ドイツの知られざる発明品
ドイツは、私たちの生活に欠かせない様々な発明品を生み出した国である。
印刷革命を起こしたグーテンベルクの活版印刷技術。今や移動手段の主流となったガソリン自動車。体の痛みを緩和してくれるアスピリン錠。ドイツの発明品は、私たちの日常生活を大きく変えてきた。
しかしドイツには、ドイツ国外ではあまり知られていない素晴らしい発明品がある。
それが、スパゲッティアイスだ。

スパゲッティだけど、アイスクリーム
スパゲッティアイスとはその名の通り、トマトソースのスパゲッティをアイスクリームでそっくり再現したもので、ドイツのアイスクリーム屋さんで食べられるデザートの一種である。
構造は至ってシンプル。スパゲッティの麺はバニラアイス、トマトソースはいちごソース、そしてパルメザンチーズはホワイトチョコレートで再現されており、それがお皿に盛られているだけだ。
たったそれだけのことだけど、物凄いインパクトのあるビジュアルである。

スパゲッティアイスというぐらいなのだからイタリア生まれなのかと思いきや、実は1969年に旧西ドイツのマンハイム市で生まれた、正真正銘のドイツ発祥のデザートなのである。

今やドイツの夏の定番デザートとなったスパゲッティアイスは、当時18歳だったイタリア系ジェラート屋の息子が、新商品を模索中に作り出したものだそう。
南ドイツにはシュペッツレという卵麺があるのだが、バニラアイスをシュペッツレ用のプレス機に入れてみたところ、きれいな麺状のアイスを作ることに成功し、スパゲッティアイスが生まれたそうだ。

まさにイタリアとドイツの文化が融合して生まれた、フュージョンデザートなのである。
これをお店で出したところ大人気となり、瞬く間に西ドイツ全体に広まったそうだ。
こんな楽しいアイス、ドイツだけじゃもったいない。もっともっと、世界中に広まってほしい。
アイス好きなドイツ人
ところで、アイスクリームといえばジェラートの国イタリアが有名だが、実はドイツ人も無類のアイスクリーム好き人種なのである。
特にベルリンはアイスクリーム屋が多く、老舗のジェラート屋から今時のヴィーガンアイスに特化したお店まで、ベルリン市内には500店以上のアイス屋さんがあるそうだ。

日本に住んでいる時はアイスが食べたくなるとコンビニに行っていたが、私が住むベルリンでは最寄りのアイスクリーム屋さんへ向かうことが多い。
冬も通してやっている店も少なくないが、春になるまで店を閉めたり、冬の間は別の商品を売ったりするところもある。


2021年のドイツのアイスクリーム消費量は1人あたり7.9リットル。ヨーロッパでトップの消費量を誇るフィンランドよりはずっと少ないが、それでも結構な量である。
しかもアイスクリームの生産量に関しては、ドイツはEU圏内でナンバーワンの座を誇っているそうだ。
そんな隠れたアイス大国ドイツの人たちにとって、スパゲッティアイスはノスタルジックな夏の風物詩なのだ。
また、値段が普通のアイスの数倍するためたまにしか食べられないごちそうであるスパゲッティアイスは、多くのドイツ人にとって特別な夏休みの思い出として記憶に残っているのである。
なかなか食べる機会がなかったスパゲッティアイスだが、この際いろいろ食べ歩いてみようじゃないか。
古き良きジェラート屋さんのスパゲッティアイス
まず向かったのはクロイツベルク地区にある、イタリア系の小さなアイス屋さん。1983年からあるそうで、おじさんとお孫さんらしき人が切り盛りしていた。

おじさんにスパゲッティアイスを作っているところを撮影して良いか聞くと、快くOKしてくれた。


なんでだろう、アイスが麺になっただけですごく興奮する。
見慣れたものがミニチュアになったり、違う材料で再現されたりするだけで楽しい気持ちになれるから不思議だ。
実はスパゲッティアイス、店によってはメニューにないところもあるのだが、この「製麺機」を置いているか置いていないかも理由の一つなのだろう。
調べたらこの機械は安くても20万円ほどするようだ。スパゲッティアイスを出すためにはそれなりの投資が必要なのだ。


「はい、どうぞ。楽しいことでも考えながら食べておいで」とおじさんに言われ、外のイスに座る。人や車が忙しなく行き来する大通りのを横目で見ながらアイスを頬張る。優雅な時間だ。
実は今までスパゲッティアイスを避けていたのは、全体がバニラアイスだということが大きな理由だった。バニラ味は嫌いではないが、せっかくならもっと変わった味が食べたい、と思ってしまっていたのである。
でもいざ食べてみると、なかなかいける。甘いバニラアイスとすっぱいいちごソースがよく合ってるし、フワッとした生クリームもしてていい仕事をしている。なめらかな口溶けのアイスと生クリームが一緒になって、あっという間に口の中に消えていく。
そして何よりも、見ていて楽しい。大人でもこんなに興奮するんだから、子どもの頃に出会っていたらたまらなかっただろう。

おじさんが「うちのはボリュームがあるから2人前なんだけど」と言っていたが、気がついたら完食していた。
うん。スパゲッティアイス、なかなか楽しいじゃないか。もっともっと食べてみよう。
生クリームを土台にするとアイスが溶けにくい
今まで食べそこなった分を取り戻すように、スパゲッティアイスを食べ歩く。今度はミッテ地区にあるアイスクリーム屋さんに向かった。

あっさりとした外観のお店だが、中に入ると黒板にびっしりと書かれたメニューや、色とりどりのアイスクリームのディスプレイで賑やかだ。

もちろん、注文するのはスパゲッティアイス。ここでもまず生クリームをお皿に盛ってから、専用の機械で麺状にしたアイスクリームをかけていた。



ガラスの器に入れてくれると特別感が増して嬉しい。ヘルメットを脱ぐのも忘れて、早速食らいつく。


夫と並んで、ただ黙々とスパゲッティアイスを口に運ぶ。幸せだ。
「ふーん、バニラアイスかあ」なんて失礼なことを思っていた昔の自分が憎い。

ああ、おいしかった。でもまだまだ食べるぞ。
今時のオーガニックアイス屋のスパゲッティアイス
最後に訪れたのは、ベルリン市内に5店舗を持つ地元のチェーン店。
2008年にできたおしゃれなオーガニックアイス屋さんだが、友人がそこでバイトをしているそうなので、彼女のシフトの日に遊びに行かせてもらった。

この日はスパゲッティアイス大好き人間の夫と、スパゲッティアイス未経験のスロバキア人の友人バシカと一緒に訪れた。

では早速、スパゲッティアイスをお願いします!




これまで行ったお店とは違って製麺機が電動ではないが、大変じゃないのだろうか。


早速みんなでスパゲッティアイスに食らいつく。

濃厚だけど甘すぎない、上品なバニラの味。さすが材料にこだわっているお店だけあって、アイス自体がものすごくおいしい。

ベルリン出身のレアも、子どもの頃スパゲッティアイスを食べていたのだろうか。






もっと世に広まれ、スパゲッティアイス
ドイツ人のハートをがっしり掴んで離さないデザート、スパゲッティアイス。合理的な民族と思われがちなドイツ人だが、こんな遊び心溢れるアイスクリームを愛する人たちだとは知らなかった。
あとでネットで調べてみたら、すでに日本にもスパゲッティアイスを出すお店がちらほら存在するようだ。嬉しいことだ。
この調子でスパゲッティアイスの素晴らしさが世界に広まって、いつかドイツが「ビールとソーセージとスパゲッティアイスの国」として知られる日が来るかもしれない。
