こうして購入したネジ式の製麺機で私が最初に作ったのは、冷麺でもイディヤッパンでもうどんでもなく、芋から大事に育てて作った糸コンニャクだった。
この話は「育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。 実はよく知らない植物を育てる・採る・食べる」という本に書いたので、よろしければぜひ。
インドに米粉を使った麺風の料理、イディヤッパン(Idiyappam)というものがあるそうだ。見た目は麺なのだが、どちらかというと蒸しパンっぽいとか。イディヤッパンだけにか、なんだそれ。
それを作る専用の道具を手に入れて試したところ、かなり独自の作り方でおもしろかった。そこで同じ製法で作る料理の世界大会を勝手に開き、韓国の冷麺や台湾の米苔目などにも挑戦してみた。
前に「ビリヤニって何ですか?」と聞きにいった小林真樹さんがやっているお店に、なんとなく存在は知っていたイディヤッパンを作る道具が入荷したというのを知り、後先考えずに注文をした。こういう買い物は勢いだ。
そして届いた商品は、数十年前に生産された骨董品でも、お土産屋で売られている民芸品でもなく、インドで今も使われている現行品のはずなのだが、なかなかに手作り感が溢れていた。
イディヤッパンを作る道具とは、このようにトコロテン(あるいは水鉄砲)方式の押出式製麺機なのである。しかし、料理の完成形はパン的なものという謎。
この木製の秘密道具を使って、いまだに食べたことのないイディヤッパンを作ってみたく、友人が主催した「地元で食べられている料理を作る会」みたいなやつに、今日の俺はインド育ちだと言い張って持参した。
事前に購入先である小林さんから、ざっくりと作り方を伺ったので、早速それで試してみよう。なんでもこれは穴がかなり小さいタイプなので、うまく作るのは難しいかもとのことだった。うん、そんな気はしていたよ。
イディヤッパンの材料は、小麦粉ではなく米粉なのだが、インド料理を作るには日本の米粉だと粘りがありすぎると予想されるので、タイ産の米を粉にしたものを用意した。
この米粉1.5カップに対し、塩と油を小さじ1ずつ加え、そこに熱湯を少しずつ、いい感じになるまで加えていく。いい感じ?
水ではなく熱湯を使うのは、米の澱粉質を熱で糊化させて、粘りを与えるためだと思われる。
どれくらいの水加減が正解なのかわからないのだが、小さな穴から押し出す方式なので硬いよりは柔らかいほうがいいだろうと、気持ち多めに加えてみた。でも多すぎたら麺にならないかも。
マッシュポテトくらいでストップしてよく混ぜると、生クリームでいうところの「角が立った」状態になってきた。これでどうだ。
生地が触れるくらいまで冷めたら、今度は手を使ってよく捏ねる。グイグイと練ることで生地の密度的なものが均一になっていくと、だんだんと高級石粉粘土のように滑らかな質感へと育ってきた。
この生地の状態がイディヤッパン作りにおいて正解なのかはわからないが、なんとなく期待をしてもいい気がする頼もしさだ。
さあ、ここからはようやく専用道具の出番である。これが使いたくて仕方がないのだ。
円柱状にまとめた米粉の生地をスッポリとシリンダーに挿入し、上から押しこむ側をかぶせて力を入れれば、この小さな穴から麺状になってでてくるはずだ。
いざ生地が入った状態で製麺機を持つと、上下のパーツの握り部分に距離ができるため、うまく力がはいらない。そして握りの角が指に食い込んでかなり痛い。
何十年、いや何百年もの伝統がある道具なのに、もう少し使いやすくできなかったのか。いや軟弱な私が悪いんですよ。あるいは台にセットして、体重を掛けて使うのが正解なのかも。
なんてブツブツ言いながら、指の痛みに耐えつつ力を込めると、粘土の髪の毛が伸びるオモチャの人形(ゆかいなとこやさん)みたいに、麺がニョロニョロと出てきた!でたよー、小林さん!
