温かい目で、わかったふりをしてください
他の市町村でごまかす、図形、観光名所、有名人……いくら工夫を凝らしたとしても、179市町村の細部をバシッと教えるのは難しい。
北海道のどこ出身か答える前に、一瞬考え込むことがあろうかと思うが、これらのようなことについて瞬時に考えを巡らせていたりする。
他の都府県のみなさんも多かれ少なかれこのような悩みがあるのだろうし、お互い優しくいたい。温かい目で分かったふりをし合いましょう。
春は別れの季節であり、出会いの季節である。進学や進級、就職や異動につきものなのが自己紹介だ。
「北海道出身です」
『北海道のどこ出身なんですか?』
こう聞かれたら、主要都市ではない恵庭市(札幌の近く)出身の自分は一瞬頭を抱えてしまう。
伝わらないのを承知で正直に恵庭市と言うべきか、ちょっぴり嘘をついて札幌市としておくべきか……。
同じ悩みを抱えている北海道民の方も多いはずである。そこで我々が出身地をどう紹介するのか、道民に向けてアンケートを実施した。そこから見える傾向と対策をまとめてみる。
今春はどうかこの記事を読んだ上で、北海道出身者との円滑なコミュニケーションに役立ててほしい。
広大な土地を有する北海道だが、抱える市町村の数も多く、なんとその数 179市町村。二番目に市町村数が多い長野県でも77市町村であるので、もう断トツの多さであるといえる。
2005〜6年頃に盛んになった「平成の市町村大合併」ムーブによる統合が進んだ結果がこれで、2004年までは212もの市町村が存在していた。北海道のローカル夕方番組に「どさんこワイド179」という市町村数を冠したタイトルのものがあり、大合併期間中は数日スパンで番組名変更を強いられていたことが懐かしい。
こうも市町村数が多いと、どの市町村がどこにあるのか、道民自身もよくわかっていないことが多い。いわんや道外の人々はちんぷんかんぷんであろう。
もちろん、札幌、旭川、函館、稚内、帯広くらいの大都市であれば名が知れているため、そのままでじゅうぶん伝わることが多いのだが、問題はそれ以外の市町村である。
なんらかのレトリックを駆使してなんとか伝えたり、ちょっと嘘をついてみたり…「北海道の"ここ"」を伝えるには努力が必要だったりするのだ。
皆さんがどのように出身市町村を紹介しているのか知りたくなったので、北海道出身の方を対象にアンケートを実施した。Twitterにて回答を募ったところ、135件もの回答を頂いた。ご協力ありがとうございます。
筆者の自分は出身市町村の恵庭市が伝わらなさそうなとき、他の市町村の名前を出して説明することがある。たとえば「札幌の近くです」とか「札幌です」と言い張ってしまうとか。これはみんなやっていることなのだろうか。
「出身市町村が相手に伝わらなさそうなとき『(他の都市名)の近く』と説明することがあるか、ある場合はその都市名」をアンケートにて問うてみた。
結果は135人中76人が経験ありとのこと。ちなみに経験なしの69人は札幌や函館などの有名な都市出身とのことで、さもありなんという感じだ。
気になるのが市町村名の内訳だ。少々乱暴な言い方をすると、まわりの市町村出身の人々が「札幌市」という名前を出して説明しているとき、そこには巨大な「イマジナリー札幌市」が存在するということである。巨大化した都市、「イマジナリー札幌市」ぜひ見てみたい。
回答を地図にまとめてみた。これがイマジナリー都市である。
薄い色で示しているのが本当の出身地、一方濃い色で示しているのが引き合いに出される市町村です
まずは道央。イマジナリー札幌市を見ていこう。
札幌に接している市町村であれば、札幌の名前を出して説明したほうがやはり楽なのであろう。単に「江別市です」と言うよりも、「札幌のあたりにある江別市」と言った方が相手のウケが格段に違うと思う。個人的にはもっと大きな「札幌市」が出来上がると思っていたが、意外に小さくまとまった結果となった。
他のイマジナリー都市はどうだろう。主要なものをピックアップして解説しよう。
イマジナリー函館市は大胆な結果となった。薄い色で示している今金町・八雲町の方が「函館の近く」と説明することがあるというのだ。ちなみに今金町から函館市までは車で2時間ほど。渡島半島(手で持ちやすそうなところです)はほぼ函館と説明してしまうのかもしれない。
こちらは道北、「旭川市」と「富良野市」の図解である。
北海道第2の都市「旭川市」の規模と、観光地としておなじみの「富良野市」の有名さが拮抗した結果となった。
旭川市が周りの市町村を取り込んで大きな「旭川市」を形成しているのだが、一方で「富良野市」が旭川市を取り込んでいる。つまり、旭川出身であるのに、わざわざ富良野の名前を出して出身地を説明している人がいるということだ。
