おしゃれな街のコンビニに石窯ピザがあった
デイリーポータルZの動画ストへぇの撮影で1時間半ほど歩き回って疲れた。自粛以降、外の撮影の疲労がすごい。出歩かない分、少食にしてたのも重なって疲れるわ腹は減るわ。
どこを行くのもおしゃれな中目黒を脱出したあたりでコンビニに立ち寄った。
そこにあったのは石窯焼きピッツァの文字。しゃれとる…とガックリ膝をつく。私はもう代官山・中目黒・恵比寿エリアから一生逃れられないのかもしれない。
へえ、この辺りのコンビニには石窯焼きピッツァが置いてますんか、よろしおすなあ。と心の中に住まう京都の人がすんすん言い始めたのでピザを食べることにした。
くやしいことにこれが美味かった。たしかにこのクオリティのものが棚に並んでたらよろしおすなあだ。
家に帰って昼寝でもするかと思ったが寝付けない。やっぱり変じゃないか、コンビニに石窯ピザがある街、中目黒。
いきなりなんだ、と思うだろうがこれは中目黒のコンビニに石窯ピザがあることについて一緒に撮影していた地元の人が返信をくれたものだ。あれれ。これはおしゃれな街のものじゃないのか。さらに検索してみよう
あ、これだ。あれは池尻大橋駅に近いローソンでありそしてなんと池尻大橋には、成城石井(スーパー)、ライフ(スーパー)、ローソン(コンビニ)で石窯ピザがあるという。
スーパー・コンビニだけで3店舗。池尻で石を投げたらピザ屋に当たるほどだろう(店舗数は検索していない)。なんて石窯シティなんだ…。環七ラーメン戦争みたいなものが池尻で起こってるのか。こりゃいっちょめぐってみるか。
昼下がりの池尻大橋駅前。情報があると見方が変わる。街を歩くどの人も小麦を練って高温で焼き上げてほしそうな顔をしている。
成城石井の旗艦店だから石窯がある
池尻の成城石井に石窯があるという情報は検索するといくつかの記事がヒットする。
参考:『成城石井/新旗艦店、池尻大橋店がオープン』(流通ニュース)
成城石井が力をいれる大きな旗艦店をオープンしましたよ、というニュースなのだが目玉商品として石窯オーブンによる石窯ピザが紹介されている。旗艦店の目玉なのだ。
旗艦店の目玉にしてニュースに出すくらいだから「ローソンさんがやってたから」ということではないだろう。池尻スーパー・コンビニ石窯戦争はここ発なのかもしれない。
これが成城石井の旗艦店か。どこもかしこも成城石井らしさだ。スコーンらちょっとマイナーな洋菓子の充実ぶりたるや。なのでここではただのピザではなく、石窯焼きのピザ。わかる。成城石井なら石窯は「置いてそう」なものだ。
「店内で焼いてます」というピザは3種類。箱に入っていてマルゲリータ(トマトソースとモッツァレラチーズとバジル)は税込で755円。
箱までついてくるし、箱にはSeijo Ishiiと書いてあるし。なんていうか、これはもう「ごきげん」といった状態である。
成城石井のピザはハーゲンダッツくらいうまい
こだわりがだだ漏れていた成城石井のピザであるが、やはりローソンで食べた石窯ピザとはかなり違う。
ふわふわもっちりは両者ともだが、むちっと具合がやや上か。ゴムかと思ったほどだ(ちなみにこれはうそだ)。全くちがっていたのは香りの部分だ。
牛乳っぽいのか、いや、なんの匂いか考えてみたがこれはあれだ。レアチーズケーキで嗅ぐ匂いに近い。チーズが何か明らかにちがうのだろう。ソースの色もこっちはピンク色に近かった。とにかく違いを見せつけてくる。
成城石井の商品をおいしいと言うのはハーゲンダッツのアイスを褒めるのにも似ている。食材の価格が違うのだからその美味しさには「しかたなさ」も含まれている。実際、ふつうのアイスに比べたハーゲンダッツくらいうまい。
家で娘に食べさせたら目を離したすきに髪を逆立ててわなわな震えていた。辺りは「気」で充満していた。
Hつきのローソン
ここでもう一度ローソン目黒大橋二丁目店である。成城石井の旗艦店ならわかるけど、ローソンはなぜ石窯を置くんだ??
