例えるならばガンダムとスカイツリー
実際に歩く前に2つの商店街を地図上で見てみよう。
長さに差がありすぎて短い方の商店街がすこぶる見つけにくいがどうにか探してほしい
右側の赤いラインが日本一長い商店街である天神橋筋商店街、左下の青いラインが日本一短い商店街の肥後橋商店街だ。どちらも“自称”日本一なのでもっと長い/短い商店街はあるかもしれないが、今回は自称に全面的に乗っかって記事を進めていきたい。
看板に書かれた「日本一長~い」の「~」にどれだけ長いかが表れている
天神橋筋商店街は天神橋一丁目から八丁目まで全長約2.6キロにも及んで続く商店街だ。東京の有名な商店街であるアメ横は山手線沿いを上野駅から御徒町駅まで続いているが、天神橋筋商店街が同じ場所にあったとすると御徒町を越えて秋葉原、さらには神田をも通り越し東京の手前まで届くことになる。それを聞くとどれだけ長い商店街だか実感できるだろう。
実は数年前まで肥後橋商店街にもアーケードがあったのだが、今は撤去されてしまっている。詳しくはのちほど。
一方の肥後橋商店街は全長約80mにも満たない長さで、頑張って歩けば1分もかからずに端から端まで歩き切れてしまう。天神橋筋商店街と比べるとおよそ32分の1という短さだ。ガンダム(約20m)が東京スカイツリー(634m)を見上げているようなものである。
リアルとファンタジーが交差した絶妙に分かりづらい例えはさておき、百聞は一見に如かず、実際に現地を歩いてみよう。
占い屋から額縁専門店まで何でもそろう天神橋筋商店街
というわけで、まずは日本一長い天神橋筋商店街の南端、天神橋1丁目へとやってきた。先ほど写真を載せた「日本一長~い商店街」と書かれた看板を通ると延々とアーケードが続いている。
どこまでも続くアーケードはどこか夢の世界っぽい
天神橋筋商店街は一つの商店街と言っても、さすがに長すぎるので丁目毎に「天神橋○丁目商店街」というかたちで区切られている。観光客はまだしも、周辺住民で端から端までを日常的に踏破している人はほとんどいないだろう。実際、丁目単位であっても一般的な商店街として成り立つ長さがあるので大体のものは揃ってしまう。
しかし中には離れた丁目の商店街まで「遠征」が必要な特殊なお店もある。
おそらく商店街でここだけの額縁屋
例えば額縁を買おうと思ったら4丁目にあるこのお店まで来なければいけない。とはいえそもそも商店街の中に額縁屋がラインナップされていることが珍しい。ちょっとした商店街であればありふれた飲食チェーン店に取って代わられてしまうところを額縁屋が存続できるのも、その長さゆえに許された多様性だろう。流行りのダイバーシティだ。
その他にも
とうふ屋と美容室が並ぶ「古き良き商店街」な一角
大阪が誇るぶっとび激安スーパー玉手
占い屋は4つもある。テレビで評判なのではなくテレビ情報誌で評判なのがポイント
美容院と小籠包が隣り合って匂いがすさまじいことになっている一角
などなど、本当に多種多様なお店があり歩いてるだけで楽しめる。これは日本一長い商店街ならではの醍醐味と言っていい。
食べ歩きのコスパが最強
多種多様なお店の中にはもちろん買ってその場で食べられる飲食店もいくつか存在する。商店街散歩の相棒としてはうってつけである。
天神橋2丁目商店街で目に入ったのが「一銭焼」という食べ物だ。
130円ということは13,000銭だが、それは言わないお約束
