このすごさ、この不思議な感じ、どう表現したらいいのでしょうか
工事の概要など説明しなければならないことはたくさんあるのだが、まずはタイトルにある「地下鉄の駅を『外から』見る」をご覧いただきたい。
相鉄・東急直通線の新駅が作られているのは地下で、すでに走っている市営地下鉄と交差するため、その市営地下鉄の駅の周りの土をどけて工事している。だから地下鉄駅が外側から見えてしまう、というわけだ。
って言ってもどういうことかよく分からないと思う。あとでちゃんと説明するので、なにはともあれその地下鉄駅の「外側」をご覧ください。どーん!
おわかりいただけるだろうか。本来土の中に埋まっている地下鉄の駅が、こうして空間の中に浮かんでいるのだ。もちろんこうして見ている間も営業中だ。つまり、この「中」を地下鉄が走っているのだ。人を乗せて。すごい。語彙が追いつかない。すごい。不思議。
すごい! さっきから「すごい」しか言ってないですが、このすごさ伝わってるでしょうか。現場でぼくはずっと興奮しっぱなしだったんだけど、写真でそれがうまく表現できていない気がしてやきもきしてしまう。ああ、このすごさ、この不思議な感じ、どう表現したらいいのでしょうか。
ひとつ気がついたのは、さきほどから「外」と言っているけど、これはほんとうに「外」なのか、ということ。ふつうの建築のように外部空間がない側を「外」と呼んでいいのだろうか。確かに地下鉄の駅構内からしたらここは「外側」と言えなくもないが、ほんらいここは土の「中」なわけだ。土の中から見たら、どっちかっていうと地上とつながっている駅構内の方が「外」ではないのか。
これは人間の胃の中ははたして体の「中」なのか、という問題に似ている。いや、だって、ほら、胃は外とつながってるわけじゃない? 胃の周りにある肉の部分こそ体の中であって、もしかしたら胃は「外」なんじゃない? って子どもの頃から思ってた。たとえばトンネルの外、と言ったらそれはふつうトンネルの出入り口より先の地上のことだ。トンネルの土の中の側を「外」とは呼ばない。
何をごちゃごちゃ言っているんだ、とお思いでしょう。このぼくの混乱ぶりをもって今回感じた「すごさ」「不思議さ」の表現とさせてください。
大胆かつ繊細な作業
さて、気を取り直して、この新駅の工事がどのようにアクロバティックに行われているかを簡単に説明します。
まず、すでに言ったように、地下で市営地下鉄と交差する形で作られています。
非常にざっくばらんな図解ですが、ご理解いただけたでしょうか。
で、地下でこんな風に既存の駅を取り込むように作るということはどういうことか。そう、地下鉄の周りの土をぜんぶ取り去らなくてはならないわけです。だから地下鉄駅の「外側」が見えたというわけ。
どういうプロセスで地下鉄の「外側」が見えるに至ったか、をふたたびざっくばらんな図解で説明しよう。
この地盤改良のプロセスにはほんとうにびっくりした。
地下鉄を日々走らせながら工事をする必要がある。ということは、地下鉄の構造物(上の図解だとブルーの部分)がズレたりたわんだりしたら一大事。
でも、地下の構造物というのは、周りに土があるのが前提で作られているわけで、それを取り去ってしまうと取り去るといろいろバランスが崩れる。
もうひとつ大変なのは、土は、掘ると水が出る、ということ。土留めの壁は水を食い止めてもいる。同じことを地下鉄構造物の下側でも行わなくてはならないのだけど、当然のことながら地下鉄をぶったぎらないかぎり、その周囲と同じように地上から壁を入れるなんてことはできない。
そこで、なんと、駅構造物に小さな穴を空けて、そこにパイプを通し、地盤改良を行ったというのだ。もちろんその貫通作業は終電後始発までの短い時間で行われた。
……って、この説明もよく分からないかもしれません。とにかくすごく大胆かつ繊細な作業が行われて、その話を聞いてぼくは感動した、ということだけ伝わればいいです。
