特集 2020年11月16日

泣きたくなったらビデオを消せばいい 〜リモートでクビになった話

先日、会社をクビになった。しかも、リモートで。

家にいながらリアルタイムで解雇されるという、生まれてこのかた経験したことがないような奇想天外な体験だったが、思い返してみると意外とポジティブな点があった。よかった点をピックアップしながら、クビになった1日を振り返りたいと思う。

1986年東京生まれ。ベルリン在住のイラストレーター兼日英翻訳者。サウジアラビアに住んでいたことがある。好きなものは米と言語。

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33歳にして初めての会社勤め、34歳にして初めての解雇

私は大学を出てからずっとフリーランスやアルバイトをしながら食いつないできたが、去年の春、33歳にして初めて社内翻訳者としてドイツのある会社に就職することになった。

時間の自由は無くなってしまったものの、安定した給料をもらえ、明るい職場で働けることが新鮮で嬉しかった。フリーランスの頃よく感じていたハラハラ感や孤立感は消え、安定した生活っていいなあと安堵感に浸っていた。

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が、入社して1年ほど経った2020年に入り、パンデミックが発生。3月に在宅勤務指令が出て、社員全員がそれぞれ自宅で仕事をするようになった。

私の会社は旅行会社であったため経済的ダメージは大きく、5月には社員半数ほどの勤務時間が短縮された。それでも夏休みシーズンは予想以上に旅行者が多く、なんとか持ちこたえているようだった。少なくても、そう見えた。

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そんな非日常的な毎日に慣れきってしまった10月のある日、突然クビになった。

家にいながらリモートで解雇された不思議な1日を、時系列で振り返りたいと思う。

9:00 社長からのメール

クビになった当日、いつも通り朝9時にメールをチェックしていた。仕事のメールに紛れて社長からのメールもあったが、どうせ毎週のように送られてくる「モチベーション向上」系のメールだろうと思い、とりあえず仕事のメールを先に確認。

一通り仕事のメールを読み終え、社長からのメールを開く。いつも通りの長文メール。面倒臭いなあと目を通していると、ある文字が目に飛び込んできた。「今日、93人の社員がこの会社を去ることになります。」

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背筋が凍った。件名を見ると「チームの削減と再編」と書いてある。何度もメールを読み返すが、パニックでうまく内容が頭に入って来ない。分かったのは、「会社を去ることになる」のは一体誰なのかという肝心な情報は書かれていないという事だった。詳しくは10時の全社会議で説明するとのこと。

頭から血の気が引いて、手足が震えた。その日は普段在宅勤務の夫が珍しく家いない日だったので、話し相手もいない。このどうしようも無い気持ちを紛らすため、同僚に電話をする。彼女もちょうどメールを読んだところで、パニックを起こしていた。

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悪寒はストレスから来ているもので、コロナではないだろうとお互いを励まし合い、電話を切る。

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今日会社を去ることになるのは、一体誰なのだろうか。果たして私は生き残れるのだろうか。オーディション番組の出場者になったような気がして、ドキドキした。最近メリハリのない生活を送っていたため、こんな気持ちになったのは何年ぶりだろう。人間ってこんな強い感情を感じることができるんだなあ、と感心してしまった。

良い点 1:オーディション番組の様な、普段感じることのないドキドキ感が味わえる

このように、クビになった1日を振り返りながら、良かった点をピックアップしていきたいと思う。

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10:00 全社リモート会議

メールを見てから約1時間後、全社会議が行われた。依然として約600人の社員ほぼ全員が在宅勤務なので、会議はいつも通りリモート形式で行われた。会議に参加すると、会議室にポツンと立つ社長の姿がモニターに映った。

いつもは凛としている社長も、今日は暗い印象だった。解雇に至った理由や、解雇される人へ向けた説明があったが、いまだに誰がクビになるのか不明なため、自分に関連する情報なのかが分からない。メモを取った方がいいのか、どうしようか迷っていると、社長が言った。

「これから社員全員の元にコンファーメーション(確定)またはディパーチャー(旅立ち)のメールが届く」と。確定メールの人はセーフ。旅立ちメールの人はクビだそうだ。

その後の情報は覚えていないが、会議はあっという間に終了し、フッと画面が消えた。

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「えっ、それだけ?」ミッション インポッシブルで自己破壊する指令テープを受け取ったスパイになったような気分だった。もしかしたら肝心な部分を聞き落としたのかも?と思ったが、ビデオは消えてしまったから、聞き返すこともできない。

「もしかしたら助かるかもしれない」という希望と「もうおしまいだ」という絶望が、交互に沈んでは浮かぶ、今まで感じたことのないような複雑な気持ちだった。

良い点 2:更に焦らされて、ジェットコースター並みの感情のアップダウンを味わえる

11:00 「旅立ちメール」と「確定メール」

結果のメールはすぐ届くかと思われたが、大量のメールが一度に送られたためサーバが混雑状態らしく、なかなか届かない。そんな宙ぶらりんな状態の中、何度も何度も受信トレイを更新していると、頭がおかしくなりそうになった。

