何も知らない人に色々な出し方をする
食事を嗅いでから出されると嫌だろうなと思う。はたして本当にそうなのだろうか? 一体どれくらい味に影響があるのか? 実際に調べるために何も知らされていない体験者を用意した。
あやしいお米を食べ比べしてもらう
デイリーポータルZのライターである江ノ島茂道には「これから10種類のあやしい雑穀米の食べ比べをしてもらう、微細な違いだから注意をして食べて感想を述べてほしい」と告げてある。
そして同じものを10回ちがう出し方で食べてもらうのだ。
雑穀米である理由は、白米だと安全そうなので得体の知れないものとして、である。米であるのは微細な味のちがいに注意してもらうため。
これを食事出し係のデイリーポータルZ編集部安藤さんに頼んで色々な出し方で出してもらう。安藤さんはホテルでアルバイト経験があるそうだ。
体験者に10回同じものを出した後、種明かしをして追加で感想をもらった。
最初に「ふつうはこういう味」という基本軸を作ってもらうためにふつうに出した。ホテルっぽくきれいに出してもらった。
そして実験に入る。今度はことの発端となった「嗅いで出されると嫌だろうな」である。こういうことだ。
嗅いでから出されると不安になる
食べ物を出す前に一回嗅ぐ。マンガのふきだしをあてるなら「くさってないかな?」である。これは嫌だろう。体験者江ノ島の表情に緊張が見られる。『「ん?」と思いましたね。不安にはなりました』と後に江ノ島は語る。
食べ比べなのでさっきのとは微妙に違う雑穀米だと告げられている体験者。
しばらく無言で噛み締めたあと「味は一緒なんですよ、食感がちがう」と江ノ島が言い出した。「弾力がちょっと弾かれるというか…」と。
もちろん同じものから無理やり感じ取った差の可能性もある。だが嗅がれた不安が「恐る恐る噛む」ことにつながり、食感という違いを生み出した可能性もある。
「ちょっと嫌だなと思いましたけど、まあ普通に食べられました」とは後に江ノ島が振り返ったときのコメント。
つづいてはサーブ係が直前で食べ物をよく見る。ゴミでも入っているかのような目である。
じろじろ見て出されると食べる人もじろじろ見る
食べる直前にサーブ係が食べ物を二度見する。何かが入っていたかのような印象を与える。
すると今度は出された体験者がじっくり食べるものを見始めた。それは出す係がしたのと同じように。動物の行動実験を見ているようだ。「さっきのと全く一緒に見えるんですけど(笑)」と体験者。
「味は全く一緒ですね。食感はシャキシャキしている。皮のようなものが残るんです」と今回も食感について言及している。
さっきの二度見するようなパターンと似ているが今度は出す直前に中を割って調べるような出し方である。
やはり食べる人は出す人と同じ行動をとる
中を割って出されたら、食べる人も中を調べ始める。食べ物の安全神話が崩壊しはじめた。
かみ続けた体験者が「なんかやわらかいのがある!」と叫ぶ。さっきからまったく同じ雑穀米である。不安なんだろう。
しばらくすると「…うん、一緒! 味は一緒!」味については一緒であることが確認された。
不安すぎて虫を感じてしまう
後に体験者江ノ島に聞いたところ「虫入ってるのかなと思って。異物として。だからこっちもすごく探して。食べてみたらなにかすごく柔らかいものがあって、やっぱり虫入れられた!と思って。でも食感以外は違いがなかった。」という。
虫を入れる。そんな陰湿ないじめが記事の実験で行われるというのだろうか。食事の出し方を変えるだけで常識のたがが外れはじめるのだ。食べ物に不安が及ぶと常識の及ばないレベルにまで増幅されるのかもしれない。
食事を出す係ができるだけ体から離して皿を持つ。危なかったり臭うもののように見える。
爆発すると思ったそうだ
「米の味がする。ベースの力強さとか」と味についての言及がようやくあった。「でも同じだと思うけどなあ!」と体験者。
「怖かった。なにか爆発するのかなと思って。かんしゃく玉みたいなの入れられてて パーン!ってなるのかなと思って。でもならなかったから。そこから味がし始めて」
後から聞いたところによると、体験者はかんしゃく玉を食べさせられるかと思ったらしい。悪い夢を見ているかのようだ。そんなものを現実と混同するなんて相当である。
そして味がし始めたのはかんしゃく玉がないとわかったこと以降だそう。これは重要な証言となる。
今度は食べたときのリアクションであるが「うわー」と小さく引いた声を出す。こんなウェイターがいたら嫌である。
ぼくは落としたやつでも食べますから
「これ落としたやつですか!? 落としたやつですか!?」と体験者が言う。しまいには「ぼく落としたやつでも食う人ですからね!」と叫んだ。知らない。そしてこんなこと叫ぶ食レポートがこの世にあるのだろうか!?
