず汁をすすってみると、いい塩梅の塩味がついていた。

野菜の甘みと牛肉の旨味が塩で引き出されている。どの辺がシチューなのかはよくわからないが。

うどんはコシという概念を持ち合わせていないフワフワ系で、これがあっさりしたシチューとよく合う。

あえて名前を付けなおすとしたら、和風ポトフうどんといったところだろうか。 和風って書いたけれど、特に和風の要素はない気もする。丼くらいか。
さすがに意外だったけれど、この味はかなり好きだな。
さすがに意外だったけれど、この味はかなり好きだな。
ナオさんが、「この塩味のシチューが、しみじみうまいんだよな~」と、うどんの入っていないシチュー単品をすすりながらつぶやく。

今日はシチューをつまみにビールだが、お腹が空いているときはシチューとかやくご飯を組み合わせるのが最高なのだとか。なるほど、確かに白いご飯よりも、これには味のついたご飯が合うのかもしれない。
蕎麦屋で常連客が『天抜き(蕎麦なしの天ぷら蕎麦)』を頼むかのように、うどん無しのシチューでビールを飲むナオさん。
蕎麦屋で常連客が『天抜き(蕎麦なしの天ぷら蕎麦)』を頼むかのように、うどん無しのシチューでビールを飲むナオさん。

シチューうどんの歴史と作り方

お店の方に伺ったところ、このシチューうどんは60年くらい前からこの店のメニューに存在していて、当時はかやくご飯とシチューという組み合わせが定番だったそうだ。それを聞いて、俺の食べ方は正しかったんだと喜ぶナオさん。

そして忙しい人がササっとかっ込めるようにと、最近になってうどんを入れるようになったというのが、シチューうどんの成り立ちとのこと。最近といっても30年くらい前の話らしいが。

市販のルーが簡単に手に入るようになっても、このままの味を貫いているのがすごい。
「このシチューに胡椒が合うんだよな~」とご機嫌のナオさんに、「あら、それ山椒よ」と突っ込む店員のおねえさん。
「このシチューに胡椒が合うんだよな~」とご機嫌のナオさんに、「あら、それ山椒よ」と突っ込む店員のおねえさん。
これの作り方を伺ったところ、ジャガイモとタマネギを塩と水だけで煮て、最後に牛肉を入れるという超シンプルなものだった。うどん屋なので昆布か鰹節くらい入っているかと思ったら、意外にも一切なし。それでこの味ができるのか。

しかしこだわりもあって、その日に作ったシチューは野菜の味がスープに溶け込んでいないので、昨日の残りを足して仕上げるのだとか。

熱心に話を聞いていたら、おねえさんが今朝作ったばかりのものを試食させてくれた。確かにあのまろやかな甘さがない。なるほどー。
「ね、ちがうでしょ!」
「ね、ちがうでしょ!」
私たちがメニューを見ただけでシチューうどんを頼んだので、「ここ初めてじゃないでしょ。普通はシチューってなに?って聞くから」といわれた。

シチューうどんを出す店は、ナオさん調べで大阪に2軒だけなので、府民なら誰でも知っているという訳ではないようだ。

前に親子連れが来店して、シチューを頼んだら予想と違うものが出てきて、子供が大泣きして困ったらしい。その子の気持ち、ちょっとわかる気もする。
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二軒目は『かね又』へ

銭湯での休憩を挟んでやってきたのは、天神橋筋六丁目にある『かね又』。シチューのはしごなので、シチュー引き回しである。かね又を一字で表した暖簾の文字がかっこいい。

店の看板には『特製シチュー』の文字がデカデカと掲げられているが、やはり塩味のあれなのだろうか。
板東英二さんがよく来る店らしいです。きっと「チュ」にアクセントを置いて「シチュー」と呼ぶんだろうな。
板東英二さんがよく来る店らしいです。きっと「チュ」にアクセントを置いて「シチュー」と呼ぶんだろうな。
店の外に掛けられたオススメのメニューでは、ハンバーグ定食の隣にシチュー定食が並んでいた。

ということは洋食系か。ここはドミグラスソースとかを使った茶色いタイプのような気がするぞ。
白菜煮定食の渋さも素晴らしい。
白菜煮定食の渋さも素晴らしい。
しかし店内に入ってみると、雰囲気がビーフシチューという感じではないので、クリームシチューという線もあるな。

