特集 2022年7月14日

ガソリンスタンドにある洗車機を日本で初めて作った会社

回転する巨大なブラシが、車をすっぽりと包み込む。

ガソリンスタンドにある洗車機のダイナミックさは、以前からずっと気になっていた。

モフモフのブラシ、飛び散る水しぶき、全てが自動化されたメカメカしさ。

そんな洗車機を日本で初めて作った会社が名古屋にあると知った。しかも、世界で最も洗車機を販売した会社として、ギネスに載っているという。

1975年宮城県生まれ。元SEでフリーライターというインドア経歴だが、人前でしゃべる場面で緊張しない生態を持つ。主な賞罰はケータイ大喜利レジェンド。路線図が好き。(動画インタビュー)

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アメリカで洗車機を買ったのに全然汚れが落ちない

「ガソリンスタンドにある洗車機」と言われても、ピンとこない人もいるかもしれない。これですこれ。

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ブラシがブンブン回って車を洗ってくれるアレです。

正確には「門型洗車機」と呼ばれるこのマシーン。止まっている車に対し、洗車機が前後に往復しながら、自動的に車を洗ってくれる。

子供のころ、父親の洗車に付き合って、窓の外からでっかいブラシがド迫力で回ってくる光景に大興奮したっけ。台風の中ってこんな感じなのかなと思った。ちょっと窓を開けたら水が入ってきて、慌てて閉めたりした。

その門型洗車機を日本で初めて開発したのが、名古屋に本社を置くビユーテー株式会社さんだ。

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かっこいいロゴの下には「CAR WASH SYSTEMS」の文字。(写真提供:ビユーテー株式会社)

ビユーテーさんが洗車機を世に送り出したのは今から約60年前、1963年のこと。

その1号機は、今も工場の敷地内にしっかり展示されている。

まだ記事の冒頭だけど、もったいぶらずに見せちゃおう。

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これが日本初の門型洗車機「カービュウティシャン1号機」。 今の洗車機に比べるとずいぶんシンプルだけど、上と左右にブラシがある基本構造はそのまま。レールの上を往復して車を洗うのも同じ。
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この1号機は、全世界に普及している自動洗車機の原点として日本機械学会の「機械遺産」にも認定されている。
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「ブラシはモーターで回転するんですが、位置はこうやって手動で合わせていたんですよ」と説明していただいたのは、商品企画部の山内亮さん。

この1号機、開発のきっかけは、当時の社長がアメリカで洗車機を買ってきたことだった。

山内さん もともと弊社は鉄工の会社なんですが、この辺の道は舗装されていなくて、毎日泥だらけの車を洗っていたらしいです。当時の社長は「車を楽に洗う機械はないものか」と悩み洗車に関心を持っていたみたいで。

そこにアメリカへの視察旅行の話がきた。アメリカは既に車社会で、洗車機のメーカーもある。実際にこの目で洗車機を確かめられる、またとないチャンス……!

アメリカへ飛んだ社長は、さっそく自由行動の日に念願の洗車機メーカーを訪問。なんとその場で洗車機を買ってしまった。同行者に借金までしたというから、並々ならぬ思いがあったのだろう。

だが、しかし……。

山内さん 日本に届いた洗車機を組み立てたのですが……汚れが全然落ちなかったんです。アメリカは道路の舗装が進んでいたので、水をスプレーして砂埃を落とせばそれで良かったんですね。

でもそれじゃ日本の泥汚れは全然落ちないのだった。めちゃくちゃがっかりしたろうな……。

あれ?山内さん、さっき「この辺りの道は」って言ってましたよね?

山内さん えぇ、弊社は当時からこの土地でやってるんです。1号機が生まれたのも、まさにこの場所なんですよ。

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「え!じゃぁまさにここが生誕の地じゃないですか!」「そうなんです。私も入社して初めて知ったんですよね~」
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洗車機はほぼ毎年アップデートしている

こうして「スプレーじゃだめだ!ブラシで洗わないと!」と、言ったかどうかは定かではないけども、日本初の門型洗車機が開発されることになったのだった。

でも日本初なので、洗車機用のブラシなんて誰も作ったことがない。

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「ブラシとはいえ釣り糸みたいなものなので、当時はエンブレムに引っかけて飛ばしちゃう事故もあったみたいですね」(山内さん)  

こうして完成した「カービュウティシャン1号機」。最初は市場が無い(洗車にお金を払う文化がない!)ので苦労したものの、高度成長期によるモータリゼーションの波に乗り、徐々に軌道に乗り始める。

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六本木のガソリンスタンドに納入した1号機の写真。レールの上を往復する洗車機の動きに合わせて、人がブラシの位置を調整しているのが分かる。
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ちょっと時代が進んでバージョンアップした「カービュウティシャン全洗浄型」。ソリッドな洗車機のフォルムも、洗われる車のキュートさも、全部良いですね……。
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いただいたカタログには、これまで販売してきた洗車機の年表が。バスなどの大型車用の洗車機も早い段階で開発。
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それにしても90年代からほぼ毎年新機種が出ているじゃないですか。