落ち着いたあとは「もちもちした食感が多いですね。味は一緒です」とのこと。味に差はいまだ出てこない。
「なんか落としたのかなと思ったんですよ。ホコリの味がするのかなと思ってホコリを探したんです。でもね、探してるときって味がしないんですよ。安全だと思ったら味がしてくるんです」
落としたものを食べさせる企画とかないだろう。とはいえここでもさっきと同じような証言が出てくる。それは「安全だと思ったら味がしてくる」である。出し方が味に影響を及ぼしはじめたのだ。
爆笑されると泥水だと思う
食べ物を爆笑しながら出す。食べてからも笑う。
「……泥水で炊いたとかですか!?」と江ノ島が訊く。そんなものを実験に使えるわけがない。体験者の不安が増幅するばかりだ。
口に入れると「のべっとしてるもんな…味がのべーっとしてるもんなあ」と言う。結論としては「同じ味」だというが、なにかの違いははじめに感じたのだろう。
後から感想を聞いてみた。爆笑しているのでイライラはしたがそこまで変なものが入ってるわけではないだろう、味はやはり同じだった、ということだった。
食事の出し方研究であるはずが、不安との戦いになってきた。
裏で「やばいんじゃない?」「まあいいか、出しちゃおう」とひそひそ言う。これで味に変化はあるのだろうか
お化けが出た的な不安
「変な食感があった! びっくりした、変なのがあったんですよ! 味はずっと一緒なんですけど…」と食べた体験者江ノ島が言う。彼が我が子なら何も言わずぎゅっと抱きしめて寝かしつけただろう。味については変化なし。
「『いっちゃいっちゃえ』って聞こえてきたからなにか入ったんだろうなと。虫かなにか明確に食っちゃいけないものが入ってると思った。少量の毒だったら人間平気だっていうじゃないですか」
もう、毒が入ると思ったらしい。ウェイターの人に役立つ記事になればいいなくらいに思っていたが、知らぬ間に人を追い詰めてしまった。それにしても毒を食わす記事、あるのだろうか。
マンガ『孤独のグルメ』では厨房でアルバイトに怒っている店主を咎める描写がある。たしかにご飯を食べるときに怒っている人がいると不味くなりそうだ。これを意図的にやってみると味に変化はあるのだろうか。
人が怒っていると味がしなくなる
このときは語らなかったが後に振り返って体験者は言う。
「嫌な液が出ましたね、口の中に。冗談だなとは思ってるんです。それでも体が怒ってるなって思うんでしょうね。
怒ってるのってやっぱりイヤなんでしょうね。不安が増して、味がしなくなった気がして。味は一緒なんだけどちょっと薄いんだよなっていう。緊張感はずっとありましたね」
ようやく明確に味に変化があった。怒っている人がいると味を感じなくなる。ついにできた、味を感じさせなくするシステム。ラーメン屋一蘭の味集中システムの逆である。
ふざけてるのだろうなと思われそうで最後になったが、股を通して食事を出したらどうだろう?
これはとくに精神面で負担を与えるものではないだろうとは思っていたのだが…
股を通して出すのは怒るのと同じくらい味が変わる
これが一番不安であり、精神面で来たらしい。ただふざけた出し方のようにも見えたので意外だ。
「明確にイヤなものだなと思ったし、喉を通っていかなかった。あそこはおならのエリアだから。あのエリアを通ってきたから。おならの残り香ってあるじゃないですか。想像すると、明確にイヤなものとしてありました。これをやり続けられたらこの食べ物を嫌いになるな、と」
以上、10パターンを試してみて味に最も変化があったものは怒っているのと股を通して出てきたものだそうだ。
ここで「ちょっと体験していい?」と安藤が言い始めた
「あー、なるほどね。ああ、なるほど…たしかに、やだねえ。口に運ぶまでがやだね」と安藤が言う。
「口に入れてからもその姿を思い浮かべちゃうから。なんでだろう、思いの外腹が立つね。わかっていてもイヤな気持ちがするなあ。不思議だ」
サーブのコツは股下から出さないこと。これだけは一流のホテルマンに肝に銘じてもらいたい。
安全であってこそ味がある
このサイトでよく変わった食レポートをしている。安全に拾い食いをしたり合わない組み合わせを探したり。そこでつかんだ真理としては「安全であることが最高の調味料」というものだった。
安全であることが最も美味しいのだと思っていた。しかしそれはちょっとちがった。安全を脅かされると味がしなくなるらしいのだ。たしかに。味わっている余裕がないのだろう。
店長がアルバイトを怒ってる店で孤独のグルメの主人公は「味がしなくなるだろう、味が!」と店長を諌めたのかもしれない。
食レポートが食レポートたるためには安全と正しい給仕の仕方が必要なようだ