海に行くと帰りが眠い

ギリギリのところで採集に成功して、へろへろになって眠気と戦いながら京都まで帰宅した。海水浴や昆虫採集の思い出といえば、帰り道の疲労と眠気までがセットなのだ。
ところで、三重から京都まで続く国道一号沿線の、亀山近辺の喫茶店では当地の特産品である「べにほまれ」というお茶を使ったモーレツ紅茶なる飲み物が供されるという。通常の紅茶よりもかなり濃く淹れられていて、ウトウトしているドライバーにカツを入れるのに最適な飲み物なのだそうだ。いずれ試してみたいと思う。
6月初頭、初夏とは思えないくらい強烈な日差しを受けながら、私は三重県の海水浴場を目指していた。
泳ぎたいからではない。海辺の砂浜に生息するたいへんかっこいい昆虫、オオヒョウタンゴミムシ(Scarites sulcatus)を採集するためである。
オオヒョウタンゴミムシが属するオサムシ科の昆虫は、俗に虫屋と呼ばれる昆虫マニアにたいへん人気がある。
大人気の理由は、まずオサムシ科の昆虫は見た目のバリエーションに富んでいてマニアたちの蒐集欲を刺激すること。そしてなにより、カッコよかったり美しい色をしていたりとわかりやすい特徴をそなえている点が大きいだろう。
オオヒョウタンゴミムシの外見は、オサムシ科の中でもとくに風変りな方だと思う。まず、その名の通りヒョウタンのようにキュッとくびれた体。そして、そのひょうきんな体形に似合わず、頭についている顎はまるでクワガタムシのように立派なのだ。さらに日本の、主に海岸に住んでいる甲虫というジャンルの中では文句なしに最大だ。大きなものでは体長50ミリを越えるという。
これは、日中は砂に潜って過ごし、夜になると砂浜を歩き回って手頃な昆虫を捕食するという生態にフィットするよう進化した結果なのだが、ともあれその珍妙な姿を一目図鑑で見て、まんまと採集したくてたまらなくなったわけである。
私の住んでいる京都府には目下緊急事態宣言が発令されていて、遠隔地への移動や人との接触を極力減らすことが求められている。
とはいうものの、京都でオオヒョウタンゴミムシを採集するのはかなり難しそうだ(一応見つかった例がないわけではない)
そこで、必要なものをそろえてバイクで移動、砂浜で採集、テントを張って仮眠、撤収というストイックな計画を立てた。これならほぼ人と接触しないで済むはずだ。
Googlemapで目星をつけておいた場所に到着して、堤防を越えて水平線が目の前に現れた時は少し感動した。海を見るのは、実に久しぶりだったのである。
事前に調べたところによると、オオヒョウタンゴミムシは砂浜に生息しているとはいうものの、砂以外のものがない砂漠のような場所にはあまりいないらしい。
波打ち際から陸の方に歩いていくと海浜植物などが生えた草地が広がり、その背後にはクロマツの海岸林がひかえている。そんな、風光明媚な場所を好むのだという。まるで清水の次郎長のような虫ではないか。
現代の日本ではそういう白砂青松の海岸は開発によって激減しているというのが現実だが、さいわいこのあたりには条件を満たす場所が残されているのだ。
「ここだ!」という場所を決めて、オサムシ科の採集でおなじみのピットフォール・トラップを仕掛けていく。地面にコップを埋めて落とし穴を作るだけの簡単なものだが、オサムシ科の昆虫たちは羽が退化して飛ぶことができないので、いったんつるつるとした壁に囲まれた落とし穴に落ちてしまうと二度と自力で這い上がることができないのだ。
山の中でピットフォール・トラップを仕掛けるときはいつも苦労する。
ほんの十数センチの穴を掘るだけでも、握りこぶし大の石だの木の根だのが待っていたかのように飛び出して、行く手を邪魔するのだ。
そこへいくと、砂浜のこの掘りやすさときたらどうだろう。
コップの縁の砂を平らにならし、虫を引き寄せるためのカルピスウォーターを流し込んだら、ピットフォールの完成だ。
じつのところオオヒョウタンゴミムシがなにに誘引されるのかはまったく知らないのだが、ほかのオサムシ科の虫を採集するときはだいたいカルピスウォーターを使ってうまくいっている。彼らに共通した嗜好のようなものがあることを信じて、今回もカルピスに賭けてみることにする。
ピットフォール・トラップで一番怖いのが、自分がどこにトラップを設置したのかわからなくなってしまうことだ。
採集に失敗するのはもちろんのこと、回収し損ねたトラップは中に落ちた虫が誘引剤になってさらに別の肉食昆虫を呼び寄せて.....というサイクルを繰り返すことで、無限に虫が落ちては死んでいくデッドホールと化してしまうからである。分解されないプラゴミを野山に残してしまうのも問題だ。
それだけは絶対に避けねばならない。
というわけで、コップを等間隔で一列に10個埋め、先頭のコップの横にピンクテープを設置することにした。
これなら、いかに目印になるものの少ない砂浜といえど、見失うことはないだろう。
さて、全部で50個のトラップを設置してしまったら、これについては翌朝回収するまでやることはない。
ピットフォール・トラップを使った採集は、日帰りできないか、できても翌朝もう一度現地まで行かないといけないのが辛い。
が、文句を言ってもしかたのないことである。
あとは海浜の生き物を観察したり、日が落ちた後は這い出してきたオオヒョウタンゴミムシがいないか探したり、仮眠したりして時間をつぶすだけだ。
