火を点けるときは
ニュースを見ていて、日本と世界の違いを思うことが多い今日のこのごろ。チャッカマンが「日本ブランド」を背負っていたとは知らなかった。点火棒日本代表だったのだ。
思い返せば、ケーキのロウソクも、キャンプのBBQも、鍋の固形燃料も、チャッカマンを使うときは「ハレの日」がつきものだった気がする。
安全に火が点くことってありがたいことなのだなぁ、と改めて思う。
先日、家族の誕生日を祝う機会があった。
ロウソクにチャッカマンで火を付けて、ハッピーバースデーを歌い、吹き消してもらって、みんなでケーキをほおばった。そこでふと思った。
チャッカマン、子供のころからずっとあるな。
夏の夜の花火に、おじいちゃんちの仏壇に、赤いボディと黒いノズルのアレがあった。チャッカマン、いつどのようにしてできたんだろう。
チャッカマンを作った会社に「そもそも」を聞いてきました。
ちょっと最初に確認しておきたいのだけど、みんな「ちょっと火を点けるのに使う先の長いアレ」を全部「チャッカマン」と呼んでないだろうか?
実は「チャッカマン」は株式会社東海の登録商標。商品のカテゴリーとしては「点火棒」と呼ばれるものだそう。
でも、「ちょっと点火棒持ってきて」と頼まれても「?」となる。もはや点火棒=チャッカマンなのだ。
お母さんがテレビゲームのことを全部「ファミコン」って言っちゃうのと同じである。
そんなチャッカマンがいつ生まれたのか? 話は39年前(1982年)までさかのぼる。
谷川さん:
東海の創業者が出張でアメリカを訪れたとき、現地でBBQパーティーに誘われたのがきっかけなんです。そこで点火棒が使われていたんですね。
そもそも株式会社東海は、1970年代に日本初の使い切りライター(ディスポーザブルライター)を考案した企業。いわゆる「100円ライター」の生みの親なのだ。
※当時は株式会社東海精器
創業者は、屋外でBBQを楽しむアメリカの人たちを見て「そのうち日本でもこんな感じでアウトドアが広まるだろうなぁ」と考えた。
……ということは、点火棒もそれなりに売れるんじゃないか?
谷川さん:
当時、競合他社から点火棒みたいな商品は出てはいたんです。でも、ガスを注入する必要があったりして、非常に高価なものでした。
そこで、使い切りライターの技術を応用すれば、安価な点火棒が作れるのではと考えたわけです。
早速開発に取りかかり、試しに山梨でテスト販売をしてみた。
結果は上々。だが、ここで思ってもみなかったことが判明する。屋外での利用を想定していたのだけど……。
谷川さん:
仏壇で使われるとは思ってもみなかったんですよね……。
BBQをヒントに生まれたのに、まさかの仏壇。
お線香やロウソク以外にも、花火、厨房、ストーブなど、屋内で使われるケースがどんどん出てきた。こんなに火を使うところがあったとは!
谷川さん:
あれにも使える、これにも便利だと、いろいろ用途が広がったんです。ここで手応えを得て、1985年に全国発売に踏み切りました。ファーストモデルが赤と黄色のボディで、これを持っていろんなところを回りましたね。
ちなみに「チャッカマン」というネーミングはどこから……?
谷川さん:
当時は『ガッチャマン』をはじめ、「〜マン」というネーミングが浸透していたんです。アメリカでは「バーベキューライター」と呼ばれていたんですが、日本では親しみを込めて「着火+マン」から名付けました。
ガッチャマン、デビルマン、キン肉マンの延長線上にチャッカマンがあるのだった。
さっき、すんなりテスト販売したことまで話しちゃったけど、もちろん、そんなあっという間にチャッカマンが出来たわけではない。
チャッカマン開発のスタートにあったのは「安価にできること」。100円ライターのノウハウを活かすため、本体は使い切りに、着火には電子ライターで使われる“圧電素子”を使うことにした。
ただ、ライターとチャッカマンが大きく異なるのは、ボタン部分の圧電素子と、火がつく部分が離れていること。
離れたところに火を点けるのは、簡単なようで難しかったそう。
谷川さん:
本体から伸びる金属製のノズルには、ガスを運ぶパイプが入っています。遠いところに火を付けるものとはいえ、パイプが長すぎると点火が遅れたり、なかなか消えなかったりするんです。
かといって短くしすぎると、それはただのライターだ。ちょうどいい感じで火がつき、ちょうどいい感じの長さを模索して、いまの長さに落ち着いた。
さらに本体のつくりも、今までと考え方を変えねばならなかった。
谷川さん:
男性のユーザーが多いライターと違い、チャッカマンは女性やご高齢の方も使われることがテスト販売で分かったんです。そこで、手が小さくても握りやすく、飽きがこないデザインを意識しました。
発売当初のチャッカマンを見ると、現在とほとんど見た目が変わらないことに驚く。「ちょうどいい」「飽きがこない」を追求すると、30年以上同じものが残るのだ。
そんなこんなで全国に羽ばたいたチャッカマン。ところが、しばらくして、お客様から「高い山の上で火がつきにくい」という声が届いた。
どうも気圧の関係で火がつきにくいらしい。が、よくわからない。実際に現象を確かめるには、高い山に登ってみるしかなさそう。
そんな都合のいい山が……工場の近くにあった。しかも、日本一高いやつ。
谷川さん:
当時、チャッカマンの製造工場は静岡県の小山町にあったんです。そこは富士山の裾野で、登山口から数分の場所。そこで、開発メンバーがリュックに数十本のチャッカマンを入れ、富士山の頂上を目指しました。
富士登山 with チャッカマンである。開発メンバーは山頂だけでなく、途中の5合目や7合目の山小屋でもテストをしてみた。
その結果、2500m以上の高地では極端に着火率が落ちることが判明。より出力の高い圧電素子を用いることで対応したという。
やってみないとわからないことってある。
谷川さん:
それ以来しばらくは、東海の試験基準に「標高別着火試験」が設けられたんですよ。チャッカマンの新モデルが出るたびに、山に登って試験を行っていましたね。
取材中、谷川さんから商品カタログをいただいた。それを見て驚いたことがある。
チャッカマンの種類、めちゃめちゃ多いのだ。
15種類もあるじゃないですか……!