いや、あづま食堂と同じ塩味という可能性も捨てきれない。とりあえず注文をして、じっくりとメニューを眺めながら想像しようではないか。
志村けんのコントに出てくるような食堂らしい食堂。
志村けんのコントに出てくるような食堂らしい食堂。
シチューにだけ『かね又特製』の文字が付いている。カレーうどんと並んでいるから、やっぱりクリームシチューなのかも。そしてシチューそばはないのか。
シチューにだけ『かね又特製』の文字が付いている。カレーうどんと並んでいるから、やっぱりクリームシチューなのかも。そしてシチューそばはないのか。
やはりシチュー定食が人気らしい。昔ながらの玉子焼きとセットのシチューとは一体。
やはりシチュー定食が人気らしい。昔ながらの玉子焼きとセットのシチューとは一体。
ここでもビールとシチュー単品を頼んだナオさん。彼の中では定番の組み合わせらしい。
ここでもビールとシチュー単品を頼んだナオさん。彼の中では定番の組み合わせらしい。
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やっぱり塩味のシチューだった

しばらくして出てきたシチューうどんは、牛肉とジャガイモとタマネギが入った塩味のスープという、さっき食べたあづま食堂のシチューうどんとまったく同じ構成だった。

なるほど、大阪でシチューうどんといえば、やっぱりこのタイプなのか。まあこの二軒しかないんだけど。
どんなのかわからないものが出てくる瞬間がたまらない。
どんなのかわからないものが出てくる瞬間がたまらない。
なるほど、シチューうどんはやっぱり塩味なのか。
なるほど、シチューうどんはやっぱり塩味なのか。
さっそく食べてみると、フワフワとしたうどんの感じも、あづま食堂に通じるものがある。具の野菜が少し煮崩れていて、味も少し濃いようなので、シチューを煮込んでいる時間はこっちの方が長いのかもしれない。

ご主人に聞いたところ、味付けはやっぱり塩だけだそうだが、これが焼肉屋で食べるテールスープのようにうまいのだ。
昼間っからシチューでビール。昼酒であり汁酒でもある。
昼間っからシチューでビール。昼酒であり汁酒でもある。

戦後の食糧難で生まれた大阪風シチュー

このシチューは戦後すぐからある人気メニューとのこと。今は一店舗だけのかね又だが、昔は支店がたくさんあったそうなので(ここは支店だが本店も残っていない)、今でいうご当地B級グルメみたいな感じで、大阪ではある程度食べられていた料理なのかもしれない。

ナオさんの豆知識によると、織田作之助の『アド・バルーン』という作品に、かね又のシチューが出てくるそうで、その初出が1946年だから、まさに戦後すぐだ。

戦後の食糧難の時代に、これをシチューだと言い張って出した人がいて、その味がそのまま今日まで脈々と続いているという、終わることのない物語(と書いて“ネバーエンディングストーリー”と読もう)。
このシチューうどんという食べ物を、すごく好きになっている自分がいる。
このシチューうどんという食べ物を、すごく好きになっている自分がいる。
うどんを入れるようになったのは、あづま食堂と同じく30年位前からだそうで、きっとその頃、シチューにうどんを入れるブームがあったのだろう。

シチューに入れたのが、ご飯じゃなくてうどんというのが、なんだか大阪らしくておもしろい。
「シチューにはやっぱり山椒だよね~」というさりげない発言に爆笑。
「シチューにはやっぱり山椒だよね~」というさりげない発言に爆笑。
大阪のごく一部の店でだけ食べられる、戦後すぐの味がそのまま残された食の重要文化財。今の時代に食べても、それがちゃんとうまいというのが素晴らしい。

こんなにうまいのだから、大阪名物としてもっと普及してもよさそうなものだが、他のうどんが共通の和風出汁を使っているのに対して、これは根本的に作り方が違う。

シチューうどんを出すためには、そのためだけに鍋を用意して仕込まなければいけないので、普通のうどん屋だと提供は難しいのかもしれない。

自宅でも作れるけれど店で食べたいシチューうどん

カレーを作った翌日、あるいは翌々日に、残りのカレーを使ってカレーうどんを作る家は多いと思うけど、ルーを入れる前に取り分けておいて、ぜひ塩味のシチューうどんに挑戦してもらいたい。と思ったけれど、あれはあの店で食べてこそだよなという気もする。

私もシチューうどんを作ってみたのだが、ついついニンジンを入れたり、めんつゆを入れたりしてしまって、よくわからない食べ物になってしまった。歴史と伝統を守ることの難しさを知った。
こんなのシチューうどんじゃない。
こんなのシチューうどんじゃない。
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