ヤフオクでぬいぐるみを買った
最近、ヤフオクやメルカリで中古のおもちゃを買うのが好きです。よく買うのは古いソフビのフィギュアやぬいぐるみ。
古いおもちゃを買うことの良さは、そのおもちゃたちが縁あって自分のところに届くまでの、長い長い時間を想像できるところだと思います。
たとえばこちらのフィギュアは、25年前に経営破綻して無くなってしまった地方銀行のノベルティグッズでした。

詳細な製作年は不明ですが、銀行の歴史と照らし合わせると、少なくとも36年以上前に作られたもののようです。もしかするともっともっと古いのかもしれません。
何十年も前のおもちゃたちが、これまで誰に、どんな風に愛されて、どんな旅を経て私の元にやってきたのか。運命なんていうとあまりに陳腐ですが、やっぱり奇妙な縁のようなものを感じます。
そんな風に古いおもちゃと付き合う中で、先日もヤフオクで中古のぬいぐるみを落札しました。それがこのテディ・ベアです。

とってもかわいいですよね。
オリーブ色の美しい毛並みは毛足が長くフサフサ。耳が左右非対称なところもチャーミングです。

また、手や足は内部でジョイントになっており、角度をつけて動かせます。このジョイント機構はシュタイフ社などのテディ・ベアにも見られますね。

そしてなにより、オリーブの毛並みともよくマッチする、鮮やかな緑色のフェルトが貼られた足のうらが強く印象に残ります。

ふさふさの毛並みといい、ジョイント機構といい、造りの良さが目立ちます。もしかして元は由緒正しいぬいぐるみだったのでしょうか?
きみはニューヨークから来たの?
このテディ・ベアには新品購入時のタグがついたままでした。タグには”Museum of the City of New York”と書かれています。日本語でいうとニューヨーク市立博物館。
えっ、ニューヨークの博物館と、このテディ・ベアに何の関係が?

タグにはそれ以外にもいろんな情報が書かれていました。
1996年にノース・アメリカン・ベア社がこのテディ・ベアを作ったらしい
このぬいぐるみは復刻で、元となったオリジナルのぬいぐるみが作られたのは1925年のドイツだそう。1925年って…ちょうど100年前!
このぬいぐるみはGreenpawsという名前がつけられていたそう。pawは動物の足という意味なので、日本語だと「緑あしちゃん」みたいなお名前でしょうか。見たまんまでかわいい〜
オリジナルのテディ・ベアはレニー・フォーサイスさんというご婦人が所有していたもので、1986年に夫のポールさんによってニューヨーク市立博物館に寄贈されたらしい。
なるほどなるほど〜!
なにも知らずに落札したぬいぐるみでしたが、100年も前の由緒正しいテディ・ベアを復刻したものだったんですね。どことなく気品漂う雰囲気があるのにも納得です。

ですが、まだいくつかの謎が残っています。
博物館に収蔵されたぬいぐるみ自体はそこまで珍しくもないはずなのに、なぜこのぬいぐるみは復刻され、販売されたのでしょう?
それに、100年のときを経たぬいぐるみがこんなにフサフサで綺麗だったとは思えません。復刻前の、オリジナルのGreenpawsはどんな状態だったのでしょう?
ノース・アメリカン・ベア社に聞いてみよう
考え出すとどんどん気になりますが、インターネットで検索しても情報は全然ヒットしません。ぬいぐるみが復刻されたのが1996年、30年近くも前なのでほとんど情報が残っていないようです。
手がかりが無いので、Greenpawsを復刻させたノース・アメリカン・ベア社に直接問い合わせてみることにします。
ノース・アメリカン・ベア社。聞いたことがない、という人が多いのではないでしょうか。私もこのぬいぐるみを入手して初めて社名を知りました。
ヤフオクやメルカリに出品されているノース・アメリカン・ベア社の商品を見てみると、取り扱っているのは社名のとおり、テディ・ベア関連商品が多く、そしてほとんどはぬいぐるみのようです。
昔は日本でも商品の取り扱いがあり、2002年頃には森永製菓の人気のビスケット「マリー」の販促キャンペーンで、「マリー」のロゴ入りシャツを着たノース・アメリカン・ベア社製のぬいぐるみが抽選でプレゼントされる懸賞もあったんだとか。
しかしこの会社についてもやはり、ほとんど情報がありません。問い合わせ先はおろか、なんだか、住所や電話番号もわからない…?

