特集 2022年7月15日

泉佐野、天王寺…屋台のラーメンが食べたくて追いかけた

ラーメンの屋台を見ることがなくなった。夜の駅前などでふいに出会い、どうしてもスルーできずに食べてしまう。食べてみると、心の深いところに染みていくようにうまい。

ああいうラーメンが久々に食べたくて、「たまにあの辺りに来るらしい」というような噂を頼りに、がんばって追いかけてみた。

大阪在住のフリーライター。酒場めぐりと平日昼間の散歩が趣味。1,000円以内で楽しめることはだいたい大好きです。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーとしても活動しています。(動画インタビュー)

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大阪に残る屋台ラーメン「大統領」のこと

私は大阪に住んでいる。東京から引っ越しきて間もない8年ほど前、なんば駅の近くでラーメン屋台に遭遇した。リヤカーのように、一人の人が自分の力で引いている屋台で「大阪にはまだこういう屋台のラーメンが残っているんだな」と、印象に残った。

しかし、それ以来、そのような屋台を見かけることはなかった。おでん屋台とか、串カツ屋台とか、珍しい屋台を見かけることはあっても、ラーメンの屋台には出会えなかった。

先日ふと思い立ち「大阪 屋台 ラーメン」みたいな感じで検索して、「大統領」という屋号の店が今も営業しているらしいことを知った。

それから間もなくのタイミングで会った友人に「そういえば大阪に屋台のラーメンが残ってるらしくてー」と話してみたら、「あ、そのラーメン、うちの近所をたまに通るやつかもしれないです!」と思いもよらぬ答えが。「え!」と驚き、「それはぜひ遭遇したい!」と話していたのだった。

と、そんなことが前段としてまずはあったのだが、その後さらに「大統領」について調べてみると、大阪の泉佐野市に同じ「大統領」という屋号で、もともと屋台だったのが、今は店舗で営業しているラーメン店があることを知った。

もともとが屋台とはいえ、今は固定した場所に店舗を構える店なので、行こうと思えば行ける。まずはそこに向かうことにした。

南海電鉄・泉佐野駅から徒歩数分。通り沿いに屋台が現れる。

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建物とほぼ一体化しているが、赤ちょうちんのあたりが屋台だ
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年季の入った木製の屋台が建物にぴったりくっついている

店の中に入ってみよう。屋台の脇に入口がある。

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なんとワクワクする入口か

台風にも耐えた頑丈な屋台

夕方まだ早い時間だったこともあってか、その時の客は私一人だった。店内の写真を撮らせていただきたい旨をお伝えしたところ、「どうぞどうぞ」とお許しをいただいた上、お店について色々伺うことができた。

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なんとも落ち着く店内の雰囲気

この「大統領」、もともとはすぐ近くにある銀行の前に夜遅くになってから店を出す屋台として営業を続けてきたらしい。

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「この少し向こうで屋台をやっていたんです」とお店の方が教えてくれた

しかし時代が移り変わって銀行が合併し、ある時からそこ場所での営業が難しくなった。そこで、それまで食材を置く場として使用していた建物に屋台をくっつけるようにして設置する形でやっていくことになった。それが15年ほど前のことだったという。現在この店を切り盛りしているご夫婦は先代から屋台を受け継いだそうで、その先代のさらに一代前の方が「大統領」を始めたのだとか。

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泉佐野の「大統領」を切り盛りするご夫婦

――ということは、先々代が始めた時から数えるとかなりの歴史になるんですね。

「歴史でゆうたらうちは古いですよ。チキンラーメンの袋麺が出た当初と同じぐらいやから、昭和33年とか32年とか、そのあたりには初代がもうやってたらしいですわ。それがプチ自慢(笑)」

――歴史ある味なんですね

「昔は『大統領』の名前で他にもたくさん営業していてね、西は広島とか、東は岐阜かな、あの辺まで行かせてもらいましたよ。本部の泉佐野から向こうの営業所に材料を運んでね。もうその当時はほとんど車でしたけどね」

――へー!そんなにたくさん「大統領」があったんですね。このあたりでは今はここだけですか?

「屋台が残っているのは近隣ではうちだけになりましたね。後は車でね。ある時から車になった。チャルメラも昔は口で吹いてましたけど、それからテープになって。スピーカーで流すようになって現在に至るという」

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店内に入ると屋台の裏側が見える。店舗型になってもラーメンを作るのは今も屋台の中だ

――この屋台は貴重なものなんですね。

「先代から引き継いで40年か50年は使われてるものですからね。ようお客さんに『おっちゃんこれ引いてたんやな』って言われるんやけど、これは重たくてあんまり引けない。車輪も小さいでしょう。あんまり行動範囲が取れない、固定用の屋台なんやけどね」

