かつて拾い食いをしていた2人が盗み食う
そもそもの発端は私たち(ライターの大北と編集部古賀)が拾い食いの味をたしかめたことだった。
参考 してみよう!拾い食い
大興奮だった。記事の反応も多く「盗み食いの味も知りたい」という声が出た。なるほどそれは知りたい。やらせてくださいとすぐ申し出た。
Twitterで面識ない人を募集した。男性があずまさん、女性が向坂くじらさん。「盗み食いをするので公園でピクニックをしてください」とお願いしてある。
盗み食い状況を作る
とはいえ実際に盗み食いはしたくない。なので今回は人を用意して盗み食いしてもいい状況を作ることにした。
Twitterで面識のない人を募集し、公園でピクニックをしてもらった。何を用意しているかは私たちも知らない。さあ、盗み食いスタートである。
パーティーグッズと巨人帽で変装した筆者
めがねとほっかむりで臨む古賀
新聞の穴からのぞく。盗み食いにはこうしたクラシックなスタイルが似合う
それにしても盗っ人(ぬすっと)が近い。「決して見つけないこと」と約束してあるので盗っ人に余裕がある
あずまさんたちが用意したのは寿司、パーティーメニュー、サラダ、サンドイッチ…これを食べるのだと思うとより美味しそうに見える
現実味が増した「美味しそう」
あらおいしそう、と他人行儀であった隣のごはんであるがこれから実際に食べていいとなるとこちらの目の色も変わってくる。
(寿司だ…サンドイッチだ…)と双眼鏡をのぞきこみながら生唾を飲み込む。
ここで「2人でトイレに行ってください」とピクニックの2人にメッセージを送った。あずまさんと向坂さんの2人が何も言わずに腰を上げる。さあ、盗み食いタイムだ。
「トイレに行ってください」とメッセージをうけて席を立つ二人
今だ、いける! 盗み食いいけるぞ!
寿司いこう、寿司! はしっこならバレないはず!
あひゃひゃひゃひゃひゃ! ドキドキして味がしない!
盗み食いは味どころではない
自分が猿になったような音がする。ヒッ、ヒッ、ヒッ、と走りながら笑い声がもれている。スリルと興奮と可笑しさが混じってずっと笑っているのだ。
目についたのは寿司パック。一個くらいなくなっても気づかないだろうと端っこのホタテを持ってきた。
急いで口に放り込む。寿司が冷たい。だがそれどころではない。ホタテが柔らかい。だがそれどころではない。寿司よ、早くのどを通れ。通った通った、ホタテがのどを通過した。うまいかどうかもわからない。とにかく食べた、食べきった。
これか、盗っ人の味。一言で言うと「それどころではない味」。おふくろの味と対極にあるような全くホッとしない味だ。
きたきたきたきた…!!
またまた盗っ人(ぬすっと)が来たぞー!!!
どっこいどっこいどっこいどっこい!
そりゃそりゃそりゃそりゃ!(意味はありません)
すごいスピードでつくねを奪ってきた盗人の古賀
「めっちゃうまい」と盗っ人
――古賀さん、どうでした? はじめての盗み食いの味は…
古賀「ドキドキした。ドキドキして何にも覚えていない。やる前に罪悪感が大きくて、やりたくないなくらいに思った。でもやってみるとうまい。めっちゃうまいめっちゃうまい。今後つくねが人生レベルの好物になりそう。
これが盗っ人、マジか……。めちゃくちゃ汗かきますね」
――そうそう、食べ物は冷たいけど自分がホットなんですよ。
古賀「心拍数めっちゃ上がるね。泥棒も多分めちゃくちゃポカポカするんだろうね」
――泥棒ってポッカポカなんですね。知らなかったなあ。やってみて知ることってありますね
まだ時間がある!とゆでたまごを盗む。たまご泥棒である。絵本か。
帰ってきた! すぐ隠れて!
二人の会話を聞くに、特に問題にはなっていないようだ
夢のような時間である
古賀「あの二人は気づいたかね?」
――たぶん気づきますよね。でも大丈夫です。今日は絶対に気づくなと言ってありますので
古賀「でも現実的には2人いると盗み食いは絶対無理だね。どっちかは残ってるだろうから。花見くらい大勢いればできると思うけど」
――そうだ、今はたしかに夢みたいな時間ですね
古賀「あ、これ夢だね、完全に夢だね」
物陰から様子をうかがうたまご泥棒
「他のとこ見てきて」のメッセージでふたたびチャンスタイム!
出たぞ-! 盗っ人がまた出たぞー!! ドンドドドンドドドンドンドン(荒太鼓)
今度はおにぎり一個くらいいってもバレないだろう。だんだん気が大きくなってくる……この理論で人は覚せい剤を打ったり、張り付いた記者に焼肉弁当を配ったりするのだ!
盗み食いとは本能の味だ
――これ何度やってもあわてますね…
古賀「あとさー短時間にたくさん食べないとと思うね。この短い時間にカロリーをたくさん摂取しないといけないと思って。質より量になる。宝石泥棒がガサーッとさらっていくような感覚」
――何か奪って食べるって原始的な人間の感覚なんじゃないでしょうか。狩猟採集よりも奪って食べた方が早いだろうし。本能の味ですよ。
古賀さん、サラダパックまるごといった! たけだけしさ! 二児の母にして盗人のたけだけしさよ!
