しょうゆその後

しょうゆがもう残りわずかとなってしまってさみしい今日この頃。少しでも長く一緒に過ごすべく、減塩生活を始めようと思う。
きみんち、どこのしょうゆ使ってる?なんて質問をされたらすぐに答えられるだろうか。スーパーで一番安かったやつ? 実家で使ってたのと同じやつ? あれ、なんていうメーカーだったっけ……。
頭上に醤油のラベルがもやもやと浮かぶが、細部までは描けない。そのぼんやりした感覚こそが、しょうゆが如何に我々の生活に溶け込んでいるかの証であろう。
わたしは気づいてしまったのだ。そんな何気ない日常の中にこそミステリーが存在することに。しょうゆのラベルに、ひっそりと謎が隠されていることに。
不可能図形 (impossible figure) または不可能物体 (impossible object)は一種の錯視であり、視覚によって3次元の投影図として解釈されるような2次元の図形だが、実際にはそのような3次元物体は(少なくとも視覚が解釈した通りには)実在不可能である。
引用:Wikipedia「不可能図形」あ〜!と思い出した人も多いだろう。
昔から教科書の本文そっちのけで小さな注釈や資料集の余計な部分ばかり読みこんでいたわたしは、不可能図形のことも算数だか美術だかの教科書で知ったのだ。
ノートの端っこに真似して描こうと試みた覚えがある。で、描いてるうちによくわかんなくなって放り出したんだった。
そしてこちらが我が家で使っているキッコーマンしょうゆ。ちょっとじっくりラベルを眺めてみよう。
「ALL-PURPOSE SEASONING」って書かれている。
ALL-PURPOSE SEASONINGの格好良さよ!!
興奮して大きな声が出てしまった。万能調味料ですよってことだろうけれど、ALLの語感の強さと短い言葉で言い切る姿勢から日本の伝統を一身に背負ってやらしてもらっとるんですわ、という誇り高さを感じる。so coolよね…
そしてリボンのような巻物のような、和と洋を組み合わせたレトロかわいい装飾。いつからこのデザインなのだろうと思ったらなんと大正12年(1923年、ということは今からもう100年近く前だ!)にはすでにかなり近いデザインだったようだ。
参照1:食(大正12年)▷贈答用醤油(野田醤油、キッコーマン)
おそらく当時にしては随分ハイカラだっただろうラベルデザイン。そこにひとつの謎が織り込まれたようなのだ。
この部分。
緑の帯の端と赤の帯の端が重なっているだけと思っていたが、よく見るとなんだかすごく変な感じがする。枠の外から現れたちゃいろのピラリ、こいつが曲者なのだ。
どこからやってきたのか、なぜ緑の帯の端に合流しているのか。立体感があるような無いような、いくら考えても整合性が取れずざわざわ胸騒ぎがする。これが……不可能図形か……!!
芸術家や数学者たちが不可能図形を意図的に描きはじめたのは1935年以降だという。そして時を同じくして、日本では千葉県野田の醤油醸造家たちが団結してキッコーマンが誕生した。
日本の田舎のしょうゆのラベルに、ひっそりと不可能図形が描かれているのだとしたら、めちゃくちゃアツいんじゃなかろうか!!と目がカッと開いた。こいつぁレオナルドダヴィンチもびっくりじゃあないか。
さて不可能図形かどうかを判定するにはどうしたらいいんだろうか。
Wikipedia先生はパッと見てよくわからないときは幾何学的に精査せよ、と言っている。幾何学的精査……
よし、今回は手を動かすぞ。
再現できなかったら不可能図形というわけだ。
キッコーマンの公式サイトに商品一覧があった。せっかくなので他のしょうゆのラベルも検証することにしよう。
参照:商品一覧 | キッコーマン ホームページ「商品一覧」について。
しょうゆは全部で49種類挙げられている。おお…しょうゆは49種類もあるのか…。そしてラベルのデザインはいくつかのグループに分かれていて、リボン装飾を使っているものは3種類あった。
一番目、シンプルパターン代表の「まろやか醤油」は49種類中たった1つの「醤油」表記だ。ほかは全部「しょうゆ」と表記されている。
「まろやか」のひらがなの柔らかい感じをぼかさないために「醤油」で引き締めてるのかな、考えられてるな〜なんて感心していたら「九州まろやかしょうゆ」をみつけた。なんで?
