特集 2021年10月5日

その蒸留家は言った。「この薬草園の植物を好きに使って、飲み物を作ってください」

2021年9月26日、mitosaya薬草園蒸留所とライター・JUNERAYのコラボドリンク「LE BOUQUET」が発売となった。

mitosayaの蒸留家・江口さんは、なんとデイリーポータルZからJUNERAYの存在を知り、声をかけたとのこと。事のあらましからレシピ開発の裏話にいたるまで、本人がここに書き留める。

日本ソムリエ協会認定ワインエキスパートの花屋。花を売った金で酒を買っている。

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事の起こりは2021年7月。筆者のinstagramに、1通のメッセージ申請が来ていた。

「はじめまして。mitosayaの江口と申します。現在、新しい製品を企画中なのですが、JUNERAYさんと一緒に作れないかなというご相談です……」

「mitosaya」の文字列が信じられず、何度も読み返す。
mitosayaといえば、酒好きの友人たちが大事そうに小箱を抱えてきて、宝物のように披露してくれるあの飲み物を造っているところだ。
その蒸留所が、なぜ私に依頼を。なにか都合のいい夢でも見ているのではないか。

メッセージの日付を見たら、なんと2週間も前である。なぜ気づかなかったのかと後悔しても仕方がない。
「本当に遅れて申し訳ない、もし今からでも間に合うようであれば是非やらせていただきたい」という旨のメッセージを筆者の乏しい語彙で捻りだしたところ、それでは具体的なミーティングをしましょう、という返信が来た。
優しい方でよかった。これからはSNSのメッセージは3日ごとには確認しようと胸に刻んだ。

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酒好きみんなが憧れる、mitosayaのうつくしく美味しいEau de vie(蒸留酒)。画像は公式HPより発売中のもの。

選ばれた理由:「目に余るので」

筆者に連絡をくださった江口さんは、mitosaya薬草園蒸留所の代表で、蒸留家だ。
zoomで初めて話した印象は朗らかな方で、詳しい依頼の内容は以下のようなものだった。

・阿蘇の天然水を使用したノンアルコールドリンク、ASODAのレシピ開発をする
・ASODAのプロジェクトは今回で第三弾となり、毎回バーテンダーをゲストに招いてレシピ提供をしてもらっている
・今回も筆者以外に3名のバーテンダーに依頼をしている

参加されるバーテンダーさん達の名前を伺ったところ、なんとも錚々たるメンバーだった。その中にぽつんとライターで花屋の筆者。一応ソムリエ協会の資格を持っているし、かつてバーで働いていたことはあるが、それでも浮いてしまっていないか。
なぜ今回は私にお声がけくださったのですか、と訊いてみたところ、江口さんは笑ってこう言った。

「JUNERAYさんの活動が、目に余るので」

あははと笑い返しながら、一瞬高校時代の職員室がフラッシュバックする。そうか、これは「お呼び出し」だ。
詳しく伺ってみたところ、江口さんはなんとデイリーポータルZの筆者の記事を読んでくださっていたという。鍋で蒸留器をつくったり薬味でノンアルコールドリンクをつくったりしていた筆者の自由研究が目に留まったらしい。それじゃあもう私の「素行の悪さ」はバレてますねと内心冷や汗を流しながら、mitosayaの薬草園に材料を吟味しに伺う日程を取り付けた。
何もわからないが、とりあえずやってみるしかない。

薬草園を歩いてレシピを考える(そして草を食む)

mitosaya薬草園蒸留所は、千葉県の大多喜町にある。房総半島のほぼ真ん中だ。
東京駅から高速バスに乗り込み、一時間半ほど揺られると、本多忠勝の城・大多喜城に見下ろされる大多喜の町に到着する。
バス停からさらに車で約10分。そこには、広大な薬草園が広がっていた。

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mitosaya薬草園は16,000㎡あり、元は千葉県の県立植物園だ。この広大な土地に植わるハーブ、草花、果樹などを使って、蒸留酒などのプロダクトが造られている。

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あらためまして、mitosaya代表の江口さん。

ブックショップ[UTRECHT]、[THE TOKYO ART BOOK FAIR]の元代表で、蒸留技術は蒸留家クリストフ・ケラーが営む南ドイツの蒸留所、Stählemühle(スティーレミューレ)で学んだそうだ。
ちょっと訊ねただけでエピソードが続々飛び出すため、筆者からの紹介としては「とにかくすごい人です」。

