箸袋趣味の会 略してH.S.K.
全国大会が行われた4月15日、まだ見ぬ箸袋収集家たちへの抑えきれない興味と共に会場がある熱海へとやってきた。熱海は都内からは1時間強という立地で大会に臨むモチベーションをさらに高めるにはちょうど良い距離である。
3年ぶりの熱海。駅が新しくなっていた。
会場となるのは熱海の老舗ホテル、ニューフジヤホテルだ。
HOTELのEが曲がっているのがまた可愛い
入り口にはでかでかと歓迎の看板が。箸袋趣味の会の存在を知らずに見かけたら絶対写真撮ってしまうやつだ。
これだけ見たら何かの学会かと思うくらいちゃんとしている。遊びじゃない雰囲気がビシビシ伝わってくる。
結成55年という歴史の長さに緊張を覚えつつ会場入り。既に半数程度の会員が揃っていた。
大会のスタートまではまだ1時間くらいあるので、そもそもこの箸袋趣味の会が一体どんな会なのか、会員の皆さんに話を聞いてみよう。
主にお話をしてくださった東日本支部長の酒井さん
この箸袋趣味の会は初代会長である尾上隆治氏が箸袋コレクション1万種収集を記念して1964年8月4日(箸の日)に発足した同好会だ。
創設者である尾上氏は他の会員とは比べ物にならない箸袋収集家で、現在の理事メンバーも尾上氏に収集のいろはを学んだ人が少なくないという。尾上氏は残念ながら昨年お亡くなりになられたそうだが、お葬式の時にお棺には大量の箸袋が詰められたというエピソードからも、そのレジェンドっぷりがうかがえる。
会場に掲げられた幕にはH.S.K.の文字。H.(箸袋)S.(趣味の)K.(会)だ。これはくる。SKEよりHSKの時代がきっとくる。
箸袋趣味の会は現在50名ほどで活動しており、活動拠点は西日本支部、東日本支部、中日本支部の3支部に分かれている。この3支部が持ち回りで毎年全国大会を開催している。
全国大会以外にも、会員の親睦と箸袋に関する研究および会員の収集に協力することを目的に、年に数回支部ごとの定例会や会報「箸袋趣味」の発行が行われている。
式次第には「会歌」の文字が。箸袋趣味の会の歌がある…だと…?
箸袋趣味の会では単独の箸袋を評価するのではなく「集められた集合体」を評価しているという。
箸袋一つ一つに「いいね!」と思わせるものがあってもそれはあくまで箸袋を作った人やお店のエネルギーの大きさによるものであり、何の変哲もない箸袋を集めて独自の目線で整理することこそ収集家の真髄であるという考え方なのだ。コレクターの何たるかが分かりすぎている。
理事クラスの会員は名刺も箸袋。そしてよく見たら酒井さんの名前が「箸之助」になっている。ペンネームならぬ箸ネーム。本気度の高さに思わず感嘆が漏れる。
そうこうしているうちにいよいよ全国大会の開幕だ。次ページへ急げ!