山内さん なにがそんなに変わるんだって思いますよね(笑)。ワックスやコーティングなどで付加価値をつけたり、ブラシの素材や回し方を変えたり、年々改良を重ねているんです。

あの1号機からどんな進化を遂げたのか。実際に現行機種のひとつ「雅(みやび)」を見せていただいた。

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冒頭の写真にも登場した「雅」。2010年代から和風の名前になったそう。「和風にしてから名前を覚えてもらいやすくなりましたね」(山内さん)

こんなに近づいて見たことないのでドキドキする。山内さんがスイッチひとつ押せば、僕はブラシでゴッシゴシにこすられるだろう。

丁寧な態度を心がけながらお話をうかがう。

山内さん 「雅」は、上部と左右、さらに左右下部の5本のブラシがついたタイプです。ブラシはスポンジ素材で、水をたっぷり含むように細かい穴が空いています。常に水をまといながら洗うイメージですね。

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上部のブラシ。細い短冊状のスポンジがたくさんついている。
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ブラシの先端。細かい穴があるの分かりますか。「洗浄中はブラシがボディに優しく当たるよう、常に圧力をコントロールしています。手で洗うより優しいんですよ」(山内さん)
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回るとこんな感じ(実際はもっと速い)。ブラシを斜めに取り付けることで、車への当たりが優しくなり、音も静かになるそう。

山内さん 「洗車機で洗うと傷がつきそう」と思われている方もいるんですが、もう、全然そんなことはなくて。洗車機自体も進化してますし、車の塗装技術も向上していますから。なんとか傷のイメージを払拭したいんですよね……。

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「僕の車もここ7年くらい人一倍洗車機で洗ってますけど、傷なんか全然ついてないですよ!」というわけで、実際に山内さんの車を洗車していただくことに(冒頭の写真は山内さんの車だったのです) 
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車の進化に伴って考えることが多すぎる

山内さんがタッチパネルを操作すると、グゥゥゥン……と「雅」が動き出した。

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まずはジェット噴射で水をかけるところから。同行した編集部古賀さんも「すげー!」と興奮。
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ほどなくしてズバーッ!とブラシが回り出した! 水しぶきが涼しげで夏にピッタリ。屋外だったら虹が出るのではないか。
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後ろまで来ると上部のブラシが逆回転をはじめる。下から上に磨き上げるようになっているそう。上から降りてきた黄色いバーには、コーティング剤などを噴出するノズルが付いている。

そういえば1号機はブラシの位置を手でよっこいしょと調整していた。

対して今は、センサーが車の形状を判断して、ブラシがボディに沿うように自動で動いてくれる。

といっても、ただただグルグル回しているわけではない。

山内さん 最近の車は丸いフォルムになってますよね。なので、左右のブラシは「ハの字」に、下部のブラシは「Vの字」に傾けて、ボディにフィットするようにしています。

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確かに、よく見ると左右のブラシが「<○>」って感じになって車を包み込んでいる。すっぽり。
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最後はドライヤーで乾燥。前から後ろに動きながら風を送るのだけど、屋根のアンテナに触れないよう自動的に乗り越えてくれたりする。これもセンサーのおかげ。

これ以上の全貌は公式YouTubeをご覧いただきましょう。

ここまで「センサーが」「センサーが」と言ってきたけど、洗車機に搭載されているセンサーは多いもので175軸にもなるそう。そんなに。

とはいえ、センサーにばかり頼ることもできない。車の進化に伴って、考えないといけないことも増えているそう。

山内さん 最近だと、手がふさがっていても足で操作して開閉できる「オートドア」という装備ができたので、注意看板で「事前にオフにしてください」とお願いしていますね。

確かに、洗っている最中にドアが開いちゃったらビチョビチョだ。ちゃんと言っておかないと。

そんなこんなで注意看板に書くことは時代と共に増えていき、いまこんな感じになっている。

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伝えたいことがたくさん。

さらに、設置する場所によって洗車機の装備も変わってくるという。

寒冷地では水や洗剤が凍らないようヒーターが必要になるし、沿岸部は塩害を防ぐ耐塩塗装や高圧ジェットが下から噴き上げる「下部洗浄」が欠かせないそう。

また近隣に住宅地があるなら、静かに乾かせる「サイレントドライヤー」を選ぶこともできる。そんなにいろいろオプションがあるとは。

山内さん お客様によって必要な装備が違うんです。洗車機は言わば「オーダーメイド」。LED照明を追加して、アトラクションみたいな演出をすることもできますよ。

アトラクションみたいな洗車機! 楽しいし車もピカピカになる。いいことしかない。

ちなみに、僕個人が「家にLED照明を追加した『雅』が欲しいです!」って言ってきたら、ビユーテーさんは売ってくれますか……?

