「中之島図書館のカレーが素朴でいい」と友人が言っていた
先日、「大阪府立中之島図書館」に行く機会があった。「泊」「ふちがみとふなと」「Ett」といったバンドが戦前の流行歌を演奏するという音楽イベントが館内の多目的室で開催されて、それを聴きに行くためだった。
今聴いても面白みのある昔の音楽を、1904年に開館したという中之島図書館の古い建物の中で聞くのは趣があり、楽しい時間を過ごすことができた。
私は大阪に暮らし始めて8年が経つのだが、これまで中之島図書館を利用したことがなく、建物の内部を見るのは初めてのことだった。まるで神殿かと思うような重厚な作りの建物を見て、すごく昔に友人が「中之島図書館の食堂に行ったことある?素朴な感じでたぶん気に入ると思うよ」と教えてくれたのを、ふと思い出した。「カレーがいい。すごく美味しいとかっていうんじゃなく、落ち着く味」と言っていた。
それを思い出したついでにそこで食事をしてみようと決意し、翌日、改めて図書館にやってきた。素朴なカレー、楽しみだ。
しかし、館内を歩いてみても、食堂らしき場所は見つからない。中におしゃれな雰囲気のレストランがあって、お店の前に人が並んでいたが、友人が勧めてくれたのはおそらくそこではなさそうだし……。ずいぶん前のことだったからもう無くなってしまったのかも、と思ってたところ、館内にアナウンスが流れた。
それによると、私が図書館を訪れた土曜限定で、図書館内を案内するガイドツアーが実施されているという。ちょうどそのスタート時間がもうすぐだというので、参加してみることにした。
この図書館、住友銀行創設の中心人物でもあった住友吉左衛門友純という人の寄付によって建てられたものなのだという。住友氏が海外視察でヨーロッパをまわった時に、海外の富豪が地元に資産を還元するために美術館や博物館を建てていることを知った。
自分もそういうことがしたいと思って帰国した後、大阪に図書館を建てる計画が立ち上がっていることを知り、建築費用と本の購入費、あわせて20万円を寄付した。現在のお金の価値に換算すると約30~40億円という莫大な額だった。
建築当時は周りに高い建物もなかったため、どこから見ても目立つようにと十字型のシンメトリーに設計された。
その10年後、府民から本の寄贈が予想外に多く集まって収まらなくなったため、再度、住友氏の寄付によって、十字型をコの字で囲うように増築がなされ、今の形となったという。
1974年、もとからあった十字型の部分と増築部分の一部が国の重要文化財に指定された。図書館の建物が重要文化財に指定された例は国内にいくつかあるそうだが、どれも学校図書館だったりして、こうやって一般に開放されているものはここだけなんだとか。
この図書館のシンボルは十字型の中心にあるドーム屋根。二重構造になっていて、屋根に帽子が乗っかったような形になっている。天井部分にステンドグラスがはまっていて、差し込んだ太陽光がステンドグラスを輝かせて中央ホールを照らすようになっている。
教わったエピソードの中で印象的だったのがドーム屋根の色の話だ。この屋根、木造のドームの外側をトタンで補強して、そこに液状の銅を吹き付けて作ったんだという。出来上がった時は十円玉のような色合いだったそう。
それが時間をかけて“緑青化”して、自由の女神像みたいな色味になった。なのだが、2014年、ドーム部分の雨漏りを修繕した際に、屋根の色味も開館当初のような茶色に復元しようということになった。
100年以上の時を経て、建築当初の色に戻ったのだ。が、そうしたところ、府民から「もとの色に戻して欲しい」という主旨の意見が多数寄せられた。
で、「え!戻す!?」となって、しかしペンキを塗るわけにもいかず、検討を重ねた結果「サビを促進させる特殊薬剤」を塗って乾かし、それを何度も繰り返してなんとか戻したのだという。
もとに戻した後で、戻す前にもう一度戻したわけだ。なんだかちょっと大阪らしい話だなと思って聞いた。
ツアーは1階にある休憩室へ向かう。現在は休憩室となっているこの部屋は、もともと来館者のカバンと靴を預かるための部屋だったんだとか。
当時、本の貸し出しはしておらず、閲覧のみが可能だった。そのため、本が持ち去られないように入り口でカバンを預かっていたという。ちなみに当時は入館料が2銭かかって、それは今のお金で400円近い額だとか。
再び中央ホールへ。住友氏が開館に寄せた言葉を銅板に彫り込んだレリーフが、壁のカーブに沿って精巧に作られていることや、長崎県の平和公園にある「平和祈念像」の作者と同じ北村西望の作による二体の銅像が人間の野性と知性を表現するものであることなどを教わる。
ちなみにドーム上部に8つのプレートがはめ込まれていて、よく見てみると「シェイクスピア」とか、人の名前が書いてある。
これは、世界の哲学者8人の名を「八哲」として刻み、この図書館がその八哲に見守られているという意味合いを持たせてあるのだという。シェイクスピアのほか、菅原道真(菅公)、孔子、ソクラテス、アリストテレス、カント、ゲーテ、ダーウィンの名前が刻まれている。
最後に案内してもらったのは「記念室」と名付けられた部屋で、もともとは資料室だったものが、大正時代に貸会議室としてリフォームされたのだとか。
会議室として使用されていた証拠が壁に残っているとのこと。見てみると3つの小さなボタンが並んでいる。
これ、会議中に用があったら押すための呼び鈴ボタンで、「小」は荷物などを預かる「小遣いさん」を、「会」は会社の付き人を、「司」は図書館の司書に資料を探してきてもらうために押したそう。ボタンを押すとモーターが動き、糸を引っ張って別の部屋のベルを鳴らすという仕組みになっていたとか。
と、建物に関する面白い話をこのほかにも色々と聞き、さらには記念品までもらって大満足のツアーであった。
そしてツアーの終了後、ずっと気になっていた図書館の食堂について、ガイドの方に聞いてみた。そう、私はその食堂に行ってみたくてここに来たのだった。すると、残念ながら私の友人が「素朴でいい」と言っていたものであろうと思われる食堂はすでに無くなっていることがわかった。現在「新聞室」になっている場所にかつて食堂があったらしい。
そしてそのかわり、デンマークの郷土料理である「スモーブロー」を出す「スモーブロー キッチン ナカノシマ」というレストランが7年前から館内で営業しているとのこと。なるほど、私がさっき「おしゃれな雰囲気のレストランがあるな」と思ったのがそれだったのか。
素朴カレーが味わえないのは少し残念だが、おかげで中之島図書館のことを詳しく知れたことだし、寄ってみよう。と、少し並んで入店した。
ランチメニューには3種類の「スモーブロー」が用意されている。スモーブローとはオープンサンドのことで、ライ麦パンなどに魚介類や肉や野菜やチーズとか自由に色々乗せて食べるものらしい。
私は「豚ヒレ肉とバルサミコソースと季節野菜」を注文してみることに。アルコールメニューがあったので「やった!」と思ってビールを注文するも、ランチ時はアルコールなしとのことで今日は我慢。
「うまっ!」という言葉で頭の中をいっぱいにしながら食べ終えた。満足した後で改めて「素朴な食堂のカレー、どんなんだったんだろう」と、気になってきた。しかし、帰宅後に検索しても、まったくといっていいほど情報がないのである。なんだか悔しい。
もし「中之島図書館の昔の食堂で食事をしたことがある」という方がいたら思い出を聞かせて欲しいです!