――スタイルによって屋台の形も違うんですか。

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ラーメンが作られる屋台の内部はこんな感じ

「これは、ここから銀行のところまでとかちょっとだけの距離なら行けるけど、リヤカーみたいに引いていく手引き屋台はもっと車輪が大きくて、幅が狭く作ってあるんですよ、これは大きいし重い」

――屋台を引きながらあちこちまわるようにはできてないんですね。

「そう、ちょっと作りが違うんですよ。こいうものは今発注しても作れないでしょうね」

「すごい台風の時にも飛ばなかったんです。何年か前にあったでしょう。あの時すごかったんで、住まいからここのお店の様子を見に来る時に、車もひっくり返ってるし、おそらくこの屋台も木っ端みじんゆうか、バラバラで跡形もなくなってんちゃうかと思って来たんですけど、そのままの状態で、無事でございました」

――重たくて頑丈な造りになっていたからこそですね。

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美味しそうでしょう?美味しいです!

もう一つの「大統領」のこともわかった 

「今日は何かを見て来られたんですか?」

――友達が天王寺あたりに「大統領」のラーメン屋台が来ると教えてくれて、それで調べているうちにここのことを知ったんです。こことはまた別なんですか?

「もともとは一緒でね、ただエリアで分かれてるんですよ。向こうは平野に拠点があってそこからトラックでまわっていて。向こうは平野の大統領。うちは泉佐野の大統領」

――同じ初代からの流れだけど今は別ということですか?

「そうですね。材料も麺も違うんですよ。平野の大統領はよくテレビに特集されたりしていますよ。『大統領』ゆう名前も面白いというんでね」

――今さらですけどなんで「大統領」なんですか?

「僕が知ってる限りなんですけど、大統領って一番トップですわね。国でもなんでもね。それにあやかって、屋台ラーメン、夜鳴きラーメンのトップみたいな。横綱とか、そういう屋号みたいなもんでね」

――なるほど。「天下を取るぞ!」みたいな意気込みというか

「そんなんがあるんちゃうかなって、僕が思ってるだけなんやけど。総理大臣いうたら日本だけやけど、大統領ゆうたら世界一でしょう。そういう名前つけてる店はたくさんあるみたいやけどね。『ラーメン大統領』とか、十三には『大統領』ゆうキャバレーもあるし」

――ここは何時まで営業されてるんですか?

「22時で終わらせていただいてます。コロナで、3年前にお昼からあけさせてもらうようになってね。夜、飲みに出られる人が減ったでしょう。最近ようやく飲めるようになったかもしれんけど、やっぱり一軒で帰る方が多いですね。昔みたいに2軒や3軒行って午前様でっていうのはあんまりないでしょう。だから今はお昼からで22時で終わらせていただいていますね」

――飲んだ帰りの遅い時間にラーメンを食べるというようなことがあまりなくなったかもしれないですね。

「うち、おでんもやってますでしょう。これが晩のおかずの一品になるゆうて、結構、主婦の方がお鍋持って買いにきてくれますよ。前は19時からの営業やったから遅かったでしょう。それが夕飯に間に合うようになってね、コロナで主婦の方には喜ばれるようになって(笑)」

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おでんも販売されている
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ダシがしっかり沁みてなんと美味しいことか
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もうひとつの「大統領」を探して天王寺を歩く

泉佐野の「大統領」でラーメンを食べ、お話を聞いた。天王寺近辺に現れるという屋台も源流を同じくする店だと知り、さらに食べてみたくなった。で、私はその日その足で天王寺へ向かってみることにした。

実際にその「大統領」に遭遇してラーメンを食べたことがある友人が有力な情報を教えてくれていた。それによると、その屋台は、毎週水曜の21時頃に天王寺付近に現れるという。そして、さっきから「屋台」と言っているが、泉佐野の「大統領」で教わった通り、人力で引くようなタイプの店ではなく、トラックで営業しているらしい。

まさに取材日が水曜だったので、私は21時頃に天王寺周辺を歩いてみた。大阪メトロ四天王寺前夕陽ケ丘駅へ向かい、友人が「だいたいこの辺だと思います」と地図アプリで知らせてくれたあたりをうろつく。

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「大統領」を探して歩く、
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夜の街。

しかし、歩き出してすぐ思ったことなのだが、ある程度のアタリがついているとはいえ、たとえばバスのように決まったところに決まった時間に現れるとは限らないのだ。「この辺にこのぐらいの時間に出現するかも」という情報は、たしかに大きなヒントではあるが、「もしかしたら向こうの通りなのでは?」などと目の前に果てしない可能性が広がり、手ごたえの無いままあっちへこっちへと歩き回るしかない。

しかも相手はトラックだというではないか。人が引っぱる屋台なら遠くに見つけても頑張れば追いつけそうなものだが、トラックとなると、それが走行していく速度も予想がつかない。

心細さを感じつつ住宅街を歩き続けていると、一瞬だが、遠くからチャルメラの、あの「テレレ~レレ テレレレレレ~」というメロディがかすかに聴こえた気がした。

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今、絶対に聴こえた!

