まずは新世界のじゃんじゃん横丁へ
せっかく酒を飲むなら昼間からだ。
大阪在住のライターであるスズキナオさんともう1人の友人と連れ立って、明るいうちにやってきたのは通天閣のお膝元である新世界。
観光地化の進むこの街で、ディープな店をまだ残しているジャンジャン横丁に、チエちゃんのあのホルモン屋をモチーフにした店が去年オープンしたらしいのだ。
情報量の多さよ。
ジャンジャン横丁は串カツ屋さんにすごい行列ができていた。
その場所へと行ってみると、なるほどドラマのセットのようにチエちゃんの店が存在していた。横浜のラーメン博物館とか池袋のナンジャタウンにあるレトロっぽさ。
じゃりン子チエのテーマパーク、あるいはタレントショップといったところだろうか。
ちゃんと看板の『テッちゃん』に×がしてあり、チエちゃんの暖簾が掛かっている。
さてこの店をどうやって楽しむべきかと迷ったが、20年後のチエちゃんの店という設定で、脳内二次創作をしてみたいと思う。
ちなみに原作は1978年にスタートしているので、もう40年近く前らしい。
チエちゃんの声優をやった中山千夏さんだ。そしてそれ以上に写真が大きいガリガリガリクソン。
大人になったチエちゃんの店
この旅の前に原作を読み返してみたのだが(文庫版の1巻だけ)、それによると壁に貼られた料理のメニューはホルモンだけ。そして飲み物はバクダン、清酒(一級酒と二級酒)のみだった。
しかし今は一等地であるジャンジャン横丁に移転したこともあり(という私の脳内設定)、タコ焼きも出すようになったようだ。これは必然のメニュー展開だろう。
大人になった金髪のチエちゃんは、たこ焼きも焼いていた。
店内には人形やらポスターやら、じゃりン子チエのグッズが多数展示されている。鉄道マニアの店っぽい物の多さ。
この店を原作に近づけたいという想いと、店主自慢のグッズを飾りたいという相反する想いがせめぎあっている。だが大人になったチエちゃんが思い出を飾っていると考えれば不思議ではない。
それにしてもアントニオ(虎模様の猫)が多いな。
ここのホルモンは牛串なのか。
そうそう、この店に来たかったんですよ。
子供の頃は全然わかっていなかったけれど、この声優陣を理解してから見直すと最高。
チエちゃんが「悪い酒」と自ら呼ぶばくだん。これを飲んでみたかった。
ばくだんは400万円。この手のギャグを耳にすることは結構あるけど、文字で見るのは初めてかもしれない。
もしやガールズバーというやつではないか
店内はカウンターだけの立ち飲みスタイル。私が注文したドリンクは、もちろん憧れのばくだんである。
今日がこの店の初出勤だというおねえさんに中身を聞くと、「日本酒です」という答えが返ってきた。
え、日本酒?
たぶん当時のばくだんは正に悪い酒であり、今の時代ではとても出せなくなったので、落語家が代々名前を継いでいくように、日本酒がその名を継いだのだろう。
ちなみにばくだんとはなにかを大阪で何人かに聞いたのだが、工業用アルコールから毒成分を抜いたものだとか、なんでもいいから余っている適当な酒を混ぜたものだとか、今でいう大五郎みたいな甲類焼酎だとか、たくさんの意見が集まった。
同行いただいたスズキナオさん。
頼んだつまみはもちろんホルモン。牛の腸だというホルモン焼きは、フワフワに柔らかく上品な味だった。
たぶん昔とは部位が違うのだろう。
とても上品なお味でした。
どて焼は牛筋を煮込んだものだった。ホロホロと崩れる柔らかさ。
