「高速バス」には色々な種類がある
高速バスとは主に高速道路を通行して町と町を結ぶバスで、LCCがかなり安く主要都市を結ぶようになった今でもおそらく一番安い交通手段じゃないだろうか。東京-大阪間は多数のバス会社がすごくたくさんのバスを運行していて選択肢も豊富。夜出発して翌朝着く「夜行便(夜行バス)」と、朝あるいは昼に出発して夕方~夜に到着する「昼行便(昼行バス)」があり、どちらもだいたい8時間ほどかかる。例えば、平日の夜に大阪を出発して翌朝東京に着く高速バスを検索してみると、最低価格は片道2,200円だ。
実際には当日になって残っている空席を予約すると割引されるケースがあったり、また逆に、春休みとか年末年始とか繁忙期は2,000円~3,000円ぐらい高くなったりと変動はあるのだが、何もないただの平日であれば2,000円台から乗れる、という感覚である。新幹線の東京―新大阪間の普通車の自由席が13,620円。LCCだと成田空港から関西空港まで3,000円台で乗れる便があったりもするが、空港までの交通費がバカにならないので、まあ、やはりダントツでバスが安い。
ただ、前述の通り、乗車時間が8時間ほどと長い。夜行便なら22時半に梅田を出て、翌朝6時半に新宿に着くというような感じ。途中何回か(だいたい3回)挟まるサービスエリアでのトイレ休憩を除いては座席でジッとしていなければならない(格安のバスにはトイレがついていな場合が多い)。2,000円台の最低ラインの価格のバスであれば、座席はまず間違いなく4列シートだ。
フリー素材配布サイトより調達した4列シートのイメージ画像です。
4列シートは、真ん中の通路を挟んで左右に2席ずつシートが並んでいる形だ。一人で乗った場合、当然、隣に知らない人が乗ってくる。男性と女性は並ばないようにエリアが分けられているのがほとんどで、男性である私の隣には知らない男性が乗ってくることになる。(男女二人で予約したりした場合はもちろん隣り合って座れます)
ここ数年、バス会社が高級ラインのバスを運行するようになり、座席の間隔がゆったりとられた3列シートや2列シートなんていうものも増えてきた、が、当然快適さを追求すれば運賃は高くなる。例えば
ウィラーの高級バスラインなんかすごい。未来の乗り物みたいな。このレベルになると東京-大阪間の片道運賃が1万円を超えてきて、新幹線の乗車料金並みになってくる。
私はなんとしても交通費を節約したくてバスを選んでいるので、もうとにかく一番安いのに乗る。バス会社とかオプションとか一切気にせず、その時に予約できる一番安いやつ。ちなみに私にとっては、寝て起きたら朝、という「夜行バス」の方が「昼行バス」より性に合っていて、もっぱら「夜行」派だ。
ここ最近、自分を甘やかして新幹線に乗ることも多いのだが、2015年~2017年にかけては特にバスに乗りまくっていた。乗る度にそのバスの印象や、そこであった出来事をメモに取るようにしていたので、今回はそんな私の「深夜高速バスの思い出」を語らせていただければ幸いです。なおここからは、個人的に一番しっくりくる「深夜バス」という呼び方に統一させてもらいます。
眠れない時は一番最初の記憶から今まで全部思い出す
たいていの深夜バスでは乗車からしばらくすると消灯時間となり、車内が真っ暗になる。運転席と客席の間に仕切りのカーテンがあるバスが多く、前方も遮断されて見えなくなる。カーテンの隙間からほんの少し漏れてくる道路照明の明かりがヒュンヒュンと暗い空間を横切り、「宇宙空間ワープ中」という感じだ。
ほとんどのバスでは事前に自動アナウンスか、乗務員からのアナウンスがあり、消灯後の私語の禁止、スマホなど光や音の出る機器の使用禁止などについて説明される。
「さあ黙って寝てくれ!」といわんばかりの状況だが、体を伸ばせるわけでもなく、隣に知らない人がいる。っていうかまだ23時。日ごろ夜更かししている身にとっては、寝る時間じゃない。簡単に眠れる状況ではないのだ。とはいえ、スマホも使えず、もちろん本も読めない。そうなるとできるのはただ一つ、「考え事」だけだ。