山内さん もちろんです。……と言いたいのですが、正直大変だと思いますよ。機械を置くだけでなく、法令に従って電気や排水の設備も整える必要があります。定期的なメンテナンスも欠かせませんし……。

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「法人契約はリースがメインですけど、個人で一括購入となるとそこそこの投資になるかと」「なるほど……。では石油を掘り当てたらまた来ますね……」
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ブラシがない洗車機の未来っぽさ

さっきカタログにもあったように、ビユーテーさんの洗車機は年々バージョンアップを続けている。60年近くも進化を続けていたら、この先どうなるんですか?

山内さん 正直、結構進化した状況ではあるんですが……。最近は新たな市場を開拓しようと、「ノーブラシ洗車機」に力を入れています。

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これがそのノーブラシ洗車機「嵐(あらし)」。どうやって洗うんだ……?

名前の通りブラシがない、もはや門型洗車機じゃなくて「門」じゃないですか。というか「門(もん)」って洗車機の名前みたいですね。

と思っていると、山内さんは愛車に乗りこんで「嵐」の前に乗りつけた。

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「では洗っていきまーす」
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シュバーーーーーーーッ!
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シュバババババババーーーーーーーーーーーーーッ!

この「嵐」、ブラシの代わりに高圧ジェットで汚れを吹き飛ばす仕組みなのだ。まさに洗車機版のケルヒャー。

高圧ジェットが噴き出すのは、上部8ヵ所、左右8ヵ所の全16ヵ所。通常のブラシ洗車機と同様に、泡洗浄やコーティングもちゃんとできる。

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あまりの高圧ジェットの気持ちよさに笑顔が止まらない私たち

山内さん 凹凸の多い車の場合、ブラシではどうしても洗えない部分が出てきます。高圧ジェットなら形状を選びませんし、なにより傷がつく心配が入りません。(ブラシでも傷はつきませんが…)

そういえば、60年前にアメリカから届いた洗車機は、水をスプレーする方式だった。

あれから時が経ち、とんでもないスプレーの洗車機が誕生したことに、なんらかの運命を感じてしまう。

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コインランドリーに洗車機!?

ビユーテー株式会社さんは、2015年に「門型洗車機の累計販売数(11万3986台)」でギネス世界記録に認定されている。

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外には「おかげさまで 100,000台達成記念(2001年2月9日)」の石碑が。ちなみに現在は12万6千台まで数を伸ばしているとのこと。 

これはもう安泰ですよね……と思ったら、「安泰だったら良いのですが…」と山内さんは言う。

山内さん 洗車機は主にガソリンスタンドに置かせていただいているんですが、そのガソリンスタンドの数が減り続けているんです。ピーク時だったおよそ30年前は6万店程あったのが、EV車の登場や低燃費化などの影響もあり昨年は2万9000店程まで減少と……。

とはいえ、EV車だって走り続けると汚れちゃう。「車をきれいにしたいな」という需要はずっとあるだろう。

なので、最近はガソリンスタンドに加えて、その他の場所にも洗車機を提案しているそう。

山内さん ホームセンターに提案して、実際に置いてもらったところもありますね。敷地が広いですし、カー用品を買ったついでに車を洗ってもらえたらと。

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カーディーラーやレンタカーなど、敷地が狭いところに提案しているのが「自律走行洗車機FLIT(フリット)」。ルンバみたいに、洗車機が自動的に車の周りを回る……!

実際に洗車している様子。自由に動かせるので「洗車のときだけ倉庫から出してくる」みたいなこともできる。すごい。

さらに新たな試みとして、ビユーテーさんは昨年12月に直営のコインランドリーをオープンしたという。まさか、あのブラシで服を洗うつもりでは……。

山内さん いえいえ(笑)。コインランドリー+洗車機のお店です。郊外型のコインランドリーに納入した実績があるので、自分たちでもやってみよう、と。雨の日はコインランドリーを、晴れの日は洗車機を利用してもらえるので、天候に左右されないビジネスモデルなんですよ。

誕生から60年、洗車機は自動車を取り巻く状況に追従しながら進化してきた。時代の流れに追従するのはお手のものだろう。

これから先、「あ!ここにも」と、意外な場所で洗車機を見かけることが増えるかもしれない。

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外にはトラックも洗える巨大洗車機も……!

非日常で出会う機械

取材中、山内さんが見せてくれたのが、このちっちゃい洗車機!

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かわいい……!


雑誌『最強のりものヒーローズ』の付録に、学研とコラボして作ったそう。上のハンドルを回すと左右のブラシが回る……!

山内さん ここ、ミニカーを入れられるサイズなんです。愛を感じる作りで、とても嬉しかったですね。

雑誌の付録になるということは、やっぱり子供にも気になる存在ということ。

お父さんお母さんが車を洗うときだけに出会う、非日常の機械だ。あの高圧ジェットを見たら、子供たちビックリするだろうな。

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お話ありがとうございました!


取材協力:ビユーテー株式会社

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