特集 2020年6月29日

東海林さだお「丸かじりシリーズ」の味わい方

東海林(しょうじ)さだおさんを知っていますか。知っている人は、生ビールをうぐうぐ飲みながら一晩じゅう語らいましょう。知らない人は、よかったですね。世界にはまだあなたの知らない素敵な読み物があります。

本来、おれのような若輩者が語るのも失礼千万な話なのですが。本当にすみません、今日だけは、東海林さだおさんの食べ物エッセイ「丸かじりシリーズ」の味わい深さ。じっとり語らせてください。

※引用出典に特に断りのないものは、「出版社 文春文庫、著者 東海林さだお」。本文中の作品発表時期は単行本発刊に統一しています。

海外旅行とピクニック、あとビールが好き。なで肩が過ぎるので、サラリーマンのくせに側頭部と肩で受話器をホールドするやつができない。

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東海林さだお。日本の漫画家、エッセイスト。

と、Wikipediaにはこうあります。もしこのお名前にピンとこなくても、こちらの画には見覚えがあるかもしれません。

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「ザ・新聞の四コマ漫画」

漫画『アサッテ君』は、毎日新聞の朝刊で1974年から2014年まで40年にわたり掲載されました。連載13,749回は全国紙の連載漫画として、堂々の最多記録だそうです。

だから氏の最大の功績は『アサッテ君』で決定。ここに議論を挟む余地はないのです。ないのですが、それに比肩しうる偉大な作品の二番手。それが超名作エッセイ「丸かじりシリーズ」なんです。

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このエッセイ、簡単に言えば著者のショージさん(ご本人はショージ君を自称していますが畏れ多いので)が毎回一つの食べ物をテーマとして選び出し、雑感を書き連ねただけのもの。内容も特に深いものではないのです。

今日は久しぶりに親子丼を食べました、とか。ぼくはお新香のなかでは白菜が好きです、とか。そんな感じ。しかも一つのテーマは3分もあれば読めてしまう。

でもこの短い文章の中に、とてつもない密度で言葉のユーモアが練り込まれて、すさまじく面白いのです。

例えばショージさんが毎年恒例の人間ドックを受け、16時間の絶食ののち初めての食事を迎える。八重洲地下街でこの大事な食事を何にするか検討する、狂おしいひとときを描いた一連の文章をご覧ください。

ムショ帰りならぬ 、ドック帰りの身分でもあったのだ 。 「もう 、何をしてもいいんだ 」という心境になった 。ふだんは 、コレステロ ールとか 、中性脂肪とか 、ダイエットとかを心がけている男なのだが 、そのときは違った 。 「もう 、何を食ってもいいんだ 」という凶暴な気持ちになった 。
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空腹時に見ると胸が締め付けられる看板
”トンカツ決定”ということになると、体が、みるみるうちにトンカツ向きの体になっていく。胃とか腸とか、膵臓とか胆のうなどの体の各部に連絡がいき、根回しが行われる。(略)肛門あたりも、その心構えになる。体全体が、すっかりトンカツ向きの体になり、顔つきもトンカツ顔になる。
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おれも全身トンカツ顔で撮影しています
「トンカツ定食とビール」と、ぼくは注文をとりにきた白い割烹着のおばさんに力強く言った。(略)ここまでくればもう大丈夫、と、ぼくは全身の力を抜いた。ところが、おばさんは、「トンカツは、ヒレとロースがありますが」と、意外なことを言うのである。
(トンカツの丸かじり、ドックあがりのトンカツP213)

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極度の空腹からくる激しい渇望。食べたいものが決まったときの胸の高鳴り。そして注文を終えた安堵から一転、ふたたび焦燥。ある。あるのです。誰もがこのように、食べ物にぐわんぐわんと心を揺さぶられた経験があるのです。この心の機微を、なんと効果的に描写するのでしょうか。続けていくつかご紹介です。