旭川では伝わらないかもな、でも近くに富良野がある、富良野なら分かりますか? そういった優しさのようなものを反映しているのだろう…。
最後に道東のイマジナリー都市だ。
帯広・釧路はやはり名が知れているということがあるのだろう、イマジナリー帯広市も、イマジナリー釧路市も、直接接しているわけではない都市を巻き込んで大きなエリアを構成している。
ここでひとつ面白いのが釧路市だ。釧路市は白糠町を挟んで大きな飛び地となっている。帯広寄りの釧路市と、より東にある釧路市に分かれているのだ。
イマジナリー帯広市をよく見てみるとその中に釧路市を含んでいたりする。釧路もじゅうぶん有名なのに「帯広の近く」と説明するのは、この「飛び地」の市町村構成によるのだろうか…。西側の釧路市と東側の釧路市ではきっと見えている景色が違うのだろう(これはすべて推測です)。
ここから分かる通り、北海道出身のひとが「札幌の近くです」「旭川です」などと言うとき、意外と近くない、全然ちがう市町村出身かもしれないのだ。そこからもう1~2ターンの会話を振ってもらうことにより、面白いローカル話が聞き出せるかもしれない。
このほか、アンケートでは「出身市町村を紹介する際のいつもの決まり文句」をあわせて聞いてみた。名の知れていないローカル市町村を知らない人に伝えんとする北海道民の努力を、タイプ別に分類してみよう
決まり文句にありがちだったのが、北海道の地形をひし形など図形にたとえ、上下左右どのあたりに市町村が位置しているのかパッションで伝えるというものだった。
留萌市出身 txmxk1985さん(30代)
「北海道をひし形で書いたときの左上の方」
オロロンラインとか、利尻礼文のある辺りとか言っても道外の人には通じないのでいつもネタとして「隣町に増毛って街があるよ」と紹介してます。頭髪に問題がある方が相手の場合は使えません。
釧路市出身 みつほさん(30代)
「北海道の右下らへん」
だいたい両手で菱形を作って説明します
深川市出身 ゆっきーさん(20代)
「真ん中あたり」
出身といっても半年しか住んでおらずその後は道内を転々としていたので、他の分かりやすい地名を挙げたり「北海道が出身」などと言ったりしています。
砂川市出身 かっちゃん、さん(50代)
「空知管内」分からなければ「北海道の真ん中よりちょい左」
札幌と旭川の間と言ってもそもそも旭川が北海道のどの辺か分からない人が多くて、知名度の低い町はホント説明に困ります。
最近は「真ん中よりちょい左」「だいたい真ん中らへん」と言ってます。
網走市出身 はまなすさん(30代)
「網走です、刑務所の(若い方で漫画読む方ですと『ゴールデンカムイに出てくる〜』と冠につけます)」
『網走…?』と場所がピンときていないご様子の方には「知床の近くです」または「北海道菱形じゃないですか、菱形の右端のとんがり付近です」というと日本地図が思い浮かぶのか『ああああ!』と反応していただけます。
北海道はほぼ綺麗なひし形に近似でき、かつ、ひし形は指を使ってジェスチャーで示しやすい形をしている。紙とペンを使う必要もなく、インスタントに「ひし形の右の方」などと説明する例が多かった。「東西南北」で地理的に説明する場合もあるが、「上下左右」で感覚に訴えかけることが多いようだ。
いっしょに手でひし形を形作って、「あ~、この右下なんですね」とか分かってくれたら道民は涙を流して喜ぶはずです。ひし形で通じ合いましょう。
もう一つありがちだったのが、観光名所を持ち出しながら市町村を伝えるやり方だ。有名な場所であれば少なくともどこかで見たことがあるでしょう、あわよくば来たこともあるんじゃないですか、そういう手法だ。
旭川市出身 きばなさん(30代)
「旭川、ほら『旭山動物園』の。」
旭川市出身 こじかさん(30代)
「真ん中らへん。旭山動物園のあるところ」
旭川動物園と間違えて覚えている人がやたら多い
「旭山動物園」は効果が抜群のようで、旭川の説明に用いられがちであった。ペンギンの散歩やプールに飛び込むホッキョクグマ、縦に泳ぐアザラシなど、斬新な飼育によって印象も強烈なのだろう。「真ん中・旭山動物園」のスマートさが素晴らしい。
美瑛町出身 孝さん(40代)
「青い池って聞いたことありますか?美瑛ってとこです」
青い池やケンとメリーの木などで有名な美瑛町も、名所で説明できてしまうようだ。超人気のドライブ名所!うらやましい…。
余市町出身 みみっきゅさん(40代)
「ニッカの工場があるとこ」
小樽の隣町、余市町はウイスキーの工場で説明をしがちとのこと。子供の頃行ったことがありますが、工場のまわり一帯がウイスキーの香りでスモーキーでした。朝ドラ「マッサン」の効果もあって伝わりやすいのかも!
