小学校で使う鍵盤ハーモニカは「アルト」
訪れたのは静岡県浜松市にある鈴木楽器製作所。昨年創業70周年を迎えた、老舗楽器メーカーである。
失礼します……と会議室に入ったら、既に歴代メロディオンがたくさん並べられていました。わぁ……と、ちいかわみたいな声が漏れる我々。
青山さん 昨年の創業70周年のとき、社内で「スーパー34」を探したんですが見つからなくて。「どなたかお持ちではないですか」と広く呼びかけたら、「このモデルならあります」と、たくさんお寄せいただいたんです。
メロディオンの歴史を感じさせるエピソードである。で、結局「スーパー34」は関連会社の倉庫から見つかったそう。やっぱり青い鳥って近くにいるんですね。
現在のメロディオンのラインナップは、主に「教育用」と「一般用」の2種類。学校で使われるものと、大人やプロが使うものに分かれている。
どれくらい種類があるんですかと聞くと、教育用と大人用でトータル17モデルあり、カラバリを入れるともっとあるそう。そんなに。
青山さん モデルによって、鍵盤の数や音域がそれぞれ異なるので。小学校では32鍵のアルトが圧倒的に多く、幼稚園では27鍵盤の小型で軽いモデルも使われています。
リコーダーだと小学校はソプラノ、中学校はアルトだったけど、鍵盤ハーモニカは小学校からアルトなのだ。全然知らなかった。
そして鈴木楽器製作所では、ソプラノ(高音)と、バス(低音)のメロディオンもある。バスは他社にはない音域らしい。
青山さん 音楽教育の一環として「学校でメロディオンのアンサンブルをぜひ」と提案しています。バスのメロディオンが誕生したのが1972年なので、結構歴史があるんですよ。
バス B-24Cと、ソプラノS-32Cによるアンサンブル。バスの低さ!
ハーモニカから鍵盤ハーモニカへ
そもそもどうして、鍵盤ハーモニカが学校教育で使われるようになったのか。話は1950年代までさかのぼる。
当時、音楽の授業で使われていたのは鍵盤ハーモニカではなく、普通のハーモニカだったそう。
戦後に制定された学習指導要領に器楽教育(楽器を使った音楽教育)が組み込まれ、1人1台楽器を持つことになり、なんやかんやあって「そんならハーモニカじゃない?」となったのである。
ハーモニカは小さいし、大量生産もできる。鈴木楽器製作所も、1953年(昭和28年)にハーモニカ製造業として産声を上げた。
しかし、だんだん教育現場からお悩みが聞こえてくるようになった。ハーモニカ、教えるのが難しいのだ。児童がどこ吹いているか見えないし、先生も「ここ吹いてます」って見せられない。
そんなの最初に気付くのでは?と思うが、しょうがない。鈴木さんも現場からの声を聞き、代わりの楽器はないかと考えた。
そこで着目したのが、ちょうどそのころ日本に入ってきたドイツ製のボタン式ハーモニカ。これをヒントに開発に着手し、1961年にメロディオン第一号となる「スーパー34」が誕生する。
とはいえ、「これ使ってよ!」と叫んでも、すぐに学校教育に採用されるわけではない。文部省に働きかけるなど、地道な普及活動が続いた。
青山さん 学校向けにセミナーを開催したり、先生方の意見を聞いて改良を繰り返したりしたみたいですね。1967年に、文部省の「教材基準」に鍵盤ハーモニカが採用されて、そこから全国的に普及した形です。
蛇腹のホースを日本で最初に作った会社
で、この鍵盤ハーモニカ、実はほぼ同時期に競合他社も開発しているのである。国産鍵盤ハーモニカがたくさん生まれたのだ。
でも、どの会社の鍵盤ハーモニカにもこれがありましたよね……?
この蛇腹式のホース(卓奏唄口)、実は鈴木楽器製作所が日本で初めて開発したものなのだ。
じゃぁなぜ、どの会社の鍵盤ハーモニカにも付いているかというと……。
青山さん 聞いた話によると、他社さんが直々に「この蛇腹のマウスピースを使わせてほしい」とお願いに来たそうなんです。でも前会長(※鈴木萬司氏)は、鍵盤ハーモニカが普及することを優先して、他社への利用を自由にしたみたいで。いい人なんです(笑)
古庄さん 古株の先輩方も、ほうぼうでそういう話をしていて、もはや伝説として残っているんですよ(笑)。愛を感じる話ですよね。
蛇腹だと曲げやすくて吹きやすいから、みんな欲しかったんだろうな……と思ったら、さらに大きなメリットがあるという。蛇腹だと「機器に水分が入りこみにくい」のだ。
えっ水分? 唾液……ですか……?
古庄さん いえいえ(笑) 息に含まれる水蒸気が、ホースの中で冷えて水になってしまうんですよ。水分が楽器の中に入ると傷んでしまうんですが、蛇腹にすれば溝に水分が溜まるんですね。
あの蛇腹には楽器を守る意味があったのか……! そんな大事な機能をもつものを自由に使っていいなんて、伝説になるわけである。