センスが光る箸袋コレクション
冒頭に東日本支部長酒井さんから開会の挨拶、つづいて気になって仕方がなかった会歌斉唱だ。
いやいや、会歌って何なんだ。専用の歌があるコミュニティなんてそうそうお目にかかれない。会社だって歌なんてないところが多いだろう。気合が入りすぎている。はたから見たらちょっと怖い。しかしこの「内輪感」こそが、インターネットはおろかポケベルさえ存在しない時代に生まれたコミュニティが今まで脈々と続いてきた秘訣なのかもしれない。せっかくなので会歌の1番を動画でどうぞ。
歌は3番まである。入会を考えているそこのあなたは歌を覚えて来年の大会に参加すれば一目置かれること間違いなしだ。
会長の近藤さん。会長オーラがすごい出ていた。
箸袋を集めるばかりで整理が出来ず奥様に小言を言われている、しかしマニアの癖で収集はやめられない、という話をされていた。僕も旅行先のパンフレットや観光名所のチケットなどを集めてしまうので、奥さんに「ほんとにこれいるの?捨てれば?」とよく言われている。全く一緒じゃないか。会長にすさまじい親近感を感じる一方で、いくつになっても奥さんからの小言は続くんだな…と大先輩のお話が心に染み渡った。
この後、各支部長からの挨拶、昨年度大会の展示優秀賞受賞者や大会に多く出席しているメンバーの表彰と続き、いよいよメインイベントの一つである展示作品の投票へと移っていく。
毎年、会員たちは集めた箸袋から自分なりにテーマを決め「作品」を作り、全国大会へと臨むのだ。集まった作品に会員同士が投票を行い、その年の金賞・銀賞・銅賞を決めていく。
どの作品も思わず唸ってしまう力作ばかりだったが、その中でも気になった作品を一気に紹介していこう。
まずは東日本支部長 酒井さんの作品
こちらは箸袋に書かれた言葉の頭文字で「故郷」の歌詞を再現した作品である。こだわりのポイントは全てひらがなで集めているところと、重複する文字も全て別の箸袋で表現しているところ。収集力もさることながら、箸袋で歌詞をつくるというアイデアも素晴らしい。
こちらも同じく酒井さんの作品
一つ一つは本当にありふれた箸袋だが、「一本筋を通した箸袋」というウィットに富んだタイトルをつけることで一気に作品としての魅力が高まっており、まさに箸袋趣味の会の考え方を表す作品だ。僭越ながら僕も投票に参加させていただいたのだが、思わず「うまい!」と膝を打ったこちらの作品に投票した。
次は近藤会長の作品
一見分かりにくいが、こちらは箸袋に書かれた言葉でストーリーがつづられている。その名も「近藤今昔物語」。近藤会長の人生を振り返る内容で写真の右側に載せた文章が表されている。かなり豊富なコレクションがなければ実現できない、長年の労力を感じさせる作品だ。
車いすで参加されていた伊藤さんの作品
こちらは「お水」をテーマに、バーやスナック、キャバレーなど様々な水商売の箸袋を集めた作品。一つ一つの箸袋にも個性があってお店の「色」がうかがえるが、それを集めるとまた違った迫力が生まれる。ママさん大集合といった様相を呈している。
同じく伊藤さんの同一意匠の色違いを集めた「巴三色箸袋揃踏」も個人的にはけっこう好き
富士山以外は全て箸袋で作られている
葛飾北斎の浮世絵シリーズ富嶽三十六景の中で最も有名な「神奈川沖浪裏」を箸袋で表現した芸術性のあふれる作品だ。たくさんの種類の箸袋で波のグラデーションが上手に表現されている。芸術的なセンスと収集の努力が見事に融合し、簡単に真似できる作品ではない。
シンプルに文字を表現したものも
「寿」と書かれた箸袋で漢字の寿を表現するというストレートな作品もあった。寿入り箸袋をこれだけ集めるのは意外と大変そうだ。
その他にも
鯛しばり
緑しばり
蕎麦の色々なジャンル分け
変形箸袋ばかりを集めたもの
箸袋で作った扇子
ベトナムで集めた箸袋
などなど様々な作品が揃っていた。これを見れただけで箸はおろか箸袋しか見ていないのにお腹いっぱい、大満足である。
そして何がすごいって、これだけの作品を皆この全国大会のためだけに作っているのだ。内輪で楽しんでいるが故にどんどん濃度が濃くなっていくろだろう。これこそが、最近の「オタク」とはちょっと違う、いわゆる「マニア」の世界なんだと思う。マニアックはものすごいアツいのだ。
僕の興奮が冷めやらぬが大会はもう少し続く。
大量の赤福の栞が2,000円!
