岸川のぞむさんの展覧会を見に行ってみた
と、そんなわけで、2023年8月、私はズガクリのお二人のそれぞれの展覧会を見に行くことにした。先に開催されたのは、ズガ・コーサクこと岸川のぞむさんの展示イベントである。
ちなみにこちらは正確には岸川さんの個展ではなく、日和舎ヨコさんという、布を貼り合わせて衣類などを作っている作家と岸川さんとのコラボレーション展だった。岸川さんは「岸川のZむ」という名義で参加していた。
大阪・十三にある海月文庫というスペースで2023年8月6日から8月12日まで開催された「絵描きの野良パン展」がそれである。

日和舎ヨコさんは普段から端切れを使ったパンツである「野良パン」を制作・販売している。

そして、今回は白い帆布製の無地のパンツをキャンバスに見立て、岸川さんがペイントを施し、作品でもあり新しい野良パンでもあるものを作って、展示・販売するという主旨らしかった。



パンツがキャンバスになって、それがそのまま普通の機能性を持ったパンツとして売られるというのは面白い。展示されていたパンツの多くがすでに売約済みになっていた。
会期に先駆け、私は制作風景を見学させていただいていた。その際、改めて岸川さんのお話しを聞かせてもらうことができた。
――今回の展示はどうしてこうなったんでしょうか?
岸川さん(ズガ):野良パンを作ってる日和舎ヨコさんが帆布を大量に手に入れたらしくて、「それに絵を描いてみたら?」っていう依頼が海月文庫さんからあって、どうせなら壁にパンツ貼って描こうかってなって。

――パンツの上に色々な風景が描かれるイメージですか?
岸川さん(ズガ):そうですね。ズガクリの「地下道」と同じ頃に話しがあって、あっちでY字路が一旦却下になったから、ここで描いたらええわと思って、これは伊丹空港の下を通るトンネル入るところ。前から一回行ってみたいと思って徒歩で行って大感動したんです。


――ちなみに今日が会期の始まる前日ですが、明日に間に合いそうですか?
岸川さん(ズガ):寝ずにでもやろうと思ってる。朝になったらやめますけどね。でも今までズガクリでも完成せんかったことはないから、絶対終わります。
――お仕事との両立は大変じゃないですか?
岸川さん(ズガ):そんなに。残業とかはまあまあありますけど。他でちゃんと都合つけたら休ませてもらえますし。
――会社の人は岸川さんの創作活動のことも知っているんですか?
岸川さん(ズガ):知ってますね。(作品に使用する)ダンボールももらってますし。ロールペーパーの芯とか、いらないものをもらってるんですよ。「いるか?」って聞かれるし、なんなら「いらん」って言ってるのにくれようとするんで(笑)

――こういう風に展覧会があって、そこに向けて制作するというのは岸川さんにとってなくてはならないことですか?
岸川さん(ズガ):そうなんですよ。そう思うようになったのは最近ですけど。でも仕事も同じで、私たぶん、自堕落な人間やから、何もなかったら何もせえへんし、仕事してるから色々と新鮮に見れるんですよ。根詰めて絵を描く方やから、いつも「早く月曜日こおへんかな」って思うんです(笑)早くこの絵を描かなあかん状況から逃げたいって。経理の仕事してるんですけど、そっちの、予想のつく仕事がしたくなってくる。
――制作と仕事の両方があるからいいという感じなんですね。
岸川さん(ズガ):若い頃はこっち(制作の方)ばっかりやるのに憧れとったから、それがええと思ってたけど、それは無理やなっていうのに途中で気いついて。この前も話した堀尾貞治さんっていう人もずっと仕事しながらやってはって、堀尾さんができるなら私らも働きながらやれるはずやと思って。仕事しながら、作るのもやって、どっちもちゃんとするっていう。
――こうして作品を見ていると、ズガクリにおける岸川さんの役目がわかってくる気がします。
岸川さん(ズガ):岡本さんは立体やから、本当の物に近づけようとするじゃないですか。私は2Dなんで、最初から嘘なんですよ。嘘をつくんが仕事みたいな(笑)岡本さんとは好きなもの、引っかかるもんが似てるっていうか。「これ大事やな」っていうのは共通してますね。「これが無いとあかんよな」っていうのは。「ときめかなあかん」みたいな。

――あの「地下道」の細部へのこだわりはすごかったですもんね。
岸川さん(ズガ):まあ、でも「頑張りましたね」って言われるのが一番つらいかな(笑)苦労したとか、そういうのは恥やと思ってるんですけどね。だってみんな当たり前に頑張ってるやんって思うんですよ、私らの周りの人、みんなすごいんですよ。すごい人ばっかりなんです。みんな生活もしながらやってるし。
制作を続けながらそんなお話を聞かせてくれた岸川さんは、その後、翌朝まで作業を続け、会期の始まりまでには予告通り作品を完成させたそうである。
岡本和喜さんの展覧会を見に行ってみた
後日、今度は兵庫県尼崎市、JR立花駅からほど近い場所にあるギャラリー「スペース〇〇」で2023年8月19日から23日まで開催されていた「岡本和喜展」を見に行った。

