しゃっくり治療の体験談をお届けします
この記事では、僕が「しゃっくり外来」という聞きなれない病院に行くことになった経緯と、その診察や治療についてご紹介します。
紹介するしゃっくりの原因や対処法などは、病院で聞いたことをシロウトなりに解釈した話です。正確な医療情報ではなく個人の体験談としてお楽しみいただき、もしものときは参考にしていただけましたら幸いです。
はじまりは10年前
はじめてしゃっくりが止まらなくなったのは10年ほど前。社会人3年目のころに、それは突然やってきた。
出はじめて2日目ぐらいまでは、初めてのことにとまどいながらもまだ余裕があり、会社でも「このまま100回続いたら死んじゃいますねー」などと自ら話のネタにしていた。「たかがしゃっくり」と思っていた。
当時の職場で僕はいちばんの若手。まわりにいた先輩たちも、自分なりのしゃっくりの止め方を教えてくれたり、突然ビックリさせてきたり、なごやかにいじってくれていた。
しかし3日目ともなると、あまりの止まらなさにさすがに不安になってくる。先輩たちも「おい、マジかよ!?」という雰囲気になってきて、本気で心配してくれるようになっていた。昨日まではビックリさせられていた僕が、ビックリさせる側になっている。
そしてこの3日目あたりから、体調にもつらさが出はじめた。
つらいこと①:酸欠
しゃっくりが長くつづくと、その影響でいろいろとつらい症状があらわれる。その中で一番つらいのが「酸欠」だ。
しゃっくりが出ると、胸の気道が定期的に閉まることになる。それによって、体に入ってくる酸素が少しずつ少なくなっているのだろう。だんだん頭がボーっとしてきたり、ひどいと手足がしびれてきてしまう。
つらいこと②:胸の内側のつかれ
加えて、しゃっくりが出ている間、胸の内側では筋肉がずっと瞬発的な動きをくりかえしていることになる。その結果、だんだん胸のあたりが疲れてきて、重だるくなってくる。
つらいこと③:食事をすると胸にガスがたまる
そして、これも気道が定期的に閉まるからなのか、食事をすると胸のあたりにガスもたまりやすくなる。それによって、ずっとゲップが出そうで出ないような気持ちわるさと、息苦しさを感じるようになる。
酸欠・胸のつかれ・ガスだまり。しゃっくりが出はじめて3日目の僕は、このしゃっくり三重苦のダメージをあきらかに感じるようになってきていた。
そして5日目
しかし、そんなダメージなど知ったこっちゃないと、しゃっくりはとうとう5日目に突入。
部署の会議をしていたとき、いよいよ気持ち悪さが限界をむかえてしまい、思わず声が出る。
「あっ、あぁっ、しゃっくり、限界、すいません、しゃっ、気持ち悪い…」
あきらかに取り乱す僕を見て、会議は中断。議題は救急車を呼ぶかどうかに変わっていた。
さいわい、しばらく机にふせていたら少しずつ落ちついてきたので、その日はそのまま会社を早退。家に帰り横になっていると、ようやくしゃっくりは止まった。
「たかがしゃっくり」だったはずが、ものすごく大ごとになってしまった。
戦いとあきらめ
それ以来、しゃっくりは2〜3ヶ月に1回ぐらいの頻度でやってくるようになった。しかも、毎回出はじめると2日~5日ほど止まらない。
僕としゃっくりとの戦いが始まった。
頼もしいことに、しゃっくりについては多くの人が「私はこのやり方で止まる」という持論を持っていた。しかもけっこう自信を持っている人が多く、しゃっくりをしているとこちらから聞かなくても教えてくれる。
【みんなのしゃっくりの止め方】
・下を向きながらつばを飲む
・コップに注いだ水を反対側のふちから飲む
・耳たぶの後ろのくぼみを押す
・「ナスビの色は?」と聞いてもらって「紫色」と答える
・ものすごく集中して「豆」とつぶやく
「ナスビの色は?」や「豆」で止まるというのはどうやって気づいたのかが気になる。
まずはそういったものをかたっぱしから試してみたが、確実に止まるというものは見つからない。
インターネットでもいろいろと検索した。
しかし、しゃっくりのことはまだあまり解明されていないのか、見つかる情報のほとんどは「私はこのやり方で止まる」レベルのものだった。
