プラスチックの椅子は気持ちいい
一般的に椅子の快適さというとクッション性やフィット感などが挙げられる。しかし撮影のためプラスチックの硬い椅子に座ってみると、我々温泉椅子座り族としてはそれだけで気持ちよさを感じられてしまうということに気づいた。
ひょっとして仕事や普段使いの椅子もこのプラスチック椅子の方がいいんじゃないか。
気のせいかな。3,000円弱の送料を取り返そうとしてるだけかな。
最近、温泉に行ってもお湯に浸かる時間よりも備え付けの椅子に座っている時間の方が長くなってきた。もはや椅子に座るのがメインだ。裏を返せば、あの備え付けの椅子さえあればそこはもう温泉ということだ。
温泉が好きである。大浴場の広々としたお風呂に浸かるのは気持ちがいいものだし、露天風呂で外の風を感じながらまったりするのもいい。サウナでがっちり汗をかいた後に水風呂を浴びるのも大好きだ。
だがここ数年、入浴の合間に備え付けの椅子でまったりすることを覚えてしまった。椅子に座ってくつろいでいる人がいることは前から分かっていたのだが、一度試してみるとなかなかどうして気持ちがいいのだ。
一度覚えてしまった快楽は止まらない。初めは入浴のおまけにちょっと椅子で休憩するくらいだったのが、いつの間にかお湯に浸かるのと同じ時間くつろぐようになり、最近では椅子に座っている時間の方が長くなるようになってしまった。
ここまでくるともはやお湯に浸かる必要もないのかもしれない。 このプラスチックの椅子にさえ座ってしまえば、そこはもう温泉なのかもしれない。
そう思いませんか。私は思います。
せっかく買った椅子である。家で眠らせず、露天風呂のように外で温泉を感じてみたい。
気づけば10月。夏も終わり、涼しげな風が通り抜ける。目を瞑って力を抜き、日常のあれやこれやを忘れる。
感じるのは確かに伝わるプラスチックの感覚だけ。ああ、私は今温泉に来ているのだ。
いざ座ってみて気づいたのだが、あまり温泉以外でこういったプラスチックの椅子に座った覚えがない。そのためか、座った瞬間に「温泉にあるやつだ!」と心が訴えかけてくるのだ。
私の心は幸せ者だ。ずっとこういう幸せを抱きしめていきたい。
タオルを頭に乗せてみたのも功を奏した。私は温泉に入っているときよく頭のクッション代わりにタオルを用いるのだが、その感覚を彷彿とさせるのだ。これも温泉でしか行わない動作だからかもしれない。
ただ一つだけ、一つだけ言わせてもらうならば少し車通りが多いかなと思う。脇の道路ではひっきりなしに車が行き交いしているのだが、走行音も相まってなんとなく落ち着かないのだ。
せっかくなので静かな場所でも温泉を感じよう。色々な場所で試してみないと椅子がもったいないのだ。3,000円弱の送料なのだ。
車通りはもちろん人通りも少ない公園に来た。露天風呂などではよくちょっとした草木が植えられており、人工的にだが自然を感じることができるようになっている。それの再現というわけだ。
先の道端でも十分に温泉を感じられたのに自然が豊かな公園など言うまでもないだろう。
静かな空間に加えて人工的な自然が温泉力をブーストさせる。あまつさえ背後の水場からちょろちょろと水の流れる音が聞こえるのだが、これがさらに癒しとくつろぎを与えてくれるのだ。
もうこのまま寝てしまおうか。そういえばお風呂場ってどうして裸で椅子に座っていても風邪をひかないんだろうか。そんなとりとめもないことが頭をめぐる。
そして時間は過ぎていく。この何かを考えているようで何も考えていない無の時間はまぎれもなく温泉だ。
そうだ、さらに温泉を感じるためのアイテムを持ってきていたのだった。
いくらプラスチックの椅子で自然の中くつろいでいても、今の私には絶対に得られないものが一つだけある。何かお分かりだろうか。
