カレーやおかずを真ん中の米とちょっとずつまぜあわせ口に運ぶミールス
南インドの手食べにハマった
訪れた南インド料理店に定食"ミールス"があった。メニューには「手で食べると美味しい」と書いてあった。真ん中に米があって周りのカレーを混ぜて食べてください、とあった。
手で食べてみるとたしかに美味しい。口当たりがマイルドになった気がするしスプーンで食べる味ではない。
そして何よりカレーと米を手でこねているといけないことをしてる気がして楽しいのだ。初対面の人たちとひゃあひゃあ言いながら食べていたのだが悪事を共有してるような感覚で距離が近くなった。
なるほど、これはおもしろい。手で食べるということはどういうことなんだろうか。改めて南インド料理を食べに行った。
一番近くにあった南インド料理西新宿のムット。ムットさんがいる
手で食べるうえで一番大事なこと
niftyから一番近い南インド料理屋西新宿ムットにおじゃまをしてムットさんに手の食べ方を教えてもらった。
さあ何だ、まずはカレーかと思ったらちがった。まず手を洗うのだという。あっちにトイレがあるから石鹸でよく洗ってきて、と。そういえばそれは何より重大だ。食前食後にみっちり手を洗うそうだ。
こうしてトイレ前にあったキレイキレイ的なものの力で手が食器になった。
こちらはノンベジのミールス1800円。まず小鉢をよけて混ぜるスペースを作る
ごはんをくずして冷ます。カレーを少しかける。そのあたりはスプーンを左手で使う
左手も使っていい
そして皿にスペースを作る。カレーの小鉢を大皿から外してごはんの周囲に混ぜ合わせるスペースを作る。
ようやくカレーをごはんにかけるのだが、スプーンを使って左手でカレーにかける。左手使っていいんだ。右手はカレーでべちゃべちゃになるからだろう。左手は口に運ぶときだけNGなんだそうだ。
このスプーンで直接食えば早いだろうに、と思いながらカレーをかける。
そして右手でカレーとごはんを混ぜ合わせる。熱い。冷めてから混ぜ合わせる。よく混ぜるとおいしいらしい。こちらは5本の指だ。スプーンよりよく混ざるのはわかる。
そして指でよくまぜあわせて手をスプーン状にして指先に米をのせる
指でごはんを押し出す
まぜたカレーとごはんを指先にとる。口元まで持っていき、親指で押し出す。なるほど。押して口に入れるのかこれなら口も汚れにくい。
味もうまい。金属が口に当たらないからか、やさしく口の中に入ってきて、鮮烈なスパイスの香りが中で爆発する。
口まで持っていったら親指で口に押し込む。これなら指が口に入りにくい
バイブスが上がってエモい味
なぜおいしいんですか?とムットさんに聞いてみたところ「バイブレーション」だという。はやりの言葉でいう「バイブスが上がる」みたいなことだろうか。戸惑う。
ムットさんが言うには手からバイブレーションが伝わって美味しくなってるんだという。バイブレーションやスウェットが入っていくという。それなら分かる。汗味だ。えっ、これ汗なの?
アーユルヴェーダとかあるでしょ、というので話をよく聞くとわかった。そういうインドの考え方なのだ。バイブレーションは生命の振動とかいうことなんだろう。やっぱりバイブスが上がってそうだ。
ムットさんが言うにはバイブレーションが出るという。あとスウェット。それ汗だな
インドの当たり前体操にある
たとえばごはんを食べるときは地べたに座って食べる。消化器系の血のめぐりがよくなりすぎるから、足を組んで下半身の血のめぐりを遅くするためだそうだ。立ち食いはぜったいダメ。立って水を飲むと足の方にストンといってしまって病気になるという。
それって家庭で教わるんですか? と聞くと、当たり前すぎてみんな知ってるという。インドの当たり前体操には「立って水飲むと足が病気になる」あるぞこれ。
マナーというわけでもなくスピリチュアルというわけでもなく、独自の理論、独自の科学みたいなものがある。これがインドか。
ミールスは基本的に菜食。主役のカレーが野菜と豆。全体的にヘルシーだが、乳製品や油が多く満足度が高い
指で食べるという異文化の楽しさ
そして食後にまた石鹸で手を洗う。右手だけしわしわである。カレーによってふやけた指だ。かぐとほのかにカレー臭がする。当然だ、この指はさっきまで食器だったのだ。その午後はひまするとカレーを嗅いでいた。
なにより特筆すべきは楽しさではないか。ヨーグルトを指でさわった感触がどんなものか、芋の煮物やみそ汁のようなものをさわった感触がどんなものかすぐに思い出せるだろうか。
ヨーグルトやカレーをぐにぐにこねることは日常にはない。こんなことやっていいのだろうかという背徳感がつねにある。日本の異常はむこうの正常。小旅行が味わえた。
スプーンで食べてみると……お、日本のカレーを食べている感じ、というかふつうだ。
じゃあ和食を手で食べたらどうなるのだろう?