ときどき「重大な病気を併発している恐れがあるので気になったら病院へ」と書いてあることもあったが、どこの科にいけば良いかまでは書いていなかった。
ならばと、実際にしゃっくりが出ているときに総合病院にも行ってみた。受付で「しゃっくりが止まらない」と伝えると明らかに困惑されたものの、とりあえず初診用の問診に通してくれた。
担当してくれた若い男性のお医者さんは、聴診器をあてたりノドをさわったり、ひととおりの診察はしてくれたけど、「まぁしゃっくりは病気じゃないですからねぇ。そのうち止まりますよ」と終始半笑いだった。
そして最後にこう一言。
「水を入れたお茶碗に箸を十字に置くと、飲み口が4つできるじゃないですか。その4ヶ所から順番に水を飲むと、しゃっくり止まりますよ!」
一瞬「あれ、いま友だちと話してるんだっけ?」と思ったが、目の前にいるのはお医者さんだった。まさか医者から民間療法をすすめられるとは。
「そういうのさんざん試しても止まらないから病院に来たんですけどねぇ」と嫌味を言ったが、「僕のは絶対止まりますから」と満面のドヤ顔で返されてしまった。
ある意味ビックリさせられてしまい、病院からの帰り道、しゃっくりは止まっていた。悔しい。
結局、何をやっても止まらなかった。
これ以上調べても新しい情報はなさそうだし、病院でも相手にしてもらえない。「もう一生つきあっていくしかないんだな」と悟り、ここ5年ぐらいはあきらめて過ごしてきた。
「しゃっくり外来」という光
転機がおとずれたのは2020年の5月。
10年ぶりに「座ってられないほどの酸欠状態」になってしまったことをきっかけに、やっぱりちゃんと治さないとまずいよなと思い、久しぶりに「しゃっくり 病院」で検索をした。
すると、「しゃっくり外来」なる診療科をもつ病院がヒットしたのだ。
そこは総合病院なのだが、その診療科の1つとしてしゃっくり外来というものを週1日だけ開診していた。
寝転がりながらスマホで検索していた体を起こし、正座でホームページを熟読した。
ここならちゃんと診てくれるかもしれない。そして治るかもしれない。ワラにもすがる気持ちで、片道2時間かけて行ってきた。
しゃっくり外来は問診票が独特
病院に到着後、受付をすませて待合室へとすすむ。
そこは、いろんな診療科の患者さんが一緒に待っている待合室だった。もししゃっくり外来に来た人だけの待合室で、みんなしゃっくりをしていたらさすがに笑ってしまうかもと思っていたので、このタイプのやつで良かった。
待合室の壁にはそれぞれの診察室に入る扉がならんでいて、その中の1つに「しゃっくり外来」はあった。
診察室にはとぎれることなく患者さんが呼ばれていく。しゃっくりで困ってる人ってこんなにいたんだと、自分のことは完全に棚にあげて驚いた。
しゃっくり外来の診察は、この待合室で問診票を書くことから始まる。
ふだん健康診断なんかで書くものとくらべて、食事や嗜好品についての確認項目がすごく多い。よく聞かれるタバコ・お酒・油っこい食べものに加えて、炭酸飲料・コーヒー・チョコレート・辛いものについても頻度や量を記入した。
つづいて問診。
診察室に呼ばれると、そこには40代ぐらいの、トライアスロンでもやっていそうな健康的な男性の先生が待っていた。聞けば、これまで800人以上のしゃっくり患者を診てきたという。頼もしすぎる。
そんな先生が、これまでのしゃっくり歴や、問診票の内容、しゃっくりが出るとどうつらいかなどについて、30分以上かけて問診をしてくれた。
今までの人生でこんなにも丁寧に時間をかけて問診をしてもらったことはない。それに加えて、しゃっくりをきちんと病気として扱ってもらえていることが嬉しく、ここぞとばかりに話しこんだ。
そしてその後、MRI(脳の輪切り)、CT(内臓の輪切り)、心臓のエコー、心電図の検査を受ける。
しゃっくりでここまで?と思うようなフルコースの検査だったが、脳や内臓の病気が原因でしゃっくりが出ることもあるので、ここまで調べるのだそうだ。
ノドへの刺激がしゃっくりのスイッチ
検査を終えて昼ごはんを食べたら再び診察室へ。ここで結果を教えてもらう。
先生:まず、精密検査の結果は問題ありません。
高瀬:良かった!では何が原因なんでしょう?
