のぼりを作っている会社の人と街を歩く
今回一緒に街を歩いてくれる堀江賢司さんは布の印刷をする堀江織物株式会社の方でデイリーもよく読んでるらしい。南青山でデジタルプリントに特化したモノ作りスペースHappyPrintersというのをやっていて、その縁で知り合った。
今日は堀江さんのよく知る東急東横線他の武蔵小杉駅周辺をぶらっと歩いて印刷物、とりわけ布の印刷物について教えてもらおうと思う。
林「さあ、街の印刷物を見ていきたいんですけど、どういうものがありますかね?」
堀江「そうですね~、こういうのも言ってしまえば印刷物ですからね」
林「あれも印刷なんですか?」
堀江「これは多分コルトンフィルムっていうフィルムの印刷ですね。後ろにライトがあるんです。
昔はこういうのって店が入れ替わったときのことを考えて、シールで部分的に貼ってあったじゃないですか。でも今はこれプリンターで安価に印刷できるようになったので多分一枚まるごと変えちゃうんだと思います。前職は広告代理店で街に貼ってあるこういうのとかほぼ何でもやってました」
なるほど、たしかにベタベタと店名が張り替えられている案内が昔よりは減っている気がしてきた。
堀江「これ最近流行りなんですよ。透明のフィルムに印刷して飾りっぽくします。おしゃれっぽい建物に多いです」
堀江「これはお店の人が手作り。こういうのがいいんですけどね~。コンビニはA3の紙を張り合わせたりしますよね」
堀江「これは紙の出力ですね。こういうのはプリンターが今30万円で売っていてチェーン店とかだと自前で持ってるんですよ。A2幅とかこの幅は決まっていて」
林「こういう印刷って昔より綺麗になっていませんか?」
堀江「そう、綺麗なんですよ! だからお店が自分でもプリンター買えるようになったんですよ。大きい家電量販店とかショッピングモールとかよく持ってます」
へぇ~! 今はチェーン店やショッピングモールでポスターを出せるプリンターを持っているのか。街にあふれるわけだ。
堀江「これも印刷ですよ。幅120cmじゃないですかね? 44インチ(約110cm)幅と64インチ(約160cm)幅とそれ以上の180幅とあとそれ以上があって。さっきのポスターみたいなのは44インチっていう110cmまでのプリンターが結構安くあって。そこから値段がすごく上がる。
これは屋外用の透けない専用のシールですね。貼るのは施工屋さんの仕事で貼る時に左右に余白を印刷するから、実際は120センチくらいになりますね」
とすると大きな紙で街にあるのは120cmくらいまでが多いということになるんだろうか。
外に出るとようやくのぼりが見え始めた。街にある布の印刷物といえばのぼりが代表的なようだ。
堀江「昔は僕らの仕事でパチンコ屋さんがめっちゃ多かったんですけど、今パチンコ屋さんって射幸心を煽るのが禁止になってのぼりがほとんどなくなったんですよ。のぼりの三大多かった業種は、パチンコ、ガソリンスタンド、車の販売会社とか、あと飲食店など車の通る場所が比較的多いですね」
うっかり四大になってしまっているが、ガソリンスタンドが多いのか。のぼりの数なんて全くイメージがなかった。
ここ武蔵小杉では川崎フロンターレが優勝して掲示物でも盛り上がっていた。
堀江「これたぶんシルク印刷かな??(※布の印刷は大きく分けてプリントゴッコみたいな版型を作るシルクスクリーン印刷とプリンターで出力するインクジェット印刷がある)。最近の機械は綺麗になったからインクジェットとわかんないときがあるんですよ。グラデーションも網点を作ってシルク印刷でできるんですよ……でもこれインクジェットだ。ほら、シルクだと生地が硬いんですよ」
結局見分けるのに一番いいのは硬さということになった。今後私達ものぼりをさわって硬さで判断しよう。硬いとシルク印刷。柔らかいと染料(プリンターでインクジェット印刷)。
堀江「のぼりはそもそも綿とポリエステルで分かれていて(※ポリがほとんど)ポリの中でも顔料印刷(主にシルク印刷)か染料印刷(主にインクジェット印刷)かって分かれるんですけど。顔料はポスターカラーと一緒で粉(顔料)を接着剤(バインダー)でくっつけているから硬くなるんですよ。染料は糸自体を染めるので柔らかい。これは柔らかいから染料。
