プラズマとの出会い
プラズマに出会ったのは今年の9月、セルビア北部にあるノヴィサドという街に行った時だ。
私の住むベルリンからセルビアの首都ベオグラードまで飛行機で1時間半、ベオグラード空港からは車で1時間ほどでノヴィサドに着いた。
ノヴィサドとその近辺は、オーストリア・ハンガリー帝国やオスマン帝国によって統治された歴史を持つ地域で、セルビア、ハンガリー、スロバキア、ドイツなど、民族、言語、建築、食文化的などの面で多様な地域だそうだ。
今回は友人でフォトグラファーの山田さんがノヴィサドで展示をすることになり、アシスタントとしてセルビアに連れて行ってもらえることになったのだ。
私たちがノヴィサドに到着した時点でオープニングが二日後に迫っていたので、すぐに展示の準備が始まった。
初めての土地で、タイムリミットが迫る中の少し緊迫した作業。そんな中、展示の主催者であるイヴァナが差し入れしてくれたのがプラズマだった。
プラズマという、血液とか電気を思い起こさせるような不思議な名前だが、サクッと軽いビスケットにチョコレートがかかったおいしいお菓子だった。
「マリー」のビスケットに似ているプラズマ
初めて食べたプラズマはチョコレートのかかったものだったが、オリジナルのプラズマはごくシンプルなプレーンのビスケットである。
食べてみると、初めてなのになんだか懐かしい味がする。
甘さも控えめで、味は日本にある「マリー」のビスケットにそっくりだ。サクッと歯応えがあるが、すぐに口の中で溶けるので歯にネチョっとつく感じだ。
セルビア人の学生は「プラズマは砕いて牛乳をかけて、朝ごはんとして食べている」と言っていたし、コーヒーや冷たい牛乳に浸しながら食べる人も多いらしい。
確かにそのまま食べると口の中の水分をぐいぐい持っていかれるので、コーヒーなどと一緒に食べるのが正解なようだ。
スーパーのお菓子コーナーを埋め尽くすプラズマ
このプラズマがただのビスケットではないことを思い知ったのは、初めてスーパーに行った時だった。
数日後、展示のオープニングも無事に終わり、打ち上げ用のおつまみでも買っていこうと主催者のイヴァナと山田さんと近くのスーパーに立ち寄った時だった。
スーパーに入るなり、お菓子コーナーを見て呆気にとられた。
上から下までプラズマ、プラズマ、プラズマ。棚がプラズマで埋め尽くされていたのだ。
日本だったら、スーパーのお菓子の棚が全部ビスコだった、みたいな、なんとも不思議な光景である。
しかも驚くことに、棚に並んでいるもののほとんどがオリジナルバージョンのビスケットであることだ。パッケージのサイズが違うだけで、中身は全部同じなのだ。
スーパーの5%ぐらいがプラズマなのではと思うぐらいの勢いだが、たった一つの商品がこんなにも激推しされているのは未だかつて見たことがない。一体どうなっているんだ。
ユーゴスラビア時代からある国民的ビスケット
詳しく調べてみると、プラズマはユーゴスラビア共和国時代の1960年代からあるビスケットだそう。
イタリアのプラズモンというお菓子のレシピを真似て作ったと言う説もあるが、プラズマを生産するバンビ社の創立者はこれを否定しており、プラズマ誕生に関する真相は不明らしい。
だが発祥の場所なんかどうでもよくなるぐらい、セルビア人のプラズマへの愛は深かった。ノヴィサドでの滞在中、セルビア人と話すごとにプラズマについて聞いてみたが、誰もが口を揃えて「大好きだ」と言うのだ。
一人ぐらい「実はあんまり好きじゃないんだよね」と言う人がいてもいいのではと思うぐらい、プラズマを語るセルビア人の口調には愛が溢れていた。
少しずつだが、セルビアでのプラズマの立ち位置が分かってきたような気がする。これはただごとじゃないぞ。
何でもかんでもプラズマ
後日、プラズマが気になってしょうがなくなった私は、プラズマ状況を調べるために別のスーパーにも行ってみることにした。
他にもカロリー控えめのダイエット用プラズマや、キリスト教の四旬節用のプラズマもあった。
セルビアでは復活祭までの40日間、肉や卵、乳製品などを断つ人が多いので、その間でも食べれる乳製品抜きのプラズマだそう。
40日間もプラズマが食べれないなんて無理!という人がいるからこそ開発された商品なのだろう。プラズマの人気、恐るべし。
知れば知るほど、ぐんぐん広がるプラズマワールド。プラズマがただのビスケットではないことが理解できてきた気がする。
プラズマの粉?