先生:高瀬さんの場合は、お酒と炭酸を飲む多さが気になりますね。
そう言うと先生は、今までいくら調べても分からなかったしゃっくりの仕組みを教えてくれた。
先生:まず、ノドの奥に刺激の受容体、いわば「しゃっくりのスイッチ」のような場所があって、ここが刺激をうけると、ノドと横隔膜に収縮の指令が出されます。この指令がとどいてしまうと、しゃっくりは始まってしまうんです。
先生:ただし通常は、その指令を「GABA」という抗ストレスホルモンがブロックしています。なので、ノドへの刺激はあっても、収縮の指令はノドと横隔膜にとどかないので、しゃっくりは出ません。
先生:ただ、食生活などによってノドへの刺激が強いと、この指令は強くなります。これがGABAではおさえきれない強さになってしまうと、しゃっくりは始まってしまうのです。
先生:反対に、ノドへの刺激は強くなくても、ストレスでGABAの分泌量が少なくなっている場合もしゃっくりは出ます。職場に行くとしゃっくりが止まらないという人が、仕事をやめたら全く出なくなったというのはよくあるケースです。
今までしゃっくりについては、よく言われる「横隔膜のけいれん」というボンヤリした説明しか聞いたことがなかった。でも実際のところは、ノドへの刺激とストレスとのバランスで決まる、すごく因果がはっきりしたものだった。
こういう「風がふけば桶屋がもうかる」みたいな話は聞いていて気持ちがいい。「あー!」とか「へー!」とか、赤べこのように首をふりながら話を聞いた。
先生:高瀬さんの場合は、ノドへの刺激が強い生活習慣が気になりますね。まず炭酸。これはノドをダイレクトに刺激するものになります。
先生:そしてお酒。ノドへの刺激は炭酸や辛いものほどではないですが、同時にGABAの量を下げてもしまうのでクセモノです。そこに炭酸も加わっているビールはいちばん良くないですね。
先生:ということで、高瀬さんは今日から3か月間、お酒と炭酸は控えるようにしてください。
高瀬:えっ!?
ビールが飲めない夏
絶対になおしたい気持ちで向かったしゃっくり外来だったが、まさか好きな飲みものNo.1と2を禁止されてしまうとは想像していなかった。
先生が説明してくれたしゃっくりの仕組みは気持ちいいぐらいに因果がはっきりしていて分かりやすかった。ただそれが自分の話となったときに、「因」をやめられるかどうかはまた別の話。時は6月。これから本格的に夏というなかで、ビールと炭酸が飲めないという緊急事態がやってきた。
問診票にも書いたとおり、それまではほぼ毎日ビールを飲み、何か理由があって飲めないときはサイダーを飲むような生活だったので、その両方をいきなり絶つというのはかなりつらいものがあった。
しかし、しばらくたったある日気づく。「たしかにしゃっくり出てないぞ。」
ほんとにビールが原因だった
最初の診察から3ヶ月後の9月、経過報告でそのことを伝えると、先生はガマンのおかげで原因がはっきりしてきたことをほめてくれるとともに、「今後は飲み会などしかたない時はビール飲んでもいいですよ」と、少しだけ解禁してくれた。
決定的なことが起こったのはその後。
僕は「しかたない時」を拡大解釈し、飲みたくなってしまった時は「しかたない時」として月に何回かビールを飲んでいた。
そして時々飲むぐらいならしゃっくりは出なかったのでさらに調子にのり、2日つづけて飲んでしまったとき、しゃっくりは出た。
先生の見立てどおり、原因はビールと炭酸ということが確定した瞬間だった。
12月。3度目の通院のときにこのことを伝えると、先生は「原因がはっきりしましたね」と笑いながら、今後はビールと炭酸をほどほどにして、自分でコントロールすれば大丈夫と言ってくれた。
完治ということではなく今後はうまくつき合っていきましょうという結論だったが、何に気をつければいいかが分かったのはすごく大きい。しゃっくり外来に行って本当によかった。
今日で通院は終わりにしましょうと言った先生は、カルテの最後に大きく「結診」と書いて丸で囲んだ。たしかに、しゃっくりへの対処法と結ばれたような気持ちだった。
原因がわかっている安心感
今でもたまに調子にのって何日か続けてビールを飲んでしまい、しゃっくりを出している。でも今は同じしゃっくりでも、「たしかにここ数日のお前なら出るよね」と自分で認識することができる。出てしまった苦しさは変わらないけど、その原因がちゃんとわかっているというのは安心感が全然ちがう。
こうしてしゃっくりの面では平和を取りもどした。ただ最近はお酒を飲んだらいびきをかくようになってしまい、飲んだら別室(物置きのような部屋)で寝ることを家族から命じられている。
今度はいびき外来に行こうかな。
【会議室と待合室のイラスト協力】
七星 海咲