心の中のジョン・ウイリアムズに耳をかたむけよう
現代人一人一人の心の中には小さなジョン・ウイリアムズが住んでいて、暮らしの中の様々な場面でスター・ウォーズやインディ・ジョーンズのテーマを奏でるといわれている。ボラードがE.T.である事を認識したのは私よりも先に、私の心の中のジョン・ウィリアムズが気付いて奏でた曲を聴いたのがきっかけだったかもしれない。日々の暮らしの中で突然あのテーマが聴こえてきたら、あなたの心の中のジョン・ウィリアムズが何かを見つけたのだ。


港の岸壁、海と陸の境目でこちらを向いて立っているサビも麗しい鉄の杭、あれは「ボラード」というらしい。いつしかこれがE.T.にしか見えなくなっていた。だってほら、ボラードは今日も船を待っているじゃないですか。
旅の情緒が隙間なくびっしりと詰まっている港の埠頭やターミナル。中でも私の旅情を掻き立てるのが、けい船柱ことボラードである。
接岸した船はボラードにくくりつけられて来る人を下ろし、行く人を乗せてまた海へと旅立ってゆく。
くいっと三角形の頭をこちらに向けて無機物ながら植物のような生々しさをたたえている立ち姿はどこかで見た事があると思ったら、それはあの不朽の名作SF映画に登場する宇宙人「E.T.」だった。
宇宙からやってきたE.T.と地球の少年エリオットの心の交流を描いたこの作品は1982年に公開されると世界中で空前の大ヒット、ある種の社会現象を巻き起こした。
当時小学1年生だった私は夕方、厚木市の自宅の近所で友達と遊んでいるところに突然ねずみ色のカローラで横づけしてきた父に連れて行かれ、レイトショーで鑑賞した。休日は混みすぎて立ち見必至だったので平日の夜を狙ったのだ。
これを観に行くぞと、E.T.とエリオットの指が触れ合ったあまりにも有名な新聞広告を見せられたがそれだけではなんの映画か理解できず、なんでわざわざこんな指を観にいかなきゃならないんだと思っていた。
上映前に生まれて初めて食べたほか弁のレモン汁とコショウの効いた唐揚げがものすごく美味しくて、夜の映画館の雰囲気と相まってなんだか大人の世界に一歩踏み込んだような気がしたのを覚えている。
不穏なオープニングから徐々に明らかになるE.T.の、不気味だがどこか憎めない姿や、月をバックに自転車に乗ったE.Tとエリオットが飛行する映画史上に残る名シーンに息を飲んだ。単に指をくっつける映画とたかをくくっていた私は完全にこのファンタジーの虜になった。厚木からもこんな世界に行けるのだ。
年月は経ち、私はハブやらサケやらを探し求めて方々の港を回る中年となった。そこで見てきたボラードをE.T.視点で紹介しよう。
この形状で目まで付いたらそれはもうE.T.だろう。
監督のスティーヴン・スピルバーグはE.T.の目のモデルとしてアルバート・アインシュタイン、アーネスト・ヘミングウェイ、カール・サンドバーグ(詩人・伝記作家)の写真を造形担当のカルロ・ランバルディに見せている。
「私は彼らの目が好きで、E.T.の目もその三人の写真にあるような、どことなくおどけていて、しなびて、さびしいものにしたかった」※スティーヴン・スピルバーグ、メリッサ・マシスン他『E.T.メイキング&ストーリー・ブック』(2002年/角川書店)より一部引用
褒めてるのか乏しめてるのかよくわからないが、「老人と海」を書いたヘミングウェイの目を持つE.T.に港で潮風に吹かれているボラードが寄せられていくのは必然ではないだろうか。
今治の中北部、深い入江に造船所がひしめく港湾でにょっきりと長く首を伸ばしている。この首長感に加え雨に濡れた姿がE.T.の少しヌルッとした皮膚感を再現していてもうこれはE.T.でしかない。
サビて茶色がかったボラードはE.T.にしか見えない。サビのむらがリアリティを醸し出し、見つめているとのっぺらぼうなはずなのになんか顔が見えてくるようだ。
赤みがかったサビ。E.T.はときおり胸が光り、場面によっては赤く見えるので完全一致である。
潮風にさらされ、表面がぼろぼろになったボラードは狂おしいほどにE.Tである。絶海の孤島、トカラ列島は小宝島で出会ったのは目っぽいものまで付いていて、なんかもう懐かしささえこみあげてきた。ここにいるのがエリオットでなくおっさんですまん。
同じくトカラ列島の宝島にもいいE.T.がいる。
目だけでなく鼻も感じる完璧に近いひび割れ具合。もはやE.T.がフグの毒に当たって埋められているようにしか見えない。昔のCDラジカセに見えなくもないが。
空を見ている!見た瞬間、そう思った。空に想いを馳せているボラードがE.T.でないわけがない。フォーン・ホーム。
さっきまで茶色でE.T.とか言ってたじゃねえかと思われるかもしれないが白くても間違いなくE.T.である。
エリオットと森へ行き母星へフォーン・ホーム、つまり通信を試みたE.T.は翌日、瀕死の状態で発見される。必死の治療も虚しく心肺停止状態、E.T.は生気を失い真っ白になってしまう。
なんやかんや息を吹き返したE.T.の体はボワーっと光りだす。白ばんだ隙間からのぞく赤は希望の光を象徴しているのだ。白くてもボラードはE.T.。
このボラードを見たらたちまち、あなたの心の中のジョン・ウィリアムズがあの壮大な曲を奏で、これを自転車のカゴに入れて走り出したくなるだろう。
映画史上最も有名な、月をバックに飛行するあのシーンである。実際にE.T.がくるまっているのは白いシーツだが黒いロープでも十分に空を飛びそうなポテンシャルを持っている。
スピルバーグはE.T.をエイリアンの映画としてでなく、離婚の危機にある母親と父親についての物語として創作したという。
両親の離婚、地球に置き去りとそれぞれの喪失を抱えた2人が種族を超えて交流し、克服する。
E.T.とエリオットは森で宇宙船を待つが、探していたハブが見つからずに肩を落とし、港から海を見る私も、喪失感をボラードに癒され船を待っている。
こんなのやあんなのがE.Tだと述べてきたが、そこで船を待っている限り、ボラードはみなE.T.なのだ。
現代人一人一人の心の中には小さなジョン・ウイリアムズが住んでいて、暮らしの中の様々な場面でスター・ウォーズやインディ・ジョーンズのテーマを奏でるといわれている。ボラードがE.T.である事を認識したのは私よりも先に、私の心の中のジョン・ウィリアムズが気付いて奏でた曲を聴いたのがきっかけだったかもしれない。日々の暮らしの中で突然あのテーマが聴こえてきたら、あなたの心の中のジョン・ウィリアムズが何かを見つけたのだ。
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