またこのウイスキー工場は…
仁木町出身 徹柳黒子さん(60代以上)
「マッサンの舞台になった余市の隣の仁木町」
道内の人なら大体「余市の隣」で伝わるけれど、道外の人には「小樽の近く」とざっくり言うことが多い。
仁木町出身 ゆかりさん(30代)
「ニッカウヰスキーの余市の隣町」
なんと余市の隣町、仁木町までカバーしてしまう包容力! 「ウイスキーでおなじみの余市の隣の…」という"の"の多さが愛おしい。仁木町は果樹園が沢山あって、フルーツ狩りが楽しいいい町です。
また観光名所と同様に、「有名人」に頼って説明をするパターンもあった。
大樹町出身 さかさん(50代)
「十勝地方」
以前はそれほど特徴のない町だったのですが最近はホリエモンさんがロケット打ち上げているところ、というとわかってもらえることもあります。
江別市出身 けいさん(20代)
「大泉洋さんの出身地」
彼の名前を出せば1発です。大泉洋さんにお会いしたことはただの一度もないですが、近所の愉快なおじさんと勝手に認識しているところがあります。これは江別市民以外の道民にも共通してるんじゃないでしょうか。
やはり洋ちゃんー大泉洋は最強である。江別市がわからなくても、大泉洋さえ分かれば、笑いとともに強烈な印象を残すことができるのだ。どれだけ活躍していても、やはり江別の愉快なおじさん感はありますね。
いやはや、観光資源や人材の豊かさを垣間見れる回答であった。観光は話のいいとっかかりかもしれない。話を振ってさえもらえれば、オススメ観光地を熱くプレゼンしてもらえるはずです。
最も特徴的だと感じたのが、北海道の北東部の説明である。
紋別市出身 椎名さん(30代)
「オホーツクの方」
北見市出身 ちかぽんたろうさん(30代)
「北見」伝わらなさそうなら「オホーツク海側」
両親の仕事の都合で引っ越しを繰り返していて、具体的に出身地と言われると自分でもどこなんだろう?と思っているのでなんとなく高校を卒業した土地を答えています。ここ最近のカーリングの活躍で話が通じやすくなったような!
斜里町出身 mimimiさん(40代)
「オホーツク海側」
端野町(現北見市端野)出身 げんさん(50代)
「北見」伝わらなさそうなら「オホーツク海から1時間くらい」
じんすけさん(30代)
「北見」伝わらなさそうなら「オホーツク海側」
紋別市、北見市、斜里町、いずれも「オホーツク海」という説明をしがちだそうだ。潔い。その潔さに任せて会話を終わらせず、「流氷…」「ハッカ…」だとか話を振ると、喜んで話をしてくれるはず。
さまざま工夫を凝らして北海道の町を説明するわけだが、やはり完璧に伝えることは難しい。決め手に欠ける市町村の出身者は悩んでいるようだ。
北見市出身 みぃさん(20代)
「北海道の東の方」
カーリングのおかげで北見市という地名を知っている人は増えたが、「北」が付くため道北だと思われることが多くこのような言い方をするようになった。
同様に網走も名前しか知らない人が多いため、「札幌からまっすぐ東(もしくは地図上で右)にずっと行ったところ」という説明を挟むことが多い。
「北」見だけどそんなに北じゃないんですよね…。
中富良野町出身 井口可奈さん(30代)
「富良野」
富良野です(実際は中富良野町)と言うと、あーラベンダーの街ね!と言われて、それがわたしの本当の出身です、と言ってしまいめちゃくちゃ話が複雑になります。
中富良野町出身 20代
「中富良野」
富良野ってそんなにあるの?と聞かれる
富良野圏のニュースがあると必ず「何富良野だっけ?」と聞かれる
富良野市中富良野町と誤解される(空知郡中富良野町)
富良野市、上富良野町、中富良野町、南富良野町……富良野がたくさん!?となるようで。うっかりすると話がこじれがちとのこと。
「富良野」という名を含む市町村は富良野市、上富良野町、中富良野町、南富良野町の4つ。北海道開拓時にできた富良野村が南北に分かれて「上富良野村」「下富良野村」となり、さらにそこからの分離独立を経てこの構成となっている。
富良野といえばラベンダーを思い浮かべがちであるが、あれ、実は富良野市ではなく、中富良野町のことなのだ。広大な紫の花畑を求めて富良野市に向かっても、そこにあるのは「北の国から」の舞台なのである。ああ、難しい!
名寄市出身 えふさん(40代)
「旭川の上の方」
説明してもまず伝わらないので、最近はもう旭川でいいかなと思ってます。面倒w
諦めの境地!
恵庭市出身 ほしさん(40代)
道外の人には「恵庭っていう市です」道内の人には「恵庭です」千歳線沿線の人には「(駅名)です」
絶望的に知名度が低い上に、これといって話題になるようなこともないので、出身地の話になっても話が膨らみません。なので、出身地以外の住んだことのある有名市の話で誤魔化したりします。このまま何もないまま突き進んでほしいです。
恵庭市出身の僕、これ超わかります……。みんな知らないだろうと思ってところどころ話をごまかしているので、いつか矛盾が生まれるのではないかと! どうか波風立たぬよう……。
他の市町村でごまかす、図形、観光名所、有名人……いくら工夫を凝らしたとしても、179市町村の細部をバシッと教えるのは難しい。
北海道のどこ出身か答える前に、一瞬考え込むことがあろうかと思うが、これらのようなことについて瞬時に考えを巡らせていたりする。
他の都府県のみなさんも多かれ少なかれこのような悩みがあるのだろうし、お互い優しくいたい。温かい目で分かったふりをし合いましょう。
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