ラーメン屋のカウンターで三人の客がラーメンをすすっている。そこへもう一人の客が入ってくる。「チャーシューメン」客はゆっくり言い放つ。一瞬、三人の手が止まる。

(親子丼の丸かじり、チャーシューメンの誇りP155)

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「特製」とか「全部のせ」も店の空気をピリつかせますよね

茶褐色で、とげとげしていて、しつこそうで、油っぽくて、一癖も二癖もありそうな問題児的イメージ。(略)一緒に買ったジャムパンやクリームパンなどとは別に、別袋に隔離されて渡される。(やっぱり問題児なんだ)と思いつつ、袋から取り出して食べてみる。

(鯛ヤキの丸かじり、カレーパンの空洞P108)

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このカレーパンの姿を見て(問題児)という言葉がひねり出せる人ほかにいるんですか
おでん種には、魚肉練り製品閥、豆腐閥、野菜系閥、袋系閥などがあって(略)店のおやじは、派閥ごとの囲いを作って仕切り、揉め事が起きないようにしているという説がある
(コロッケの丸かじり、トマトのおでんP100)
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この仕切りはおでんダネたちの縄張りだったんだ…

丸かじりシリーズのすごさは、ショージさんの恐ろしいまでの観察眼にあります。飲食店を観察し、目の前にある食べ物をよく観察し、それに向き合う自分自身を観察する。口に入った後も、歯と舌と耳で食べ物をよく観察し、ついでに隣で食べている人のことも観察する。そうして得た諸々の感覚を、絶妙の言葉選びで表現するのです。

さらに恐ろしいことに、ショージさんはこんな面白いエッセイを週刊雑誌で連載し続けること、なんと30年以上!いいですか、週イチのペースで30年以上ですよ。これまでに積み上げてきた連載回数は1500回あまり。刊行済みの文庫本は40冊!

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表紙は、ショージさんの画風に寄せてイラストレーターの和田誠さんが描いてきたもの。和田さんがお亡くなりになったいま、次の巻はどうなるのか…

そもそも食べ物エッセイというジャンル自体は古今、数々の名作がひしめく超レッドオーシャンなわけで。そんな世界で30年連載することがいかに偉業か。しかもマンガや映像作品にまで視野を広げれば、食べ物をテーマにした名作は数多存在します。『孤独のグルメ』しかり、『美味しんぼ』しかり、『きのう何食べた?』しかり。

そんな中にあってもですよ。これだけの熱量、表現力、継続力を費やして食べ物を描き続けた作品は、丸かじりのほかにはないでしょう。もしあらゆる創作物で、オールタイムベストの「グルメ作品」を上げろと言われたら、おれとしては断然、丸かじりシリーズを推させていただきますね…!

ショージさんは30年間、何を丸かじりしてきたのか

ここで一つ白状しなければならないのですが。ここまで作品を激賞しておきながら、おれが丸かじりに出会ったのは2017年と、ごく最近のことです。しかも既刊40冊のうち30冊は、この半年くらいで一気に読み切ったもの。すみません、にわかファンもいいところなのです。

でも裏を返せば、この半年で丸かじりと濃密な時間を過ごしたという点には自信があります。ここからは一気読みしたからこそわかった、丸かじりシリーズの楽しみ方を勝手ながら紹介させていただきます。

手始めに、ショージさんが1500編のエッセイで何をどれだけ食べてきたのか。特によく登場する主役の食べ物をリストにしてみました。

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こんな感じで全338行続く。割とラフな集計ですが、いい仕事したな、成し遂げたなと思いました

1500回も原稿を書いていれば当然同じ食べ物は何度も登場しますし、好物の食べ物ほど多く登場するわけです。まず、記事冒頭でもトンカツを紹介しましたが、油物だいすき、フライ物どんとこいのショージさんだけあって、カツ類だけで通算25回も主役として登場しています。

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ショージさんにとってカツは晴れがましいごちそうの代表選手。一覧で並べてみると、タイトルにも力が入っているのがわかりすね。「祝宴」とか「威風堂々」とか「夢」みたいな言葉まで使ってほめそやします。

