現代のタイムマシン
ちなみに最後の本(むらに生きる先人の知恵)は、人間選書シリーズではないけれど、農文協の本で面白かったから載せてみました。つまり、興味があれば面白いということだ。なくても面白いかもしれないけど。知らない時代の知らない地域の話ってタイムマシンなんですよ、脳内だけ古い時代にタイムスリップ。素晴らしいですな。
人間選書というシリーズがある。農文協(一般社団法人農山漁村文化協会)が出版しているソフトカバーのシリーズだ。農文協だけあって、農山村の暮らしや生業、社会問題などを取り上げたものが多い。
このシリーズが面白い。結論を言ってしまうと面白い。今では現地に行っても知ることのできない文化が、リアリティのある文章で綴られている。そんな人間選書シリーズを紹介したい。
農文協という出版社をご存知だろうか。一番有名なのは「現代農業」だと思う。月刊の農業に関する雑誌。ジャンプ、サンデー、マガジン、チャンピオン、現代農業を5大少年誌としたい。現代農業に漫画要素は皆無だけど。少年要素もないけれど。
モグラをチューイングガムで捕まえると知ったのも現代農業だった。梨のジョイント式栽培について知ったのも現代農業だった。耕作放棄地の活用についての特集も読んだ気がする。なかなかに面白い。興味があればだけど。興味があればの極地だとは思うけど。
たまにムックも出るのだけれど、私の購買意欲をくすぐる。この本を読まなければ「るんるんベンチ」というイチゴの栽培法式を知ることもなかっただろう。またガソリンスタンドの説明などもあるが、農山村でのガソリンスタンドのあり方の説明だったりで、普通の事典では知り得ないことが書かれている。
漁師と言われると海を思い浮かべるけれど、山にも漁師がいて、どんな方法で漁をしていたかなどを記した本。とてもニッチだと思うが、私がもっているものは3刷なので、一定の需要はあるのだろう。とにかく興味のある人の極地のような本が多いのが農文協。私は大好きだ。
そんな農文協の本の中で、私が愛してやまないのが「人間選書」というシリーズ。1977年に「共存の諸相―食べものと人間」という記念すべき1巻目が出版される。その後は私が知る限りでは2012年の「昭和農業技術史への証言第十集」まで計274冊が出版されている。
人間選書のテーマとしては農山村や文化、農業などがメインだ。「マルクスからルソーへ」のような難しそうなものもあれば、「小説人間の土地」という小説もある。そして、私が好む農山村の文化や暮らしがわかるものもある。
上記のようなシンプルな表紙が初期のものには多いように思える。これも私の心を惹きつけた。理由として「なんか賢そうに見える」ということが大きい。この本を読んでいると賢そうな気がしてくるのだ。
シンプルなだけではない表紙もある。同じシリーズの本かな、と思ってしまうけれど、同じシリーズだ。人間選書だ。出版時期が新しくなるほどにこのような表紙が増えた気がするが、硬派な感じは崩れない。
では硬派ではない本はなんだ、と考えると上記の本になると思う。これは私の書いた本なのだけれど、どう考えても、どう頑張っても人間選書の表紙にはなり得ない。しかも、カバーの折り返しにはほぼ裸みたいな写真もある。人間選書の逆がこれと覚えていただきたい。
人間選書シリーズは基本的には文字である。保育者のカラーブックスシリーズにも当時の暮らしぶりがわかるものもあるが、そちらは写真がメイン。一方で人間選書は文字で構成される。それがまたいい。
これは人間選書に限らず古い本ではたまに見受けられるが、著者の個人情報が漏れに漏れている。全てではないけれど、著者の自宅住所が書かれていたりもする。あまりにいい内容の時は訪ねたくなる。訪ねないけど、訪ねたくはなるのだ。
私が初めて人間選書に出会ったのは、人間選書の88番目(1986年)として出版された「伊那谷の四季」というものだ。これが衝撃的に面白かった。伊那谷とは長野県にある地域。著者は1924年に伊那で生まれ伊那で農業をしてきた人だ。
この本は「寒い冬もいいものである」から始まる。伊那なんて標高も高く驚くほど寒いのに、冬がいいと言っている。そこに心を掴まれ。ただ読み進めれば、水田や果樹栽培をしている著者にとっては息抜きできる時期だからというのがその理由。私にはない価値観に心を掴まれた。
ドント焼きの話、保存食の話、雹でピーマンが見るも無惨になった話、水の取り合いの話など伊那谷での一年が綴られる。知らない地域の知らない人の知らない話が、その時代の伊那に私を連れて行ってくれる感じ。この記事は書評や感想文ではないので、とにかく読んで欲しい、と私は書きたい。面白いから。
この一冊が私を人間選書の虜にした。本当にその地域に暮らす人が書いているので、内容にリアリティがあるのだ。そこが専門家が書く本との違い。私の興味は、いい意味での泥臭い生活なのだ。この本にはそれがある。
私は勝手に「四季シリーズ」と言っているが、人間選書には5つの地域の四季シリーズが出版されている。必ずしもその地域で生まれ育ったというわけではないが、長くその地域に関わりがある人が書いている。日々の生活が浮かんでくる文章が魅力だ。
人間選書は四季シリーズだけではない。他にもその地域や時代の文化や生活、生業がわかるものがたくさん出ている。それが好きで読んでいる。絶版のものもあるので、見つけては買っている。見つけるとテンションが上がる本なのだ。
この本には、日本のほぼ中央に位置する静岡県岡部町(現在は藤枝市と合併)の食のこと、また東西、南北の食の違いが記されている。西がうどん、東がそばと言われるが、真ん中の町「岡部」ではそばが多いこと(その理由も)や、「おにぎり」と「おむすび」の呼び方などについても書かれている。
名前からもわかるように、ちょっとした事典のようになっている。「堰堀り」「下駄スケート」「蓆もっこ」など、食や生活、文化などを、著者の思い出と共に書かれる。そこがいいのだ。蚕を餌に魚を釣って、釣れると祖父の晩酌の肴となり褒美をくれた、など知識と思い出がいい割合になっている。
茨城県の霞ヶ浦の文化、農業、食について書かれている。その中に昭和15年の麦飯の話がある。米だけ、麦だけ、という家は少なく米7麦3という比率が一番多いという。焼酎はロクヨン、髪型と麦飯はナナサンと覚えて欲しい。
そのタイトルの通り和牛の歴史が記されている。天武天皇が肉食禁断の勅令を出した話、江戸時代も薬食いとして牛肉を食べた話、銘柄牛肉の話、ブロイラーの話など、牛肉だけではなく他の肉の話もあって、これを読んでからお肉が前より美味しく感じられるようになった。知識という調味料がお肉にかかるのだ。
多摩川(しかも私が住んでいる家の近く)での体験実習のようなものをまとめた本。汚い多摩川をどうするか的な要素もある。人間選書に「サケ多摩川に帰る」というのもあるので、合わせて読むといいと思う。
ちなみに最後の本(むらに生きる先人の知恵)は、人間選書シリーズではないけれど、農文協の本で面白かったから載せてみました。つまり、興味があれば面白いということだ。なくても面白いかもしれないけど。知らない時代の知らない地域の話ってタイムマシンなんですよ、脳内だけ古い時代にタイムスリップ。素晴らしいですな。
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