あんなに特定の靴下を愛すことはもうないかもしれない
令和元年の今、知らない人もいるだろうか。ルーズソックスとは、くしゃくしゃにして履く、ボリューム感たっぷりの靴下だ。わたしも高校3年間、毎日履いていた。

ルーズソックス、とひとくちに言っても様々な種類があった。なかでも、当時よく履かれたのがアメリカのブランド「E.G.スミス」である。
特に1600円のやつ。靴下としては高額だ。松屋の牛めし(並盛320円)が5杯も食べられる値段と気づき、書きながら震えている。

だが当時は、足元をいかにボリューミーに見せるかこそが我々の正義だった。
破れても、他の靴下と縫い合わせて履き、学校に禁止されそうになった時には、勇気を振り絞って校長先生に手紙を書いた。あんなにも狂おしく特定の靴下を愛すことは、もうないんじゃないだろうか。
もう一度会いたい。かつてコギャルの聖地といわれた街、渋谷へ向かった。
置いてある。150センチもある!
まずはここだろうと、おそるおそる渋谷109に向かったところ……


ロゴだけじゃない。今や109は、店のラインナップも客層も、ギャルっぽさがほぼない。時代が変わればビルも変わるんだなぁ……って大丈夫か。ルーズはあるのか。

「E.G.スミス」はなかったが、ブーム当時に時折見かけた日本製ブランド「CUTE&STREET」のものがドカッと陳列されていた。

でも待って。誰が履いているんだろう。さっきすれ違った女子高生の靴下はもっとずっと短かったのだ。






そうですね。原色系の派手なファッションに合わせる人もいますね。厚底や、ドクターマーチンの靴に合わせたりして。
……にしても、ちょっと待ってほしい。目の前に150センチのルーズがある。この長さは初めて見た。


150センチがあるんですね……。

ありますよ! 過去には最大2メートルのもあったみたいです。

ひー! 身長より長い!

150センチ、かわいいですよ。ボリュームいっぱいのルーズはかわいいです!
店員さんの推しもあって、150センチを購入した。冬場にはマフラーとしても使えそうだ。
「E.G.スミス」は横浜で生きていた
とはいえ、やっぱり当時の王者「E.G.スミス」も気になるのだ。渋谷という渋谷を探したが、見つからない。
ええい。もう、メーカーに聞いてしまえ。「E.G.スミス」を取り扱う会社、ウィックスに電話した。

「E.G.スミス」のルーズソックスはもう手に入らないのでしょうか? 街で探したんですが、見つからなくて。

あれは、正式には「ルーズソックス」ではなく「ブーツソックス(Boot Sock)」という名前です。

(知らなかった!)

ブーツソックスは、「E.G.スミス」が、アウトドア用の靴下を、ファッションとして楽しめるよう、綿素材でつくったことに始まります。アメリカでは、約100年選手の特殊な編み機で作られていました。
ですが今はもうその編み機は、老朽化が進み、故障も多くなったため、破棄されてしまっています。近年では、日本国内にある類似の編み機を使い、特別注文で作っていましたが、弊社ではもう生産していません。

ということは、もう手に入らないのでしょうか……?

いいえ。75センチのソックスは、まだ在庫があります。横浜ビブレ1階の「ジョイ」さんには、置いてあるんじゃないでしょうか。今月もオーダーが入っていましたので。




うちはもうずっと置いていますよ。ルーズを履いた女子高生もいらっしゃいますし、男性から問い合わせが入ることもあります。

え! 自分が履く用に、ですか?

そうです。ひざに負担をかけたくない時や、スノースポーツをする時、ズボンの下に履いたりすることもあるみたいです。

意外な実用性……!