会場に足を踏み入れると、床にはティッシュ箱が置かれ、そこからレースのような模様が広がっていた。



この展示についても、会期の始まる直前に図々しくも制作現場にお邪魔していた私だった。そして岡本さんも手を動かしつつ話を聞かせてくれた。
――この模様の素材はなんなんですか?
岡本さん(クリ):これは全部ティッシュです。
――ティッシュ!
岡本さん(クリ):ティッシュ。正確にはロールペーパーなんですけど、それをシュレッダーで粉々にして、で、水とボンドと練ってあって。硬くなっているので触っても大丈夫ですよ。

――この素材は以前から使っているんですか?
岡本さん(クリ):そうですね。2年前ぐらいに一回使ったかな。ズガクリでも使ってましたね。これで壁のザラザラした質感を作ったり。
――普通の粘土よりも質感がいいから使っているんでしょうか。
岡本さん(クリ):いや、安いからです(笑)
――それは大事ですね。ティッシュ箱からティッシュで作られた模様が広がっているわけですね。
岡本さん(クリ):そうそう。(会期の始まりまで)今日入れてあと3日あるから、できるだけ増やしていきたいんです。

――結構これもまた時間がかかりそうな作業ですね。
岡本さん(クリ):こういうのが好きなんです。よく辛気臭いって言われますね(笑)
――集中力がいりそうな作業ですよね。
岡本さん(クリ):どうやろ。そうでもないんですよ。模様が決まったら淡々とやっていくだけですからね。
――ズガクリとして二人で作業するのとは全然違いますか?
岡本さん(クリ):うん。まあ、違うかな。(こっちは)自分のしたいことだけするから……。
――展覧会はズガクリファンの方が見に来たりするんでしょうか。
岡本さん(クリ):どうやろねー。あんまり宣伝しないんですよ。無精でね。今回はもう、自分でやりたかっただけやから。展覧会もする気はなかったんですよ。「アトリエとして貸して」って言ってたんですけど「せっかくできるんやったら見せたら?」って言われて。
――なるほど、人に見せる目的というよりはもう自分のためにというか。
岡本さん(クリ):そうそう。これが私の楽しい夏休みの思い出(笑)
――この薄い布みたいな部分はどうやって作っているんですか?

岡本さん(クリ):よくぞ聞いてくれました!ここはね。ティッシュを一枚ずつ、薄く剥がして、上から霧吹きで定着させてるんです。
――そういうことですか!この透き通るような感じがいいですね。
岡本さん(クリ):ティッシュケースの中身が飛び出して模様が作られてるっていうイメージで、だんだん増殖していくような。苔みたいな。もっと時間があったらいたるところを全部覆ってしまいたいぐらいなんやけど。
――たとえば今回の作品だったら、このティッシュを練った素材から発想しているんですか?それともティッシュというものの概念がテーマだったり?
岡本さん(クリ):うーん。どっちの場合もあります。でもこれの発想は『ベルサイユのばら』なんです。池田理代子のマンガを読んで感動して、ベルばらの世界を作ってみようと思って。
――そこで出てくるのがティッシュというのがいいですね。
岡本さん(クリ):次のも考えてるんです。場所があればやけど、大きな岩かなんかをレースでくるんでいくとのか。トラックとか、車でもいいなとか。そうなってきたらもう苔やなって。
――ズガクリもそうですが、身近な素材でやるというのが共通していますね。
岡本さん(クリ):そう、それは基本ですね。手に入れやすいし。
――岡本さんもお仕事をしていて、時間の制約もあると思うんですが、そこについてはどうですか。
岡本さん(クリ):事務の仕事も嫌いじゃないしね。結構楽しんでますよ。そっちばっかりやったらまた嫌やけど、こればっかりになったらちょっとすさんでくると思う。
――この「スペース〇〇」とは長いお付き合いなんですか?
岡本さん(クリ):5、6年前からかな。ズガクリでもやったことあるんですよ。ごみ収集車をここに作ったんですけど、その前は、夙川の河川敷を作りました。
――ここに河川敷を(笑)想像できないです。
岡本さん(クリ):今度のズガクリの展覧会もここでやります。

と、岡本さんは岡本さんで、細かい作業を続けながら色々と聞かせてくださった。お二人のそれぞれの展覧会を見て、二人の表現方法の方向性が違い、それが組み合わさることによってあのズガクリ作品が生まれているのだということがより明確にわかった気がした。
2024年の秋~冬頃に予定されているというズガ・コーサクとクリ・エイトの次の展覧会で、どんな作品を見ることができるのか、今からとても楽しみである。というか、調子に乗って「私でよければ今度は制作を手伝ってみたいです!」などとお二人に言ってしまったので、もしかしたらその時は今よりさらに深くズガクリワールドに入り込んでいるかもしれない。