野草やハーブ、フルーツを蒸留することで、手間はかかるがとても美味しい飲み物ができた。
普段なにげなく食べているものも、蒸留することによって未知のドリンクができあがるかもしれない。
春になったらヨモギやタンポポ、シロツメクサなどでも試してみたい。
単語は聞いたことはあるけれど、実際仕組みがよくわかってない技術のひとつに「蒸留」がある。ざっくり言うと液体を熱して気体にし、その気体を冷やしてまた液体に戻すことだ。
一体なんのために? どうやら「アロマウォーター」として、植物などから香りを抽出することができるらしい。手製の簡易蒸留器から、飲めるアロマウォーターことノンアルコールジンをつくってみた。
こんな問題を聞いたことがないだろうか。
「無人島に漂着したあなたは飲み水を手に入れなければならない。海水から飲み水を得る方法を答えなさい。」
これの模範解答の一つが「蒸留器をDIYして海水を真水に変える」らしい。
蒸留器。そういえばうすぼんやりと、中学校の理科で実験した記憶がある。
熱された水が蒸気になり、冷却器内で水に戻る。その際に不純物が取り除かれて、ほぼ真水に近い水を得ることができる仕組みだ。
でも、こんなに面白ややこしい装置を無人島でDIYできる気がしない。リービッヒ冷却器……と唱えながらカラカラになって死ぬ未来が見える。
ただ「お湯を沸かして蒸気を冷やす」だけの装置なら、もっとシンプルな仕組みで作れるのではないだろうか。いつか無人島に漂着してしまっても美味しい水が飲めるように、蒸留器づくりを練習しておきたい。
「蒸留器 しくみ」で検索してみたところ、「ザ・実験」という風情の装置群の中に、大きな鍋を使用したものがあった。鍋なら実験器具よりも身近で、再現性が高そうだ。
問題は冷却装置部分。ぐるぐる巻かれたパイプが特徴的だが、表面積を増やして蒸気が十分に冷えるようにしているらしい。筒状の何らかを曲げ、水の入った容器に通し、高低差をいい感じに調節する。無人島でこれを作れと言われたら泣いてしまいそうだ。パイプから勢いよく噴射する蒸気を眺め、それが最期の光景になるかもしれない。
気持ちが遭難し始めたため、検索ワードを変えてみる。
「蒸留器 サバイバル 無人島」「水 海水から」「遭難 助けて」
検索ワードに祈りの念がこもると、結果の画像がどんどん原始的なものになっていく。
不安になるほどシンプルだ。最悪、容器3つと火だけでもいけるらしいが、その如何は実際に作ってみるほかない。私はホームセンターへ走った。
蒸留器をつくる前に描いたイメージメモだ。無人島サバイバル用のシンプル蒸留器。
実際海に行って材料を集めようかとも考えたが、冬の砂浜でボロボロの容器を熱する自分を想像したら泣いてしまいそうになったため、今回は市販の調理器具を組み合わせて作る。
大きいホームセンターにはビーカーが売っている。いつか機会を見つけて買ってやろうと、小学生のときから虎視眈々と狙っていた。400℃くらいまで耐熱するらしい。
ちょうどいい感じの鍋を発見。これを改造することにする。
鍋、ビーカー、アルミホイル、プラカップ。今回買ったのはこれだけだ。
蒸し機能用の中網がついた鍋を選んだ。これをそのまま使用することにする。蒸留器の上部の冷やし構造は、取っ手を外した鍋蓋で試してみよう。
海水を飲み水(真水)に変えるのが目標であるため、とりあえず塩を用意。
試しに舐めてみたら口が「え」の形になってしばらく戻らなかった。海水(仮)セッティングOK。
ビーカーを中央にセッティングし、取っ手を外した鍋蓋を上下逆さまに載せる。元からあいている空気穴はアルミホイルでふさいだ。鍋の中の蒸気は蓋で結露し、中央の銀色の金具をつたってビーカーに落ちるはず手はずだ。
アルミホイルで鍋と蓋の間の隙間を埋め、 布巾でくるんだ保冷剤を上に置く。
保冷剤は蒸気を冷やす効果と、重しの効果を兼ねている。
いよいよ蒸留スタート!!
