高千穂観光のオモテ/ウラ
僕はふだん、宮崎県の高千穂町で神職をしている。
高千穂は九州のなかでも有名な場所なので、観光旅行に来た友人を案内することもあるが、毎回同じルートなので僕のほうがまいってしまった。もはや何がおもしろいのか分からなくなっている。
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とりあえず観光雑誌に載っているような鉄板のスポットを案内しているが、そうすると本当に観光雑誌のとおりのものしか見られない。案内される側はそれでいいのかもしれないが、僕はやることがなくて退屈である。
自分だけの観光案内がしたい
どうせ人を案内するのなら、住民票いる人間ならではのルートを持っておきたいものだ。自分しか知らない場所に連れて行って驚かせてやりたいじゃないか。
祖父が勧めてくれた神社がいいところだったらオリジナルの観光ルートに組み込んでやろう。ゆくゆくは高千穂のウラ観光ルートをつくるのだ。
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それでいうと僕が推すのは「国見ヶ丘」というスポットである。遠くに阿蘇山をのぞむことができるほか、タイミングがあえば雲海が見られることで知られている。
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でも有名な景色のことはどうでもいい。ウラ観光スポットとして推す理由はただひとつ。
ここはなんと、晩年の坂口安吾が取材旅行で立ち寄った場所なのだ。神水を飲んでお腹を壊していた安吾は国見ヶ丘にある公衆トイレに助けられたという。激アツすぎる。
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”その公衆便所は高千穂町全体のうちでどの建物よりも近代建築といってよいぐらい。”
”国見の丘ともあろう山上にデンとコンクリの便所を構えた勇気の程と神をも怖れぬサービスぶりは痛快ではないか。”
そんな言葉を残しているくらいである。安吾が国見ヶ丘の公衆トイレについて書いた名文が石碑になっていないのはおかしいので、役場職員のひとたちは早急になんとかしてください。
…ほら、そういう熱量の観光案内のほうが楽しくないですか?
スポット①:川崎神社(川崎大明神)の神様会議
前段はさておき、勧められた神社を見に行こう。はじめは高千穂の下野地区にある「川崎神社」というお宮である。
なんでも、祀ってある神様の像が向かい合うように座していて、その様子が会議をしているように見えるらしい。かれこれ云十年も向かい合ったままなので、なかなか話がまとまらんっちゃなと祖父は言っていた。
そしてこの川崎神社(古くは川崎大明神)がすごいのは、きょうびGoogleマップに登録されていないことである。インターネットにはすべての知識があるものだと思っていた。
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「保育園を通り過ぎて真っすぐ行った先の橋の近く」としか聞いておらず、場所がまったく分からない。もしかしたら他にもなにか言ってくれていたのかもしれないが、聞いてなかった。
どうしようもないので、近くで庭木の剪定をされていた方に話を聞いた。この辺りに川崎大明神という神社があるらしいのですが……これって聞き込みじゃん。なんだか照れますね。
すると「そんな場所は聞いたことがない」と返ってきた。僕は祖父を信じているので、いや絶対この辺りにあるんですけどね~と食い下がる。
最終的に「もっとお年寄りの方、あそこの家の〇〇さんならわかるかもしれない」と遠くに見える家を指差して教えてくれた。ありがとうございます。すみません。
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坂道をのぼった先の〇〇さんの家は留守だった。ホッとした。
代わりに、近くにいた買い物帰りの女性を捕まえて聞く。見たことも聞いたこともないという。どうしようか。そもそも人が多くいる場所ではないのだ。
ドルルルルル。少し離れた場所から農機具の音がする。音を頼りにしてその方向に向かう。…これって足で稼いでるじゃん。
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「そこの道路をもうちょっと行った先!」
都合のいいことに、最後に声をかけた方がご存知だった。どうやらもう少し進んだ先にあるらしい。本当にあるんだ。興奮した。お礼をして車に乗り込み先に進む。
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それっぽいのが見つかった!近くにわかりやすい看板のようなものはないが、たぶんそうだろう。会議をしている神像とやらはあるのだろうか。
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川崎大明神は1674年にまとめられた資料にその名前が出てくるので、相当な歴史のある宮である。金属製の階段が近年に取り付けられた様子で、信仰が今でも根付いていることを表している。
奥に見える社の中に例の御神像いらっしゃるので少し覗いてみよう。
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すごい!祖父の話は本当だった。
男神像と女神像がひざを突き合わせてなにやらお喋りしているように見える。何十年もこの様子のままという事前情報があると感動も深くなる。おもしろい。
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ネットの地図にも載っていないし、また知人を案内することがあったら連れてきてあげよう。道中の苦労も相まってとてもいい場所に感じた。