そして足元にははじめましての犬ちゃん。

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江口さんのお宅に住んでいる子で、名前はむぎちゃん。お客さんが大好きとのことで、熱烈な歓迎を受けた。本当にかわいいんだこれが。
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江口さんに薬草園を案内していただきながら、これはモナルダ、これはアオモジ…と植物を見て回る。

少しずつ葉をちぎって香りをかぎ、どれをレシピに入れようか考えねばならないのだが、とにかく種類が多い。どんどん香りを確かめ、口に入れてみる。

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温室にもところせましと植物

「花屋に勤めているなら、花の種類には詳しいでしょう」とよく訊かれるが、観賞用の切り花と薬草では全く種類が違う。1つ1つ覚えながら口につっこみ、うわー苦い!などとやっていると、はたしてこんなことで私はレシピを作れるのかと不安になってくる。

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そばについてきてくれるむぎちゃんの存在が心強かった。花をかいではむぎちゃんを愛で、葉っぱをかじってはむぎちゃんを撮影し、江口さんから「植物を撮ってくださいね」と声をかけられる筆者。

「午後は苗目(なえめ)に行きましょう」と言われ、車に乗り込んだ。
苗目は江口さんのご友人・井上さんが運営されている農業法人で、ハーブやエディブルフラワー(食用花)の温室栽培を行っている。

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左が苗目代表の井上さん。元は超ベテランのフローリスト。

並んだ大きな温室には多種多様な植物や果樹が並んでおり、こちらでも草花を次々に紹介していただいては香りと味を確かめたり、ちゃっかり井上さんが栽培している珍しい品種のトマトをいただいたりする。

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見たことがない品種のトマト(すごくおいしい)。このような固定種、在来種、原種等のトマトを「エアルームトマト」と呼ぶそうだ。

温室外にも果樹や作物がのびのびと育ち、あそこの土地はこれから耕して作物を植えようと思うんだよねえ、などという会話が飛び交う。
薬草園に蒸留所をかまえる江口さんと、里山で自然農法を実践する井上さん。かっこいい人しかいないのかここは。

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帰りのバスの時間が近づいて、江口さんに「レシピは決まりそうですか?」と訊かれた。
「いったんサンプルを全部持ち帰らせてください」と答えた。

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「飲める花束」というアイデア

袋にいっぱいの草花を抱えて帰路につき、すぐにレシピを考えはじめた。
コンセプトはもう決まっていた。「薬草園の花をつかって、飲める花束をつくる」。
筆者は元花屋で、薬草園に咲くアニスヒソップやモナルダなどの花を見て、これは花束にしたら素敵だろうと思った。他に参加されるバーテンダーの方々とくらべて、発揮できそうな特技がそれくらいしかなかったという、やや消極的な理由もある。

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これはアニスヒソップ。実際にアニスのような香りがあり、蜂がせっせと蜜を集めていた。
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mitosayaと苗目でいただいてきた植物を仕分けて、並べていく。
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1つずつ香りをかぎ、印象をメモ。

「植物は好きなものを、あるだけ使って構わない」と言っていただいていたため、組み合わせは無限通りで筆者次第だ。知らない土地にぽつんと残されて「どこに行くのも自由」と言われるような、漠然とした不安と期待がある。ここには道しるべも地図もない。

どうにか手がかりを作ろうと、いただいた植物を組み合わせて花束をこしらえた。蒸留器でノンアルコールジンをつくった記事のことを思い出し、ひとまず蒸留してみることにする。

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実はあの記事の後、鍋型の蒸留器を手に入れていた。
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花束をそのまま蒸留器に入れる。

水蒸気蒸留では、沸点が100度を超える香りの成分を取り出すことができる。つまり煮出した場合とは違う香りが取れるはずだ。

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しばらく加熱して出てきた液体、これが花束の蒸留水(アロマーウォーター)。