谷川さん:
「チャッカマン」という軸となる商品ができたので、さらに数を増やそうと、使用シーンに応じたモデルをいろいろ立ち上げてきました。「もう少し小さなサイズがほしい」という声からミニが生まれたり、お客様の声から生まれたものが多いですね。
多彩なラインナップのなかでも、ひときわ異彩を放っているのが「ぬくもり」「やすらぎ」「ともしび」の3タイプだろう。仏壇仏具に特化したモデルだ。
谷川さん:
お彼岸のシーズンに、仏具系の販売店からの需要がけっこうあったんですね。ご高齢の方が使われることを意識して開発したモデルになっています。
さらに、通常のラインナップ以外にも、数量限定モデルも発売されている。
たとえば、昨年12月に発売された「チャッカマンブルー」。パッケージには「日本赤十字社」の文字が。
谷川さん:
「チャッカマンブルー」は、売上の一部を日本赤十字社を通じて寄付させていただいています。新型コロナウィルスと戦う、医療従事者の皆さんの助けになればと企画したものです。
昨年は新型コロナの影響で、お墓参りの需要が減ってしまった。その代わりキャンプでの需要は増えたという。使われたり使われなかったりしている。
谷川さん:
とはいえ、やはり飲食店を中心とした業務需要は落ちてきていますね。チャッカマンは夏と冬に需要期があるんです。夏はお盆や行楽などの個人需要が中心。冬は飲食店や旅館などの業務需要がメインになります。
なるほど冬は鍋がありますもんね……と、言いかけて、脳裏に「チャッカマンで固形燃料に火をつける女将の映像」が浮かぶ。
そうだ、旅館の宴会場にもチャッカマンが活躍してるじゃないか……!
旅館のチャッカマン、ここ2年くらい出番が減っているだろうな。早く活き活きと火を灯させてあげたい。
そうそう数量限定モデルといえば、と谷川さんがごそごそと取り出したのがこれだった。
谷川さん:
チャッカマン30周年のとき、プレゼント用に非売品の「ゴールド」を作ったんですね。その後「商品化したら」という声があって、数量限定で作りました。本当は昨年、大々的に仕掛ける予定だったんですよ。2020年で、「金」ですから……。
谷川さんによれば、近年は喫煙人口が減ったうえ、火を使わない加熱式のタバコが伸び、ライターの出番は減ってきてるという。
東海さんはいち早く多角化に乗り出し、チャッカマンを生み出したが、他のライターメーカーも点火棒の開発に力を入れ始めているそうだ。
谷川さん:
「チャッカマン」というブランド名は、日本国内で製造販売しているものだけに付けているんです。時代の流れで、中国など海外に製造拠点を持つ企業は多いのですが、チャッカマンだけは日本製にこだわり続けています。
「チャッカマン」と聞いただけであの形が浮かぶ。それくらいブランドを浸透させるのも、長い年月をかけて維持するのも、大変なことだろう。
現在、日本で出荷されているチャッカマンは年間700万本にもおよぶ。
谷川さん:
安心してお使いできる製品を継続的に製造することが一番の目標です。日本のブランドとして、営業・開発・製造、みんな思いは1つですね。
ニュースを見ていて、日本と世界の違いを思うことが多い今日のこのごろ。チャッカマンが「日本ブランド」を背負っていたとは知らなかった。点火棒日本代表だったのだ。
思い返せば、ケーキのロウソクも、キャンプのBBQも、鍋の固形燃料も、チャッカマンを使うときは「ハレの日」がつきものだった気がする。
安全に火が点くことってありがたいことなのだなぁ、と改めて思う。
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