さて、箸袋趣味の会の醍醐味ともいえる展示作品投票の他に、もう一つ紹介しておきたいコーナーがある。それが毎年恒例、趣味品オークションだ。
オークションの進行は劉さん(左)と松村さん(右)
これは会員や外部から集まったコレクションをオークション形式で販売していき、売上金額は箸袋趣味の会の運営資金に回されるというみんながハッピーになるコーナーである。
会員の中には箸袋以外の紙モノも集めている人が少なくない。そのため出品アイテムもお酒のラベルから過去の展覧会チケットまであらゆる紙モノが揃っている。
マッチ箱やLPレコードなどちらほら紙以外のモノも混じっているが、基本的には全部紙モノ
それぞれの出品アイテムごとに最高金額を出す!と言った人に渡されていくシステムなのだが、いざ始めるとあまり皆さんどんどん入札をしていくわけではない。やはりここにいるのは自分で集めることに喜びを感じる皆さんばかりなので、人が集めたものを買おうとは思わないのかもしれない。
100枚以上集まった観光地の半券が100円とかで売れていく
お酒のラベルのセットは確か1,000円以上で売れた
見る人が見たらかなり高値をつけそうなものばかりである。よっぽど買い占めようかと思ったが、部外者が出しゃばっても仕方ないのでずっと成り行きを見守っていた。超特価で買われた紙モノたちが新しいオーナーのもとで大切にされることを願うばかりである。
一番すごかったのがこれ。伊勢の名物、赤福に同封されている栞のコレクション。もう何枚あるのか分からないすごい量だが、全てまとめて2,000円で売れた。相場なんてものがあるのか知らないが、もっと高くていいはずだ。
ここで買ったコレクションをきっかけに、また新たな紙モノを集め始めてしまう人もいるらしい。収集を始める環境が整いすぎている。一生収集癖から抜け出すことのできない魔の仕組み(褒め言葉)だ。
紙モノは恐れ多くて手が出せなかったが、誰も買い手がつきそうになかったコアラのTシャツを100円で落札してみた。首のタグに「MITSUKOSHI」と書いているところがポイント。
今年の受賞作を発表
ゆるゆるっとしたオークションが終わると、酒井東日本支部長から挨拶があり、一旦中締めとなった。あれ、今年の優秀賞受賞作の発表はないのかな?と思ったら、発表はこの後の懇親会にて行われるという。あいにく懇親会は参加できなかったので、後日受賞作を広報の方に教えていただいた。せっかくなので最後に発表しておきたい。
まずは銅賞
伊藤さんの「お水の花道」
伊藤さんの作品は並べ方も美しく、説明文などもきちんとつけられており、一つの「作品」としてのクオリティが高かったことも受賞要因の一つだろう。
次に銀賞
近藤会長の「近藤今昔物語」
さすが会長といったクオリティとテーマの面白さで銀賞を受賞
そして栄えある金賞には2作品選ばれた。
1つは酒井東日本支部長の「故郷」
もう1つは佐藤さんの「葛飾北斎」
どちらも箸袋趣味の会の魅力を体現した素晴らしい作品で、納得の金賞である。
予想していたよりもずっと熱量の高い大会だった。最近の若者は本気のことを「ガチで」と表現したりするが、それはこういう人たちに使わなくてはいけない。ガチってこういうことなのだ。今後は安易にガチというのはやめようと思う。
何より、会員全員が箸袋収集を心から楽しんでいる。別に意味がなくても、楽しいのだからそれでいいのだ。そういう心持ちでこれからも箸袋収集の歴史をつないでいってほしい。
そして僕自身、今後どこかのお店で箸袋を見たら箸袋趣味の会と会員の箸袋収集にかける情熱を思い出さずにはいられないだろう。これまで気にしていなかったものが急に輝きだす。すごい世界というのは身近な日常のすぐ裏に潜んでいるものなのだ。ファーストインプレッションですごいものに出会ってしまったと思わせてくれた箸袋趣味の会は間違いなくすごい世界だった。
取材協力:箸袋趣味の会
公式HP