お分りいただけるだろうか。一滴ずつではあるが、ビーカーに水がたまり始めている。
熱し始めてから約20分、20mlほどの蒸留水ができた。
おそるおそる飲んでみると……すごい!完全に無味である。
これで「海水から真水をつくれる側の人間」になってしまった。蒸留器はDIYできる。
ここでふと我に還る。この蒸留器どうしよう。
私はたった20ml程度の水を得るために、家にこんなでかい鍋を買ってしまったのだろうか?
耳を澄ませば「なぜ生んだ…」と蒸留器の恨み言が聞こえるようだ。こうなったら他の可能性も模索したい。
調べてみたところ、蒸留器の用途の一つに興味深いものがあった。香りを抽出することだ。
文献曰く「水に溶けづらく、沸点が100℃を超える香り成分でも、100℃の水蒸気を当てることで抽出できるものがある(要約)」らしい。一体何を言っている?
蒸気で香りを抽出する際は、スパイスやハーブをつめる用のバスケットがついた蒸留器を使うらしい。なんだかよく分からないが、、とりあえず香料を通過した蒸気を冷やせばいいようだ。
天然の植物を蒸留して香りを移した製品、その一つにジンがある。
免許なく酒を蒸留することは法に触れるためできないが、そういえば以前バーで飲ませてもらったノンアルコールジンは香り付きの蒸留水(アロマウォーターと呼ぶらしい)を主原料にしていた。
ノンアルコールジンなら、うちの鍋蒸留器を改造して生成できないだろうか?
スコットランドのとあるクラフトジンは、島の植物学者たちが採集した野生の植物を使っているらしい。そんなのめちゃくちゃかっこいいじゃないか。東京の辺境に住む私も野生の植物でアロマウォーターがつくれるだろうか。
というわけで野草を探しに河川敷にやってきたが、11月初旬の草むらには食べられそうな野草の影がない。代わりにセイタカアワダチソウが大賑わいで、向こう側が見えないくらいである。
野草に詳しい人に聞いてみたところ、なんとセイタカアワダチソウはお茶にして飲むことができるらしい。花粉症のイメージはよく似た植物のブタクサと混同されているだけで、実際は受粉を虫に委ねる「虫媒花」であり、花粉症の原因になる可能性は少ないとのことであった。
お茶にできるのであればアロマウォーターにして飲んでも問題ないはずだ。自分の背よりも高い、セイタカアワダチソウの花畑に足を踏み入れる。
花に近づいてみたところ、虫がとにかく多い。11月の東京でこんなにたくさんの虫に囲まれることになるなんて。
風で折れてしまったらしい花を優先して採取していく。虫を連れて帰らないように気をつけて。
セイタカアワダチソウは顔を近づけると菊の花のような香りがして、アロマウォーターへの期待が持てる。調べたらまさにキク科だった。
採取してきた花。軽く洗って水気を切る。
中網の隙間から花が落ちないように、キッチン用の耐熱網を買ってきた。ハサミで切って中に敷く。
ここにセイタカアワダチソウを敷き詰めて、いざ蒸留!……といきたいが、その前に解決しておかなければならない問題があった。
前回はアルミホイルで鍋蓋と鍋の隙間を埋めたが、蒸留が進むとどうしても蒸気が漏れてくる。前回得られた蒸留水の量は、鍋を20分近く熱してたったの20mlだ。自然から花をいただいてきたのだから、もっと効率よくアロマウォーターを集めたい。
「インドの人はビリヤニをつくるときに小麦粉で鍋蓋の隙間を埋める」という噂を耳にし、小麦粉をこねる。
ドーナツ状にのばし、ぎゅっと抑えて蒸留スタート!自作蒸留器でアロマウォーターはつくれるのだろうか。期待で胸の高鳴りを抑えられない。
開始10分。充満した蒸気が練った小麦を突き破って漏れてくる。布巾と保冷剤で抑えるが蒸気の勢いに勝つことができない。
スプーンで破れた箇所をふさぎながら続行。めちゃくちゃ熱い。私は一体何を?