出てきた麺は、穴の大きさに比例して細い。そうめんくらいだろうか。形状としては麺なのだが、その危うい状態は絞った生クリームに近く、触っただけで形を失う柔らかさだ。
これをザルで受け止めて、そのままお湯の沸いた鍋にセットして、フタをして蒸し上げて固定する。
これにてイディヤッパの完成である。たぶん。
その見た目は伸びてしまったそうめんと全く同じだが、決定的に違うのは、どうがんばってもほぐれないところである。
米粉の麺は加熱によって触っても崩れなくなったのだが、その代わり麺同士がしっかりとくっついてしまっているのだ。見た目は麺だけど、その存在は蒸しパンのような塊なのである。
このイディヤッパンは塩と油が少々入っているだけなので、いってみれば塩にぎり。このまま食べてみたところ、米の甘味が感じられてしみじみとうまい。
わかった、これは生ビーフンだ。麺状にして蒸すことで、フワフワかつモチモチの食感となり、それが塊で口に入ってく独特の喜び。
でもやっぱりオカズも欲しいので、適当なカレーの缶詰を掛けてみよう。なんだか普通のそうめんに飽きてきた、夏休み後半の昼飯みたいになってしまった。
麺の隙間にするりと汁が染みていくので、水分の多いスパイシーなオカズ(いわゆるカレー)とすごく合う。
なんでこんな面倒臭い形状かつ製法なんだろうと不思議だったが、これはスタイルに意味のある味だったのだ。米粉を丸めて蒸しただけでは、この食感は生まれない。隙間があるので蒸す時間も短縮される。
イディヤッパン、合理的じゃないか。
ここから先は長い余談となるのだが、イディヤッパンを作った話を「ケララの風モーニング」という南インド料理店のご主人である沼尻さんにしたところ(こちらも「ビリヤニって何ですか?」と伺った方)、私のものとはちょっと違う道具を見せてくれた。
店の通常メニューにはないけれど、特別なオーダーがあれば作ることもあるそうだ。
この腕力で生地を押し出すタイプは疲れるので、主に使っているのは近代的なネジ式の押出式製麺機とのこと。
イディヤッパン用という訳ではないが、中国製のこれが安くて使いやすいそうだ。
この製麺機を使わせてもらい、沼尻さんのイディヤッパン講座、および押出式製麺会を開こうという話がまとまった。名づけて「押し出せ!製麺」である。映画「飛び出せ!青春」と掛かっているのだが、生まれる前の話なので、私も観たことはない。
そしてイベント当日、様々な手動押出式製麺機が集まった。上2つのステンレス製ネジ式製麺機は沼尻さんのもので、左が中国製で右がインド製。どちらも穴部分が変更でき、麺の太さや形状を変えることができる。
左下は前回使ったものだが、こうして比べてみると穴が明らかに小さい。よくこれで成功したなと思う。
そして右下の「家庭用製麺器」と書かれたものは、おそらく戦後に日本で作られた、うどん・そば用だと思われる。買ってはみたものの、この筒で麺が作れる気がしなくて放置していたものだ。こうして出番が来てよかった。
沼尻さんが用意した米粉は、スリランカ産のストリングホッパーという料理用のもの。ストリングホッパーとはイディヤッパンの英語名のこと。なんと専用の米粉が存在するのだ。
その特徴は圧倒的な粒子の細かさで、この粉であれば、熱湯ではなく水を混ぜるだけで生地ができるらしい。
生地作りは沼尻さんの奥さんが担当した。いつもは目分量だが重さを量りながら作ってもらったところ、米粉360グラム、塩5グラム、水375グラムだった。
米粉より水がちょっと多いくらいがちょうど良いようだ。熱湯ではなく常温の水なので糊化しないため、粘りはまったくない。それでも捏ねるとまとまってくれる。さすが専用粉。
問題はこれがちゃんと麺状になってくれるかだ。
蒸し器は米と豆のペーストを発酵させて蒸すパン的なもの、イドゥリ(気になる方はこちら)を作るものを使用する。
前回の私は一食分の大きなイディヤッパンを作ったが、こういった小分けできる型を使って、小さめのどら焼きサイズに仕上げるのがスタンダードのようだ。
ネジ式の製麺機に生地を詰め込みハンドルを回せば、白い麺が穴からウニョウニョ出てきた。
この構造だと力はそれほど必要ないようだ。
私もやらせてもらったが、前回と労力がまるっきり違う。これぞ文明、すごいぞネジパワー。力づくで押し出すタイプと全く違う。
「ネジはこの千年で、いや二千年で、いやいや人類史上で最大の発明です!」
この会に参加していたプロダクトデザイナーが、大きめのボリュームで歓声をあげた。ですよねー。
ちなみに私も前回と同じ材料と方法で生地を作って、自前の道具で押し出してみたのだが、なぜかこの日は調子が悪く、生地が詰まって麺がまったくでてこなかった。
もしこの挫折が初回だったら、イディヤッパン作りはここで諦めていたかもしれない。
初回がうまくいったので油断したけど、手押しで小さな穴から出すのは、なかなか難しいことのようだ。