カウンター越しにおねえさんと話しながら、ホルモンを食べつつ酒を飲む。当初のイメージとちょっと違ったが、これはこれで楽しい。
なるほど、これは時代の流れにあわせてチエちゃんがガールズバーをはじめたのかもしれない。そう考えると激安だ。ガールズバーにいったことないけど。
奥で飲んでいたおじさんが原作に出てくる客っぽくて感動した。
ここはここでテーマパークとしておもしろかったのだが、せっかくなので当時の雰囲気をリアルに残す店を探してみたい。
お店の方やお客さんから聞いたところ、元々のモデルは新世界から少し離れた萩ノ茶屋のあたりらしく、そこなら今も色濃く当時の雰囲気が残っているらしい。
観光地ではない本気の下町を歩く
新世界から南へと歩き、適当なところで西へと向かえば萩ノ茶屋。
移動距離としては大したことはないのだが、この街は緊張感の度合いが全然違う。さっきの場所はあくまで観光地としての下町であると思い知らされた。
なるほど、曲がり角でテツと出会いそうな街かもしれない。一人だとちょっと心細かったことだろう。
あいりん、西成、釜ヶ崎という地名が並ぶ、なかなか安心できない安心情報マップ。
道を歩けばスーパー玉出にぶつかるというくらい店舗数が多い。
なぜか要塞化している西成警察署。
50円から酒が買える自販機。そして迷わず購入するスズキナオさん。
「ちょっと一杯だけ寄らしてください!」
「ここのおでん、最高なんですよ!」
70年の伝統を誇るおでん。確かに最高だ。
この串は……もしかしたらチエちゃんは結婚しておでん屋さんになったのかもしれない。
大阪で唯一の路面電車がかわいかったです。
鉄板焼きホルモンの店、やまき
そんなこんなでやってきたのは、萩ノ茶屋駅のすぐ近くにあるホルモン屋さん。串に刺さったホルモンだけど鉄板焼きという、私にとって未知のスタイルだ。
じゃりン子チエのホルモン屋とはちょっと違うが、チエちゃんが住んでいた街にある別のホルモン屋と考えればパーフェクトな雰囲気だ。
カウンターだけの立ち食いスタイル。
つまみのメニューはホルモンとキモのみという潔さ。どちらも70円という下町プライスが嬉しい。
寡黙でダンディな店主にいつからこの店をやっているのかと聞いてみたら、「最近や」とニヤリ。「最近でこんな店になるかいな」とつっこむお客さん。
これぞ最高の答えである。正しい情報が欲しいんじゃない、こういうエピソードが欲しいんだと、グイっとハイリキを飲み干した。
鉄板焼きスタイルのホルモン屋さんって初めてだ。
ニンニクと唐辛子が強烈に効いたタレに浸しながら焼いていく。
ここのホルモンは豚の小腸とのこと。「前はネコいうてたやん」とお客さんが突っ込めば、「たまに信じる人おんねん」と笑う店主。
パンチの利きまくったタレがたっぷりと染み込んだ70円のホルモンが最高にうまい。このタレの煮詰まった感じは、ガス台ではなく鉄板焼きだからこそだろう。
代金を串の数で数えるというのも、マンガで読んだシーンなので地味にうれしい。
もっと安いチューハイはいくらでもあるが、あえて高級品のハイリキを出すこだわり。ビールも発泡酒ではなく本物のみ。
キモというのは豚のレバーで、タレをたっぷりと掛けながら鉄板の上でリズムよく焼いていく。
これがちょっといい店で牛のステーキだったら7000円でもおかしくない熟練の手さばきだが、ここは70円である。どこの国だ。
豚レバーの鉄板焼き!