「ローソンに石窯焼きピッツァってよくあるんですか?」とTwitterに書いてみたところ「御茶ノ水の近くで見ました」という返信が来た。あら? もしかしたらよくあるのか?
聞いてみたらいいか、とローソンのお客様相談室にメールで問い合わせてみた。
するとここ目黒大橋二丁目店、御茶ノ水の近くの神田駿河台店を含む9店舗のリストが送られてきた。そこそこある! そしてどれも店名の頭に「H」という文字がある。どういうことだ?
ここが新鮮組だったのか…!!
ローソンにはH◯◯店という表記がある。店内キッチンがあるローソン、というわけでもないらしい。店内キッチンには「まちかど厨房」という別の名称があるそうだ。
このHつきのローソンとは「新鮮組」というコンビニチェーンが合併によりローソンに形を変えたもの。ここも元新鮮組のローソンであり、新鮮組本部が運営しているそうだ。
新鮮組というコンビニがあるということはうっすら知っていたのだが…ここが新鮮組だったのか! と軽く猿の惑星気分である。お米のマークは覚えているが、そうかお前が石窯をなあ…とごんぎつね気分もちょっとまじっている。
スパムむすびが買えたらそのローソンは元新鮮組かもしれない
元新鮮組のローソンは70店舗くらいあって、そのうち店内キッチンがあるものが20ちょい、石窯はもっと少ない。 本社の近くの八丁堀一丁目店が旗艦店で、石窯焼きピッツァもあるしオーダーとって弁当を作ったり新しい試みは全部そこでされているらしい。
検索したところ新鮮組の名物はスパムむすびだそうで、今現在もこのHつきのローソンで置いてたりするという。この目黒大橋二丁目店にも置いてあった。
このスパムむすびを見て思い出した。昔コンビニになんか沖縄みたいなスパムおにぎりあるなーと思ってよく買ってたのだが、あれが新鮮組か!
「ここが新鮮組だったのか…!!」にくわえて「あれが新鮮組だったのか…!!」もはじまってしまって新鮮組の思い出が輻輳して回線速度が64kbpsである。
ローソンHの石窯ピッツァは2日連続食べてもおいしい。ぬっしり噛みちぎるような食感がいい。パンの棚に並んでるピザより断然もっちもちだし。専門店でしか食べられなかったものがコンビニに並んでいる。そしてそれをおもしろがってる感覚がある。
他の2店に比べてトマトがしっかり入っていてけっこう豪華。あと温かいのがいい。買ってすぐ食べてうまいのはスーパーよりもこっちだろう。
3店舗偶然石窯を揃えたのなら…流行ってるのか??
ライフの売り場の人に聞いてみると、この付近で3店が石窯焼きのピザをやってるのは特に意識をしてというわけでもなく偶然だという(意識してても言わないでしょうけど)。
あれ? じゃあもしかしていつのまにか石窯が一般的なものになってるってこと? そのわりには石窯らしきものを見てないのだけれども…
石窯メーカーの人に話を聞いた
ライフのキッチンにある機械には「NAPOLI」という文字が見える。これはピザの機械だろう。検索してみるとイーナポリ500という業務用オーブンが出てきた。これだ。ツジ・キカイという会社の社長さんの山根証さんにお話を少し伺った。
――なぜみんな石窯、石窯、と言ってるんですか?
「本来あれはナポリピッツァというものなのですね。ピッツァはそもそもナポリの人が生み出したものなのですが、私たち日本人はアメリカのピザから入ってしまったので歴史をさかのぼっているんですよ。
ナポリピッツァは石窯でないと焼けないのです。高温で90秒で焼かないと本来のナポリピッツァにならないのですね。蓄熱が重要になりますので、薪、ガス、電気、と熱源は色々ありますが重要なのは窯の中の石なのです」
――あのイーナポリって機械が石窯なんですか?