シルク印刷も昔はフィルムで焼き付けてたのが、今はデジタル製版で網点が細かくなりました。でもやっぱりシルク印刷の網点の方が点が大きくて、インクジェットの方が網点は小さいです。町中ののぼりの写真の部分をじっとみてみると新しい発見があると思います」
堀江「これは触ると硬いので顔料です。のぼりの場合、顔料はシルクで染料はインクジェットです。Tシャツの場合はインクジェットでも顔料プリンターですけど、のぼりは裏抜けしないといけないのでインクジェットで染料を使いますね。
染料のインクジェットでも2種類あってダイレクト印刷っていう直接インクを打つタイプと昇華転写という紙に一回印刷をしたものを布にプレスをするやり方と二つあります。昇華転写よりダイレクト印刷の方が安く作れます。昇華転写はポリエステルだと透ける生地にも分厚い生地も印刷できて、スポーツユニフォームも昇華転写がふえています」
林「昇華転写って家でやるアイロンプリントキットみたいな?」
堀江「そうです、あれの大きい版です。昇華転写だといろんな生地にできる。今のぼりはポンジと呼ばれるポリエステルの生地が一般的ですけどもう少しリッチなものにもできます。ダイレクト印刷は直接インクを布に印刷するので、裏にも印刷が抜けやすくなっています」
スポーツユニフォームってアイロンプリントみたいなもので作ってるのか!
林「さっきの優勝ののぼりも裏から見ると多少白かったですね」
堀江「良いほうですよ。世の中でめっちゃ安いインクジェットを頼むと印刷スピードあげたりインクを減らしたりすると表だけ綺麗に出て裏真っ白のがたまにありますよ。
インクジェット印刷のダイレクトは前処理材を塗るんですけど、うちだと自社で作ってますね。インクを布にこぼすとにじむじゃないですか。なので事前に、にじまない薬剤を白い生地に塗布するんですね。にじまないんだけど裏には抜けるギリギリのところを狙う」
堀江「これはねシルクです、硬い。あとこれ防炎加工してます。展示会に出展するときに防炎加工をかけなさいっていわれるやつ。
あれも顔料とインクジェット(染料)で防炎加工のかけ方が違っていて。ポリエステルの生地自体めっちゃ燃えるので顔料はインクの中に防炎剤を練り込んでるんですよ。燃えないわけではなくて燃え広がらないようにしてる。
ここわかります? 防炎かけないときって白いところは印刷せずに生地のまんまですけど、そうすると白いところだけめっちゃ燃えるので防炎加工する場合は燃えない白インクもあえて印刷してあるんです」
堀江「これはシルク印刷ですから林さんが個人的に作りたいとなったら色ごとに版型が要るわけです。これで赤が1色、黄土色が2色目ですね、それでここもやりますか?って3色4色…ここに白も1色として加わります」
林「牛のキャラクター入れなきゃいいのに」
堀江「そうそう、これいるんですか? もうここはおんなじ色にしましょうよ、みたいな話を日々する。そして防炎加工の金額がプラスされる」
林「そのシールがあるだけで!」
堀江「防炎は公益財団法人日本防炎協会というのがあって、その協会で防炎の基準をつくっていて、消防の人と情報交換いつもしていて、抜き打ち検品したり、品質の報告とかを毎年しています。展示会とかお店に消防署の人が点検に来た時に防炎加工してあるか燃やさないとわからない。なので検査に来た時にこのシールがあるかないかで判断していて。これがあればOKということになります」
かつて反射材の協会がファッションショーやってると聞いて取材に行ったら元警察の人がたくさんいる業界だったのを思い出した。
林「このシールだけ売ってないんですかね…?」
堀江「このシールは絶対に商品に貼って送らないとけないんです。絶対です!昔シールだけ送ってすげー怒られた会社があります(笑)。ところで僕は印刷が綺麗だなと思ったらこの防炎番号を見るんですよ。そうすると防炎協会のところで何番がどのメーカーかわかります。『最近堀江さん自分たちの仕事を取りましたね…』みたいな話が競合の会社から言われることもあるとかないとか・・・」
みなさん! のぼりのメーカーは防炎加工からわかってしまうそうですよ! だから何っていうわけではないですが!