これで3人前だから210円なのか。エッジの立った新鮮な豚レバーだ。
裏メニューのアブラがやばい
同席したおっちゃん達と、この近くの新今宮駅前にできるリゾートホテルの話などをしていたときに、なにかイカみたいなものを食べていることに気が付いた。
ワットイズディス(この瞬間、なぜか海外旅行をしている気分になった)。それはなんですかと尋ねたら、早い時間にしかないというアブラだそうだ。
アブラ、またざっくりした商品名だな。
これはメニューには書かれてないので、知っている人だけが注文できる裏メニュー。お客はだいたい常連なのでみんな注文しているが。
これは食べなきゃだめだろうと、一見ながら私も注文させていただいた。
焼かれる前の状態を見てもまったくなんだかわからない。
アブラといっても脂身とはちょっと違う様子で、店主によると「腸の奥の方」とのこと。腸の奥がお尻側なのか胃側なのかが気になるが、この街で細かいことは気にしてもしょうがない。
食べてみると歯ごたえのあるシロコロ(厚木のB級グルメ)のような独特の感じで、クセも無くどこか高級な味わいさえする。ただまさしくアブラなので1皿で十分。
このコテさばきが見ていて楽しい。アブラの値段はわからないが、会計が3人で1450円だったので大した額ではないと思われる。
フワっとしつつ歯ごたえが適度にある謎の部位、それがアブラ。
この店の飾りっ気ゼロだからこその輝きがものすごく気に入ってしまい、翌日にまた一人で来てしまった。
猫が店の周りにたくさんいたのも、じゃりン子チエ的には高ポイントだ。
難波の名店かどやへ
恐ろしいことにまだ太陽は高かったので、次はちょっと難波まで足を延ばして、『かどや』という店へやってきた。
ここは写真には出てこない(照れ屋だから)もう1人の同行者が薦めてくれた店で、チエちゃんの店が繁盛して難波に移転したという設定で楽しんでみよう。
さっきの店がすごすぎたので、もうじゃりン子チエにとらわれる必要はないと思いつつ、まだ引きずってしまうのである。
かどにないけどかどや。
店内は比較的広く、昼間から満席に近い混雑ぶりである。
さすがチエちゃんが切り盛りする店(実際は違います)、難波でも大人気のようだ。
存在感のある大鍋で煮られている豚骨が名物料理らしい。
ホルモンというメニューはなく、部位ごとに名前がついている。
「春夏冬二升五合」と書いて「商い益々繁盛」と読む。花井先生が酔って書いたのかな。
理想のホルモンは食べ慣れた味だった
とりあえずは名物の豚足を注文して、焼き物はホルモンっぽいものということでココロ(ハツ)とミノをチョイス。
このタイプの豚足って初めて食べるかも。
コラーゲンの塊みたいな豚足を辛味噌で食べる。これ好きなやつだ。
長時間煮込まれたと思われる色白の豚足は、一皿食べれば一か月くらいリップクリームを塗らなくても唇がテカテカなのではというくらいのコラーゲンっぷり。
これなら焼き物も期待できるかなと思ったら、これぞ私が思い描いていたじゃりン子チエのホルモンが出てきた。
これだ、食べたかったホルモンは!
串に刺さった大ぶりのホルモン(ココロ)を持つ手がズシリと重い。このボリュームなら3串で550円も納得だ。
そして特製の味噌ダレがうまい。豚足にも合うがホルモンにも最高。このタレのおかげでチエちゃんの店も大繁盛なのだろう。
そりゃ流行るわという完成された味。
しっかりと歯ごたえのあるミノもホルモンらしさ満点で最高。鉄板ではなくガスの火で焼かれているため、直火ならではの香ばしさが嬉しい。
これこそが食べたかったホルモンだよなと思ったが、よくよく考えるとこれって東京でも埼玉でも食べられる焼き豚だよなと気が付いた。
幸せの白いホルモンはなんとやら。
ミノも理想のホルモンだけど、よく食べるやつだこれ。
「おなかいっぱい」と「いなかおっぱい」を言い間違えながら、キャベツを食べるスズキナオさん。
スズキナオさんが「ここはスープっていうと豚足を煮ている汁が無料で出てくるんですよ!」と張り切って注文。
その宝物みたいな煮汁、飲ませてくれるの!
早く飲まないとすぐに固まり出すほどのゼラチン質。こりゃすごいスープだ。
たぶんじゃりン子チエのホルモンを探さなければ一生辿りつかなかった店で、胡椒と胡麻油で味付けされたコラーゲンたっぷりのトロトロスープを飲みながら、ホルモンが結んだ縁についてぼんやりと考える。
最後は神戸のホルモン屋へ
旅の最終日、せっかくなので一人で神戸までやってきた。目指す店は中畑商店。アメ横の軍服屋みたいな名前だがホルモン焼き屋だ。
ここは当初の予定になかったのだが、たまたま出発前に飲み仲間のパリッコさんが、『
大衆酒場ベスト1000』という連載で「完全に実写版「じゃりン子チエ」の世界」と紹介していた店。
もう羨ましすぎて途中からその記事を読むのを我慢して、今この瞬間に至る訳である。おかげで店の場所がわからず迷子になったよ。
住所だとこのあたりだが、休日のためか営業している気配がゼロ。
休日だからなのか、ずっとこうなのか。
昔はチーマーとかもいたであろうセンター街。阪神淡路大震災の影響なのか、取り壊されている建物も多い。
ものすごい遠回りをしてようやく店が営業している一角を発見。
ヤマザキパンの看板が掲げられた駄菓子屋、お好み焼き屋(きっとアントニオの剥製がある)、そしてお目当てのホルモン焼き屋。
ちょっと短いけどチエちゃんっぽさの詰まった商店街だ。
諦めて帰らなくてよかった!