小麦が熱でパンになってきた。左手はすでにAmazonで「圧力鍋」を検索し始めている。
これしかない!氷2段構え。水は水蒸気になると体積が爆上がりするという理科知識がうっすらと蘇ってきた。それならば、急冷して体積を戻すしかない。
30分ほど格闘して、90mlほどの蒸留水を採取することができた。
香りは……すごい!河川敷でかいだ、野原にいっぱいの花の匂いがする。舐めてみるとほんのり苦い水という感じだった。
セイタカアワダチソウのアロマウォーター、完成である。
鍋蓋をふさいでいた小麦はオーブンでカリッとさせて食べた。こちらも少しだけ花の香りがした。
友人が丁度いいタイミングでレモングラスをおすそ分けしてくれていた。
タイ料理などに入っているハーブで香りが強く、成功したらいいアロマウォーターになりそうだ。
葉はそのまま、茎は折って柔らかくし、鍋に敷く。この時点でキッチンじゅう爽やかな香りがする。
今回の蒸気対策はサランラップ+鉄のフライパン。蒸気の威力は凄まじく、上から抑えてないと鉄のフライパンすら浮かせて逃げ出してしまう。
右手を攣りそうになりながらも完成!今回は蒸留の時間を長めにし、ビーカーの縁ぎりぎりまでアロマウォーターを採取した。元の素材の香りが強いと長期戦になっても問題ないようだ。一口飲んだら爽やかすぎて眠れなくなった。
つづいてこちら。スーパーで無農薬のレモンを発見し、皮を蒸留してみることに。
できるだけ薄く剥いていく。この後半日手がレモンくさかった。
ベランダで伸び放題だったバジルも収穫してきた。11月だというのに花が咲いている。穂紫蘇ならぬ穂バジルだ。
あら、なんだか華やか!
このあたりで重大なことに気がつく。今まで格闘してきた蒸気漏れ問題だが、どうやら火が強すぎたようだ。
蒸気さえ出ればいいと思い、バカの火力で鍋を沸かしていた。
沸騰したら弱火まで下げ、中火と弱火を繰り返し…と調整していくと、蒸気を過剰に出さずに蒸留ができることが判明した。20分ほどでなみなみのアロマウォーターをゲット。
ジンの定義は「ジュニパーベリーを香り付けに使用した蒸留酒」らしい。
ノンアルコールジンもジュニパーがなければと思い、Amazonで購入。
そのものは硬い実であるため、香りが出やすくなるように瓶で叩く。粉々にならない程度に。
適切な量がわからず、100gまるまる投入してみた。なんだか禍々しいが、すでにジンのあの香りがする。
こちらもめいっぱいゲット。だんだん蒸留のコツがつかめてきた。
ジュニパーベリーのアロマウォーターは香水のように強く清々しい香りがし、一口飲んでみたら胃が一日中爽やかだった。これだけソーダなどで割って飲んでもいいかもしれない。
右からセイタカアワダチソウ、レモングラス、レモン&バジル、ジュニパーペリーのアロマウォーター。採取量から蒸留の上達が伺える。
ブレンドなどという高度なテクニックは持ち合わせておらず、出来上がった全てを混ぜてみた。ノンアルコールクラフトジンの完成である。
これでジントニックもどきを作ってみよう。氷で冷やしたグラスにノンアルコールジン30mlをそそぎ、トニックウォーターで割る。
レモンピールを剥いた際に絞ったジュースをほんの少し混ぜて、最後にレモンピールを飾って完成。
ちゃんとジンの風味になっただろうか?
今まで飲んだジン系のカクテルの中でもかなり美味しい。グラスに顔を近づけると菊の香りが広がり、レモングラスとレモンピール、バジルの香りが口内を爽やかに駆け抜ける。後味にジュニパーベリーの風味がじんわりと残り、甘さと苦味のバランスも丁度いい。驚きすぎて、持った手のまま近所に住む友人宅へ走って「ちょっとこれ飲んでみて!」とグラスを差し出してしまった。
ほぼホームセンターの鍋だけで作った蒸留器で、こんなに美味しい飲み物ができるなんて。
春夏秋冬の野草を採取し蒸留していけるなら、もう酒がいらない気がしてきた。飲むけど。
ノンアルコールクラフトジンは保存方法がよくわからなかったため、製氷皿に移して凍らせておくことにした。これで次回からはトニックウォーターにこの氷をいれておくだけでいい。
野草やハーブ、フルーツを蒸留することで、手間はかかるがとても美味しい飲み物ができた。
普段なにげなく食べているものも、蒸留することによって未知のドリンクができあがるかもしれない。
春になったらヨモギやタンポポ、シロツメクサなどでも試してみたい。
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