堀江「これはターポリンというビニール素材なのでまた印刷の仕方が違う。元は塩ビなんですよ。最近は重い、捨てにくいとか環境によくないって布に変わってきている。
ただ顔料と染料とでこの辺また難しいんですけど、顔料の方が日に当たっても長持ちするんですよ。のぼりは3ヶ月で替えるんだったらいいけど、こういう街路灯につくのは顔料で印刷した方が長持ちするんで」
染料は色あせやすく、顔料は色あせしにくいのだそう。染料は生地をやわらかいままにしたり、少ない色で広範囲染められたりメリットももちろんあるようだ。
堀江「これはメッシュのターポリンですね。透けて見えて圧迫感がない。裏抜けしないんで両面に印刷してあるけど価格は2倍になるので。のぼりとかは安くしたいから表だけ印刷して裏は透けるようにする」
3M大先生
堀江「3M大先生っていうのがいるんですけど(※もちろん勝手に呼んでるだけっぽいです)、3Mさんの認証制度があって3Mが認めた素材と施工した認証店を使うと耐光堅牢度(光で色褪せない)を3Mが6年保証してくれるんですね。そういうプリンターやインクが売っています。『ATM コーナー』って書いてあるのも多分そういった耐光性の高いものを使ってるんじゃないですかね。値段勝負になって安いフィルムに印刷すると最初はいいんだけど半年経つとめっちゃ色落ちしたり。
あ、色の中でも黄色とかクリーム色ってめっちゃ落ちやすいんですよ。黄色は落ちやすいですねその次赤かな」
色落ちしない認定。そういう商売があるのか…!!
堀江「のぼりはおしゃれエリアに来るとないんですよね。おしゃれエリアになると急に印刷物が減るんですよ。僕も自分で作ってて邪魔だって思いますが、まだ結構ありますからね(笑) 」
おしゃれエリアは印刷物が減る。子孫に語り継ぎたい真理である。
特定の印刷物の里みたいなのがあるらしい
堀江「こういう提灯とかも印刷物ですね。最初、紙で印刷して短冊にしてどんどん貼っていく。めんどくさいですよね。提灯なら四国のこことか、うちわはこことか、作ってくれるエリアが限定されてる印刷物って結構多いんですよ。それも親族で作っているからひとつで問題があると噂が業界内ですぐに広まります」
堀江「最近メニューを布にしちゃうの多いですね。これターポリンかな。ユポ紙にラミネートしたやつだったり、布だと遮光スエードという透けない厚手の素材が多いです」
「そば」は器とかと一緒に売っている
堀江「そば、とだけ書かれた大胆なのぼりもこういうのが売ってます。誰が作ってるのかずっと分からなかったんですけど、飲食店に器とかトレーを売っている人たちがのぼりも合わせて売ってるんですよ。僕らは広告宣伝業界にいたから分からなかった」
シルク印刷は全部特色
堀江「これはシルク印刷ですね。インクを混ぜたプリントゴッコみたいなので印刷するので色はどの色も一色ずつ一から作る特色。
画像じゃなくて色見本のDICとかPANTONEで指定してもらわないと次作るときに同じものができないので、指定してもらいます。これ金赤っていってDICの156あたりの赤を自社で大量に持っていて、こだわりがなければ僕らの金赤でやりますねって言う。赤と黄色と黒はいつも使うので大量に作ってあります」
秘伝のタレみたいな秘伝の色があるのか。これが印刷の世界…!