なるほど、指で食べるおいしさや楽しさはわかった。じゃあ今度はこれで和食を食べてみたらどうだろうか。ふだんのものを食べることで手食べの核心に迫れるのではないだろうか。
まずはごはんと焼き鮭とひじきの煮物の定食風な組み合わせ。これをインド風に指で食べてみる。
この南インド料理のミールスの食べ方を和食でやってみてはどうなるのだろう
まずチンした米が熱い。手で食べるとアツアツのごはんは食べられなくなる
そしてシャケをまぜこむ。くわっ。やっていいのかこれは。しかしまぜていくことで出来上がっていくこれは……鮭フレークを作ってるような感覚!
背徳感がすごい
脂ぎった焼き鮭を手でほぐす。この時点で抵抗がある。骨から身を外す。箸とちがってめちゃくちゃやりやすい。その代わり手はべちゃべちゃである。
そしてごはんと鮭を混ぜ込んでいく。うおっ、いいのか。いいんだろうか、こんなことして。背徳感がすごい。
だがカレーとちがってなかなか混ざらない。ほぐして小さくして混ぜ込んでいく……あっ、これシャケフレークとごはんを手で混ぜてる人だ。ドキドキを返せ!
味は、あーっ、そうか!! シャケのおにぎりを口の中で2、3回噛んだあとの味! 一番近いのはシャケおにぎりの崩れたところを口に押し込む感覚
口中調味という文化
そしてよくまざったシャケフレークごはんを口に運んで指で押し込む。うおっ。これは……カレーではない!? 南インドの人がしゃけおにぎりを知らずに食べるときの感覚がこれか。
しかし私は日本人なのでこれがなんなのかはわかる。これはシャケおにぎりを二、三口、噛んだあとの口の中だ。もうすでに手で混ぜて最初に2,3噛みを終えているのだ。
つまりここに核心がある。
インドの人は手で混ぜて、私たちは口の中で混ぜているのである。これは口中調味というらしく、たとえば外国の人が日本で丼ものを食べるとき別々に食べてしまうらしい。
今度はひじきの煮物と食べてみた
これはまぜごはんだ。なんら不思議ではなく、やってることはまぜごはん。多少南インドっぽさは感じるものの、和食感は強い
手で食べるというより混ぜて食べる文化
つまり南インドの人たちは手でバイブレーションを感じるのもあるのだろうが、混ぜ合わせることをやっていたのだ。
われわれがカレーを食べるとき、スプーンでごはんとカレーの境目を狙わないだろうか(この辺り誰にも聞いたことがなくて共感が得られないかもしれません)。ごはんとカレーの全体の相似形である「小さなカレーライス」をスプーンの上に作って、口で混ぜ合わせているのだ。
それを南インドの人たちは皿の上で混ぜる。少しだけをよく混ぜるために指全部を使う。韓国のピビンバも深い鉢で混ぜきる。
そういうことだったのだ。インドおもしれーなーと思ってたのは、結局自分をおもしろがってたのだ、ドーン。
和食でなく洋食はどうか。たとえばスパゲッティは大昔もともと手で食べられていたらしいのだが…
和食は背徳感のある和食
和食を手で食べることによる大きなちがいは背徳感だろう。こんなことしていいのだろうか、という思いがあってスリリングだ。
そして次のちがいは「手でもう食べている」という状態だ。手でさわることによって「これからこういうものを食べるのだな」という食感の部分をすでに手が済ませているのである。
なんというかお見合い写真のような役割を手がしている。私はこれからこういう人と結婚するのだなと手が感じているのだ。
それらが味にどうつながるのだろう? ところがこれが食べてみると「ちょっと噛んだ後の和食」なのである。体験のおもしろさは味のおもしろさに直結せず、ああ、なんだかわかるわかる、という感じだ。
混ぜ合わせる。混ぜ合わせるスパゲッティってある。しかしこのオイルの中に手を突っ込む背徳感はすごい
麺類であり洋食であるスパゲッティはどうだろうか