最初の方こそ「あー、今週中にあれやらなきゃ!」、「もっと余裕のある暮らしがしたい。そのためにどうすればいいんだろうか」とか、具体的なことを考えていられるが、とにかく時間がたっぷりあるので、そんなチャラい考え事はすぐ終わってしまう。頑張ってあれこれ考えてもう考えることが無くなってしまったら、私はたいてい、生まれてからのことを全部思い出すことにしている。
人生の記憶を全部順番に思い出そうとしてみる
確か最初の記憶は布団の中で父と母に挟まれて眠っている場面で、休みの日の昼下がりだったのか、明るい日差しが差し込んでいて……みたいにとにかく考える。そこから、ずっと、保育園、小学校、中学校……と考え続ける。それでもまだ眠れない時は、もう宇宙の始まりから考える。よく知らないけど、ビッグバンがパーッとあって、それから色々あって三葉虫が這ってる様とかを想像する。
とにかく、真っ暗闇で考え事をする時間というのも普段なかなか無いものだ。この機会に徹底的に色々考えてみる。自分がどれだけ考え続けられるかを試されるのが深夜バスである。
カーテンが私たちを他人にする
4列シートの深夜バスでも、バス会社によっては隣席との間仕切りのカーテンがついている場合がある。
たった1枚の頼りない布ではあるが、これによって魔法のように「個室」ができるという、ありがたいアイテムである。ただこれ、バスが走り出してしばらくしてしまってからでは、カーテンを敷くタイミングがわからない。自分か隣の人かのどちらかがカーテンを閉めなきゃいけないのだが、「はい、今ここで、あなたと私は他人です!」と告げるみたいな気がして、なかなかできないのだ。まごまごしていると隣の人がたいてい「シャッ」と一瞬で閉める。
一度、通路を隔てた向こうの席にカップルが二人並んで座っている時があった。他の乗客が仕切りのカーテンを使っているのに気づいてカップルの女性の方が「あ、みんなカーテンしてるよ?ふふ、私たちもする?」と言う。男性が「やってみようか。ほら、どう?」とカーテンを閉める。「寂しいー」、「あはは。じゃ、いらないね」みたいに二人で楽しそうにしていて、今すぐ幽霊になって憑依したくなったものである。
カーテン1枚でも延々楽しいのが恋。
小さな音が気になって眠れない
深夜バスに乗る時はキャリーバッグなどの大きい荷物はバスの荷物入れスペースに預け、手荷物だけを持って乗り込むことになる。網棚に荷物を置くスペースが用意されていることが多いのだが、この網棚に乗せた荷物が、バスの振動で細かな音を発し、それが気になってもうどうしても神経がそこにいってしまうことがある。
「トトトトットトトトトトットトトト」みたいな細かい音。高橋名人のマネして机を爪で連打してるみたいな。これが気になり出すともうダメ。誰かの荷物を勝手に動かすわけにもいかない。というか真っ暗なので、どこの何から発生している音なのか確かめようもない。とにかくガマンするしかない。「こういう変わった音楽だと思えないだろうか」と思うのだが、思えない。
隣の人のイヤホンの音漏れが気になることもある。ある時、隣の青年のイヤホンからかなり速めのアニソンがずっと流れ続けていたことがあって、気になるとか以前に「こんな速くて激しい音楽でよく眠れるな」と感心した。
激しい音楽を聴く方が自分だけの世界に入りやすいかもしれない。
バス会社によって眠りを大事にする姿勢に差がある
同じような価格帯の深夜バスの中でも、「眠りやすい環境への配慮」という点にはかなり差がある。バス前方のカーテンがなく、フロントガラスがまるで映画のスクリーンのように丸出しのバスもあるし、かと思えば、乗客全員に無料でアイマスクが支給されるバスもある。一見ちゃんとしていてもカーテンがスケスケで遮光性がやけに低いバスもある。あるバスでは、ペラペラのカーテンを洗濯バサミで押さえていてなんだか逆に応援したくなった。
お母さんの知恵みたいな。
休憩するたびに車内がビカビカに明るくなるバスもあれば、あえて足元のライトだけが点灯するバスもある。「ただ今から15分間休憩いたします」というようなアナウンスがやたら爆音で流れるバスもあれば、休憩時のアナウンスがそもそも無いバスもある。私は一度眠ったらできるだけそのまま到着まで眠っていたいと思う方なので、できる限り静かに暗くしておいて欲しい。