「はい、正真正銘の石窯です。当社は、⽯窯用の石(セラミック)を独自に開発しています。その特別な石を型に流し込んで一体成形のドーム型や箱型の石を造り、その石からの熱で美味しいピッツァが焼けるのです。」
セラミック? 陶磁器じゃない? 調べた定義は「無機物を固めて焼いたもの」なので無機物が石を砕いたものならば石窯かもしれない。でもたぶん「もう石だと言っていいくらい石なものを電気で温める窯」というのが今の石窯オーブンなんだろう。
今ではツジ・キカイさんのイーナポリはナポリ⼈も認めた唯⼀の電気窯なんだという(ナポリのピッツァ職⼈協会の会長や重鎮の職人が認めてくれたそうだ)。
なるほど、石窯が電化製品になって店内厨房にどんどん普及していってるのか。検索したら東芝の家庭用オーブンレンジにも「石窯」って書いてある! 私たちの生活に忍び寄る石窯!
――スーパーやコンビニで石窯が増えてるんですか?
「⼀番最初にこの石窯を導入したのはイオンさんですね。担当の⽅がナポリピッツァの美味しさを知って、⾷べ歩いて、この美味しさを伝えたいとの想いでイーナポリを⼊れて展開したのです。スーパー業界で⼀番早かった。
それを⾒て他のスーパーさんが追随していったわけですが、今だとサミットストアさんは多くの店舗で使っています。新鮮組本部さんも当社の機械を使っている店舗があります」
イオン、さすが大きいところがはじめるとパッと広まりそうだ。今日回った3店どれもこの波から来てそうだ。
――いつの間にかナポリピッツァを食べる機会が増えてる気もするんですが、何かドーンと普及する機会があったわけですか?
「どこがというなら、20年前にフレッシュフードサービスという日清製粉の子会社がナポリピッツァの冷凍生地を作ったことでしょうか。この会社がピッツェリアパルテノペというお店を開いたのが2000年。その前にもナポリピッツァのお店は数店舗あったんですがまだ少なかったのですね。そこから増えていった。
その後でいうなら2010年に牧島昭成さんという日本人がナポリの世界選手権で一位になったこともそうですね」
――あっ、前から気になってたんですが、ピザの世界大会で優勝した日本人ってなんか何人もいる気がするんですけど…
「大会も部門もいくつかあるんですよね。でも彼が優勝したのが最も重要で伝統的な部門だったんですね。そこでイタリア⼈以外が1位を獲ったのは初めてだったのでナポリ中が驚いたんですね」
――ナポリの人にとってナポリピッツァって、香川県の人におけるさぬきうどんみたいなものですかね?
「そのレベル以上と思っていいと思います。なくてはならないもの。牧島さんがYouTubeに上げた動画を⾒て若い職人が増えていますし、私どももイーナポリを使った⼤会を過去4回ほど開催してます。
ナポリピッツァの業界自体は右肩上がりなんですけどもね、まだまだこうやって説明しないと広まっていかないですね」
やはりこれはさぬきうどんなのかもしれない。ピザの耳がもちもちなナポリピッツァ、うどんのコシが強いさぬきうどん、といったような。
今のこれって立ち食いそばのうどんが、さぬきうどんが増えてどんどん固くなっていってつゆも白っぽくなってくようなあの状況に立ち会ってるのだろう。
これからピザの耳がもちもちになっていって、ふかふかペラペラピザが恋しくなるのかもしれない。
突然ですが言わせてください、結局おもしろいというのは情報が展開することでしかないのではないでしょうか
ふらふら~っと疲れて寄ったコンビニに石窯が。そこから池尻石窯戦争を知ってスーパーピザ界におけるハーゲンダッツ、成城石井を知り、ローソンHを知り、スパムむすびのおいしさを知って、なぜこんなに石窯が増えてるのかを知った。
こうだからこう。こうだからこう。そんな情報が転がっていくおもしろさ。そりゃふらふらっと寄った先に石窯もあるわいな。と、元の地点に戻ってきたわけであるが、そもそもそんな話は知っていたような気もする。ナポリピッツァは石窯でしか焼けなくて電気の石窯オーブンができて流行ってきてる、とかどこかで聞いたような、もしくは想像すればわかるような小さな話でなにか賢くなったわけでもない。
賢くはなってないのだが、立ち会っている。私たちは今歴史の転換点に立ち会っているのだ。そう、さぬきうどんが全国を席巻していったようなナポリピッツァの広がりに。
……そんな歴史、知らなくてもいいかもしれない。でもまあ転がっていくのがおもしろいのであって、歴史もこうなってこうなってくんだなーと横目で見てくのはおもしろい。フォッフォッフォッ。わしはおじいさんじゃ。