しかし、方角が特定できない。「なんとなくあっちの方か?」と思った方に全力で走る。

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こんなに頑張って走ったのは久しぶりだ

走ると自分の走行音で周囲の音が聞き取りにくくなる。しかし立ち止まって耳を澄ましてもチャルメラのメロディは聞こえない。どうやら私は一瞬のチャンスを逃してしまったようだった。

その後も天王寺周辺を歩き続けたが、それらしきトラックを見つけることはついにできなかった。気づけばラブホテル街に迷い込んでおり、「いや、逆にこういうところで営業する可能性もあるのでは?」「チャルメラを部屋で聞いた男女が思わず外に出てきたりして」などと、どんどん自分勝手な理論が膨らんでいったのだが、よく考えてみれば、ラブホテルにいるような時に「お!ラーメン?食べようぜ!」ってなったりすることはないか。いや、わからないけど。

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ラーメンを求めてさまようラブホ街

とにかく私は終電近くまで粘った末、あきらめて帰宅することにした。帰り道、遠くからチャルメラの音が聞こえたような錯覚に何度も襲われた。

翌週の水曜に再チャレンジ

悔しい夜から一週間が経った。水曜日だ。今度こそ「大統領」のトラックに遭遇したい。

私は改めて友人にできる限り詳しい情報を聞いた。前回、私は不安を感じてあちこち移動してしまったが、今度は友人がトラックに遭遇した場所を動かず、そこで待ち続けることにしよう。

というわけで、また天王寺近辺にやってきた。聖徳太子が建立したという四天王寺の境内のそばの静かな通りで、向こうに高層ビル「あべのハルカス」が見える。

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こんな夜の先にラーメンが本当に見つかるのかい

今回はほとんど場所を動かず、上町筋が四天王寺の境内の東端を通るあたりに立って待った。

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そわそわと落ち着かない気持ちだ

トラックが現れるとしたら21時から22時の間ぐらいだと聞いている。21時頃に到着してしばらく暗い道に佇んでいたところ、ふとあのチャルメラの音が聴こえてきたではないか。

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うお!聴こえた!絶対に!

今度はかなり近い。上町筋の大きな通りで間違いないようだ。音がこっちに近づいてくる。心臓がバクバクする。

私はそっちへ向かって走った。

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走りながら撮ったのでブレブレですみません
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ついにトラック屋台に遭遇!

「大統領」の文字が見える。ついに出会えた。軽トラの荷台部分が調理場になっている。

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ようやく出会えた「大統領」のトラック屋台

慌てて写真を撮らせてもらう許可をいただき、泉佐野には無かった「カレーラーメン」を注文してみる。メニューには「醤油ラーメン」、「塩ラーメン」、「キムチラーメン」、「ニンニクラーメン」、「カレーラーメン」があって全品600円だ。ゆで玉子50円とのこと。

――カレーラーメンを一ついただけますか!

「あ、カレーが……今日は切れちゃったな」

――あ、じゃあ醤油ラーメンで!

「はい。ごめんね。醤油ね」

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すごい手際でラーメンを作ってくれる店主

――このお店は、持ち帰りで食べるだけなんですか?

「ここで食べて行くのはいいんですけど、車が動くんで」

――あ、そうか。トラックはまた移動していくわけですもんね。水曜はいつも決まってこの場所ですか?

「ここは毎週水曜日。他の曜日は結構あちこち行ってるんですよ。水曜はこの時間にこの筋に来ますよ。会社は平野にあって、一番遠いところだと吹田あたりまで行きますよ。金曜日はね」

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「味は天下の大統領」というフレーズ

――何年ぐらいやっているんでしょうか。

「長いですねぇ。もう、なんやかんやで20年にはなりますね。はい醤油、600円です」

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やっと出会えたラーメン

――今日は何時まで営業されるんですか?

「今は朝方の4時ぐらいまではね」

――そんなに遅くまでやってるんですね。また今度カレーラーメンを食べに来ます!

「はい。ありがとうございました」

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あたたかいラーメンを手にした私を残して
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トラックは
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遠くへ
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去っていった

そして夜道に、ラーメンを持った自分だけが残された。何この状況。めちゃくちゃ面白いんですけど。

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暗い道にできたてのラーメン持った人がひとり

立ったままラーメンをすする。ああ、うまい……。これだから屋台のラーメンはやめられない。


ラーメンを食べ終えた私は店主が手渡してくれたビニール袋に空き容器を入れ、駅に向かって歩き出した。

またここでトラックが来るのを待とう。あ、でも泉佐野の「大統領」でおでんをつまみながらゆっくりするのもいいな。好きなラーメンがいきなり二つも増えて嬉しい。

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