盗っ人は最高の調味料
――古賀さん、ドレッシングなしでサラダたべてますね
古賀「なんかもうそれどころじゃない。ドレッシングいらない。盗っ人は空腹以上の最高の調味料だよ。ドレッシングいらないもはや」
ドレッシングなしでサラダが食べられること。それは盗み食いの味を象徴している。
何味?と言われれば「あわて味」であり「それどころでない味」である。そこには味を超えた喜びがある。他人のどんぐりを奪って食べてた人類のDNAから来る味なのだ。
ここで盗んでばかりではなんなのでビールと好きなパンを置いていった。盗みではなく寄付である
「なんか増えてる……!!」神のしわざか、いや、盗っ人である。盗っ人の思わぬ寄付が現場に混乱をもたらす
盗っ人が愛を届ける
ここで盗んでばかりではなんなのでパンとビールを置いてきた。
――増えてるパンを見て女の子が「だれかのじゃない?」とおどろいていますね
古賀「素直ないい子なんだよ…」
――「増えるフェーズに入ったんだあ…」って言ってましたからね。ないですよね、そんな局面。
古賀「あの二人結婚したらいいのに……」
――それは新しい。盗っ人がつなぐ愛ですね
ここで新たな味を発見する
それは「盗んだものを現場近くで食べるとものすごいしてやったり感がある」というものだ。これか、放火犯が火事現場にいる理由は!
かっぱらったサラダパックをすぐそばで食べる古賀。なんて大胆な! そこのカップル! 盗っ人がいますよ!
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
また動きがなくなったのでボールとバットを…
目の前に投げ捨てる
「あれ? あんなところにバットとボールが落ちてる」「野球しようよ」勘のいい二人からショートコントがはじまった。さあ、パーティータイムだ!
ここでさっきの好きなパンとビールを回収するのだ。そう、いったん寄付しておいての盗み食いである
うまい…好きなものがよりドキドキして味わえる!!
ビールもドキドキ味に
与えておいて盗む
先ほど置いていったパンとビールをまた盗み食いする。うまい。確実にふだんの味とはちがう。香りや味覚がうすらぼんやりして興奮だけする、そう、スリルの味がする。
やった、これが盗み食いの味だ。与えておいて盗む。この手法を使えばどんな食べ物にも盗み食いの味を添加することができる。
燻製や干物、漬け物といったものと同じように「盗み食い」が調理法として確立されたのだ。
ここであずまさんと向坂さんに「せっかくだから代わってみませんか?」と。「ぜひぜひやってみたい」と二人
ここで入れ替わって、安全地帯で飲むビール
うまい! 死ぬほどうまい! 平和の味がする…これだ、これが戦いを繰り返してきた人類がたどりついた至福の味だ!
盗み食いのあとのふつう食いが最高
ピクニックの二人に代わってシートに陣取る。これだ、これが盗っ人たちがあこがれていたシートだ。
ビールを注いで飲む。しびれる……これがさっきと同じビールなのか。盗っ人が飲むビールとピクニックシートで飲むビールがこれほど違うとは。(こういう『美味しんぼ』の回なかったかな。泥棒の回。)
盗っ人があこがれつづけた味がこれだ。この許された味は甘く美しく額縁に入れて飾りたいほどだ。
いっぺん盗んでからのふつうの味。これが最高のグルメ、平和の味である。はい、決めました、憲法9条を世界遺産にします!
「貴族感ハンパねーや」と。さっきまで盗っ人だった古賀
ためしに席を立ってトイレに行ってみると……
出た、出た、出た、盗っ人が出たぞー!!
この盗っ人カップルよ。なんてかわいそうな二人だ……
なぜか中腰になる盗っ人。「これぞ泥棒を演じてしまう」という意見が出た。たしかに
ところで人が盗み食いをしてるのを見るのはなんでこんなに笑えるのだろうか。ゲタゲタ笑っていた
席に戻ってみると何がいかれたのか気づかない。カラスにやられたのかなくらいなものだ
よし、次は野球でもやるか。と腰を上げた古賀さんと同時に立ち上がった盗っ人夫婦
出た出た出た、また盗っ人が出たぞー!!!
盗っ人フォトコンテストが入選するであろう一枚
盗塁がなぜ「盗む」というのかわかった気がする。走りだす盗っ人の姿勢がそれだ
盗っ人のフォトジェニックさ
今度は盗っ人たちに気づかないフリをするわけだが、これがどうしても笑ってしまう。彼らを写真に撮ると写りがよすぎるのだ。
盗っ人。ぼくらを笑顔にさせてくれる盗っ人。盗っ人がこんなにフォトジェニックだったなんて。思いもよらなかった。
彼らは終わったあとに「本当に楽しかった」「濃い一時間だった」と口々に言っていた。盗み食いが許された世界では、盗む側も盗まれる側も幸せそうな顔をしているにちがいない。
現代の『王子と乞食』的な一枚
あのドッジボールがうらやましい
あとから聞くと、今日の食材は高級品もあれば安物もあったそうだ。みんなわからないと言っていた。味のことなんてどうでもいいのだ。
今後盗み食いをする機会はないだろうが、もう未練もない。盗み食いはああいう味がする。ドキドキしたあの味を。
古賀さんも「あの初めて食べたつくねの感じ、めっちゃ覚える…。本当につくねが好物にあるかもしれない。でも、罪悪感を持ちながら今後つくねを食べることになるんだろうな」と言っていた。
参加したあずまさんは「このあと会社に戻るんですか? ぼくだったらむりですね」と言う。
『今日は会社を休みます』というやつか。前回私たちが拾い食いをしたときも古賀さんは走って帰り、私は牛柄のステテコを買った。
遠くにドッジボールをしている若者たちが見える。楽しそうだ。私たちはもうあの場所には戻れない。
「めちゃめちゃ濃い時間だった」たしかに。盗み食いしてもいい一時間なんて今後の人生で二度とないだろう