のれんの端はおばちゃんたちが縫っている
堀江「ほつれるのが嫌な人はここを三巻縫製する。ヒートカットは熱で切って断面を溶かしてほつれないようにしますが、使ってるとほつれるので、こういう風にするとほつれにくいです。三巻縫製は別料金もらうんですが、手作業で縫製なんです。見学に来るとみんなびっくりします。これはいいのぼりですね、三巻もしてちゃんと作ってある」
のぼり業界でもでかい山、宝くじ
林「宝くじ売り場ってたくさん印刷ありますね。あ、こののれん『10億円』って金額が書いてるだけだ…!」
堀江「のぼりは三巻縫製でシルクで防炎もしてある。のぼりの防炎加工は消防法とは関係ないのですが、不特定多数の人が出入りする場所にはなるべく防炎加工が望ましいといわれています。ガソリンスタンドとか火事になったら大変なところや、ショッピングモールなどもその建物が防炎加工を必須にしている場所も多いです。宝くじ屋さんはそういうところにも入ってるから全部防炎にしてるんですね。ここはさっきのより上手で防炎でも白がずれてないですね」
宝くじ売り場とか公的な要素の入るところはのぼりもしっかり作ってあるのか、のぼり業界の感じがうっすらわかってきた
堀江「これのぼりがめくり上がらないストッパー。いろんなメーカーが作ってるんですけど風太郎っていうのが一番有名」
──宝くじ売り場って全国にめちゃくちゃありそうですね
堀江「宝くじとかスタッドレスタイヤや、郵便局ののぼりとか、この辺りの仕事はのぼり業界の中でもどこがとるかって話題になります」
西か東か、棒袋かチチか
堀江「竿の通し方の加工がちがいます。関西は上を棒袋で二つ折りにおって竿が見えないようにする場合が多く、関東は棒を通すチチという輪を作って竿を通します。これは関東のチチタイプですね。これは綿、チチ、生地と同じ色の輪っかで大体最後は二つつける。これは昔ながらの染めなので割と長持ちもすると思います」
たしかに言われてみればのれんの端っこは輪っかが2つな気もしてきた。
堀江「あれ? こののれんはなんで縫い合わせてるんだろう? あ、たぶん生地幅が短いんですよ。これ結構きちんと作ってあるな。ちゃんと帆布で作ってシルク印刷かもしれないですね。本当にデニムっぽい生地だと思うんです。これ多分すごく高級な気がします」
なんで縫い合わせてあるのか? からちょっとした印刷ミステリーが行われて犯人は「すんげえ高いやつ」になっていた。
──こういうシマシマって家のプリンターでも出ますけどしょうがないんですかね?
堀江「インクジェットのヘッドがこの幅なんですよ。機械によってインクジェットのヘッドの大きさが変わるんで大きな機械だとヘッドも大きくなって目立ちにくくなる場合もあるけど…それでもなるときはなりますね」
堀江「今日は銀色のマスコットがいますね。優勝したイベントなのかな」
堀江「これもインクジェットです。銀色は染め生地ですけど、トロフィーがプリントしてあるのはインクジェット。光らせてってお客さんから言われるとサテンなどのキラキラした生地に昇華転写するんです。すると光った感じに見える」
そう言ってマスコットの頭部のクッションをじっと見る堀江さん。マスコットは健気に手を振っていた。悲しいが誰も悪くないのだ。
堀江「これ綿の帆布かと思いますがポリエステルですね。綿は短繊維といって繊維の長さが短いのですが、ポリエステルはその長さを決められるので、綿っぽく短繊維にして最後表面を粗くするとの帆布っぽくなる。麻ライクっていう生地があり、麻風なのにポリエステルでできているので昇華転写ができます」
布印刷の業界の人あるあるとして「めっちゃ触る」というのがあるらしい。とにかく一回さわる。
堀江「あ、これ昇華転写ですかね。天然記念物的な両面縫い合わせ仕様ですね。ポンジとポンジの間に裏抜けしないようにフィルムが入っている。すき家のベースになっている旗があるんですけどあれも同じく3枚合わせ」
裏抜けしないのぼりでも今は遮光するものに印刷して3枚にはならないらしい。のぼりにもレアなものが存在する…!
堀江「これ右から8L、で11Lだったかな、左が20 L ぐらい(※中に重りとして水が入るようになっているのぼりのベース)。8Lはビーチパラソル用にも大量生産してあるので安いです。20Lになると大きくなって梱包も3個で1箱ってなるから送料も高いんですよ」
堀江「これが最近アパマンとあと紳士服のアオキ、ガリバーもかな。巻き上がらないようにするのに全部縫ってある。そうするとおしゃれじゃないですか。最近流行ってます。ステッチはのぼり屋さんの良心でステッチの色変えますね」
林「折じわがしっかりついてますね」
堀江「これはまだ開けたばっかだと思う。うちもコロナになってからこういったウーバーイーツとかお持ち帰りできますとかテイクアウトっていうのぼりばっかり作ってます」
しわのついたおろしたてのウーバーイーツのぼり。今を象徴するのぼりが最後に出てきたがまだまだ印刷を見る街歩きはつづきます…!
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