心身ともに健康、天気も快晴、気圧配置快適、お通じも良好、そういうときである。こういうとき、卒然と浮上してくるのがトンカツ定食である。
(ナマズの丸かじり、トンカツの祝宴P52)

そのカツのライバル格にあたるのがカレーなんです。こちらは24回登場。

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カレーもショージさんの大好物ではありながら、カツのように手放しでホメたりはしません。カツがハレなら、カレーはケ。日本の食卓を支えるカレーに全幅の信頼を寄せるがゆえに、カレーへの視線は厳しいのです。

この原稿は、全身を怒りに震わせながら書いていることを、まずは読者諸賢に伝えておかなければならない。(略)ぼくはこれまで五十年間カレーを食べてきた。その五十年間の間、ただの一度だって、「ああ、今日はカレーのシルが十分だった。余っちゃった」という経験がない。
(うなぎの丸かじり、カレージルが足りないッP52)

ご馳走として寵愛を受けるカツと、厳しくも暖かい視線を浴びるカレー。どちらが真にショージさんから愛されているのか。これは甲乙つけがたい。実に接戦なのです。

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なんとなく掲載回数をグラフに。20世紀は終始カツ優勢で進みますが、2010年代にカレーが一時逆転するデッドヒート

ここでさらに事態をややこしくするのが「カツカレー」の存在。通算5回登場するカツカレーは、カツ料理なのか。カレー料理なのか。カツカレーの動向次第で、カツとカレーの覇権争いが決着する。大政党に連立をちらつかせて揺さぶる、小政党のごとき動きをしているのです。

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旗幟を明らかにせよ、カツカレー

熾烈を極めるカツ・カレー戦争を尻目に、実は最も多く主役を張ったのは、ラーメンなのであります。その数なんと50回。文庫本一冊あたりだいたい35篇くらいのエッセイが収められているのに、ラーメンだけで50篇。

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カップ麺、タンメン、担々麺なども含みます
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こうして比べて見ると、ラーメン(青線)の安定した強さが際立つ
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ショージさんが愛する正統派醤油ラーメン

ショージファンの間ではこれらラーメン・カレー・カツが、丸かじり御三家と呼ばれているらしいです(呼ばれていません)。

ちなみにその他によく登場する食べ物は、弁当(31回)、蕎麦(28回)、うどん(23回)、ビール(23回)、おでん(14回)と続いていきます。お気づきかと思いますが、高級な食べ物、あまり出てきません。99%が庶民の食べ物。うんちくやグルメといった言葉とは無縁な、ある意味で「ケチ」な感覚が通底しているところも、丸かじりの魅力の一つなのです。

変わる釜飯、変わらない冷やし中華

ところで何冊も続けて読んでいると、アレ?と思う文章に出会うことがあります。同じ食べ物を題材にしているエッセイでも、書かれた時期によって真逆の表現をしていることがあるのです。これは決して、ヤーイヤーイと重箱の隅をつつこうというのではありません。30年も書いていれば考えは成熟、味覚は研ぎ澄まされ、食べ物へのまなざしも変わるのです。むしろこの変化こそが丸かじりの見どころなのです。

こちらは1988年に釜飯について書かれた一節。

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釜飯は、なんだか照れくさい。あの小さなお釜が、ままごとみたいで恥ずかしい。自分のゴハンをよそうのが、きまりわるい。
(キャベツの丸かじり、釜飯のひとときP87)
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確かに小さなしゃもじはどことなくオモチャっぽい

 ところが14年後。2002年には大きな心境の変化が伺えます。

決してすたれることなく、連綿とこんにちまで残ってきた理由を発見した。釜飯が亡びることなく続いてきた最大の理由は、”よそうヨロコビ”を味わわせてくれることにあった。(略)一杯目、二杯目とよそっているうちに、不思議な感情が芽生えてくるのをどうすることもできなかった。それは”奉仕の心”である。
(ゴハンの丸かじり、学校給食に釜飯をP166)