こうして、地下空間の中に地下鉄駅が「浮いている」状態になった。前述のたいへん簡略化した図にあるように、最終的に地下鉄の下を含めて周囲は新駅の構造によって支えられる。今は柱と梁が土の代わりとなって、地下鉄を支えている、というわけだ。
「支保工ファンクラブ」というのがあったら入会したい
この梁と柱(「支保工」といいます)のスペクタクルは、これまでたくさんの現場を見させてもらって、何回も見ているけど、そのたびに「おおーーー!」ってなる。今回もなった。
同じような写真を並べてしまって申し訳ない。でもしょうがない。かっこいいんだもの。「支保工ファンクラブ」というのがあったら入会したい。
この梁と柱のスペクタクルを見るたびに、結局のところわれわれは重力と圧力といった、ごく基本的な物理法則に対抗するのに必死だということがよくわかる。支保工とはそういう「力」の可視化だ。
「穴を掘る」というのは単純なことなはずなのに、規模が大きくなるととたんに困難になる。ぼくが土木を尊いと思うのは、複雑怪奇なことをやるからではない。単純なことを見事にやってのけるからだ。単純だけど、単純だからこそ、それは実行するのがものすごくたいへんなのだ。
かっこよさなんてひとつも目指していないのに
なんだかとても良いことを言った気がする一方、肝心な説明をしていないことに気がついた。それは今回の見学のいきさつである。
まず、今回、お世話になったのは、鹿島建設の岩下さま。見せていただいた部分は「新横浜駅地下鉄交差部土木工事」であり「鹿島・鉄建・不動テトラ・NB建設共同企業体」が施工している(工区が分かれていてもうひとつの部分は施工者が異なる)。ちなみに発注者は横浜市交通局だ。
そして見学できたのは、土木学会誌の取材に同行したから。なんとぼくは現在土木学会誌の編集委員の任にあるのだ。これはデイリーポータルZを中心に、長年土木のかっこよさを記事にしてきたことが評価されての大抜擢である。一介の土木ファンに、ありがたいことです。
で、今回のメインは、じつは学会誌の記事「モリナガ・ヨウの土木まくのうち」の取材。その名の通り、敬愛するイラストレーターモリナガヨウさんが連載しているもの(web版もあります→「Web版モリナガ・ヨウの土木まくのうち」)。今回のレポートもいずれ載るので、みなさんお楽しみに。つまりぼくのこの記事は見学の「おこぼれ」というわけ。
といういきさつの説明をしたところで、あらためて現場に潜っていく風景をご覧いただきたい。
「計測ケーブルあり」
さて、気がつけばまた支保工写真ばかり。申し訳ない。いやでもこれ、見れば見るほどすばらしいよね。
さて、ふたたび「地下鉄駅の『外側』」の話をしたい。
先ほどのざっくばらんな工事プロセス説明の中で、既存地下鉄構造物を下から支えている図がありました。
これが、地下鉄構造物が、土の中にあった時と同じ状態を保つように微調整しつつ支えているわけです。
前述の、駅を貫通して地盤改良を行うとい段階も含めて、始終、細心の注意を払って地下鉄構造物が下がったり、逆に上がったり、あるいは左右にずれたり歪んだりしないようにしている。そのために各所に変位を計測するセンサーがある。
もうひとつ重要なのが、土を掘ることによって、地下水が下がらないようにすること。これはほかの現場でも聞いたことがある。
素人のぼくなどはなかなかピンとこないが、地面の下というのは、大雑把に言って土と水の圧力のバランスで安定していて、地下水の水位を保つというのは、このような大規模な地下工事では大命題。単に「柱立てて支えりゃだいじょうぶでしょ」ってなものではないのだ(そりゃそうだ)。「工区の周りに観測井戸がたくさんありますよ」とおっしゃっていた。そしてもちろん、問題なしとのこと。