あと、強く言いたいのが、「リクライニングはみんなで倒そう」ということである。たいていのバス会社では「リクライニングは他のお客様の迷惑にならないように」という風にアナウンスするのだが、あれって全員ができるだけ倒すのが一番みんなにとって良くないだろうか?気の弱い人は後ろの人に気を遣って少ししか倒せず、そういう人に限って前の席の人はめちゃくちゃ倒してきて、挟まれるように縮こまっていたりする。
気の弱い人が損する。
「VIPライナー」というバス会社では、消灯前に「リクライニングをすべて倒してください」とアナウンスが流れる。これはすごくありがたい。もちろんなんらかの事情で全開に倒せない場合もあるだろうけど、リクライニング具合でかなり眠れるかどうかに差がでるので、みんなで考えていきたい問題である。
ちなみに高級クラスのバスだと、ほぼ横倒しに近いぐらい椅子を倒せたりする。
様々な隣客たち
4列シートだと知らない人が隣に乗ってくる。私の経験上、安い深夜バスに乗ってる人の多くは旅慣れた人たちで、いかにお互い邪魔し合わずに過ごせるかを心得た達人たちが多い印象だ。なのでそんなに迷惑な隣客に出会ったことはない。
繁忙期にあたる春休みなんかだと明らかに大学生と思われる若者たちが元気いっぱいで乗っていて、なかなか寝付けるわけもないのだろう、かなり賑やかな時もある。ある時、近くの座席にとにかく騒がしい一団がいて、消灯後も普通の声の大きさで会話したり「暑いわ!窓開けよう」と言ってそこから風がびゅうびゅう入ってきたりしてなかなかマナーが悪かった。
車内の静けさにだんだんと気を遣うようになりつつも、彼らはどうしてもポテトチップスが食べたくなったらしい。袋を開けて食べようとするのだが、とにかく車内はひっそり静まりかえっているので、一人がひそひそ声で「ダメだ。ポテチ、噛むとき音が出る。食えない」と言っている。仲間が「いける。唾液で湿らせてから噛む。音が出ない」と言っていて、そうまでして食べたいかポテチ!と思った。
当日キャンセルが出たりして隣の席が空席になることがある。そんな時、自然に「神に感謝したい」という気持ちがわき起こってくる。隣に人がいないだけで気分的にも身体的にも快適さが全然違う。たまに後ろの席も空席の時があって、そんな時はリクライニングも気兼ねなく倒せるので、麻雀はよくわかってないが「役満だ!」と思う。
一度、ゴールデンウイークが終わってしばらく経った繁忙期の反対の閑散期に深夜バスに乗ったことがある。バスに乗り込んで目を疑った。誰もいないのだ。
その時に実際に撮影した写真です。
このあと、もう一人だけ乗客が現れて、合計二人で東京から大阪まで行った。運転手さんのアナウンスも一応「当バスはお客様の安全を第一に考え」とかやるのだが、二人しかいないのである。もう直接話しかけてくれてもいいぐらいだ。
この時は快適を通り過ぎて申し訳ない気持ちだった。途中、真っ暗な中、急にもう一人の乗客が「ふはは!」と笑い出して怖かった記憶がある。
たまに家族連れで深夜バスを利用している人もいる。子どもにとってはかなりガマンしないといけない環境だと思う。ある時、後ろに3~5歳ぐらいの男の子が乗っていて、寝苦しいのか、たまに座席の後ろからドーンと足が飛び出してきた。2回目から慣れたが、最初はホラー映画みたいでギャーッと声が出そうになった。
小さな足が飛び出してくる。
バスが発車するなり隣席の男性がパピコを食べ始めたことがあった。右手で1本目を食べ、左手に2本目を持っている。もしかして「1本いります?」と言われるのでは?と思って身構えたが、1本食べ終わるとそのまま2本目も食べていた。そりゃそうか。
リクライニングを倒したいのにレバーが分からなくて、どうしてもフットレストがバイーンって跳ね上がってしまう隣客がいた。「あれ、これ、どうするんですか?」と言うので自分も「えーとこのレバーを」と説明しようとするのだが、自分もフットレストがバイーンとなってしまい、二人で笑い合った。思わず「乾杯しましょう!」とでも言いたくなるが、その後、何事もなかったかのようにお互い無言で目を閉じた。
どんな個性的な隣客でも、バスを降りた瞬間、挨拶もせず朝の都会に放り出されて散り散りになっていく。さっきまで隣にいた人がまったく関係ない人になって消えていくその瞬間がいつも不思議だ。
無茶言うバスもある