小麦粉の記事にキャベツなどの具材を挟んだお好み焼きの簡易版のような食べ物だ。関西ではメジャーなのかもしれないが、個人的に初めて見る食べ物だったので思わず買ってしまった。
構成要素としては広島焼とほぼイコールのようだ
トレイからはみ出さんばかりのこのボリュームで130円はかなりお得だ。材料を考えてみれば安いのも頷けてしまうが、ここではあくまで一銭焼という一つの完成された料理に目を向けたい。安価な食材をここまで昇華させて130円で提供していることがすごいのだ。改めて関西の粉もんのポテンシャルの高さに驚かされた。「鬼に金棒」よりも「関西人に小麦粉」を使っていきたい。
そんな一銭焼を売っているお店の対面に目をやると、何やら行列が出来ている。
長蛇の列だが回転は早そう
ここは天神橋筋商店街でも有名な中村屋というお店でコロッケが人気らしい。食べ歩きといえばコロッケと相場が決まっている。猫も杓子も商店街を歩けばコロッケを食べるのだ。一銭焼を食べたばかりではあるが、迷わず列に並ぼう。
思った通り回転は早く5分くらいで買うことができた。このくらいの行列が一番ちょうど良い。待つのもそんなに辛くないし、一方で行列店のメニューという箔が付く。世の中のお店は全部5分待ちになればいいと思う。
受け取ったコロッケは衣のキツネ色が美しい
出来立てのアツアツ・サクサクがたまらない。具材に肉は入っておらずじゃがいもオンリーなのだが甘みがきいていてとても美味しい。じゃがいもだけでここまで出来るとは、R1グランプリに出れば間違いなく優勝だ。
美味さと熱さで何とも言えない顔になった
一銭焼130円とコロッケ70円、合わせてたったの200円でめちゃくちゃ楽しんでしまった。それにしてもコスパが最強すぎる。この一角はコスパの時空が歪んでいるのだろう。それも天神橋筋商店街の魅力のひとつだ。
丁目毎の違いを楽しもう
天神橋筋商店街は長すぎるがゆえに「○丁目商店街」というかたちで区切られていると前述したが、それぞれの商店街は丁目毎にその商店街ならではの色を出している。この違いを見ていくだけでも面白い。
2丁目~3丁目にかけてはアーケード内に鳥居がぶら下がっており一定の間隔で色が変わるので見ていて飽きない
4丁目は通称「てんし」なので天使のキャラがいるというダジャレ推し
6丁目は某ファッションビルを彷彿とさせる。6と9、これはいけると踏んだのだろう。
この先の7丁目になるとアーケードがなくなってしまい人通りも6丁目までと比べるとガクンと減ってしまう。一瞬、この先は商店街じゃないのか!?と思ってしまうが、しっかり商店街として愛称もついている。
通称てんひち。街灯下の看板に描かれた7をかたどったキャラクターが可愛い
さらにその先、8丁目まで来ると商店街っぽさはほとんど残されていない。
しかし街灯をみるとちゃんと「天八」が隠れている。ここもしっかり商店街なのだ
そしてたどり着いた天神橋筋商店街のはじっこで記念撮影
同じ商店街なのに次々と移り変わる雰囲気に飽きることなく2.6キロ踏破することができた。
薄れゆく商店街の面影
さて、次は日本一短い商店街である肥後橋商店街へとやってきた。しかしグーグルマップで検索しても明確な場所が表示されず、どこが商店街なのかが分からない。かつてあったアーケードが撤去されたとは聞いていたが、完全になくなってしまったのだろうか。
そんな不安をかかえて肥後橋駅周辺をうろうろしていると一枚の地図を見つけた。
お! 肥後橋商店街の名前があるぞ!