昔はこういう店がこの辺りにたくさんあったのかな。
でました、この旅の最安値ホルモン。その上に書かれている「活気を取り戻したい」という文字が切実だ。
ここだけ現代風。
ここのホルモンは牛の肺
この店はご夫婦で50年に渡って営業しているそうで、ご主人は75歳になるがホルモンを毎日食べているから元気いっぱい。二代、三代と孫の代まで通っているお客さんも多い。
仮に奥さんがチエちゃんだとすれば、働き者の旦那さんと結ばれて神戸に引っ越し、震災などを乗り越えて今に至っている訳だ。あ、妄想だけど涙があふれてきた。
50年後のチエちゃんは神戸にいたのか。ご主人はチエちゃんのおじいさんにちょっと似ているかな。
ここは串に刺したものを鉄板にギュウギュウと押しつけながら焼くスタイルで、肉類はすべて国産牛。牛だけにギュウギュウ。
50円のホルモンは肺を茹でて臭みを抜いたもので、この一番安いホルモンが一番手間が掛かっているそうだ。
アバラ、シンゾー、レバーは100円。そしてこのとき見逃していたミノが200円。この店でミノを頼まなかったことを、いま強く後悔している。
メニューの丁寧な文字がもううまそう。
「押し付ける理由?早く焼きたいだけや」
これが神戸の底力なのか
まずはホルモン2本とアバラ、シンゾー、レバーを1本ずつ。
ご主人が仕込む特製の甘辛い味噌ダレを纏ったホルモンは、クニクニフワフワという独特の食感。肺と聞いて身構えてしまったが臭みはまったくない。
しみじみとうまく、いくらでも食べられそうなホルモン。70本食べる人はザラで100本食べた強者もいるそうだ。100本食べても5000円。
左からアバラ、シンゾー、レバー、ホルモン、ホルモン。このタレが最高なんですよ。
大ぶりなホルモンも嬉しいが、この薄いホルモンもまた魅力的。串に刺さった50円の食べ物では日本一かもしれない。
この店も会計は串の数で計算するのだが、値段の違うホルモンは短くなっている。またホルモンだけネギが挟まっていないのは、「ネギをねぎっとるんや」とのこと。
アバラとはカルビのことで、これが鳥肌が立つほどにうまかった。焼く前のものをみたら見事な霜降り肉で、間に脂身を挟んである。そしてネギがしっかりと付け合せの役目をしてくれる。
これは串に刺した高級焼肉だ。100円だけど。
「この脂がないとおいしくないんや」とご主人。ですよねー。
アバラとホルモンを2本ずつ。
レバーもシンゾーももちろんうまい。全部100点。いやでもアバラとホルモンは120点だな。
この押し付けて焼くスタイル、すっと口に入っていく肉の薄さは酒のアテとして最強の部類かもしれない。これぞ大人の駄菓子。
ネギを頼んだら、これもペチャンコになって出てきた。100点。
この後何回もおかわりをしたのに、なぜミノの存在に気が付かなかったのだろう。この店だったら絶対にうまいはずなのに。
この心残りは、この店でなければ解消できないんだろうな。
店の奥が住居というところがチエちゃんの店と同じなので高ポイント。
子供がホルモンを買いに来た。あれはきっと時を超えたマサルとタカシ。
今まで廻った店にはちょっとずつチエちゃんの要素があり、箇条書きにすれば全要素を集められたような気がするので満足。
そしてなにより、あのホルモンを探すことで普通の観光ではいかないであろう街を歩き、出会わなかったはずの人と話し、初めて食べる味に触れることができたので大満足だ。
さてホルモンの正体とは
このようにして、じゃりン子チエのホルモンを探してみた訳だが、チエちゃんの焼くホルモンは概念としてのホルモンであって、特に正解はないのかなというのが結論だ。ばくだんも然り。
地域や店によってホルモンは違うものだから、あえてぼやかして描くことで、逆に全国の読者が愛着のある身近なホルモンを、そこに投影できたのかもしれない。