おれはこれを読んだとき、「おっ」と思いましたね。前と言ってること違うじゃないかという疑いの目ではなく、ショージさんと釜飯が和解したんだな、よかったなという「おっ」なのです。 

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撮影用に久しぶりに食べましたが、おいしいですね、釜飯

 こうした”和解”は頻繁に見られるものではありませんが、かつて排除の対象だったマヨネーズを徐々に認めたり、自罰的におこなっていた”お一人さま飲み”にいつの間にかハマっていったりと、時を経て熟成していくブランデーのように、ショージさんの心境の変化を味わうのです。

まなざし方が変わる食べ物があれば、変わらない食べ物も当然ある。ここで1988年から2007年にいたる、冷やし中華に関するショージさんの記述をご紹介しましょう。

麺の底に、ひっそりと暗く沈んでいる液体、あれもわけがわからない。スープなのかタレなのか、ツユなのかシルなのか、名称さえいまだに定かではない。(略)この残ったスープは飲んだものか、飲まないものなのか
(タコの丸かじり、ナゾの季節物、冷やし中華P53)
当然、もうそろそろ、「飲んでいい」、あるいは「絶対に飲んじゃダメ」、あるいは「大いに飲め」などの正解が冷やし中華当局から発表されていなければならないのに、当局は依然沈黙したままだ。
(昼メシの丸かじり、ツユボタの冷やし中華P149)
冷やし中華のツユは、ツユ界では下層階級に位置していて、飲んだら恥ずかしいよ、みっともないよ、と言われつつも、周りの人の目を盗んではチョビッと飲むという存在だった。
(コロッケの丸かじり、冷やし中華を盛りそば食いP212)
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スーパーで買ったら、これっぽっちだもの、ツユ

ショージさんは悩む。困惑する。怒る。この冷やし中華のツユという小物の煮え切らない態度に苦悩し続けるのです。しかし長年の頭痛の種は、2014年についに解消されることになります。とあるラーメン屋の創作メニュー「スープのある冷やし中華」によって。

やってきたその冷やし中華の全容を見るなり、涙腺がゆるんでくるのを抑えようがなかった。レンゲが添えられていたのである。
(目玉焼きの丸かじり、冷やし中華をゴクゴクP87)

おれはこの一文を読んだとき、心から思いましたね。「よかったねショージさん…!」

ちなみに冷やし中華に関しては見逃せないポイントがもう一つあって、ツユにも厳しいが具にも相当厳しい。

冷やし中華のほうは、外様ともいえない流れ者の寄せ集め部隊である。冷やし中華のために死も惜しまぬ、という奴は一人もいない。
(タコの丸かじり、ナゾの季節物、冷やし中華P53) 
なんだか合わないものばかりわざと選んでいるような気さえする。他の連中はともかく、キュウリだけは即刻やめてもらいたい。
(伊勢エビの丸かじり、冷やし中華はこれでいいのかP187)
冷やし中華は、食べていて上にのっかっている具をわずらわしく思うひとときがある。具をかき分けたりして、邪魔だなあ、と思うこともあった。
(コロッケの丸かじり、冷やし中華を盛りそば食いP213)

 

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さんざんな言われようの寄せ集め集団

…なんだかここまで清々しくこき下ろされているので、具については今後も和解せずに、どうかいつまでも切れ味よくディスり続けていただきたい。

しかしツユにも不満、具にも不満で、それでも4年に一度は連載に登場する冷やし中華というのは不思議な存在です。ショージさんにとっても、愛憎入り混じったメニューなのでしょう。

ショージさんはあのときもメシを食った

だいたい年イチのペースで刊行される丸かじりシリーズは、一冊通して読めば四季折々の様子がわかる歳時記のようなものです。夏にはビアガーデンに出かけ、冬になれば鍋物を食べる。

それが40冊積み重なれば、これはもう立派な歴史的資料です。「東京に住む平均的な庶民が何をどのように食べてきたのか」を記録した資料。昔から、エライ人の食べたものというのは記録に残りやすいものですが、庶民となるとそうはいかない。だからこそショージさんのしつこいほど細かい記録が貴重なのです。