新たな謎に引っ張られつつも、そのへんの棒に紙テープの端をくるくる巻きつけて、スッとテンションをかけながら棒を外す。
紙テープでリボンを作るこの技を、わたしは随分小さいころに覚えた気がするけど何のために覚えのかは全然思い出せない。昔の自分がひょこひょこ顔を出してくれる瞬間があるとなんとなく嬉しい。醤油のラベルを作った自分もそのうちどこかで現れるんだろうか。
さて、まろやか醤油タイプは端が丸められた帯が置かれているだけだから簡単に出来上がった。
次は丸い枠の上に帯を乗せるパターン。
これ、実際に立体になるとかなり華やかな印象になっておもしろい。
なんたって帯が8本もある。アイテム数を増やして重ね着を楽しむのはおしゃれさんの証だって昔何かで読んだぞ。
キッコーマンロゴの帯が最下層にいつつ、ロゴ部分だけ最前面に押し出てくる感じが微笑ましく、さりげないアピール心がファッションリーダーとしての風格を醸し出している。
見た目ほど複雑でなく案外かんたんに再現できたのも楽しい。
さて問題の3つ目だ。これがうちにあるしょうゆと同じかたちのもの。
縦の帯の端は反時計回り、横の帯の端は時計回り。帯の丸まり同士が重なっているところが難しそうだ。
こんな感じ?これでいいの?と不安になりながらパーツを並べる。あれ、並べたら案外できてしまいそうだな……?
結構近い感じじゃないかしら。帯の丸まりの断面を見せるように巻くのが難しい。ちなみに照り焼きの代わりに貼ったのは最近ハマっている「じわ揚」というお菓子です。
キャラメルコーンを3日置いてしけらせたのよりもしけっているおかきで、ミシミシという食感と葱油味がとても美味しい。しけたおやつが好きな人は是非試してみてください。
はてこんなにあっけなくできるとは思っていなかった。というか最初に見つけた謎のピラリ、出てきてないな??慌ててしょうゆを持ってきて写真を見比べる。
おーー?!亀甲柄の巻きの向きも違うし、重なり方も謎のピラリも違う。
もしやと思いamazonで調べると、容量ごとにラベルのデザインが僅かに違うことがわかった。
商品一覧に載っていたのは750mlのボトルで、私が見たのは1lのボトルだったのだ。
さて自分のうっかりさに気が抜けたが、再び興奮がむくむくと立ち上ってきた。
750mlのラベルを再現できたからこそ、残りふたつのわけのわからなさが嬉しい。再現したいような、再現できたら残念なような、ちょっともどかしさのある変な気持ちだ。
最初に見つけた1Lのデザインは最後のお楽しみとし、先に1.8Lのラベルに取り掛かる。
これも肝はふたつの帯の組合わさり方であろう。丸めたり緩めたり、重ねたり離したり、あれこれ触っていると、カチッとピースがはまった手応えがあった。
ふっふっふ。再現できると残念なんて言ったが、やっぱり嬉しさの方が勝つ。知恵の輪や数学の証明も、自分で答えまでの道筋を作り出す感じが気持ちいいんだよな。
いよいよ、最後の問題だ!
そうして試行錯誤すること数十分。1.8Lのラベルと違って、緑帯の左右の端が緑で終わっている。つまり金の部分は土台の枠ということだ。
そうするとやっぱり謎のピラリの出自がわからなくなる。土台の枠の下から別の土台が出てきて、土台の上に乗っている緑の帯と一体化する……??そんなことある……??
やはりこれはもう、不可能図形と判断していいのではないか。
キッコーマンしょうゆに不可能図形は存在したのだ!!!(バーン!!)
これはすごいぞキッコーマン。人知れずひっそりと最先端の遊び心をいれてくるなんて。他所の国にはまだ不可能図形を描こうと思って描いた人なんて殆どいなかったっていうのに。
しかもしょうゆのラベルだよ?しょうゆ!…と、ひとしきりキッコーマンについて思いを馳せ満足したところに、昼過ぎまで寝ぼけていた同居人がやってきて一言つぶやいた。
「線が引いてあるところが引っ込んでるんじゃない?」
!!
おわかりでしょうか。
もしかしたら最初からずっとそう見えていた方もいるかもしれない。
私ももはやそうとしか見えなくなりました。
創業当初のラベルを見返し想像するに、同じ帯折り込み型として先につくられたのが1.8lのラベルで、それがよりデフォルメされたのが1lのラベルではないだろうか。
このふたつは750mlの帯2本タイプとは全く別のデザインだったのだ。あー!悔しい!悔しいけどなんでか嬉しい!こうなったらもう、きっちり再現して終わりとしよう。
しょうゆがもう残りわずかとなってしまってさみしい今日この頃。少しでも長く一緒に過ごすべく、減塩生活を始めようと思う。
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