左官の跡を「裏側」から
そのほか「なるほど!」「うわあ……たいへんだなあ……!」という話はたくさんあったのだが、それを全部書いているとこの記事はいつまでたっても終わらないので、泣く泣く省略する。
あ、でももうひとつだけ。地下鉄の「外側」のテクスチャの正体に感動した。この話はしておきたい。
上の写真のテクスチャ。これ、左官やさんによるモルタルを塗った跡を「裏側から」見ている状態なのだ! これには一同感動の声を上げた。
どういうことか分かるだろうか。
いまこの写真を撮っているぼくがいる場所は、地下鉄が作られたときは土の中だ。そこに上から穴を掘って、まず「ならしコンクリート」というものを一番外側(現在のぼくから見て一番手前)に打つ。その上に防水シートが貼られ、その上にモルタルが塗られ、その上に構造物本体が乗る。
上の写真は、これら層のうち、外側(ぼくから見て手前側)のならしコンクリートと防水シートが剥がされた状態(黒い帯状のものは防水シートの一部)。ということは、このテクスチャは、モルタルを防水シートに塗った、その面を裏(「外?」「逆?」)から見たものなのだ! なんだかすごくない!?
制約だらけ、それでも……
さきほど「もうひとつだけ」と言いましたが、あともうひとつ。すみません。これは言っておかないと。
下は工事が行われている交差点の航空写真。円形の歩道橋があるのがわかるだろうか。
新横浜になじみのあるひとだったら「ああ、あれね」と思うであろう、特徴的な歩道橋。
もう、なにが言いたいか分かっただろうか。
そう、柱が立っている部分も工事区域内になってしまったため、地下鉄が支えられていたのと同じように、仮に支えられている(上の写真を見ると、地下鉄構造物を支えていたのと同じオレンジ色の部材があるのが分かる)。
地下鉄構造物もこの柱も、最終的には新駅の構造物の上に乗って安定する。
家事ひとつとっても思惑通りに行かないことだらけなのだから、ましてやこんな大規模かつ複雑な工事がすんなり何の変更もなく予定通り行くわけがないよな、と思う。
そして、なによりぼくが「それはたいへんだーーーーーーー!」と思ったのは(じっさい岩下さんに「たいへんですねーーー!」って言った)、この歩道橋のため、重機の高さをはじめ、さまざまな制約が発生した、ということ。
そもそも上の道路の交通量も一日あたり6万台とたいへん多い。また、駅前ということでふだんから人が行き来するのに加え、日産スタジアムと横浜アリーナの最寄り駅ということもあって、イベント時にはそれ以上の人が集まる。
ただでさえアクロバティックな工事なのに、これでもかと重ねてくるこの困難な条件は何なのだ。
「歩道橋を撤去するっていう考えはなかったんですか?」と思わず口走ったところ、岩下さんは「むしろ歩行者の皆さんが上空を行ってくれるので、より安全に作業できてありがたいと思ってます」とおっしゃった。
今回の取材で一番の感動は、このお答えだった。
都市の敷地は空白のキャンバスではない
渋谷駅前の工事もそうだったが、都市の土木は既存のインフラとのやりくりをどうするかがまず先立ち、結果として地下がその舞台となることが多い。そうすると、おのずとみんなの目から見えなくなる。それはとてももったいないことだなあ、とつくづく思った。
今回「外から」見た市営地下鉄が作られたのは40年以上前。岩下さんは「今回こうやってふたたび人の目に触れたわけですが、その施工のすばらしさに驚きました。数十年地下にあったとは思えないほど」ぼくが「もしかしたら40年後、別の工事があって今作っているものが同じように見られるかもしれないですね」と言ったら「我々も先輩がやったようにきちんとした仕事をしなければ、と思います」とおっしゃった。
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