かつて、うどんやそばにも当たり前にナルトが入っていたとか。いちごは牛乳かけてぐちゃぐちゃに潰して食べるのがスタンダードだったとか。あるいはコンビニおにぎりの開け方がメーカーによってバラバラで統一されていなかったとか。

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その時代を生きた人には何でもないことが記録に残っていることの大切さ。おにぎりが昔は開けづらかったことなんてすっかり忘れていた…

記録性という観点では、ショージさんの愛すべきミーハー心も重要な役割を果たしています。世間を騒がすような出来事があれば、すぐさまその場にでかけてみないと気が済まない男なのです。

1991年4月に都庁が新宿移転して1万3千人の公務員のランチ問題が取りざたされれば職員食堂に出向き(鯛ヤキの丸かじり、都庁近辺昼めし戦争P24)、1995年5月に野茂がメジャーリーグデビューすれば、当時は物珍しかったスポーツバーを視察(スイカの丸かじり、スポーツバーにてP179)。

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英国風パブを日本に広めたHUBが、現在のスタイルで一号店を池袋に出したのは1997年だそうです

1999年3月にダンゴ3兄弟がメガヒットを飛ばせば大盛況の和菓子屋に走り(タヌキの丸かじり、だんご3兄弟余話P166)、2000年3月10日。新幹線から食堂車が廃止されると聞けば飛び乗る(昼メシの丸かじり、衝撃!食堂車廃止P28)。

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おれは大人になってから海外旅行で初めて食堂車を体験しました

歴史に残るあの日の空気も、ちゃんとショージさんが日づけ付きで記録しています。

2005年2月11日。吉野家がBSE問題で牛丼販売停止してから、1年ぶりの牛丼復活の日。

正午のニュース。「大阪の堺市の吉野家に車突入」そうか、いよいよ始まったな。興奮はいやがうえにも高まる。
(うなぎの丸かじり、ヨシギュウ1年ぶりP204)

2011年3月12日。東日本大震災の翌日。

災害時にスーパーに駆け込む人の頭の中にまずあるのは米である。米、水、パン、麺と続いて(略)そういう順序でいって、一番最後まで残っているのは何だろう。(略)最も似合わないものの真打ち。それは食べるラー油。
(アンパンの丸かじり、駆け込み買い物P68)

 2012年6月30日。皆で惜しんだ最後の合法的レバ刺しの日。

レバ刺しが食べられるのは6月30日まで。6月30日午後11時59分59秒まで。そのときの店内風景はどういうことになるのだろうか。とりあえず「螢の光」の曲。
(レバ刺しの丸かじり、レバ刺しはこのままきえてもいいのかッP225)

ではひるがえって2020年のいま。今年を象徴する出来事といえば新型コロナウィルスですが、ショージさんはこの人類の危機をどう書き残すのか。

2016年6月以降の原稿はまだ文庫化されていないので、初出誌である週刊朝日の最近の号をあたってみました。そこには、大正から昭和中期にいたる激動の時代を日記につづった永井荷風を引き合いに、こんな一節が。 

ぼくももし日記を書く人であれば、令和のこの一日を記録として残すことになったはずだ。コロナ騒ぎがなければ、この日はごく平凡な一日になったはずだ。(略)従って日記は、「本日の昼食 牛丼」の一行だけ、ということになったはず。それなのに今回のこの連載のこの原稿はこのように161行の長大な行数になった。(週刊朝日4.24号「あれも食いたい これも食いたい」)

ユーモアたっぷりで軽やかなショージさんが、いつになくシリアスなトーンで述べていることで、改めて時代の転換点に直面していることを意識します。ただなにを食べて161行も費やしたかといえば、カップ麺のアレンジ料理「どん兵衛炊き込みご飯」なのでした。平和。

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世界が緊急事態でもショージさんの味覚と胃袋はあくまで平常運転です