くしくもいま立っているところが商店街の入り口だった。しかしあまりにも商店街という感じがしない。本当にここであっているのだろうか。
左手には壁、右手にはシャッターが続いている。これを商店街だと思えという方が難しい。
しかし街灯をよく見ると確かに商店街でよく見るそれである。
ここ肥後橋商店街はかつてアーケードも設置された短いながらも立派な商店街であったが、店舗が減っていく中で維持費の負担を減らすため2016年に撤去されてしまった。
デイリーポータルZの投稿コーナーに当時の写真が残っていた(写真は
こちらの記事より)
よく見ると舗装も新しくなっている。こうして過去は忘れられていくのだと思うと悲しい
それでもここが商店街であることに変わりはない。今でもいくつかの飲食店は営業しているし、この穴場感を逆手にとって路地の奥で営業する隠れ家的なお店もあった。
おしゃれな散髪屋だってある
お店の数が限られているからこそ一軒一軒のお店が際立つ。これは短い商店街がゆえの特権だ。
日本一短い商店街で見つけたオンリーワンの店
1分もかからず踏破できてしまうスケール感なので路地も含めてくまなく歩いていると、とても不思議な雰囲気のお店を見つけた。
緑に覆われたエキゾチックな佇まい
配達中で扉が閉まっていたのでガラス越しに中を除くと机の上に猫が座っている。なんかもうジブリ感がすぎる
「居我夢」というお店のようだが調べても何の情報も出てこない
これは入らないわけにはいかないと周囲をぶらぶらしてお店に戻ってみるとご主人が配達から戻られたようでお店が開いていた。早速入ってみよう。
店内には猫をモチーフにして作られた作品?が所狭しと並べられている
こちらがご主人の八木さん(右) 左は筆者です
八木さんはもともと花屋だったが、今では娘夫婦に店を譲り、ときどきこのお店の2階でお花の教室を開いているそうだ。そしてたくさん並べられたこの作品は段ボールで作られた絵馬だという。詳しく話を聞いてみよう。
今泉「ここにある作品は全て八木さんが作られたんですか?」
八木さん「はい、全て私の手作りです。最初の作品を作ってから今年で10年です」
今泉「10年間も!すごいですね。どうして作り始めたのでしょうか?」
八木さん「お花の教室に通っていた生徒さんの中にいつも会社の愚痴をこぼしている方がいたんです。むしろ愚痴を言いに教室にきているようなところがあって。それで、じゃあいつでも話を聞いてくれる私の代わりがあれば喜ぶんじゃないかと思って作り始めたのがきっかけです」
その時に作った作品第1号がこちら。愚痴を聞いてくれる存在なので「悩みごと全て私が引き受けます」という一文が添えられている
それ以来、様々な願いを込めて作っていくうちにこんなにもたくさんの種類になったのだという。
今泉「完全にライフワークですね!作品をみると黒猫をモチーフにしたものが多いですが、何か意味はあるんですか?」
八木さん「最初は人で作っていたのですが、人だと色々な違いがあるからもっとこういう顔にしてほしい!とか注文をつけられることが多かったんです。その注文に一つ一つこたえるのは大変だから、顔や体格のことをとやかく言われない猫にしました。黒猫にしたのは、どんな作品にしても色が邪魔しないから。やりやすいようにしただけです(笑)」
ご主人の狙い通り、どの作品にも上手く馴染んでいる
1枚買ったらもう1枚選んでいいよと言ってくれた
裏面にはご主人自ら考えた作品に込めた想いが書かれているが、どれも心が鼓舞される良い文章だ。一体何者なんだ…
たまたま見つけた店で思わぬ良い出会いをしてしまった。肥後橋商店街は日本一短くてもこんなに魅力的な店がある素敵な商店街だった。
最後にそれぞれの商店街のポイントをまとめておこう。
日本一長い天神橋筋商店街
・何でもある。多様性がすごい。
・コスパ最高で食べ歩きが捗る。
・どんどん景色が変わって歩くだけで楽しい。
日本一短い肥後橋商店街
・お店が少ないので一軒一軒にじっくり向き合える。
・穴場感のあるツウなお店が揃う
・ここにしかないオンリーワンのお店に出会える
もちろんこれ以外にも楽しめるポイントはたくさんあるだろう。一つ言えることは長さに関わらずどちらも魅力的な商店街であることに変わりはないということだ。
最後はスーパー玉手のハッピーなネオンの画像でお別れ