そして全社会議から約1時間後、ようやくメールが届いた。

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「旅立ち」メールだった。「ああ、やっぱり」、「いや、そんなバカな」と、感情がぐちゃぐちゃだった。

解雇の場合はもう仕事をする必要はなく、2日後の最終日までの間は事務的な用事などを済ませれば良いとのことだった。置き忘れたものさえなければ、一度も会社に戻る必要もない。物理的には何も変わらず、ただ「社員」から「無職」へステータスだけが更新されるような感じだ。

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結局、チーム27人のうち7人がクビになった。去年の12月に入社したばかりの同僚は、相当ショックだったようで「ちょっと横になってくると」言うと、社内チャットから消えた。

そうか、リモート解雇だからいつでも横になることができるのか。

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良い点 3:家なので、人の目を気にせず横になれる

13:30 「旅立ち」Web会議

届いた「旅立ち」メールは、2時間後の個別面談への招待メールだった。

つい数時間前まではのんきに昼ごはんの献立を考えたりしていたのに、一瞬にして全てが変わるもんだなあ、とぼんやり考えた。クビになった事を頭では理解できても、全く感情が追いつかず、地に足がつかない気分で2時間ほど過ごした。

ようやく時間になり、「旅立ち」Web面談に参加する。ログインすると、画面に会社の会議室が映る。大きなテーブルで十分なソーシャルディスタンスを取り、マスクをした上司が2人座っている。いつも仲良くしている同い年のイタリア人の上司と、今まであまり関わりがなかったドイツ人の課長がこちらを見ている。

「おはようございます」ととっさに言うが、時間はすでに午後1時半だ。「あ、もう午後でしたね」と照れ隠しに笑うが、2人とも暗い顔をしているので私も笑うのをやめた。

気まずい空気の中、課長が最初に口を開いた。「急なことで驚いているだろうけど、何か質問はありますか」。

いざ「質問はあるか」と聞かれても何も思いつかなかった。コロナ禍で旅行業界がピンチだったのは分かっていたし、解雇されるとしたら序列の低い私が最初に切られるのだろうとは薄々感づいていたので、会社の判断は理解できる。ただ「ああ、この楽しい職場にもう足を踏み入れることはないのか」と思い始めたら涙が止まらなくなってしまった。

泣きながら「ああ今、私の顔が会議室の大画面にでっかく写っているんだなあ」と思った。私がおいおい泣く姿を巨大な画面で見つめている二人の事を考えると申し訳なかった。

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すると、課長が言った。「ビデオ、消していいですよ。」

そうか、これはWeb会議だ。実際の会議室だと退室しづらいが、Web会議なら簡単にビデオを消す事ができる。ビデオをオフにし、ついでに音声もミュートにして、おいおい泣いた。

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残りの会議時間、何を話したのかは覚えていないが、リモート解雇だったおかげで必要以上に恥ずかしい思いをせずに済んだ。そう、リモート解雇はビデオを消せば、気まずい場から一瞬逃れることができるのだ。

良い点 4:Web会議で泣きたくなったらビデオを消せばいい
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15:00 退社

会議が済んだので、その日は早めに退社する事にした。

実際に会社に出勤している時にクビになっていたら、同僚から哀れみの目で見られながら、荷物を抱えて会社を出ていくのだろうが、リモート解雇の場合はそうではない。パソコンの電源を切ればそれで終わりだ。

3月までは毎日行っていた職場にもう通うことはないし、コロナ禍の今では送別会も無い。誰にも会うことも気づかれることもなく、裏口からこっそりとパーティを抜け出すような感覚だった。

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悲しすぎるから、もしかしたらこれで良かったのかもしれない。

良い点 5:同僚の気の毒そうな視線を浴びなくていい

最終日

最終勤務日であるその2日後、会社へ向かった。本当はこのまま静かに消えてしまいたかったが、同じくクビになった仲間たちと荷物を取りに行くことにした。大したものは置いていなかったので行かなくても良かったのだが、クビになったことを実感するために行った方がいいような気がした。

会社は閑散としていた。私たちは2階へ上がるとカードキーでオフィスに入り、ロッカーから荷物を出し、持ってきたリュックやカバンに詰め込んだ。私のロッカーにはハンドクリームと昆布茶の缶が入っていた。

同僚が「記念に何か持っていこうかな」と言った。これは夢ではないかとほっぺたをつねるように、事務用品の棚からクリップを一つ取り出し、ポケットに入れていた。


その後

なんとも心臓に悪い1日だったが、この記事を書かせてもらえたおかげで、なかなか貴重な体験ができたなと思えるようになった。

最初は落ち込んでいたものの、クビになった日から1ヶ月ほど経った今では、これは「フリーランスに戻れ」というお告げだったのかなとも思えるようになってきた。クビになっていなかったら、ずっと踏ん切りがつかないままだったかもしれない。解雇が私の背中を押して(突き落として?)くれたのだ。

まだ先が見えない状態だが、これで良かったんだと思えるように頑張ります。

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