バラエティに富んだプラズマ商品だが、その中でも特に気になったものがあった。
プラズマを細かく砕いたものだろうか。なんでそんなものが売っているんだろう。
イヴァナに聞いてみると、牛乳に混ぜてシェークにしたり、スイーツを作ったりするのに使われているのだと言う。
プラズマ公式サイトにもレシピが沢山載っていて、プラズマを使ったレシピ本も何冊も出ているそうだ。
プラズマの公式インスタグラムでも、プラズマ粉はケーキなどの材料として紹介されていた。
日本でも、マリービスケットを砕いてチーズケーキの土台に使ったりするのは聞いたことがあるが、細かい粉にしたものが人気商品として売られているのは衝撃である。
一体この粉を使ってどんなスイーツが作れるのだろう。
プラズマ粉でケーキを作る
ドイツへ持って帰ったプラズマ粉を使ってみるべく、イヴァナにおすすめレシピを教えてもらうことにした。
材料はりんご、バナナ、バター、プラズマ粉と、デコレーション用の生クリームとキウイ(またはイチゴ)。
そしてそこにプラズマ粉を 250g 入れ、かき混ぜる。
みるみるうちにリンゴやバターの水分がプラズマによって吸収され、結構な固さの生地が出来上がった。
ビスケットを粉にして水分と混ぜて生地にするという発想は意外だったが、プラズマを使ったスイーツはオーブンで焼いたりするものが少ないので、お菓子作りが苦手な私には打ってつけの商品なのかも知れない。
味の方はどうなのだろう。早速食べてみよう。
見た目はずっしりしているが、フルーツが入っているせいか思いのほか軽い食感だ。しっとりとした、冷たいバナナブレッドみたいな感じでもある。砂糖も余分に加えていないので甘すぎず、私は結構好きな味だ。
こんな量、夫と二人で食べ切れるだろうかと心配していたが、気がついたらほぼ一人で2日で完食してしまった。
そのまま食べたり、牛乳に浸したり、粉にしてスイーツを作ったり、プラズマは想像を超える万能なお菓子だった。
他にも、焼かずに作れるスイーツやシェークのレシピが色々あるようなので、プラズマ粉が残っているうちに試してみようと思う。
偉大なるプラズマ
どうしてもプラズマの人気の理由が知りたくて、最後の最後にもう一度、イヴァナにメールを送ってみた。
「セルビアには他にも人気のお菓子はあるけど、プラズマが圧倒的にナンバーワンだね。 ユーゴスラビア時代のセルビアは資本主義の国と比べて商品のバラエティは少なかったし、輸入品もあまりなかった分、プラズマのような低価格で質の良い国産の商品が人気だったんだ」と彼女は言う。
物がありふれた今の世の中とは違ったユーゴスラビア時代。そんな中で生まれた手ごろでおいしいプラズマは、庶民の味方だったのだろう。
「ここ10年で色々なプラズマ商品が登場したけど、やっぱり一番人気はオリジナルのプラズマだね。冷たい牛乳にプラズマ。これ以上の最強コンビはないよ!」
セルビア人の心とも言えるプラズマは、きっとこれからも愛され続けていくのだろう。