かいでみると、アニスヒソップとラベンダーの葉の香りが強かった。筆者が大好きな香りのマジョラムなどは面影もなく、野菜と豆の中間のような香りだけが残る。
消えてしまったのは、おそらく熱に弱い性質の香り成分だったのだろう。この蒸留水は確かに「植物の香り」はするが、「花束の香り」かと言われるとそうではない。
もっと、誰がかいでも花の香りだとわかるような液体にしたい。
加熱時間を最低限にするため、香りの抽出を水蒸気蒸留法から、煮出し法に切り替えることにした。

ブレンド。それは、延々とお茶を飲む日

水蒸気蒸留法では、植物本来の味は出ない。一方、煮出し法はお茶をイメージしていただくとわかりやすいが、苦い植物の苦味がそのまま出てしまう。

原料の香りと味のバランスを揃えるために、全ての種類の植物を同じ条件で煮出していき、できあがったお茶をブレンドしてみることにした。

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十数種類の植物の重さを計り、見合った体積の水を入れ、一定時間鍋で煮出す。
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煮出したお茶を炭酸で割って香りをかぎ、印象をメモしていく。家の耐熱容器を総動員。

レシピに加えたいと思ったお茶を残し、次は配合の調整へ。サンプルの量が少ない植物は自分の予想を頼りにするしかなく、調合の根拠は「自信」のみになる。
1つのブレンドを試しては配合を変え…を繰り返し、結局一晩中お茶を飲んでいた。

結果としてレシピに入れることにしたのは、紫色の花束を思わせる香りのラベンダーの葉、熱に強いアニスヒソップ、ベルガモットの香りをもつモナルダ、野花の繊細さと苦味を与えるノコギリソウ、スパイシーさと深みを与えるカルダモンリーフ。
しかしそれだけではどうにも引き締まらないと思い、ベランダで育てているイエルバブエナ(ミントの一種)を摘んで入れた。イエルバブエなら、mitosayaにも苗目にもたくさんあったはずだ。全体の香りに芯ができたため、ひとまずこれで完成。

あらかじめ伝えられていたボトルの本数から、必要な液体の量を計算し、砂糖を加えてシロップをつくる。
不安な気持ちのまま瓶詰めし、江口さんに送った。諸々の懸念を書き連ねた手紙とともに。
(筆者は過去のASODAを飲んでいるが、炭酸で割られる前のシロップがどういうものかまるで知らなかった。つまり、見当違いのものを作っている可能性が大いにあった。)

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シロップづくりの難しさ

筆者がもっとも懸念していたことは、完成したシロップが甘すぎる、つまり砂糖が多すぎることだった。

シロップの量は1瓶あたりで決まっており、植物を煮出したお茶+砂糖+水がシロップの総量となる。つまり、砂糖を減らすには水と植物を増やさねばならず、水に対して植物の量が足りないと香りが薄くなる。
甘さとのバランスをとるために、柑橘果汁などの酸味を加えることもできるが、せっかくの花の香りを邪魔しないだろうかという不安があった。

江口さんから返事があった。「甘いと香りの印象が薄まるので、ギリギリまで糖度を下げましょう。蜂蜜は、近くに養蜂家さんがいるので大丈夫ですよ。あとはとにかくハーブの量はたっぷり使いましょう。」

実際、これでほとんどの問題が解決した。
江口さんという一流のプロのアドバイスのもと、設備や材料を提供していただけることも、それでいてレシピの内容を任せていただいていることも、ちょっとおかしいほど恵まれた仕事だ。以前、企業で商品開発をしていたが、こんな環境はそうないだろう。

お言葉に甘え、蜂蜜のほのかな甘味だけを残して、ドライに仕上げることにした。そもそも甘い飲み物が得意ではない筆者にとって、理想の仕上がりになりそうだ。

収穫と仕込み

シロップを作るにあたって、植物の収穫を手伝いたいと申し出た。
また東京駅からバスに乗る。むぎちゃんの熱烈なお出迎え。

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なんで君はそんなに愛くるしいんだい。一生楽しい思いだけして過ごしてほしい。

「まずは蜂蜜を分けてもらいに行きましょう」と言われ、養蜂家さんのお宅へ。

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周囲の里山の花の蜜をあつめているという、働き者の蜂のみなさん