なお75センチの靴下は、当時我々が「1600円」と呼んでいたものだ。懐かしさに、心がむせび泣いています。
履き比べます


「CUTE&STREET」は、全盛期当時、「E.G.スミス」と編み目が違っていたと記憶している。でも今のやつはほぼ一緒。長さ以外、見分けがつかない。

ここで急に、履く前に靴下を、めちゃくちゃに伸ばしてから履いた記憶が蘇ってきた。
ご存知だろうか。女子高生たちは当時、靴下を伸ばしたいがために、様々な力技を編み出していたんです。





久々に履いてみると、ずいぶんと手間のかかる靴下だったことに気づく。過去の自分たち、よく根をあげなかったもんだ。



年齢が当時の2倍になった今、素足にスカートは震えを覚えたものの、ルーズの分厚い布地は心地がよかった。特に150センチ。当時、求めていたボリューミーさがこれでもかと凝縮されていたのだ。
だが、まさか。あなたまで生産終了にならないよな? 不安なので、販売元のマキシムに聞いておこう。

あのう、今後も販売は続けるんでしょうか……?

市場の要望がある限り継続するつもりです。

おおおお! 良かったです! ちなみに、むかし2メートルの靴下があったと聞いているんですが、それはもしかして御社が……?

はい。確かに、最大で長さ200センチのものを作っていました。お母さんたちから「洗濯が面倒、乾きにくい」と苦情が出たことがあります。

(たしかに……ただでさえ乾きにくいもんな……)

現在、市場に供給している数量は、月間約400~450足です。ピーク時は、20倍位の生産を行なっていましたが、需要に追いつきませんでした。

(女子高生という女子高生が履いていましたもんね……)
全盛期には、ルーズを取り扱っていたメーカーは10社程あったそうだ。だが、ルーズから紺ハイソックスへの流れは、1年ほどで一気に変化。それとともにメーカーも消えてしまったという。
加えて、素材、編み機、仕上げ方、そのすべてが特殊なため、現在では、極限られた工場でしか取り扱われていないそうだ。
つまり、ルーズの未来はマキシムにかかっているのかもしれない。全力で念波を送るのでがんばってほしい。
ソックタッチもご存命だ
さいごに。ルーズといえばソックタッチだ。

ルーズに限らないな。靴下に下がって欲しくないと願うすべての人の味方である。最近めっきり見かけてないのだけど。

そんなソックタッチ、いざ探してみたら、渋谷の薬局数軒であっさり見つかった。


買っていく人いますか?

そうですね……あんまり出ませんね。

4、5年前に、インバウンドの方が買われていく時期がありましたが、今はあまりいないですね。

(えっ。そんなフェーズがあったんだ!)

そのお母さん、もしやわたしらと同世代なんじゃ。時代は回るのだなぁと思いつつ、ソックタッチを世に送り出した、白元アースにも聞いてみよう。

今も売れているんでしょうか……?(おそるおそる)

現在は短い靴下が多くなっているため、ソックタッチの出番が少なくなってきておりますが、定番商品としてお取り扱いいただいている企業も多くあります。

おお、そうなんですね。でも、流行は繰り返すことが多いですし、長い靴下ブームがまた来るかもしれませんよね……!

我々もソックタッチを無くさないように精進しながら、第3次ブームの到来を期待しています。
ちなみに。なぜ「第3次ブーム」なのか、これにはわけがある。ソックタッチ、実はもうすぐ50歳なのだ。
第1次ブームは70年代に訪れており、90年代に起きたのは第2次ブーム、なんである。(withnewsさんの記事が詳しい)

……と振り返ってみたら、すっかり過去のものではなくなってしまった。ルーズソックスも、ソックタッチも、令和の時代もなくらないでくれ。
ルーズソックスはいいものだ
本編に書ききれなかったのだが、ドンキホーテ渋谷店にも、ルーズらしきものが置かれていた。

付近にいた20歳前後の女性に「ルーズって履いてました?」と聞いたところ、「毎日じゃないけど、学祭とかで履いていた」「長いのは躊躇があるから50センチのライトなやつが良い」「ボリューミーなやつは、足が太く見えますよね」とのことだった。
「足、太く見える」
なんという正論だ。わたしたちは熱病に冒されていたのかもしれない。でも、あのなんともいえない埴輪感こそが、ルーズ最大の魅力ではないだろうか。