おれの知ってる人間じゃないな、それ
先述したとおり、例のなぞなぞの答えは人間である。
朝は幼少期、昼は青年期、夕は老齢期といった具合に、人間の一生を1日の時間の流れに置き換えるのがミソだ。
言っていることは分かるけれど、問題を考えた人のドヤ感がひしひしと伝わってきて納得したくなくなる。実際の人間とか時間ってそんなんじゃないし。
だから、おれが本物の「朝は4本足、昼は2本足、夕は3本足で歩く生き物」になることにした。
時間割に従って朝は赤子のようにハイハイ、昼は普段通り、夕方には老人のように杖をついて一日を過ごす。通常であれば1世紀くらいかかる人間の一生、成長と老化の道を9時間で駆け抜けるのだ。
そしてこれを無事に完遂できたとき、例のなぞなぞの答えはおれということになる。待ってろ、スフィンクス。
朝の4本足期「はやく大人になりたい」
そういうわけで朝8時、とりあえず四つん這いになってみる。
普段とらない体勢だから身体のあちこちの筋が伸びてきもちいい。
ここがもし取引先企業の会議室なら悲劇の土下座だが、こちとら自宅の赤ちゃんなので希望しか目に入っていないぜ。
まずは、朝なので歯磨きと髭剃りをするためにハイハイで洗面所に向かってみよう。ハイハイの腕試しだ。
少しハイハイで進んでみたが、遅い。膝も痛い。
二足歩行の味を覚えた身としてはぜんぜん先に進まなくてだるいのだ。赤ちゃんはこんな不便な移動手段しかないのに好奇心の一本槍でハイハイしてまわるんだからすごいよ。
前日のうちに歯ブラシとひげ剃り機を乳幼児の手の届くところに置いておいたので便利だった。ふつうと逆の配慮が必要である。
ハイハイで動き回っていると猫がすり寄ってきた。やっと正気(4足歩行)に戻ったか。そう言われている気がする。
次は外に出てみよう。車にあるティッシュを取りにいきたいのと、天気がいいから日向ぼっこをしたい。
平日の朝、外はえげつない晴れだった。車までは数メートルだが人に見られると恥ずかしいのでまごついているうち、いいことを思いついた。刮目せよ。
おわかりいただけただろうか。四足歩行はハイハイだけではないのだ。膝を浮かせて足で地面を蹴ることにより圧倒的な速さを手にしたってわけ。
でも裸足でいる意味はまったくない。
このあと日向ぼっこをしたが暑すぎてお話にならなかった。
暑さで朦朧としてきたので家に戻る。
四足歩行という制限を強制されると、二足歩行でふつうに生活がしたくて堪らなくなることに気づいた。
いつも休日はずっと布団で寝ているだけなのに、今は立って色々やりたいことがある。掃除とか洗濯とか部屋の整理整頓とか。全部家事だ。家事をやらせてくれ。
四つん這いでできることはもうないので、時間が過ぎるのをただ待つことにした。はやく大人になりたい。あと30分。
うなだれながら11時を迎えた。幼年期の終わりだ。