おもしろがり力の巨人

毎週「食べ物しばり」で連載を続けていると、いかに珍しい食べ物を探し続けてもいつかはネタ切れします。なのにショージさんが30年間連載を続けて常に新鮮な驚きを読者に届けられるのは、なんてことはない食べ物にも新しい面白みを見つける技術ゆえなのです。

先日、当サイトで募集していた「新人賞」でテーマとしていたのが、ものごとをおもしろがる力ですが、ショージさんほど食べ物をおもしろがる才能を持つ人はいないのではないかと思わされます。ショージさんの大胆なチャレンジの軌跡をダイジェストでご紹介しておきましょう。

・居酒屋で出てくる「しらすおろし」の量が少ないことに業を煮やし、丼に山盛り一杯つくってみる(レバ刺しの丸かじり、シラスおろしの法則P27)

・猛暑対策として、炭酸水でお茶漬けを作る(ゆで卵の丸かじり、決行!炭酸水!P103)

・ふと思い立てば、ストローでソーメンも吸う(サンマの丸かじり、ソーメンをストローで!!P39)

・レーズンパンのどこをかじっても均等な味わいになるように、レーズン整列パンをつくる(タヌキの丸かじり、ぶどうとパンのおいしい関係P196)

・くさやを懐かしんで、ナンプラーでくさやの自作に挑戦する(タケノコの丸かじり、即席クサヤ作製記P24)

・大口自慢のショージさんが、かっぱえびせんが口の中に何本入るが実験する(21本入ります)(ケーキの丸かじり、えびせん大実験P10)

・マシュマロでも試してみる(13個入ります)(パンの耳の丸かじり、フワフワの癒しP201)

・学生時代に食べていた海苔弁を完全再現するため、弁当箱をもって部屋の中を歩き回り、登校中の弁当箱の「かたより」を再現する(キャベツの丸かじり、懐かしののり弁P155)


くだらないというか、しょうもないというか。なのにきっちり諧謔的というか、むしろ最高というか。いやいやこれはまさしく、デイリー的というべきか。

実はここまで紹介の機会がありませんでしたが、ショージさんは1937年の生まれ。ということは連載開始時点ですでに51歳、今年でなんと御年83歳なのです。発想のやわらかさと行動力が後期高齢者のそれじゃないですよ…

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ベテラン文筆家は普通、炭酸水でお茶漬けやりません。こういうネタは我々、駆け出しライターにとっておいてください

ああ、ついにやってしまった。好き放題にこの記事を書きあげてしまった。今さらながら、冷静になると本当にどきどき、ヒヤヒヤします。

というのも、文庫本の巻末には「解説」というおまけページがありますが、丸かじりシリーズの解説者というのが、超がつくほど豪華なメンバーなのです。作家に漫画家、俳優、音楽家、大学教授にソムリエまで実に多様な職業ですが、とにかく業界を代表する人たちばかり。丸かじりの解説依頼が来るというのは、その道の第一人者と認められることと同義であり、ある種のステータスなのです。

そんなトッププロたちが栄誉をかけて語り尽くしてきた丸かじりを、おれは頼まれてもいないのに勝手に…ああ。

とはいえ、丸かじりシリーズをこれからも愛していく気持ちに変わりはありません。さしあたって、ひとつ不安があるとすれば、それはショージさんの健康。本文でも触れましたが、ショージさんは今年83歳。実は5年前には肝細胞ガンを患い、週刊誌の連載も休載している。丸かじりシリーズにも、その入院のときの様子が生々しく描写されていました。

肝臓の1/10ぐらいを切除。159.9グラム。レバ刺しにすると二人前弱というところでしょうか。
(焼き鳥の丸かじり、病院食はいまP106)

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…あ、病気のことはよくわかりませんが、なんか大丈夫そうな感じがしますね。少なくともあと10年はユーモアが枯れる気配ありません。ぜひいつまでも、いつまでも。元気いっぱいに飯を食い、その記録を残してほしいと願っています。

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