和食はいいとして今度はきのこのペペロンチーノのスパゲッティを食べてみた。洋食であり麺類だ。なんでもスパゲッティは昔手で食べてたらしい。ほんとかよ、あんなオリーブオイルまみれのもの。
しかしスパゲッティにも混ぜ合わせるという工程がなくもない。あれをフォークでなく手でやると早いのかもしれない。
そうして手をオイルの中に突っ込んでいく……背徳感が尋常ではない。なんなんだこの非常事態は。サバイバルか。今、こんなことしてまで生き延びようとしてるのか、おれは。
食べる。食べにくい。あっ、わかった、これ。この感覚。
泥棒だ! 泥棒がひとんちで勝手にスパゲッティ食べてるときの非常事態の味だ
藤原も「フォークから退化した」と思ったそうだ。単純に食器がほしい味
スパゲッティを手で食べると泥棒味
なんというか麺類である。すするそばであればそこまででもなかったろうが、スパゲッティすすってはダメだというマナー意識がへんにわいてきて、食べにくさが前面に出てきた。
そしてこうまでして食べているのがなぜか泥棒気分なのだ。オイルまみれの麺類をこうまでして食べている感じ、このムリして食べている感覚は泥棒が人んちで忍び込んで食べているときのそれだ。
私は過去に盗み食いをレジャーとしてやっていたことがあるのでその気持ちがわかる。これは盗人の味である。
参考記事
『盗み食いの味とは』
今度はレトルトカレー。日本のカレーを手で食べるとどうなるのか?
日本のカレーはどうなるのだろう?
じゃあ今度は少しだけインド側に寄せてみよう。日本のレトルトカレー、ボンカレーとごはんを指でまぜて食べてみることにした。
日本カレーの味が勝つのだろうか、それともバイブレーションやスウェットが作用してインド的な体験の味が勝つのだろうか。
さあ手からバイブレーションが入ってく。バイブスとスウェットの味がするだろうか
鮮烈なスパイスの香り。こんなにスパイシーだったのかボンカレー。インド風にインドっぽいものを食べるとインドの味になるのだ
なんとボンカレーがインドカレーになった
食べてみると驚いた。ぼ、ボンカレーってこんなにスパイシーだったの!? という衝撃がやってきた。これがあのムットさんのところでたべたミールスの小鉢にあったとしても何ら不思議ではない。
不思議ではないどころか「このカレー、うまいですねえ~!」と唸っていた可能性もある。インドカレーよりも旨味成分が強いのだ。インドカレーを食べていると出汁の旨味文化ではないからか、あっさりしたものをスパイスの鮮烈さで食べ進むような感覚であるが、これはもうしっかり濃厚。
我々がありがたがっていた南インドのミールスのよさは……もしかしたら手によるところが大きかったのか!? ボンカレーやククレカレー並べられたらそっちを支持してしまう可能性さえあったのか!?
なんともショッキングな結果であったが、カレーは手で食べるとインド味になるというマル得一行情報だけ持ち帰ることに成功したのだった。
「あ、ほんとだ(笑)」と笑ってしまうほど南インド。ボンカレーでなくてもあらゆるカレーは座って手で食べると南インド味になる可能性がある
我々は口の中で混ぜ合わせていた
えっ! 手で食べるの? おもしろいことしてるねえ! とへらへらしてたが「お前ら口の中で混ぜてんのかよなんだそれ」と言われかねない案件だった。うっかりクールジャパン。世界の真ん中で咲き誇ってしまった。
私たちは世界の真ん中でうな重食べて咲き誇っているのである。インドカレーがおもしろいのではなく、おもしろいのは私達だった。そういえば学生時代に私は「おもしろい友人がいるから紹介したい」と紹介されたことがある。その人は「本当だ、おもしろい顔をしている」と笑っていた。
今の私ならもう怒ることもないのだろう。私たちはおもしろいことになっている。もはや認めざるを得ない。
もうすでに我々の気持ちが書いてあるタイプのメニュー