英語で検索するとわずかに情報がヒットしました。この情報も古いものでどこまで正確かは怪しいですが…。
検索して得た情報によると、ノース・アメリカン・ベア社の所在地はシカゴだそう。従業員は50人くらいなんですって。そしてノース・アメリカン・ベア社は、2016年にその事業を畳んでしまったんですって。…そんな!
情報があまりに少なく真偽もハッキリしないため、会社の拠点があったというシカゴの公立図書館に、ノース・アメリカン・ベア社の閉業についてなにか情報がないか問い合わせてみたところ、返事はこうでした。
2016年以降は、インターネットにも、新聞や書籍、そしてわたしたちの所蔵している資料にも、調べた限りどこにもノース・アメリカン・ベア社の営業実態は確認できませんでした。
ニューヨーク市立博物館に聞くしかない
ノース・アメリカン・ベア社に問い合わせる道は、あえなく絶たれてしまいました。
残る手がかりはタグに書かれていたニューヨーク市立博物館の文字のみ。こうなったら、ニューヨーク市立博物館に問い合わせてみるしかありません。
えっニューヨークのでっかい博物館に問い合わせるの…?おれが…?英語で…?と怯んでしまいそうになりましたが、なんとかメールを書きました。
問い合わせご担当者さま
はじめまして。わたしは最近、古いぬいぐるみを購入しました。オリーブ色の毛のテディベアで、足のうらの緑色がチャームポイントです。
ぬいぐるみにはタグがついていて、「ニューヨーク市立博物館」と書かれていました。
わたしは、このぬいぐるみの歩んだ歴史にとても興味を持っています。そこでいくつか質問させてください。
・このぬいぐるみはどんな経緯で復刻され、販売に至ったのでしょうか?
・モデルとなったオリジナルのぬいぐるみは、今もニューヨーク市立博物館に収蔵されているのでしょうか?
お忙しい中恐縮ですが、教えていただければ幸いです。
yesyesyoung

のんびり待つ気で送ったらその日のうちに、すぐに最初の返信がきました。
お問い合わせありがとう!
調べてみますね。
ただ、お問合せは順番に対応してるけど、正直リソースがかなり足りていないので、悪いけど3ヶ月から6ヶ月くらいかかると思います。
ありがとうニューヨーク市立博物館!!
3か月から6か月か~。でもいつまでだって待てるよ。気長に待つぞ!
ニューヨークからお返事が!!
メールを送ってから2週間ほど経ったある日、ニューヨーク市立博物館からメールが届きました。
ご購入されたクマのぬいぐるみは、当館所蔵のテディ・ベアのレプリカです。
…
え!!もう判明したみたい。
問い合わせのメールを送ってから、まだ12日しか経っていません。3か月から6か月かかるんじゃなかったの?速すぎるよ!!うれしい!!!!
届いたメールの全文はこんな感じでした。
ご購入されたクマのぬいぐるみは、当館所蔵のテディベアのレプリカです。
そのぬいぐるみはノース・アメリカン・ベア社のデザイナーによって「Greenpaws」と名付けられました。
1996年に当館のミュージアムショップで限定販売されたものです。
当館の記録によると、このベアは来館者にも博物館のスタッフにも最も人気があったため、複製に選ばれたとのことです。
そしてお手紙には画像が添付してありました。これは…復刻前のオリジナルのぬいぐるみの写真だ!
その写真に写っていたのは、100年のときを経てクタクタになったオリジナルのGreenpawsでした。
※オリジナルのGreenpawsの写真はとってもかわいいのですが、ニューヨーク市立博物館に確認したところ、写真は掲載NGでした。残念…。そこで突然ですがイラストでお伝えしたいと思います。
オリジナルのGreenpawsは、自慢のふさふさの毛並みはヨレヨレになり、ところどころ抜け落ちて、毛が禿げてしまっていました。
さらに左足はジョイントが壊れてしまったのか、ダランとだらしなく曲がっています。
オリジナルの、100歳のGreenpawsはクタクタに古びてしまっていましたが、それでもとっても魅力的で、とってもかわいいぬいぐるみでした。
1925年にレニー・フォーサイスさんの手に渡ってから、きっとGreenpawsはとっても大事にされてきたのでしょう。
それから夫のポールさんによって博物館へ寄贈されるまでに61年間。そして博物館へ寄贈されてから39年間。
いつしか古びてクタクタになってしまっても、博物館のお客さんやスタッフさんに愛されて、レプリカぬいぐるみが作られるくらい人気があって。
100年の間、たくさんの人にずっと愛されてきたからこそ、こんなにクタクタになって、そしてこんなに立派なのでしょう。
100歳のGreenpawsは、愛と長い長い時間がそのまま、ぬいぐるみの形になったような存在でした。
ありがとうニューヨーク
こうして、ヤフオクでたまたま落札したぬいぐるみの出自を調べ始めたら、最終的にニューヨーク博物館の100年前のぬいぐるみに辿り着いたお話でした。
今回、迅速なお返事をくれたニューヨーク市立博物館にはとっても感謝しています。いつか絶対ニューヨーク市立博物館に、オリジナルのGreenpawsに会いに行くぞ~。
素敵な出自を知ったことで、我が家にいるレプリカのかわいいGreenpawsへの愛も一層深まったのでした。

今はピカピカのこのGreenpawsも、100年…はちょっと無理だけど、クタクタになるまで愛してあげたいな。
この記事は読者投稿でお送りいただいた記事です。
編集部より寸評
こういう、個人の強い思い入れが原動力となった記事はいつでも素晴らしいものです!
ですがこの記事はそれにくわえて海外まで(ネット越しとはいえ)積極的に取材された行動力、そして結果としてその熱意にこたえてくれた先方の親切さまで、いろんなものが盛り込まれた愛にあふれる記事だと思いました。
記事を読む前と読んだあとでは、同じぬいぐるみの写真でも全く違って見えますよね。(編集部・石川)
記事原稿募集中
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