砂浜という特殊な環境には、オオヒョウタンゴミムシほど派手ではないにせよ、面白い生き物がたくさんいるのだ。
オオヒョウタンゴミムシと同じで、他の昆虫を捕まえるための大きな顎をもっている。
オオヒョウタンゴミムシを見た時、まっさきに連想したのが初代ウルトラマンを苦しめた怪獣「アントラー」だったのだが、実際にアントラーのモデルになったのはこのウスバカゲロウの幼虫の方らしい。
不器用そうに見えて器用なやつというのはクラスに一人はいるものだが、ウスバカゲロウもこんな丸っこい体でどうやってあんな穴を掘るのか、つくづく不思議である。
オオヒョウタンゴミムシのミニチュア版ともいうべきヒョウタンゴミムシを見つけた時は、「やったぞ!」と思わず膝を打った。両者の生態はかなり似ているため、ヒョウタンゴミムシがいるということは、すなわち同じ場所にオオヒョウタンゴミムシも生息している可能性が高いと思ったからだ。
暗くなった。
夜はオオヒョウタンゴミムシの活動時間なので、ひょっこり出くわさないか期待しつつ散策を続ける。
日が落ちて暗くなると、砂上の生き物たちの様相もいっきに変化したようだ。
このカクスナゴミムシダマシなんか、日中はほとんど見かけなかったのに、今や場所によってはちょっと気持ち悪いくらいの密度で群れている。
オサムシモドキA「おう、このイモムシは俺のもんや。離せや」
オサムシモドキB「なんだと、やんのかコラ」
夜の街に喧嘩はつきものだ。
ヒョウタンゴミムシ、オサムシモドキ、ムカデはたくさん見つかった。これらはみんな肉食の昆虫だ。
つまりここの砂浜はたくさんの肉食昆虫が生息できる環境なわけで、オオヒョウタンゴミムシもいそうなものなのだが、なぜかいっこうに出くわさない。
なかなか出会えない。「ひょっとしてここにはいないのでは......」という疑念がむくむくと頭をもたげてくるところだが、よいニュースもあった。
オオヒョウタンゴミムシのものと思しき甲虫の前翅を発見したのだ!
この砂浜にオオヒョウタンゴミムシはいる。そう確信した。
「もうちょっと、もうちょっと探そう」を繰り返して時刻はすでに午前0時近く。
翌日はまた京都まで戻らないといけないので、一睡もせずに朝を迎えるわけにはいかない。
「トラップも仕掛けてあることだし、そろそろあきらめて休もうか......」
そう思い始めたころ、草の下を動く黒光りする物体をライトがとらえた。
い、いたー!
駆け寄って下の砂ごと鷲掴みにする。
狂喜した。
疲労とうれしさで少し涙が出た。
まるで
「この人間はずいぶん苦労して探し回ったようだから、ここらでご褒美をあげようかな」
と、神がオオヒョウタンゴミムシを遣わしてくださったようではないか。
当のオオヒョウタンゴミムシは首を振り回し、大顎をぐいぐいいわせて
「はなせー!」
と言わんばかりに手の中で大暴れしていた。
名前に「ゴミ」などとついているのが信じられないくらい美しい。
黒くテカったり、かと思うとところどころマットな質感のところもあったりで、以前見た石炭みたいだと思った。昔、石炭は黒いダイヤと呼ばれていたから、オオヒョウタンゴミムシはさしずめ「歩く黒いダイヤ」だ。
ヒョウタンゴミムシと比べてみる。
発達した顎、キュッとくびれた体、砂を掘りやすい形に進化した前足などの部分的な特徴は似ているけれど、やはり体の大きさが別格だ。
オオヒョウタンゴミムシの方は、体長を測ってみたらおよそ42ミリあった。大きなもので50ミリを越えるそうだから、これでもまだ中くらいのサイズである。
さて、苦心してようやく一頭確保したわけだが、結果的にこの「見つかるまで探した」ことが吉と出た。
翌朝、日の出と同時に起き出してピットフォール・トラップを確認して回る。
この一帯にオオヒョウタンゴミムシが生息していることは昨夜の発見が証明しているし、50個もセットしたのだから何匹かはトラップに落ちているはずだ。そう思って気楽に構えていたのだが、甘かった。
なんと、目当てのオオヒョウタンゴミムシはただの一頭も入っていなかったのだ。
はじめの10個ほどを回収しているときはまだ余裕があったのだが、30個、40個と回収が進んでもいっこうに現れず、ついに一匹も入っていないとわかったときは背筋が寒くなった。
「えー、うそでしょ!」
と叫びたい気分だ。あの延々続く穴掘りの苦労はなんだったのか。
トラップのかけ方が悪かったのか、6月初頭だとまだ活動している個体が少ないのか、それともそもそも生息数が少ないのか。
いずれにせよ、前日夜遅くまで粘っておいて本当に良かったと、自分をほめてやりたい。
苦労が報われたり、報われなかったりする。
これも昆虫採集の醍醐味なのだな(などとオチをつけられるのも、結果的に一頭確保できたからではあるのだけれど)
ギリギリのところで採集に成功して、へろへろになって眠気と戦いながら京都まで帰宅した。海水浴や昆虫採集の思い出といえば、帰り道の疲労と眠気までがセットなのだ。
ところで、三重から京都まで続く国道一号沿線の、亀山近辺の喫茶店では当地の特産品である「べにほまれ」というお茶を使ったモーレツ紅茶なる飲み物が供されるという。通常の紅茶よりもかなり濃く淹れられていて、ウトウトしているドライバーにカツを入れるのに最適な飲み物なのだそうだ。いずれ試してみたいと思う。
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