フグには毒がある
石川県にはフグの身や卵巣を糠(ぬか)漬けにして食べる文化がある。加賀の伝統食品として、「租税覚え書」(1772年)にも記録があるそうだ。美川町などが主な産地。美川町は合併して現在は白山市になっている。

フグに毒があるのは誰もが知っている。すべての部位に毒があるわけではないけれど、卵巣にはもちろん毒がある。そんな卵巣を石川県では古くから食べてきた。人類が宇宙を目指すように、私は毒を目指した。食べてみたかったのだ。

私が食べたかったのは「ふぐの子糠漬け」などと呼ばれるものだ。卵巣を糠漬けにしたもの。フグの卵巣を1年ほど塩漬けにし、その後に2年ほど糠漬けにすることでフグ毒は解毒する。3年という時間をかけることで毒を持ったフグの卵巣を食べることができるものに変えるのだ。

なぜ解毒できるかは、食品加工総覧(農文教)に書いてある。ものすごく簡単に書くと、乳酸菌と酵母によりなんやかんやあって、発酵して生成したアルコールで保存効果を上げ、芳香と旨味を生成し、フグ毒が解毒するらしい。つまり「ふぐの子糠漬け」に毒はないということだ。

難しいことは別として、製造工程から察するに塩辛いことは想像できる。そのためだろう、注文した「美川茶漬け」の上に「ふぐの子糠漬け」は少ししか乗っていない。食欲をそそるタイプの磯の匂いが少し漂う。

食べてみる。やはり塩辛いのだけれど、深みと言えばいいのだろうか、塩辛いだけではない。そこにロマンのような味がある。少量でご飯を1杯ぺろりと平らげられそうだ。それは塩辛いからだけではない、美味しいからだ。

なお以前ライターの伊藤さんが、ふぐの子糠漬けの老舗「あら与」に取材して作る様子を見せてもらっている。興味のある方はぜひ読んでみてほしい。
魚の糠漬け
美川町を歩くと、いくつかのふぐの子糠漬けを売っているお店を見かけた。そこに入るとふぐの子糠漬けだけではなく、魚も糠漬けになっていた。サバやイワシ、ニシンなど。もちろんフグの身の糠漬けもあった。

美川町は北前船で栄えた街だ。街のマンホールを見ても、北前船が描かれていた。これは完全に私の想像なのだけれど、古くは魚を糠漬けにすることで日持ちするので、北前船に乗せて出荷していたのではないだろうか。

もちろん冬場の保存食としての意味合いも強い。このような保存食は全国で見ることができる。有名なのは福井のへしこで、こちらも魚の糠漬けだ。冬場は農閑期だし、漁村でも海が荒れることが多いので漁に出ることができない。そんな時の食料だ。


美川町の任孫商店でサバの糠漬けを買った。850円。安い。一匹だ。切り身ではない。見るからに美味しそうなのがわかる。白山市の道の駅でも魚の糠漬けを買うことができる。もちろん、私が最初に目指した「ふぐの子糠漬け」も。


ふぐの子糠漬けは「原清商店」のものだ。美川町にあるお店なのだけれど、私が美川町を訪れた時はお店が閉まっていたので、道の駅で買った。500円。安い。3年もかかっているのに500円。こんな価格でいいんですか、と心配になるほど。

ちなみにふぐの子糠漬け以外にも買っているのは、海鮮丼を作ろうと思っているからだ。今回の場合、海鮮丼の「鮮」の部分は疑問だけど。糠漬けだし、ふぐの子糠漬けは3年も経っているわけだし。ただ海鮮丼と自信たっぷりに言い切ることでこの問題は解決とします。宇宙の始まりから考えると3年は全然「鮮」だ。