数種類の蜂蜜を試食させていただいたが、圧倒的に花の香りが強い「百花蜜」を選んだ。 
筆者が摘んだ花と蜜蜂があつめた見えない花、それらを合わせて大きな「飲める花束」になるだろう。

薬草園に帰り、江口さんと2人で必要な植物を採集する。

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向かって左手に持っている白い花はノコギリソウ、右手の紫の花はアニスヒソップ。
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苗目のハーブは、前日に江口さんが採集してくれていた。全身蚊に刺されて大変だったとのこと。

集まった草花を、実際に花束にしてみた。

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完成したドリンクが、この花束を思わせるものになれば成功。

mitosayaでノンアルコール製品を担当しているという、江口さんの妻の祐布子さんに教わり、仕込みを手伝う。枯れた葉っぱや汚れを取り除き、煮出せる状態に。

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「蜂蜜の量を決めてください」と言われ、ハーブを煮出した原液に少しずつ足していく。結局かなり多くの量を使うことになり、蜜を集めてくれた蜂への責任を感じた。

後の作業は祐布子さんに安心してお任せし、筆者の任務は完了。シロップを炭酸水で割って試飲した江口さん夫妻が「おいしい!かっこいい味!」とコメントをくださったので、ひとまず安心して帰路につく。

これからmitosayaで作られたシロップは熊本に渡り、FILが提携している充填所で阿蘇の天然水と炭酸が添加された。

そして完成した、「飲める花束」

アイデアの元がフレンチスタイルのブーケだったため、ドリンクは『LE BOUQUET』と名付けた。
完成品の写真と共に、江口さんから「最高です。ラベンダーとアニスヒソップの香りがきいてますね。蜂蜜の甘さ(甘くなさ)もちょうどいい。」と連絡がきて、とりあえず胸をなで下ろす。江口さんが最高と言うならそうなのだ。

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そして9月26日、ついに発売されたLE BOUQUET。
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筆者の手元には、発売の翌日に届いた。ラベルのrecipe:JUNERAYの文字に緊張する。

おそるおそるグラスに注いだら、すぐに花の香りが広がった。薬草園に咲き誇っていた花々のことを思い出し、形を変えてここにきたのだなと思う。

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あの紫の花束に顔をうずめた、そのままの香り。

花々の香りをイエルバブエナが青く引き締め、カルダモンリーフがジューシーに広がる。
ほのかな酸味と苦味、ぬるくなるにつれて蜂蜜のじんわりとした甘さが心地良い。
炭酸を充填してくださったFILの穴井さんからは、「蜜蜂になれたかのような気分」と感想をいただいた。飲める花束は、飲むと蜜蜂の気分になれるらしい。

さて。気になるASODA第三弾のラインナップは、

・DAZZLING THYME(レシピ:東京エディション虎ノ門バーディレクター 齋藤秀幸さん)
・PLUM ELIXIR(レシピ:LA BONNE TABLEソムリエ 戸澤祐耶さん)
・HOURAI FIZZ(レシピ:バー喫酒幾星 織田浩彰さん」
・LE BOUQUET(レシピ:JUNERAY)

の4種。
こちらにSPARKLE SPRINGWATER(阿蘇の湧き水に炭酸を加えた強炭酸水)を加えた5点セットが、下記2サイトで10月5日より再販予定(初回販売分はありがたいことに完売しました)。

mitosaya公式online store
11:00〜発売(完売)

FIL公式online store
10/5 18:00現在 在庫あり

(※LE BOUQUETが含まれるセットは ASODA 3rd Seasonのみですのでお気をつけください)

LE BOUQUET以外の4種も間違いなく美味しいため、気になる方はぜひお早めにお求めいただきたい(生産本数を知っている筆者による祈り)。


mitosaya薬草園と苗目の植物を、飲み物の形にしてお手元に届けられることを嬉しく思う。
手に入れた方はぜひワイングラスに注いで、紫色の花束の香りをめいっぱい吸い込んでみてほしい。お酒が好きな方は、ジンやウォッカを加えて飲むのもいいだろう。

最後に、お声がけくださったmitosayaの江口さん、祐布子さん、mitosayaスタッフのみなさま、FILスタッフのみなさま、養蜂家さま、蜜蜂のみなさん、採取させてもらった植物たちに大きな感謝を。

JUNERAYでした。

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