だがこの小さな穴だからこそ作れるイディヤッパンの魅力もあるので、これはこれで使いこなしたい。握力つけなきゃな。
こうして沼尻さんからイディヤッパンの作り方を習ったところで、ここから先は自由研究としていろいろ試してみよう。
まずは持参した日本産の木製押出式製麺機でイディヤッパンを作ってみたのだが、穴が大きいので問題なく押し出せるものの、さすがに麺が太すぎる。
オッケー、こうなることは想定内である。だったらやるなという話だが。
この穴が大きな押出式製麺機は、台湾で食べた米苔目(こちらの記事)を作るのにベストなのではと試してみたら、これはもともと米苔目用の道具なのではというくらいピッタリだった。
ネジ式でも同じように作れるのだろうが、こちらのほうが生地の継ぎ足しは容易。そして日本の古い道具で台湾の麺料理が作れるという満足度こそがご馳走だ。
もちろん味自体もよく、均一に伸びた米粉と澱粉の麺は、マシュマロのようにモニュモニュのフワフワだ。久しぶりに自作した米苔目、やっぱりおいしいな。
続いては韓国の冷麺作りにも挑戦。冷麺の生地に使う粉は地域や店舗によって様々で、小麦粉、蕎麦粉、片栗粉、緑豆澱粉、ドングリ澱粉などを数種類ブレンドするらしい。
澱粉をたっぷりと加えた生地を押し出して茹でることで、あの冷麺独特の強い歯ごたえが生まれるのだ。おそらくだけど。
とりあえず蕎麦粉と小麦粉(強力粉)と片栗粉を100グラムずつ、そこに熱湯160グラムで生地を作ってみよう。
少し固めに仕上がった生地だが、沼尻さんからお借りしたネジ式の製麺機を使うことで、まったく問題なく麺にすることができた。
持参した木のタイプだったら、握力が90キロくらいないと無理だったと思われる。ネジ最高。
これを酸っぱめの冷たいスープに入れ、キムチと一緒に食べて驚いた。
予想以上に蕎麦感が強いのだ。これはやたらと弾力のある蕎麦だ。蕎麦粉と小麦粉と片栗粉を同じ割合にすると、蕎麦の風味が支配するという学び。うまいけど韓国冷麺ではない。たぶん。
市販の蕎麦で、蕎麦粉よりも小麦粉の方が多いものがあるけれど、その理由がよく分かった。
今度は粉の配合を変えて、蕎麦粉を使わないで作る、低加水の盛岡冷麺風を目指してみたいと思う。
強力粉180グラム、片栗粉180グラム、熱湯150グラムでどうだ。さあ、あのゴムみたいな強烈な噛み応えは手動の家庭用製麺機で再現できのるだろうか。
これまでで一番きつい手ごたえを感じながら、ハンドルを時計回りにグリグリと回す。
製麺機を抑える左手は、持ち手部分よりも全体をがっしりと掴んだ方が力を込めやすい。
しばらくすると、少し縮れて麺肌が荒れてはいるものの、ちゃんと麺状に押し出されて熱湯へとダイブした。
鍋の中から浮き上がってきた麺を冷水にとり、素手で持ち上げてみると、独特の透明感と弾力があり、これぞ冷麺という仕上がりになっていた。
よし、冷麺も作れた!
食べてみると、さっきの蕎麦粉入りとまったく違う。蕎麦粉が入っていないので当たり前だが、これなら蕎麦ではなく冷麺だ。
自家製冷麺、麺の味わいよりも、純粋に弾力が魅力として楽しめる。なんといっても作れたことに達成感があるじゃないか。
穴の大きさや片栗粉の比率を変えることで、自分好みの冷麺を追求することもできそうだ。今のところ、理想の冷麺はまだないのだが。
食後のデザートも、もちろん押出式である。
友人が持参したマロンクリームを、ニュルニュルと製麺機で絞る。
そう、モンブランだ。
こうして押出式製麺機の世界を堪能し、帰宅後に早速通販で中国製のネジ式を購入。
そして数日後、パッケージは見事につぶれていたが、無事に到着してくれた。
ところでネジ式の手動製麺機を使うのは、今回が2度目だったりする。覚えている方もいるだろうか、前に佐渡島の小さな集落で十割蕎麦の作り方を習ったのだ(こちらの記事)。
世界中に点在する製麺文化、つながりがあるんだかないんだか。今度は麺の入った甘いインドのデザート、ファールーダなども試してみたい。
こうして購入したネジ式の製麺機で私が最初に作ったのは、冷麺でもイディヤッパンでもうどんでもなく、芋から大事に育てて作った糸コンニャクだった。
この話は「育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。 実はよく知らない植物を育てる・採る・食べる」という本に書いたので、よろしければぜひ。
4月15日に「育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。 実はよく知らない植物を育てる・採る・食べる」という本が家の光協会(農協関係の出版社)から出ま
す。実はよく知らない野菜を育て、野草や木の実を採って食べる体験記。デイリーポータルZの記事以外にも書きおろし多数。詳しくはこちらから。
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