湿度を高めることによってあの温泉のむわっとした感覚を足せるはずなのだ。そうなってくるといよいよ夢か現か、ここが公園か温泉か分からなくなってくるに違いない。
心配だな。温泉だと思い込んで服を脱ぎ出したりしないか心配だな。
電池を入れる場所がなかったのでどうやって動くのだろうと思っていたのだが、説明書によると買ってきた加湿器はどうやらUSB給電で動くらしかった。
最近の加湿器は便利でいいな。あとモバイルバッテリーをたまたま持ってきていてよかった。危なかった。
事前に試さなかった私が完全に悪いのだが、思っていたよりもつつましいミストだ。このミスト量で果たして温泉のむわっと感が出せるのか。ちょっと違う心配が出てきた。
置く前と違いが全く分からない。
あのつつましげなミストは私の顔に到達する前に雲散霧消しているようだ。湿度というものを全然感じないのだ。もう少し顔に近づけてみよう。
ここまで持ち上げると流石にミストを感じる。10分も20分も持っていればもしかするとむわっと感を得ることができるのかもしれない。
ただこれはどうなんだ。私は今くつろげているのか。
プラスチックの椅子に座って脱力し、くつろぐことこそが温泉だという話なのに、湿度のことばかり気にしている。
脱力していなければくつろいでもいない。あと加湿器もなんだかんだ重い。USBケーブルも邪魔で気にかかる。USB給電までもが仇となっている。
だいぶ迷走してきた。手元にくっつけても微妙に距離が遠く、むわっと感は得られないままだ。
これはだめだ。なしにしましょう。
気を取り直して水場を見つめながら時間を過ごす。
意気込んで持ち込んだ加湿器が全く効果を発揮しなかったので、ややじっとりとした嫌な汗をかいてしまった。しかし、そんな汗すら湿っぽさからかちょっとだけ温泉感があって気分がいい。
やっぱり座ってるだけでいいんだな。
存分にくつろいだところで最後に海辺に行ってみようと思う。
道端、公園とここまで本来の温泉ではありえないロケーションでやってきたが、海が見える温泉などというのは実際にあり得るシチュエーションである。そのため温泉感も格別だと思ったのだ。
一面の海。さらに向こうにはレインボーブリッジが見える。温泉地であれば一等地もいいところだ。
念の為本当に温泉宿があるんじゃないかと調べてみたがそんなことはなかった。ただ高そうなホテルはあった。確かにホテルとしても一等地だろう。
白い椅子が黒めの木の床と実にマッチして、都会の整備された温泉宿を感じさせる。椅子が温泉の脇に無造作に置かれているのではなく、くつろぐ用のスペースがきちんと確保されているパターンの宿だ。
こういう配置の椅子、みんな座るから全然空かないんだよな。でも今日は座り放題である。なぜなら自分のプラスチック椅子だから。
さあ、座るぞ座るぞ。
海風の気持ちよさ、プラスチックの硬質感、そして完全な脱力。ここに温泉は完成された。
先ほどの公園や道端にはない開放感もある。これでいいよ。今後温泉に行きたくなったらここに来ることにするよ。
先の公園の水場といいこの海といい、水というものが温泉の重要な要素なのかもしれない。
海を眺める内にふとそう思ってしまったが、それは何か当たり前のことかつこの記事の意味が無くなってしまいそうなことだったので考えるのをやめた。
プラスチックの椅子に座るだけで温泉を感じて気持ちいい。今はそれだけで十分じゃないか。
一般的に椅子の快適さというとクッション性やフィット感などが挙げられる。しかし撮影のためプラスチックの硬い椅子に座ってみると、我々温泉椅子座り族としてはそれだけで気持ちよさを感じられてしまうということに気づいた。
ひょっとして仕事や普段使いの椅子もこのプラスチック椅子の方がいいんじゃないか。
気のせいかな。3,000円弱の送料を取り返そうとしてるだけかな。
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