深夜バスでアナウンスされる注意事項には、スマホの使用、私語の禁止、禁煙などがあるが、「禁酒」を掲げるバスも多い。トイレも近くなるし、トラブルの元になったりするからだろうか。がっつり眠るためにどうしても寝酒が飲みたい私は乗車前にグイッと飲む。あるいは休憩時にサービスエリアの片隅でウィスキーのポケット瓶をこそっと飲むようにしている。とにかく、お酒好きの方はガマンが必要になるので注意してください。
あるバスでは「禁酒・禁煙を守れないお客様は最寄りのサービスエリアで降りていただくことになります」というアナウンスが流れた。その脅し!実際そんなことになったら泣いてしまうかもしれない。小学校のバス遠足でも「騒ぐ子は途中で降りてもらいますよ!」と言われた気がする。気をつけよう。
あと、サービスエリアには多数の深夜バスが駐車していることが多く、休憩時は「乗り間違えのないようにご注意ください」とか、「フロントガラスに貼り出してあるバス番号をご確認の上、外に出られますようお願いいたします」というようなことを呼びかけることが多い。
確かに似たようなデザインのバスが多かったり、そもそも同じ会社の同じ型のバスが何台も停まっていることもあるので注意が必要なのだが、ある時の車内アナウンスでは、「なお休憩中、バスがやむを得ず移動することもありますので」と言っていた。さすがにそれは難易度が高すぎるだろう。
一方、バス会社によっては車内アナウンスがめちゃくちゃ適当で、ほとんど何の注意事項もない場合もある。それはまあいいのだが、運転手が明らかにイライラしている雰囲気の時は怖い。たいていのバスでは、安全運転のためにも運転手が二人乗車していて途中で交代するシステムになっているのだが、一度、その二人の運転手が口論している時があった。「おい!誰がやったんだよ!」、「俺じゃねえよ!天地天命に誓って俺はやってねえ!」と激しく言い合っている。
よく考えると不安すぎる一幕だが、私はその時「天地天命に誓ったことって一度もないな」とぼーっと考えていた。バスはしばらく発車しなかったが、無事に目的地に着いた。
バスの乗り場がわかりにくい
JRが運営しているバスを除いて、ほとんどのバスは主要駅から少し離れた場所に発着する。長時間停車できるスペースが無いことが理由だと思われる。例えば大阪・梅田エリアだと、大阪駅から10数分歩いた中津というエリアにバスの発着所があるし、東京駅であれば、駅から有楽町方面に10分ほど歩いた「鍛冶橋駐車場」というところがターミナルになっている。「新宿バスタ」は例外的にめちゃくちゃわかりやすい場所だが、それ以外は非常に分かりにくい。
その分かりにくさから、バスに乗り遅れるケースがある。私もこれまで2度ほどやった。時間に余裕を持って出たつもりでも、まさか乗り場が駅からそんなに遠いとは思わず、着いたらもうバスが発車した後だった。一度、もう絶対間に合わない!というタイミングで、やむなく乗り場までタクシーで行ったこともある。この時は、タクシー代が東京まで行くバス代の半額以上になり、アホらしくて笑った。
高速バスとは、特に深夜の高速バスとは、つくづく不思議な乗り物だと思う。真っ暗な中、道路脇の明かりが流れていく車内は宇宙船のように見える。その宇宙船には色んな人が乗っている。みんな身を縮めて静かに到着を待っている。体がでかい人も、いびきをかく人もいる。他人の迷惑にならぬよう配慮しつつ、自分はどこまでも寛容でいることが快適に過ごす一番のコツである。
乗車時にこれだけは持っておきたいグッズとして以下のものがある。
・マスク(車内は乾燥するので)
・アイマスク(明かりが気になって眠れない時があるので)
・耳栓あるいは音楽プレーヤー(周りの音が気になって眠れない時があるので)
・首枕(これがあると首から肩にかけての負担がだいぶ軽くなるので)
・パッと羽織れるもの(途中のサービスエリアでグッと気温が下がったりすることがあるので)
たいていのバスではブランケットを貸してくれるのだが、このブランケットは羽織らずにお尻の下に敷いておくことをおすすめしたい。長時間座っているととにかく尻が痛くなるのだ。
最後に、いつも安いバスばかり利用しておいてなんだけど、無理な価格競争で運転手さんが疲れ果てることのないようにと願いたい。